Silver Soul
《後編》




 轟音と共に、研究室の一つが吹き飛ぶ。

「来るぞ」
「あの雷ハゲ余計な事を………」

 トールが暴れた影響か、カプセルから飛び出したBOW達の影に、忍者達は怯まず立ち向かう。
 先頭に立っていた忍者が、背後に指でサインを送り、それを見た背後の忍者達が素早く左右に分かれてここでBOWを迎え撃った。
 最初に飛び出した忍者相手に、ハンターが鋭い爪を振るう。
 その爪が正確に忍者の首を凪いだと思った瞬間、それは忍び装束だけとなって爪は虚しく宙を切る。
 瞬時にして装束を脱ぎ捨てて変わりとする《空蝉の術》と呼ばれる術でハンターの攻撃をかわした忍者は、背後に少し下がりつつ床にしゃがみ込むように低い体勢を取りながら忍び刀に手を伸ばし、跳ね上がるような勢いで喉から脳天へと忍び刀で貫き、ハンターを絶命させる。
 その背後から別のハンターが跳ね上がり、襲い掛かるがこちらも別の忍者が前へと出ると、左手につけたカギ爪でその一撃を受け止め、至近距離で右手に持った特殊部隊で使用されるスライドストックとスライドフォアグリップを持ったH&K MP7を頭部に集弾して連射、ハンターの頭を蜂の巣にする。
 その横から、ハンターに多少似てはいるが、両生類のような巨大な口と手足を持った異形のBOWが襲い掛かる。
 両生類に似ているにも関わらず、ハンターと同じ鋭い爪が横薙ぎに振られようとするが、その全身を飛び出した忍者の手から放たれた強靭な複合繊維が蜘蛛の巣状に広がり、全身を絡め取る。
 両生類型BOWは全身を絡め取る複合繊維を異常なまでの怪力で振り払おうとするが、別の忍者がレミントンM870ショットガンでOOB(ダブルオーバック)散弾を速射して絶命させる。
 だが残った両生類型BOWがその巨大な口を開き、忍者を丸呑みにしようと宙を跳んで襲い掛かるが、同じく宙へと跳び出した忍者がその顎を片手で押さえ込み、もう片方の手で相手の体を押しながら宙で反転、両者の体重を乗せて両生類型BOWの脳天を床へと激突、同時に手に仕込んでおいた高圧スタンガンが作動させ高電圧を直に叩き込み、高電圧で両生類型BOWの体が跳ねた後に用心のために抜いた忍び刀で頭部を貫く。

「見た目はホラー映画だが、殺せば死ぬな」
「生命力はゴキブリ並だがな」

 今だケイレンしてるBOW達の死体を見つつ、忍者達は体勢を整える。

「負傷と返り血に気をつけろ。オレ達もゾンビになりかねん」

 用心して防疫用の高圧消毒スプレーを掛けた忍者が、血がついてない床に耳を押し当て、周囲を探る。

「奴は近くにいないようだな……他の者達も怪物達と交戦しているようだ」
「研究室に銃だのランチャーだの置いてるのを見るのはこういう時のためか」
「こんなあっさり暴走するようではな」
「待て、これは………」

 聞き耳を立てていた忍者が、響いてくる異様な音を聞き取る。
 その様子を見た他の忍者達も壁や床に耳を押し当てたり、音波探知機を取り出して音を聞き始める。

「破砕音、あいつか?」
「恐らくは。だがこれは………」
「電気のスパーク音?」

 音波探知機で音が何かを探り当てた時、その階の電気が一斉に落ちた。

「!? 電気系統を狙ったのか!」
「いや違う、スパーク音はまだ続いている。どういう事だ?」
「まさか、充電してるのか?」
「生物だぞ! 携帯電話じゃあるまいし!」
「いや、あれほどの大電圧を常時発し続ける化け物だ。生物学の常識なぞ通用しないだろう」
「待て、ここの動力室はどこだ!?」

誰かが叫び、一人が先程入手したMAPを取り出す。

「地下五階、自爆装置の間近だ!」
「まずい、もし奴が動力室に向かったら、余波で破壊される可能性がある!」
「弥助、地図を持ってすぐにこの事を班長に知らせろ! 他の者達は五階に直行、やつが起爆装置に近づくのを阻止する!」
「はっ!」

 一人の忍者がその場から掻き消え、他の忍者達は一斉にエレベーターへと向かう。

「……だが、もし戦闘になったら、あれとどう戦う?」
「……分からん。それでも、闘わねばならん。忍びとして」

 その言葉に異論を唱える者は誰一人としていなかった。



 野太いカエルのような咆哮を上げながら迫る両生類型BOWの大きな口に、小さな塊のような物が投じられる。
 僅かな間を持って投じられた物、高性能な小型爆弾は両生類型BOWの体内で爆発。
 見た目通りカエルのように腹が大きく膨れ、体が爆散しないギリギリの威力で配合された爆薬が両生類型BOWの内臓を全て焼き、押し潰す。
 その場に倒れ、焦げた臓物と血を吐き出しながら絶命した両生類型BOWに目もくれずに宗明と二人の忍者は先を急ぐ。

「頭でなくても死ぬようですね」
「腹の中が焼けて生きてるようならこちらの管轄ではないだろう」
「見た目だけならすでに陰陽寮か神宮寮の管轄ですが」

 通路を走りながら、向こうから姿を現した両生類型BOWに不知火は小型爆弾を口へと投じ、脇から現れたハンターと虫型BOWは宗明と清蔵が斬り捨てる。

「もはや完全にセキュリティが切れているようだな」
「先程の停電の影響でしょう」
「私はホラー映画は苦手なのですが……」
「オレも今日から苦手になった」
「全員でしょう」
「班長!」

 そこでようやく宗明達を見つけた弥助が、急いで現状を報告する。

「電気まで喰うとはな。呆れた怪物だ………」
「最早猶予はありません!」
「早く起爆させねば!」
「起爆方法は分かったか?」
「我々の方ではまだ。別班が探り当てたかは不明」
「まずはそちらが先か……」
「地下四階に警備室と宿舎があります。そちらに向かいましょう」
「案内を頼む」
「こちらへ!」

 弥助を先頭にし、地下三階をしばらく進んだ時だった。
 通路の向こう側に、血まみれになって倒れている二人の忍者の姿を発見し、四人はそれぞれの元に駆け寄る。

「橋哉!?」
「ダメだ、これはもう………」
「波門! しっかりしろ!」
「はん、ちょう…………」
「今手当てをする!」
「いえ、私は………もう………」

 かろうじて息のあった忍者の口から、血が吐き出される。

「お気をつけ……を。奴以外に、もう二体………」
「! あれクラスの奴がまだいると!?」
「いえ……二体で……一くみ………きょじんと……巨大ない……ぬ………」

 そこまで言った所で、最後の力を使い果たした忍者の瞳から光が失われる。

「波門………橋哉………」
「……班長、二人の傷はまるで違います」

 仲間を失いながらも、冷徹にその屍を調べていた忍者達が感情を押し殺してその結果を述べる。

「橋哉は首を一撃で巨大な獣のような物に食い千切られてます。しかし、この装束の防弾防刃繊維を食い千切れるような陸上生物は存在いたしません」
「波門は体を砕かれてる……しかも何か巨大な拳のような物で」
「彼は伊賀でも有数の格闘術の使い手。それを殴り殺すとは一体………」

 そこまで言った所で、全身を砕かれて死んだはずの屍が、わずかに動く。

「う、あ………」
「波門!?」

 一瞬仲間が蘇生したのかと皆が思ったが、すぐに異変に気付く。
 彼の目は濁り、まったく焦点を結んでいない。
 その口から血と唾液が滴り、かろうじて動く腕が、宗明の腕を異常なまでの力で掴んで離そうとしない。

「これは、まさか!?」
「宗明さ…」

 すでに彼が、彼でなくなっている事に皆が気付いた時、宗明が手にした刀を横薙ぎに振るう。
 しばしの間を持って、宗明へと噛み付こうとしていた元部下の首が、胴体から転げ落ちる。

「班長……」
「宗明様………」
「こんな仕事だ。死なぞいつも隣にいる。だが、死の眠りすら許されない事なぞ、あっていいのか?」

 血刃を手にしたまま、宗明がもう一人の屍へと歩み寄ると、かろうじて繋がっていた首を斬り落とし、刀を振って血油を落とすと鞘へと収める。

「以後、全ての死体に同じ処置をしろ。たとえ誰の死体でもだ。戦闘によるT―ウイルスの接触感染は、死後急速的に発症するようだ」
「……はっ」

 表情が完全に消えうせ、肌すら白く見える宗明の命令に、全員が一斉に応える。

「たとえ、それがオレでもな」

 最後の命令の返答を待たず、宗明は先へと進み始め、三人は黙ってそれに従う。
 四階へと進んだ時、遠くから発砲音や爆発音が響き、それに重なるように獣の咆哮が響き渡る。

「向こうだ!」

 四人が臨戦体勢で飛び込んだ時、空間すら振るわせるような咆哮が迎え撃つ。

「班長!」
「こいつが!」

 交戦していた忍者へと襲い掛かろうとしたそれに、不知火がクナイを放つ。
 するとそれは素早く身を伏せ、クナイをかわすと後ろへと下がった。

「かわした!?」

 距離を取った所で、それの全身像がはっきりと分かった。
 それは事切れた忍者が言い残した通り、巨大な犬だった。
 外見的には大型の土佐犬に似てはいるが、その口からはまるでサーベルタイガーのような巨大な牙が伸び、立てている耳も犬とは思えない程大きい。
 爪も鋭利だが、最大の特徴は全身に専用の防弾チョッキらしき物をまとっている事だった。
 そのチョッキに付けられたタグに《Orthros(オルトロス)》、ギリシア神話でケルベロスの弟とされる魔犬の名が刻まれていた。

「こいつが橋哉を……」
「待て。もう一体………」

 刀を中段に構えたまま、宗明が通路の奥を睨む。
 そこから現れたのは、巨人だった。
 まるで死人のような顔色をし、全身を異様に厚手のトレンチコートで隠した禿頭の巨人は、その感情のない眼でこちらを見る。
 その口元に、ダイビングのレギュレーターにも似た奇妙な物があり、巨人はそれを口に咥える。

「今何か…」

 不知火が僅かな違和感を感じ取った時、オルトロスが宗明達へと襲い掛かる。

「囲め!」

 宗明の号令と共に、忍者達がそれぞれ壁や天井に張り付き、一斉に攻撃を開始する。
 それに対し、オルトロスは身を低くして更に前に出る事で頭部に集束された攻撃を体の防具で受け流す。

(こいつ!?)

 今までのBOWと根幹的に違う動きに、宗明が刀を引き、刺突に持ち込もうとするといきなりオルトロスが後ろへと下がる。
 するといつの間にか近寄ってきた巨人が、その巨大な拳を振り下ろしてきた。

「くっ!」

 鉄槌が振り下ろされるような一撃に、宗明がかろうじてかわすと、空振りした拳は床へと当たり、建材を粉砕して小さなクレーターを作る。

「こやつ………」
「なんという怪力……」
「確かに、二体で一組。気をつけろ、こいつらは今までの暴走体ではない。完成体のBOWだ」

 拳を振り下ろして体勢が崩れた巨人の隣にオルトロスが素早く駆け寄り、攻撃をしようとした忍者達を睨み付ける。

「速度を持つ者と怪力を持つ者、確かにバランスは取れている」
「ならば!」

 不知火が小型爆弾を複数投じ、巨人を狙う。
 至近で無数の爆発が起きるが、煙が晴れた後に、コートがわずかに焦げただけの巨人の姿が現れる。

「耐爆コートか!」

 再度巨人が口元の奇妙な物を咥えると、オルトロスが不知火へと襲い掛かる。

「ふっ!」

 それを阻止すべく、宗明が中段から横薙ぎにオルトロスの胴を狙うが、いかな素材で作られたのか、オルトロスのまとう防具に大業物の刃は食い込まない。

「ふうううぅぅ!」

 その体勢のまま、宗明は息を吸いつつ大きく体を捻り、全身の筋力を捻りを持って刃へと集束、そのまま一気に白刃を振り抜く。

「柳生新陰流、《破月》」

 弾いたはずの刃が特殊繊維を斬り裂き、虚空に血しぶきが舞う。
 悲鳴を上げて下がるオルトロスに、再度同じ場所に向けて宗明は斬撃を繰り出そうとするが、巨人が背後へと迫りそちらへと向かざるをえなくなる。
 だが更にその背後、天井と壁から二人の忍者が同時に巨人の唯一剥き出しとなっている頭部に向けて忍び刀を突き刺そうと襲い掛かる。
 しかし、オルトロスが小さく吼えたかと思えば巨人が素早く片腕を上げて頭部をガード、耐爆コートに刃は弾かれ、そらにもう片方の腕が強烈なラリアットとなって振り回される。

「ぐっ!」
「がはっ!」

 空中でまともに食らってしまった二人の忍者は、かろうじてガードするもサッカーボールのように壁へと叩きつけられる。

「大丈夫か!」
「はい……なんとか……」
「ゴリラ顔負けだな、これは………」

 壁に叩きつけられた忍者の一人はなんとか立ち上がるが、もう一人は当たり所が悪かったのかなかなか立ち上がろうとしない。

「いけない!」

 それを好機と見たのか、オルトロスが襲い掛かろうとする中、不知火がその忍者の前へと立ちはだかると、いきなりかけていたマスクを引き剥がす。
 不知火が軽く息を吸い、オルトロスが跳ね上がってその長大な牙を突きたてようとした瞬間、不知火の口からすさまじい業火が吐き出される。
 顔面からまともに業火を食らい、悲鳴を上げながらオルトロスが床を転げ回る。

「やはり所詮は犬か」

 切り札とも言える《獄火の術》を使ってしまった事と、それが効いた事に不知火が焦りと安堵を同時に感じた時、巨人が奇妙な行動を取った。
 手近に落ちていた建材の破片を取ると、それにいきなり放り投げる。
 剛速球となった建材は天井、そこにあったスプリンクラーを粉砕し、そこから消化剤をオルトロスへと振りまいた。

「こいつ、知性があるのか!?」
「いや、プログラムかもしれん。コンビネーションが完全な割には信頼性が無い」

 注意深く二体の動きを監察していた宗明は、そこにある妙な不自然さに気付く。

(こんな化け物同士がどうやってコンビネーションを取っている? あの犬はともかく、この巨人は………)

 ふと、宗明はそこで再度巨人が口元の奇妙な物を咥えたのに気付く。

「また…」
「巨人の咥えている物を破壊しろ! 犬笛だ!」

 不知火の呟きに、それの正体を悟った宗明が叫びながら愛刀を振りかざすが、そこで火が消えたオルトロスが立ちはだかる。

(攻守を機敏に入れ替え、双方の隙を無くす。フォーメーションの基本だが、怪物どうしでやればここまでとはな………)

 隙の無い二体のコンビネーションに攻めあぐねている時だった。
 耳鳴りのような音が周囲に響き始める。
 オルトロスと宗明がその音源の方を見ると、壁に叩き付けられて動けなくなった忍者が、マスクを外してその口から人の物とは思えない声が発せられていた。

「その術は!」
「待て! 使っては…」

 他の忍者達が止めに入ろうとするが、奇怪な声はどんどん大きくなっていき忍者と宗明達が急いで両手で耳を塞いだ。
 声は人間の可聴域を越え、周辺に振動となったかと思うと、衝撃となって走り抜ける。
 それをまともに食らった巨人が崩れて膝をつき、オルトロスはその場に倒れ付す。
 その二体の両耳から、その音に耐え切れず破裂した鼓膜から流れ出す鮮血が床に垂れ落ちていた。

「今だっ!」

 宗明の号令と同時に、耳から両手を離した全員が襲い掛かる。
 宗明が下段から跳ね上がるような一撃でオルトロスの首を一撃で斬り飛ばし、巨人の両目と後頭部から忍び刀が突き刺さる。
 二体の体が完全に崩れ落ちるのを確認すると、皆が先程の術を放った忍者へと駆け寄る。

「鳴風!」
「なんて事を!《鵺鳴きの術》は死術だぞ!」

 人間には到底発声できないはずの超高音域の声を放った忍者は、集まった皆に何か喋ろうと口を動かすが、完全に潰れた喉からは血混じりの泡だけが噴き出し、やがてその体が完全に力を失って床へと崩れ落ちた。

「鳴風………」
「どいてくれ」

 ゆっくりと死体となった部下のそばへと近寄った宗明が、無言でその首を斬り落とす。

「先に進むぞ」
「はっ!」

 それだけ言って宗明は先頭に立つが、その手が、刀の柄を強く握り締めている事に、不知火はあえて何も言わず後に続いた。
……動く物が無くなってしばらくした後、脳を完全に破壊されたはずの巨人が動いた事に、気付く者はいなかった。



 地下四階では、すでにすさまじい激戦が繰り広げられていた。
 階全体にスパーク音と銃声が幾度となく響き渡り、それに爆音や忍術の物と思われる音も重なって響いてくる。

「すでにここまで!」
「この階で食い止めるぞ!」

 音を頼りに、戦闘の行われている場所へと向かう。
 途中、戦闘に巻き込まれたらしい科学者や警備員、そして忍者達の死体が転がっているが、宗明は通り過ぎざまにその全ての首を斬り落としていく。

「電圧が上がっているな。半ば炭化している物もある………」
「一体何万ボルト溜め込んでいるのでしょうか?」
「とても生き物とは思えん………」

 広がる惨状に、トールが明らかにパワーアップしている事を感じ取りつつ、通路を走る四人の耳に一際大きな爆発音が轟く。

「まさかこれは!」

 嫌な予感を感じて宗明が音の響いた方へと駆け寄る。
 その先にはもうもうたる煙が立ち込めていた。
 煙の中に、スパークが混じる事に気付いた宗明が愛刀を構える。
 直に煙が晴れていき、そこには全身からスパークを生じさせているトールの姿があった。
 だがその左半身は焼け焦げ、左腕は消し飛んでいる。
 そして物理攻撃が通じないはずのトールの腹部に、数本のクナイが深々と突き刺さっている事に、宗明は何が起きたかを悟った。

「班長……」
「……誰がやった?」
「邦牙が……重傷を負っていて……」

 トールのダメージが、極至近距離での爆破、しかも自爆である事を悟っていた宗明が、その場で戦闘を行っていた他の忍者の口から事実である事を告げられ、奥歯を強くかみ締める。

「……自爆装置はどうなっている」
「先程起爆コードを入手、すでに作動に向かっております」
「作動するまで、こいつを足止めする。何がなんでも地獄に行ってもらわねばな」
「はっ!」

 その場にいる全ての忍者が、各々の得物を構え、重傷を負っているトールに向ける。

(あの電磁障壁を貫くには、それを上回る破壊力を持って攻撃するしかない。だが、どうやって?)

 宗明が考えをまとめる暇もなく、トールが襲い掛かってくる。

「攻撃!」

 宗明の号令と同時に、無数のクナイや手裏剣、銃弾がトールに叩き込まれるが、そのほとんどがトールの体から湧き出す電撃に絡め取られ、弾かれていく。

「ダメか!?」
「撃ち続けろ!」

 少しでも足止めをしようと攻撃は続くが、それもほとんど効果をなさない。

「散開!」

 トールが残った拳に電撃をまとわせて振るおうとする直前、忍者達が一斉に散る。

「何か………」

 状況打開の策を考える宗明が、ふと通路に転がっている大きなディパッグに気付く。

「清蔵! アレを!」
「はっ!」

 それが、先程自爆した忍者の物だと知っていた清蔵が、それを取ると中身を取り出し、組み立てる。
 完成したそれ、全長が1mはある超巨大手裏剣、対装甲目標破壊用特殊手裏剣《龍牙》が内臓されたモーターで回転を始める。
 回転はどんどん高速化し、周囲に旋風が吹き始める。
 それに気付いたのか、トールがこちらを向こうとした瞬間、清蔵はそれを渾身の力で投じた。
 反応する間も無く、高速回転して迫る龍牙がトールの体に突き刺さる。
 同時に、周囲をまばゆい閃光で染め上げる程のスパークがトールから発せられ、全員が思わず目を閉じる。

「やったか!」

 閃光が消えた後、まだ光の残滓が視界に残りつつも忍者達がトールを見る。
 そこには、腹に龍牙が深々と突き刺さり、そこから鮮血を垂れ流しながら、全身からか細いスパークを発しているトールの姿があった。

「龍牙でもダメか?」
「だが、効いている! 一気に…」

 宗明が総攻撃を命じようとした時、通路の向こうから凄まじい咆哮が轟く。

「まだ何かいるのか!?」
「来る! 何か恐ろしい物が!」

 トールへと攻撃態勢を取っていた忍者の半数が、素早くそちらを向いて迎撃体制を取る。
 そして、通路の壁を破壊して咆哮の主が姿を現した。

「こいつはさっきの!」

 それは先程倒したはずの、死人の肌を持つ巨人だった。
 だがその姿は一変し、まとっていたトレンチコートは吹き飛び、全身を異常に盛り上がった筋肉が覆い、両手からは今まで見たどの怪物よりも鋭利で巨大な爪が伸びている。
 貫かれた両目はそのままに、頭部は肩の後ろから盛り上がった筋肉が覆いつくしてその中にうずまったような奇怪な容貌へと変貌していた。

「脳を破壊しても動くのか!?」
「いや、完全に暴走している!」

 宗明が叫ぶと同時に、変貌した巨人は先程とは比べ物にならない速度で宗明へと襲い掛かる。

「くっ!」

 迎撃体勢を取っていた忍者達が宗明を守ろうと巨人へと襲い掛かるが、体の各所に忍び刀を突き立てられ、全身に銃弾を食らっても意に介さぬように突進し、宗明へと鋭利な爪を叩きつける。
 とっさに刀でその爪を受けた宗明だったが、そのあまりの威力に軽々と吹き飛ばされる。

「班長!」
「宗明様!」

 部下達が叫ぶ中、壁へと叩きつけられた宗明が、全身を衝撃が突き抜けながらもなんとか立ち上がる。

「この…」

 忍び刀を突き立てたままぶら下がっていた忍者が、再度刀を突き立てようとするが、その顔面をいきなり巨大な手で掴まれ、床へと叩きつけられた。
 一撃で頭部が粉砕し、床に血肉と頭骨、そして脳漿が飛び散る。

「鷹丸!」
「おのれっ!」

 あまりにむごい仲間の死に様に、忍者の一人がマスクと忍び装束を剥ぎ取り、何か大きな丸薬を口に入れ一気に噛み砕く。
 途端にその忍者の目が血走ったかと思うと、全身の血管が浮かび上がり、筋肉が盛り上がっていく。

「《金剛丸》か!」
「使用許可は出してないぞ……」
「うおおおぉぉ!!」

 興奮剤や麻薬、筋肉増強剤を混ぜ合わせたすさまじく危険なドーピング秘薬を服用した忍者が、咆哮を上げながら巨人に殴りかかる。
 どんな攻撃にも反応しなかった巨人が、その一撃の前に体が揺らぐ。

「こいつはオレが受け持つ! そっちを今の内に!」
「攻撃!」

 巨人と壮絶な格闘戦を繰り広げる忍者の叫びに、そちらを任せた宗明がトールへの一斉攻撃を命令。
 忍者の一人が懐から竹筒を取り出し、それをトールへと向けて思いっきり吹くと竹筒の中から粉末が霧となってトールを覆う。
 その粉末、水分と反応する毒薬はトールの体表を覆う電撃で幾分弾かれるが、負傷で電圧の下がっている状態では防ぎ切れず、トールの全身がみるみる爛れていく。
 トールは残った腕を振り回し、毒霧を払おうとするが、その腕に連続してクナイと銃弾が突き刺さり、更には野球の硬球を一回り小さくしたようなボールが投じられ、それがぶつかると同時に破裂、内部に封入されていた特殊発泡剤が溢れ出し、トールの拳を完全に覆い尽くす。

「頭部を破壊しろ!」
「はっ!」

 不知火が忍び装束の袖口に指を入れると、そこからワイヤーの両端に重りのような物が付いた風変わりな武器を取り出すとそれを振り回して投じる。
 唸りを上げて旋回し、飛来したそれはトールの頭部に絡みつき、完全に巻きついた瞬間、両端の重り部分が爆発する。
 爆炎が晴れると、そこには頭部を失ったトールが力を失って倒れ付す所だった。

「そちらに…」

 続けて巨人に向けて攻撃命令を出そうとした時、鈍い音が響く。
 それは巨人の爪が、格闘戦を演じていた忍者の体を貫く音だった。

「衛典!」
「なん、の………」

 確実に致命傷と思われる深い傷から鮮血が噴き出す中、その忍者は巨人の両腕を押さえ込む。

「やれ!」

 押さえ込まれた腕ごと巨人に持ち上げられながら、叫ぶ忍者の脇を宗明が素早く駆け寄ると、下段から跳ね上げた刃が忍者を貫いていた巨人の右腕を、続けてひるがえった刃が左腕を斬り落とす。
 両腕を斬り落とされ、咆哮を上げる巨人のそばに立つ宗明が続けて巨人の体を斜めに斬り上げる。
 その切り口から鮮血が噴き出すが、その正面にいたはずの宗明の姿が揺らめき、消えたかと思うと今度は巨人の背中が斬り裂かれる。

「柳生新陰流奥義、《月下朧影斬げっかろうえいざん》」

 陽炎のように宗明の姿が揺らめきながら、次々と白刃が巨人を切り刻み、最後には巨人の左右に同時に現れ逆軌道の横薙ぎが巨人の胴を両断する。
 完全になます切りにされた巨人が巨大な肉片となって崩壊する中、宗明は爪に貫かれた忍者の元に駆け寄ろうとする。

「衛典!」

 だが、その忍者は他にも駆け寄る仲間達を拒否するように片手を突き出す。

「はは……痛みを感じなく……なって………段だn………」

 その目が徐々に焦点が合わなくなってきている事に気付いた宗明が、無言で愛刀を向けようとした時、その忍者は笑みを浮かべて黒い丸薬を咥える。

「やめ…」

 残った忍者の誰かが止めようとするが、黒い丸薬、衝撃爆破型の炸裂弾が噛み砕かれ、閃光と共に忍者の上半身が消し飛んだ。

「衛典………」
「……すでにゾンビ化の症状が出始めていた事に気付いていたようだ」

 呟きながら宗明が血油を振るい落とし、刀を鞘に納める。

「すぐに下に向かう。自爆装置起動後、全員脱出する」
「はっ!」

 任務遂行を第一とする忍者達が、仲間とBOWの亡骸をそのままに、感情を黙殺して宗明の命に従う。
 だが、頭部を失ったはずのトールの全身からまだスパークが出ている事、そしてそれに応じてその体が変貌していく事に気付く者はいなかった。



「状況は!?」
「ロックの解除に手間取りました! だが今開きます!」

 先行していた忍者達が電子キーを開け、皆がその中に飛び込む。

「こいつは………」
「これだけあれば、研究所どころか島ごと吹き飛びそうです」

 居並ぶ巨大な爆薬の群れに、不知火が冷静に報告する。

「すぐに起爆させろ!」
「はっ!」

 忍者の一人がコンソールを起動させる中、宗明は居並ぶ忍者達を見た。

「……これで全員か」
「……はい」

 この島に突入した時の半分以下にまで減ってしまった部下達に、宗明は俯いて沈黙する。
 日本の暗部を司る仕事柄、部下を失う事は有っても、一度にこれだけの殉職者を出した事は今だかつて無かった。

「負傷者は?」
「私と鋭鉄が。感染の危険性を憂慮して、焼却消毒済みです」
「せめてワクチンの類があれば………」
「あれだけ研究施設が破壊されていては、探し出すのは難しいだろう。場合によってはアンブレラ本社にこの件を追求して…」

 宗明が事後処理の事を考え始めた時、明りが点滅して英語の警告音が鳴り響く。

「起動しました!」
「爆破までの時間は?」
「15分後!」
「脱出するぞ!」
「はっ!」

 自爆の警告が鳴り響く中、全員で脱出しようとした時だった。
 突然、奇妙な振動が響く。

「もう爆発したのか!?」
「いいえ、これは爆発振動ではありません!」
「何か来る!」

 皆が異様な気配を感じ、臨戦体勢を取る。
 宗明も愛刀を構え、周囲を注意深く観察した。

(まだBOWが残っていたのか? だが時間が無い。ここの爆発に巻き込ませれば、いかな相手だろうと…)

 そこまで考えた宗明の耳に、異様な音が響く。
 重い何かを引きずるような音が、こちらへと近付いて来る。
 通路の向こうにその音の発生源を見た時、何かを理解できた者は誰一人いなかった。

「あ、あれは一体………」

 それは、巨大な肉の塊だった。
 芋虫を思わせるような膨れた体に、バッタのような鋭角な関節を持った足が後部に生え、前には何か長い物が伸びている。
 その伸びている物の先端が、特殊発泡剤で固められた拳である事に宗明が気付いた時、それの全身からスパークが走る。

「馬鹿な、あいつか!?」
「頭部は完全に破壊したはず!」
「構うな! 交戦している時間は無い!」

 さすがに常識を完全に無視し、異形の生命体と化した変貌トールに、忍者達がたじろぐ中、宗明は即座に逃亡を選択する。
 しかし、変貌トールは不自然に伸びた足を動かし、その鈍重な肉塊のような外見からは想像出来ない速度でこちらへと迫ってきた。

「早い!」
「散れ!」

 忍者達が上下左右に散り、迫り来る変貌トールをかわす。
 間近で見た時、吹き飛んだ頭部の部分が陥没し、そこに無数の牙が生えた円形の大きな口がある事に宗明はようやく気付いた。
 そして、その口の端から忍び装束の破片らしき物が垂れ下がっている事も。
 猛烈な勢いで通り過ぎた変貌トールは、強引に体を旋回しながら急停止してこちらへと向き直る。

「明らかに狙われてますね……」
「脳を失っても捕食のために動き回るとは………ミミズ、いやガン細胞並か」

 悪夢のような、いや悪夢その物の光景に鋼の精神を持つはずの忍者達も、宗明ですら背筋に冷たい汗を感じる。

「また来る前に上階に!」
「はっ!」

 一斉に逃げ出す者達の背後から、異形の怪物が迫る。

「不知火!」
「はっ!」

 宗明の命と同時に、不知火が後ろへと炸裂弾を投じる。
 迫る変貌トールの目前で炸裂弾は爆発し、爆炎と爆風、それに種々の催涙薬やチャフをまとめてばら撒いた。

「急げッ!」

 少しは相手を怯ませたと思った次の瞬間、爆炎を突っ切って更に変貌トールは迫ってくる。

「なんて奴だ!」
「痛覚が無いのか!?」
「それ以前にどうやってこちらの位置が分かる!」

 思わず悪態をつきながら、忍者達は目前のエレベーターホールへと飛び込む。
 そのまま壁やエレベーターワイヤーを驚異的な勢いで昇っていくが、ふとそこで変貌トールが足元で蠢いて昇ってこない事に気付く。

「なるほど、あの足では登れんな」
「今の内…」

 そこで、エレベーターワイヤーにすがっていた者達に衝撃が走る。

「しまっ…」

 トールの全身を流れる電流がワイヤーに伝い感電した事に気付きつつ、手を離した者達の手足に壁にいた者達がとっさに投げたロープやワイヤーが絡みつく。

「宗明様!」
「大丈夫ですか!」
「オレは大丈夫だ。他の者達は?」
「な、なんとか……」
「もう時間が………」

 しびれる手足でなんとか壁面に張り付いた忍者達に、おなじく感電した宗明もかろうじて壁面にへばりつく。

「金属部分に触れるな! 早く地上へ…」
「む、宗明様! 下を!」

 慌てた不知火の声に宗明が下を見ると、そこで全身からスパークを発していた変貌トールの体が見る見る膨れていき、やがてエレベーターホールの内径に完全に納まる程になると、そこから上へと昇り始めた所だった。

「なんて食い意地だ………」
「追いつかれるぞ!」
「他に移動手段は!」
「確か地下三階から非常用ラダーが!」

 宗明の命令を出すまでもなく、全員が一斉に地下三階の扉をこじ開け、そこへと降り立つ。
 そのまま通路を走り始めた時には、背後の扉が内側からの肉の圧力に負けてひしゃげ始める。

「追いつかれるか!」
「ならば!」

 忍者の一人がその場に留まり、胸の前で指を立てて印を組んでから床へと手をあて、床を砂へと変えていく。

「何をしている!」
「時間を稼ぎます。皆は先に行っててください」
「不許可だ! これ以上貴重な部下を減らして…」

 宗明が止めさせようとした時、残った忍者達がいきなり宗明の両腕を掴んで強引に引きずっていく。

「お前達!」
「ここで我々が全滅しては誰がこの事を室長に報告するのです」
「いかな犠牲を払っても、BOWの危険性を知らせなくては…………」

 そう告げた不知火の言葉が、わずかに震えている事に宗明は気付いた。

「……分かった。ここは任せる。だが限界を感じたらすぐに逃げろ!」
「はっ!」

 残った忍者がありったけの武器を抜くのを見ながら、全員が非常用ラダーに続く扉を潜る。

「班長、お世話になりました」

 誰にも届かない言葉を呟きながら、残った忍者は変貌トールへと向かっていった。



 ラダーを昇る途中で、階下からすさまじいスパーク音と共にまばゆい閃光が走る。

「………」

 誰かが歯を噛み締める音が響いたが、全員が無言でラダーを昇っていく。

(これだけになってしまった………)

 自分も含め、五人きりになってしまった事に己の無力を感じつつ、宗明は上階へと急ぐ。

(もっと情報を集め、BOWの危険性を認識して武装を整えていれば………それとも柳生の機動班を強引にでも動かすべきだったのか? 全て、オレのミスだ………)

 種々の後悔が脳裏をよぎる中、とうとう真下から振動が響いてくる。

「来た!」
「ありったけの爆薬を投下しろ!」
「はっ!」

 忍者達がそれぞれ手持ちの炸裂弾や爆薬を取り出し、それを真下から迫る変貌トールへと投じると、一斉に地下一階へと通じる扉を潜り、左右へと散って伏せる。
 壮絶な爆発音と共に爆炎が吹き抜け、爆風が吹き荒ぶ。

「急げ、もう少しだ!」
「は…」

 立ち上がって走り出そうとした忍者の一人の腹を、何かが貫く。

「な……これは………」

 それは先端のみが硬質化した肉の触手で、焦げた匂いが漂っている事、そして先程通り抜けた扉の向こうから伸びている事に気付いた瞬間、その触手から電撃が流れる。

「がっ!」

 全身から電子臭と肉が焼け焦げる異臭を漂わせ、腹を貫かれた忍者がその場に倒れ、扉の向こうへと引きずられていく。

「礼人!」
「ダメだ、もう……」

 他の忍者が助けに行こうとするが、その忍者は余力を振り絞ってこちらを見ながら、胸元に手を入れる。
 その姿が扉の向こうに消えると同時に、その忍者は胸元に仕込まれた物を開放。
 高濃度の毒霧が狭い空間に噴き出し、扉の向こうで何かが鳴動する。
 そこで、爆破までの時間を示す英語の警告が、残り五分のタイムリミットを刻み始めた。

「時間が無いぞ! 急いで安全圏まで退避するんだ!」
「礼人の《死霧》を食らったんだ! 五分くらいは…」

 走り出した四人の背後で、何かが壁を押し砕く音が響いた。

「馬鹿な! 象でも即死する分量だぞ!」
「象以上という事か………」

 逃げる四人の背後で、全身が焼け焦げ、更に醜く膨れ上がってそれでも全身からスパークを放つ変貌トールが姿を現す。
 その変貌トールから、先程の触手が数本撃ち出すような勢いで伸びてくるが、全員がとっさに刀やクナイでそれを弾いた。

「班長! 先に行ってください!」
「何を言っている清蔵!」
「こいつを連れて外に出る訳に行きません!」
「……すまん!」

 三人が走り抜ける中、清蔵がその場に留まり、両手から無数の特殊繊維を蜘蛛の巣のように投じる。
 特殊な粘着剤が塗布された繊維は、本物の蜘蛛の糸のように通路に張り付いて無数の巣となって張り巡らされていく。
 そんな物に構わず変貌トールはこちらに向かい、その圧倒的な質量の前に繊維は無残に引き千切られていく。
 だが、ある基点を境に引き千切られた繊維に、鮮血が混じり始める。

「奥義、《地獄蜘蛛の術》」

 繊維の中に仕込まれたワイヤーソーに正面から突っ込んだ変貌トールの全身が、次々と切り刻まれていく。
 貼り付けられて固定されたワイヤーソーの前に電磁障壁はその役目を果たさず、変貌トールの質量は見る見る減っていった。

「はああっ!」

 トドメとばかり、清蔵は最後に取っておいたワイヤーソーを全て繰り出し、変貌トールの全身に絡ませる。
 残った電流がそのワイヤーソーを伝うのと、そのワイヤーソーが引かれるのは同時だった。



「外だ!」

 侵入した時とは逆の、ただ速度ばかり重視した足取りで三人は出入り口を潜る。

「このまま湾岸まで出るぞ!」
「残る三分!」
「十分間に合います!」

 生還への希望を抱いた瞬間だった。
 突然三人を凄まじい殺気が包む。
 全員が思わず振り向いた時、それはいた。

「……まだ来るのか」

 全身を切り刻まれ、焼け焦げ、毒を食らい、体内電流もほとんど失い、最早肉塊に手足をかろうじて付けた、悪趣味な粘土細工のようになった変貌トールが出入り口から這い出す所だった。

「班長!」
「お逃げください宗明様! ここは…」

 不知火と残った忍者が変貌トールに立ちふさがろうとした時、いきなり変貌トールの姿消えた。

「不知火!!」

 名前を呼ばれながら、不知火の体を宗明が突き飛ばす。
 そして、宗明の胸を鋭い爪がプロテクターごと貫いた。

「がはっ!!」
「む、宗明様!!」
「班長!!」

 血反吐を吐きながら、宗明は愛刀を振るって自分の胸を貫いた爪の元、予想外の敏捷さで上から襲い掛かってきた変貌トールの腕を両断する。

「に、げろ不知火………」
「宗明様を置いては行けません!」
「命令だ………こいつはオレが………」

 明らかな致命傷を負いながら、それでも不知火を守ろうとする宗明の姿に、残った忍者はある覚悟を決めた。
 忍者は懐をまさぐり、そこから無数の鉄杭を取り出す。

「はああっ!」

 気合と共に、鉄杭は上空へと投じられ、忍者も同時に宙へと飛んだ。

「はああぁぁっ!」

 そこで忍者は忍び装束の背から、一際長い鉄杭を取り出し、それを一振りするとその長さは伸長を超える。
 それにしがみ付き、無数の鉄杭と共に忍者は変貌トールへと降り注ぐ。
 鉄杭が次々と変貌トールを貫き、最後に体重を乗せた一際長い鉄杭が変貌トールを完全に串刺しにした。
 だが、そこで変貌トールの体内に残っていた全ての電流が鉄杭を伝い、忍者の全身を貫く。

「鋭鉄!」
「今です……はん……ち……」
「おおおぉぉぉ!」

 確実に感電死する事を覚悟の犠牲と引き換えに完全に身動きが取れなくなり、電磁障壁すら失った変貌トールに、宗明は残った全ての力を持って迫る。
 渾身の力で、宗明の愛刀が地面と水平に走る。
 まるで水面を裂くように、白刃は速く、よどみなく変貌トールの体を貫いた鉄杭ごと上下に両断する。
 さらに刃は跳ね上がり、上段から天を裂くように振り下ろされ、変貌トールの体を左右に両断。

「柳生新陰流、《月下天地裂斬》」

 完全に四つに分断された変貌トールは、力を失ってただの四つの肉塊となって地面に転がった。
 同時に、宗明もその場に膝をつく。

「宗明様!!」
「来るな!!」

 駆け寄ろうとする不知火を、宗明は拒絶。

「もう時間がありません! 速く脱出を!」
「……無理だ。オレはもう……」
「そんな事を言わないでください! 宗明様がいなくなれば、私は!」
「もう、痛みを感じない……いや、むしろ……」

 薄れていく意識の中、別の何かが己の中に生まれつつあるのを宗明は感じていた。

「どうやら、完全にT―ウイルスが発症しているようだ………いずれ、オレも化け物になる」
「そんな………」
「ここであった全てを、父上に報告しろ。何一つ、包み隠さずな……」
「しかし!」
「来るなと行っている!」

 宗明は最後の力を振り絞り、己の首に愛刀を当てる。

「宗明様!!!」
「あさましい姿を、お前に見られたくはない……オレと、この化け物の躯に火を放て。それが……班長としての最後の命令だ」
「で、出来ません!」
「命令だ!」

 断固とした口調で言い放つ宗明の目が、すでに焦点が合わなくなってきていた。

「それと、頼みがある………生まれてくる柳生の子の力になってくれ……オレのような未熟者として死なないために」
「宗明さ…」
「さらばだ!」

 己の意思が消える直前、宗明は愛刀を振り抜いた。
 鮮血と共に、その首が地面へと落ちる。

「あ、ああ………」

 最後の生き残りとなった不知火の頬を、熱い涙がとめどなく落ちる。
 そこで、警告が残る一分を切った事を告げた。
 忍者としての使命感と、宗明の最後の言葉が壊れそうになる不知火の心をかろうじて繋ぎとめる。
 残った最後の油と可燃物を振りまき、火種を放ると不知火は着火も確認せずに走り出す。

「さようなら…………」

 呟きは爆音に紛れ、当人の耳にすら届いていなかった…………



報告 アンブレラの生物兵器実験の危険性について

 かねてより噂されていたアンブレラ社で行われていた生物兵器とは、生物を変貌させる力を持つT―ウイルスなるベクターウイルスを用い、母体に驚異的な変化をもたらして兵器転用するBOWと呼ばれる存在である事が判明した。
 このBOWの戦闘力は極めて高いが、生物という特性上、極めてその制御は難しい。
 純粋な指揮制御にはある程度成功しているが、T―ウイルスによる変異は二次的、三次的変異を誘発し、その際は完全に指揮制御を離脱、暴走をする模様。
 また、BOW自体がT―ウイルスのキャリアであり、それに殺傷された物もT―ウイルス変異を起こすという事実も確認されている。
 変異体はその体を維持するために生者を襲い、そして襲われた物も変異体となって新たに生者を襲う、これは極めて危険である。
 よって、今後アンブレラの行う全ての生物兵器実験を中断、国内から撤廃する事が急務である………
 なお、今回の調査に置いて特務班は班長、柳生 宗明以下班員12名死亡。
 生存者、一名のみ………


「以上が今回の件の報告となります」

 テーブルの向こう、こちらに背を向けたままの室長に不知火は報告書の内容を読み上げて、それをテーブルへと置く。

「そうか」

 ただ一言だけ返答した室長に、不知火は一礼して部屋を後にしようとする。

「実働部隊からの退任を申し出たそうだな」

 その言葉に不知火の足が止まる。

「今回は多くの人材を失った。生物兵器に対する我々の認識の甘さが、こんな事態となったのだ」

 ゆっくりと振り向く室長の手に一振りの刀が握られていた。

「それは………」

 不知火の顔が大きく動揺する。

「事後処理に向かった班が発見してきた。あいつの、宗明の刀だ。炎に包まれてなお、輝きを失っていない」

 顔を伏せ気味にし、表情を見せないまま、室長はその刀を不知火へと突き出す。

「あの惨状で、お前とこの刀だけが無事に戻ったのは、宗明のお陰なのだろう」

 おそるおそる、その刀を受け取った不知火の目から一筋の涙が零れ落ちる。

「今回の件、対外的には生存者が無かった事にする」

 キツイ口調のまま、顔を上げた室長は厳しい表情を浮かべたまま言葉を繋ぐ。

「部隊全滅、という対外事実を持って今後の我々の部隊の大幅改変の足がかりとして、二度とこのような事態は起こらないようにせねばならん」

 涙を流し続ける不知火に、再度背を向けた室長は、懐から一本のタバコを取り出して咥える。

「不知火、お前には実働部隊から身を引いてもらい、これから生まれてくる子の世話役を命じる」
「え?」

 急な話に、不知火は驚いた。

「その刀、お前に預ける。生まれてくる子が、その刀に相応しいと判断した時に、渡すがいい」
「ですが………」

 不知火の反論は、タバコに火をつける動作で遮られる。
 深く吸い込んだ紫煙を、宙へと吐き出しながら室長は苦笑する。

「あの子は宗明以上の苦労をするだろう。これから改変されていく内閣調査室を率いていける人物にならなければならんのだからな」

 一口しか吸ってないタバコを灰皿へと押し込み、室長は遠くを見やるように天井を見つめる。

「そんな子の支えを頼めるのは不知火、お前しかいない。義姉となっていたであろうお前にな」

 不知火は涙を拭うと、刀を手にしたまま深く頭を下げる。

「もったいないお言葉です。この不知火、確かに拝命いたしました。この心身とも、生まれてくる子のためにささげます。宗明様と、この国のために」
「頼んだぞ」



 それから、しばらく後………

 病院の廊下に、元気な産声が響いた。

「おお!」
「生まれたぞ!」


 通路で新たな命の誕生を心待ちにしていた者達が、その元気な泣き声に歓喜する。

「ご家族の方はこちらに……」
「室長、呼んでますよ」
「ああ、不知火も来なさい」
「いえ、私は……」
「いいから」

 上司に引きずられるように、不知火が分娩室へと入る。

「あなた……」
「ああ、元気な子だな……」
「女の子ですって」
「そうか、そうか………」

 母親の隣にいる我が子に感極まったのか、父親の目に涙が浮かぶ。

「おめでとうございます。元気な子でなによりです」
「ありがとう、不知火さん。そうだ、抱いてみない?」
「え、いや……」
「ほら」

 母親に半ば無理やり生まれたばかりの赤子を抱かされた不知火は、その重さを感じて息を飲む。

「名前、なんてしましょう?」
「ああ、そうだな………」
「不知火さんは何かある?」
「え? しかしつけるなら両親のどちらかが……」
「いや、女の子の名前なぞ思いつくような繊細さは私にはないしな」
「私は産後で疲れてるから。あなたがつけてあげて」
「そう、ですね………」

 命の重さを感じながら、不知火が目を閉じる。
 脳裏に、己が愛した人の最後の言葉を思い浮かべつつ、ふとある名を思いついた。

「宗千華、千に華と書いて宗千華、というのは?」
「あら、いいわね」
「そうだな、そうしよう」
「よろしくお願いします。宗千華様」

 名付け親がそうささやくと、宗千華はその小さな手を伸ばす。
 不知火は、そっとその手を握り締めた。
 暖かい、無垢な生命を…………




感想、その他あればお願いします。






小説トップへ

INDEX


Copyright(c) 2004 all rights reserved.