クリスマスの変・惨


クリスマスの変・惨


 静かな夜が訪れていた。
 聖なる夜にふさわしく、教会には敬虔なクリスチャン達が集って荘厳なるミサを行い、それぞれの家からは家族が歌うクリスマスソングが流れる。
 ………はずだった。

「諸君! こよいはクリスマス・イブ!」
「今こそその欲望を解き放つのよ!」

 カップル大多数でにぎわう広場の中央に、いきなり大型コンテナが横付けされる。
 コンテナ上部に設置されているスピーカーから男女の声が響いたかと思うと、コンテナのサイドがゆっくりと上がっていった。
 クリスマスのゲリライベントかと思ったカップル達が、展開されていくコンテナの中をざわめきながら見守っていたが、やがて現れてきた物を見てその表情を凍りつかせる。

「それでは! これよりクリスマス一人身記念! まっしぶ漢祭りを開催する!」

 コンテナ内のステージの右半分、そこには鍛え上げられた鋼の肉体を持つマスクにショートタイツ姿の漢達が思い思いの姿でポージングを決めていた。
 先程まで運動でもしていたのか、その筋肉は滴る汗でなめ光り、上気した体からは汗臭い湯気が立ち上って周囲へと広がっていく。
 聖夜に似つかわしくない漢臭が広場に満ちていく。
 そのあまりの異様さにカップル達に動揺が小波のように広がっていった。
 そしてコンテナの左半分、そこには隣と同じようにマスクをした喪服のような黒装束の女達が全員マイク片手に立っていた。

「同じく! クリスマス一人身記念! オールナイト失恋ソングコンテスト!」

 スピーカーから、その場のカップル達の甘い雰囲気を粉砕するかのような物悲しい音楽が流れ始める。

「1番! 「もう恋なんてしない」歌います!」
「2番! 「Bye Bye My Love」!」
「3番! 「LAST CHRISTMAS」!」

 最早順番も何も無しにその場を物悲しい失恋ソングが流れ出す。

「それでは聖夜のまっしぶキングを決めるべく! これよりオオズモウ・クリスマス杯を開催する!」

 湯気の立ち上る肉体に、化粧マワシ(なぜかガラもまっしぶ漢)を付けた漢達が、ステージの上にテープを丸く貼り付けたの土俵でおざなりな四股を踏み、その肉体をぶつけ合う。
 激突と同時に熱い汗が周囲に舞い散り、野太い気合の声と共にその体からさらに汗臭い湯気が立ち上っていく。
 先程まで二人だけの甘い時間を過ごしていたはずのカップル達は、あまりに異様なイベントに悲鳴を上げる。
 最早聖夜の雰囲気なぞ完全にゲシュタルト崩壊したかと思われた時、突然遠くから鈴の音が響いた。

「むっ!?」

 鈴の音は段々と大きくなっていき、それに応じて何かの姿が見えてきた。

「トナカイ?」

 それは、聖夜に欠かすことなく描かれる動物達の姿だった。
 なぜか顔に傷があったり、目つきが異様に悪かったり、アイパッチまでしている謎の不良トナカイ達が、一台のソリをひいて広場の中、コンテナの反対側へと止まった。

「聖なる夜を乱す者達よ!」

 ソリから全身を赤で塗りたくってサンタキャップを被ったパワードスーツが立ち上がる。

「今宵は全てが幸福なる静寂に包まれる時!」

 その右隣にタクティカルスーツの上から赤地に白いボアのふちが付いた羽織をはおい、両手にパーティ用のソフトソードを握って額に〈芽理衣栗素枡〉と書かれた鉢巻をした男が立ち上がる。

「その静寂を破ろうとするのなら!」

 反対側、左隣にタクティカルスーツの上から赤地の白いボアの付いたレザーベストをはおい、両手にパーティー用のクラッカーガンを構えて頭にツリーを模したハットを被った女が立ち上がる。

「その幸福を守るために立ち上がる!」

 男の更に右隣、赤地のチャイナドレスに団子に結った髪にヒイラギのリーフと金縁のリボンをつけた少女が立ち上がる。

「幸福なクリスマスのために!」

 女の更に左隣、ケープのついた赤地の小児用コートに身を包んだ幼い少女が立ち上がる。

「我ら!」
「クリスマスを守るために!」
「聖なる使者に選ばれし!」
「幸福と平和の守護者!」
「その名も!」
『スーパー参多駆狼須5!』

 五人の背後で、巨大なクラッカーが鳴り響く。
 舞い散る金銀の紙ふぶきと色とりどりの紙テープが、広場に微妙な沈黙と乾ききった空気をもたらした。

「おのれ! この色欲にまみれた夜を、我らが男気で清めようとするのが分からぬというのか!」
「その通り! 聖なる夜こそ貞節を!」
「黙りやがれ! 一人身のヒガミじゃねえか!」

 その場の空間がひび割れたかのような音が響いた。………………ような気がした。

「スミス、てめえ言ってはいけない事を………」
「図星だろうがカルロス」
「課長、そぞろこの趣味止めた方が………」
「トモエ、人の密かな趣味にケチつけない」
「ええい! 全ては偉大なるシングル皇帝、ダークボーイの名の元に!」

 最早カップルが全て逃げ出した広場に、コンテナから降りた漢ぎった男達と、ヒステリックな女達、そしてサンタルックの五人が対峙する。

「どちらが今宵の主賓にふさわしいか、決着をつけよう!」
「清浄なるクリスマスのために!」
「黙れヒガミ集団!」
「ボクだって一人身だもん!」
「もうこうなったらやけくそよ!」

 聖夜を根底から誤解した双方が、私怨MAXで、激突した…………


翌日

「……乱闘でもあったんですか?」

 急用で出払っていたレンは、なんでか誰も彼もが傷だらけのSTARSメンバーを見て唖然とする。

「ん? いやただ単にクリスマスだからみんなはしゃいだだけだ」
「そういうレベルではないと思いますが………」
「レン兄ちゃんがいてくれればここまではならなかったかもしんないけど」
「は?」
「いや、こっちの話」

 顔面になぜか手形の付いているムサシや、頬にひっかき傷のあるアニーをレンはうろんな目で見つめる。

「あレン帰ってたんだ」
「トモエ、お前まで一体なにを…………」

 額に大きなバンソウコを張ってるトモエに、レンは呆れながら懐から小さなラッピングされた箱を取り出す。

「とりあえず、これ」
「わ〜い♪」

 レンから渡されたプレゼントを、トモエは嬉々として開ける。
 中から現れたのは、金縁で五芒星を意匠化したネックレスだった。

「レンありがとう♪」
「少し手を加えておいた。魔よけくらいにはなるだろう」

 トモエはいそいそとそれを付けてみようとした所で、レンの懐にラッピングされた箱がもう一つあるのに気付く。

「あれ、そっちは課長の?」
「いや、あの人に下手なの送ったらどう悪用されるか分かった代物じゃないし」
「どういう上司だよ」
「じゃあ誰の?」
「あれ、帰ってきてたんだ」

 そこに、鼻の頭にバンソウコを張ったリンルゥが姿を見せる。

「お前まで、一体何やってたんだ?」
「まあね。ちょっと派手なクリスマスパーティーって感じかな?」
「じゃあこれはついでだ」

 レンはもう一つの箱をリンルゥへと手渡す。
 それを受け取ったリンルゥはきょとんとして顔でその箱を見つめた。

「これ、プレゼント? ボクに?」
「まあな」
「開けてみていい?」
「好きなように」

 開けた箱の中には、トモエのと同じような銀縁の五芒星を意匠化したネックレスが入っていた。

「わあ、アークおじさん以外の男の人からプレゼントもらったのボク初めて」
「さもしい人生だな、オレも人の事は言えんが………お守り代わりにはなるはずだ」
「ありがとう♪」

 嬉しそうに微笑むリンルゥの背後で、レンに詰め寄ろうとするトモエをケンド親子が必死になって押さえ込んでいた。

「聖夜に星の加護を、か……」

 ふと外を見ると、静かに雪が降り始めていた………



聖なる夜に、静かなる幸福と、星の加護が皆に与えられますように………




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