クリスマスの変・惨


クリスマスの変 死


 街角の木々にモールと星飾りが施され、色とりどりの電飾が夜の闇にきらびやかに輝く。

「きれ〜」

 止められた車の中から、トモエはこの時期特有の町並みを見ていた。
 クリスマスツリーに飾れた街道を、サンタ帽を被ったカップルやトナカイモチーフのコートを着た子供達が両親に連れられて町を歩く。
 それはとても穏やかなクリスマスだった。

「定時報告、目標に変化なし。状況を継続する」

 同じ車に乗っていたレンの声が雰囲気を粉微塵に破砕する。
 街行く人々がクリスマスを楽しむ中、FBI公用の監視用バンの中でレンとトモエの二人は容疑者の監視を続けていた。

「……なんでイブに仕事なんて」
「仕方ない、かりにもFBIの人間なんだからな」

 ぶつぶつと言いながら、トモエはコンソールを操作してビルの一つの窓を再度確認。
 そこでは無精ひげの生えた男が、ケーキとピザを両方食いながらシャンパンをらっぱ飲みしてた。

「なんで可憐な少女がこんな仕事して、あんなオヤジがクリスマス楽しんでるの………」
「年末特別警戒中だからな。他に機械操作できる奴は全員警戒中だ」
「せっかくシェルブールのケーキ予約してたのに〜」
「これが終わったら取りに行こう」
「じゃあ、早速突入して……」
「まだ相手と接触が無い。それまで待て」
「つまんない〜」
「あと二時間もすれば交替だ」
「時間ギリギリか〜」

 ポケットの財布からケーキの予約券を取り出して、引き換え時間を確認したトモエがため息。

「こういう地味〜な仕事は普通の捜査官がやればいいのに。わざわざレンにさせなくても」
「人手不足だ。セシルみたいにテキサスの荒野に聞き込みに行ってるのよりはマシだろ」
「km単位でしか家ない所に行って収穫あるのかな〜」

 監視している男がシャンパンの次にワインの口を開けた所を見ながら、トモエはコンソールの前から立ち上がる。

「ちょっと飲み物買ってくる」
「速めに戻れよ」
「うん」

 バンから外に出たトモエは、周囲に溢れるクリスマスの雰囲気に乗れない自分に気付いて重いため息を吐いた。

「せっかくレンと二人きりだってのに、ムードも何もないし………まあ、これが終わったらシェルブールのケーキを二人っきりで………」

 クスクスとどこか黒い笑みを浮かべながら、トモエが手近のコンビニに入った時だった。
 いきなり目の前にスプレーが突き出され、それが噴出される。

(え?)

 それが何かを理解する前に、トモエの意識は途絶した。


「ん…………」

 何か頭が重いな、と思ったトモエが目を覚ますと、身動きが出来ない事に気付く。

「へ?」
「大丈夫?」

 隣にいたコンビニの制服を着た中年の女性が心配そうに声を掛けてくる。
 よく見ると彼女の腕は後ろに回された状態でロープで完全に拘束されている。
 それはトモエ自身も同じだった。

「あの、これって………」
「いいから金とヘリを持ってこい! ドカンと行くぞ!」

 何かコンビニの入り口付近で、手にそれぞれ銃とスイッチのような物を持った男ががなりたてている。
 その足元に、何か配線の生えた箱があった。

「………え〜と、爆弾強盗?」

 ようやく事態を理解したトモエが呟くと、隣にいた中年女性がこっくりと頷く。

『相変わらず緊張の状態が続いております! 同区画内のコンビニ五店舗を同時襲撃した爆破強盗団は、他のどの場所で突入が起きても爆弾を爆発させるつもりであります! 現在市警とFBIの合同対策本部が…』

 付けっぱなしになっていたテレビの緊急速報が耳に飛び込んでくるのと同時に、トモエの目に現在の時刻が飛び込んできた。

「………もうそんな時間?」
「二時間半も寝てたのよ、あなた………本当に大丈夫?」

 中年女性の言葉はトモエの耳に入ってこなかった。
 なぜなら、もうケーキの引渡し時刻は過ぎていたのだから…………

「そんな、レンと二人っきりのイブが…………」
「とっとと金をよこせ! このガキがどうなってもいいのか!?」

 犯人が怒鳴りながら銃口をトモエへと向ける。
 だが、その時何かが引き千切れるような音が響いてきていた。

「え?」
「うん?」

 中年女性と犯人が首を傾げる。
 それは、トモエを縛っていたロープが立てる音だった。

「せっかく、レンと二人きりになれるチャンスを……そんな爆弾ぐらいで………」

 下をうつむいたまま、トモエが低い声で延々と怨嗟を呟いていく。
 その状態で、彼女を縛るロープが徐々に千切れていき、とうとう完全に弾けて千切れ飛んだ。

「ええっ!?」
「ひっ!」

 予想外の事態に人質の中年女性と犯人が凍りつく。
 トモエがゆっくりとした動きで顔を上げると、そこに羅刹の形相が張り付いていた。

「う、動くな! こっちには銃と爆弾が…」

 最後まで言わせず、瞬時に間合いを詰めたトモエが犯人の銃を避けて二の腕を片手で掴む。

「こ、こら放せ、ぎょあああああぁぁぁ!」

 音が響く程の握力で、犯人の腕が握り締められていく。
 羅刹の形相のまま、トモエがもう片方の手で同じ腕を掴み、一気に締め上げる。
 次の瞬間、タイヤのパンク音のような音を立てて犯人の二の腕が破裂した。

「いぎやああああぁぁぁぁぁ!」

 返り血を浴びながら、逃げようとする犯人のもう片方、スイッチを握っていた手を今度は両手で掴むと、力いっぱい締める。
 爆破スイッチごと犯人の手が砕けていく音が店内に響いた。

「乙女の夢を奪ったお礼に、乙女の熱い拳をプレゼントしてあげる。いいイブになりそうね」

 最早悲鳴も上げられない犯人を前に、トモエは羅刹の形相で微笑んだ。


 それから15分後、全身を原型留めなくなるまで殴られ、ありあわせの材料で作った十字架に貼り付けれた犯人が店外にポイ捨てされた。

「……来る必要なかったか」

 他の四件を鎮圧してきたレンが、そのあまりに凄惨な状態に市警の人間も怖がって近寄らない犯人に一応手錠をかける。

「あ、レン。おそ〜い!」
「いや、他のを全部片付けてきたから……」
「先にこっちに来る物でしょ! レディを待たせて!」
「すまない。まあ仕事はあらかた片付いたようだし」
「あ、そうなの? ひょっとして待ってた接触相手ってコレ?」

 自分が半死人にした者を足で小突きつつ、トモエはレンへと近寄る。

「それじゃあ、今日はもう上がり?」
「……そうした方がよさそうだ。後を頼めるか?」
「お願い♪」

 四件の爆弾強盗犯を瞬く間に鎮圧した男と、残る一件の犯人を返り討ちにした少女のお願いに、周囲の市警の人間は高速の動きで首を上下に振った。

「じゃあ、まずケーキ取りに行こう! まだなんとかなるかも!」
「ああ、そうだな」
「それでね、あとは……」

 はしゃぐ少女と、苦笑する男の上に、空から静かに雪が降り始めていた。


 聖なる夜に、人々の平穏と、わずかばかりの幸福がありますように…………





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