クリスマスの変・互


クリスマスの変・互


@STARS本部にて


「以上の点において、年末年始の人の集合する大規模イベントなどでテロの起こる可能性は高い。浮かれたい時期かもしれないが、警戒は怠らないように」

《年末年始にイチャつくカップルへの憎悪がテロリズムに及ぼす影響》と銘打たれた多少意味不明の題目の講習が終了し、STARSの隊員達は年末年始の特別警戒態勢の準備へと入る。

「あのカルロス隊長」
「何だ新入り?」
「この聞いた事の無いセクト名は一体?」
「ああ。この時期だけ出現する連中でな。詳細は一切不明、ただカップルへの異常なまでの憎悪を持つ事だけが判明してる。確か日本だとバレンタインにも発生するらしい」

 リンルゥが講習用のテキストに印刷されている、フルマスクに《殺!》だの《カップル撲滅!!》だのをボディペイントした半裸の変人集団への問いにカルロスが淡々と答える。

「ちなみに15年前、《血のバレンタイン》と呼ばれる大規模テロを計画、実行に移そうとしたらしいが、最初の標的に新婚旅行中のシェリーを襲って、返り討ちどころかほぼ壊滅状態にされたらしい。確か資料が…」
「いえ、怖いからやめておきます………」

 ちらりと見えた、フルマスク以外の全裸で血の海に沈む変人集団の中央、全身を返り血に染めて仁王立ちする〈誰か〉の写真が見えた気がしたが、リンルゥは見なかった事にする。

「そういや、聞いてっか? 新人はこの時期特別実習があるって」
「特別?」
「食堂でやってるはずだから、行って来い。シェリーにはこっちで言っとく」
「はい、了解しました」



五分後 食堂

「………………特別実習?」

 リンルゥは、厨房に入りきらず、食堂の方にまであふれてる〈材料〉に呆然とする。

「お、来たな。じゃあ手伝ってくれ」

 厨房にいたコックから、エプロンと三角巾が手渡され、リンルゥの頬を生ぬるい汗が一滴滑る。

「これって……」
「みりゃ分かるだろ、ケーキの材料」
「ケーキ?」

 明らかに食品工場用の業務用の粉袋が幾つも置いてある状況に、リンルゥの脳内に昔ファッション誌で見たケーキのレシピの分量と目の前の分量を脳内で比較する。

「あの、こんなに?」
「ああ、何せここは大飯食らいの体力馬鹿ばかりだからな」
「はあ………」
「じゃ、まずこのレシピの分量を量ってくれ」

 何か釈然としない物を感じながら、リンルゥが手渡されたレシピに目を通す。

「小麦粉25kg、卵800個、三温糖26kg、ラード4kg、ナッツパウダー8kg、ミートペースト10kg?」

 明らかに桁が二つほど違う分量と、ケーキとは思えない材料にリンルゥの頬が引きつった。

「あの、これ………」
「シェリー隊長が考案した、スーパーカロリーケーキだそうだ。普通の奴が食ったら三日は何も食えなくなるぞ」
「三日で済むかな〜?」

 計算したくないカロリー総量を無視して、リンルゥは大型ボウルに小麦粉と三温糖をぶちこんでいく。

「次ラード溶かしておいてくれ」
「普通バターじゃないかな?」
「それじゃ物足りないって言われてな」

 手渡されたデカい中華鍋を火にかけ、お玉を手にしたリンルゥが女性なら直視したくない油脂の塊を鍋へとぶち込んでかき混ぜる。

「お、なかなかいい筋してるな」
「中華なら得意だから。でもケーキにこれは………」

 煮立ってきたラードを前に、もはや何も考えない事にしてリンルゥは火を弱める。

「次はフルーツの下ごしらえを」
「やっぱケーキにはフルーツを………」

 そう言ったリンルゥの前に、山のようなドライフルーツとアボガド、バナナと言ったダイエットには禁物の高カロリーフルーツがどかっと置かれる。

「……おいしいのかな?」
「味は結構いけるぞ。自分で作るんだから自信持つ事だな」

 混ぜ込んだ材料を装甲車の装甲板を打ち伸ばしたらしい大型の型に流し込み、それを科学研究室の耐熱実験槽へと叩き込む。
 焼きあがったスポンジを科学班の班員達が青い顔で見送る中、大型ボウル数個分の生クリームと左官用のコテがリンルゥへと手渡された。

「それ塗って、あとトッピング」
「………」

 トッピング用に用意されているチョコバーとカロリーメイトの山を見なかった事にして、リンルゥは力任せに生クリームを巨大なスポンジへと塗りこめていく。

「はっはっは、去年はケンド兄妹の連中が派手にぶちまけたり自分の型取ってたりしてやがったな」
「どう見てもこれはケーキ作りじゃない………」

 高カロリーの塊をケーキの表面に突き刺していきながら、リンルゥは思わずうめく。
 最後に子供くらいはある砂糖人形のサンタとロケットランチャーくらいの太さはあるロウソクを突き刺し、ケーキは完成した。

「つ、疲れた………」
「ご苦労さん。どうだ、製作者権限で最初の一口行ってみるか?」

 無論、リンルゥは高速で首を左右に振る。
 夕食時、振舞われたそのケーキは(機動班の班員にだけ)好評を博した。
 が、試しに食べてみた科学班や事務班数名が全員胃もたれや高血糖症で医務室に担ぎ込まれたのは、また別の話………




Aシバルバー・珠阯レ町にて

 外界が完全に消失し、孤立した町においても、人々はいまだ暦に従って生活していた。
 それは、四季その物が消失した場所においてなお、営みを続けるためのささやかな努力なのかもしれない。
 しかし、幾分かの変質は免れないのも事実だった。
 たとえば、もはや元の宗教儀式とはまったく関係の無くなった季節行事に置いても…………

『賛社院』とやけに流麗な墨で書かれた看板が出た、小さな建物の中で、小さな子供達の楽しそうな声が響く。

「杏奈先生〜、こっちは準備できたよ〜」
「よ〜し、じゃあパーティーを始めよう」
『は〜い♪』

 子供達に囲まれた中央で、先生と呼ばれるにはずいぶんと若い女性が子供達の先頭に立ってクラッカーを手に取った。
 かつては仮面党の幹部として、外界滅亡の要因の一端を担ってしまった彼女が、シバルバー浮上の際に親と別れて取り残されてしまった孤児達を集めて作ったささやかな孤児院で、クリスマスパーティーが催されている所だった。

「先ぱ〜い! ケーキ届きました〜!」
「ご苦労典子………ってずいぶんと今年のは立派ね」
「ほら、克哉さん二人係りで作ったらしくて」
「なるほど、それで」
「はいみんな並んで〜。並ばないと分けてあげないわよ〜」

 この孤児院を手伝ってくれている高校時代の後輩と手分けして、杏奈はケーキを分けて子供達に渡していく。

「あ、そっちのイチゴ大きい!」
「そっちの方が大きいよ!」
「え〜、でも」
「こら、ケンカはダメ。いい子にしてないと…」
「あっそうだった」
「は〜い、いい子にしま〜す!」

 何かを期待している子供達が、慌ててケンカを止める。
 それを待つ子供達の瞳は、何よりも澄んでいた。

「ヘ〜イ、キッド達元気か〜い?」
「こんにちは〜」
「あ、青い歌の兄ちゃんだ!」
「雅ねえちゃんも一緒だ〜」
「ドーナツ持って来たよ〜」
「約束どおり、クリスマスソング・ミッシェルメドレーに来たぜ! ア〜 ユウ レディ?」
『イエ〜イ♪』

 良く訪れては子供達の相手をするミッシェルと雅の二人が、子供達と一緒にややハイトーンのアレンジが施されたクリスマスソングを合唱していく。

「にぎやかだな」
「手品のおじちゃんも来た!」
「お………」
「すいません城戸さん。何べんも言ってんですけど…………」
「いや、いい。余興に来ただけだからな」

 いささか傷つきながらも、訪れた城戸 玲司が手品を子供達に見せたり、他にも訪れた者達が手土産を子供達に振舞ったり、芸を見せたりしてなごやかにパーティーは進行していく。
 やがて夜もふけてきた時だった。
 子供達の耳に待ち望んでいた鈴の音が届いた。

「来た!」
「来たよ!」

 子供達が外へと飛び出す。
 鈴の音は段々大きくなっていき、やがてこちらへと向かってくる影がはっきりと見えてきた。

『ジョーカーサンタだ!!』

 最初に見えたのは、頭に角を付け、赤い付け鼻と茶色のタイツスーツでトナカイのコスプレをした明彦とヒートが、壮絶な表情で走ってくる。
 その腰には手綱が結ばれ、それは背後のソリと繋がっている。
 そしてそのソリに、かつてこの世界を滅亡へと導く要因になったはずのジョーカーが、なぜかアゴヒゲとサンタ帽をかぶって乗っている。
 かつての事件の余波で、まれに噂が具現化するこの町で「願いを適える」存在のジョーカーと「子供達のプレゼントの願いを適えてくれる」サンタクロースの噂が子供達の間で混同し、年に一度、クリスマスにだけ《ジョーカーサンタ》へと変身する力を持ってしまった黒須 淳が、手綱を引いてトナカイ役の二人に止まってもらう。

「ふふふふ、メリークリスマス!」
『メリークリスマス!』

 ソリから降りたジョーカーサンタに、子供達が一斉に声を上げる。

「いい子にしてたかな、子供達?」
『は〜い!』
「それじゃあ、君達の望みを適えよう。さあ順番に並んで」
「ボク一番!」
「あたし二番!」
「三ば〜ん!」

 子供達が並んでいく中、ジョーカーサンタが持参した袋に手を入れる。
 噂の力で「クリスマスにだけ子供達の望むプレゼントが出てくる」背負い袋に手を入れ、出てきたプレゼントを子供達に渡していく。

「なんでオレがこんな事………」
「いいトレーニングだ。子供達も喜んでるし」
「ご苦労様です」

 息を切らしているヒートと明彦に典子が飲み物を渡す中、プレゼントを手にした子供達が心底嬉しそうにそれを開けていく。

「やった〜!!」
「わ〜い!」
「これ欲しかったんだ〜♪」

 プレゼントを手にした子供達が全員喜んでいるのを確認したサンタジャーカーが、その場で何度も頷くとソリへと再び乗った。

「それじゃあ、いい子にしていれば、また来年必ずジョーカーサンタは現れるだろう!」
『は〜い!』

 懐からポインセチアの花を一輪取り出し、それを子供達へと投げながら、ジョーカーサンタはソリを走らせる。
 聖なる夜に、全ての子供達の望みを適えるために…………

ポインセチアの花言葉『聖なる願い』

 聖なる夜に、ささやかなる望みが、適いますように…………






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