クリスマスの変・渋



クリスマスの変・渋




その1

 静まり返った荒野の中、その場を更に静謐にするかのように雪が降りしきる。
 生命を全て否定するかのような場所に、一つの十字架が立てられていた。

「た〜すけて〜!!」

 その十字架から、静謐を木っ端微塵にするかのように少年の悲鳴が響いていた。

「おい! 一体何を!」
「伊織 順平、否、元同志・嫉妬修羅二号よ」
「君は我々の盟約を破った」

 十字架に磔られ、もがく順平の下で、白地に目の縁に炎のような文様が描かれ、額に〈しっと〉と刻まれたマスクを被った、全身に隈取のような模様の入った少年の姿をした悪魔《嫉妬修羅一号》と、デモニカスーツのバイザーメットの上から同様のマスクを無理やり被り、手にスナイパーライフルを持った兵士《嫉妬修羅三号》が淡々と宣告をしていた。

「盟約って!」
「これだ!」

 そう言いながら嫉妬修羅一号が手を上げると、三号が巨大なパネルを持ち上げる。
 そこには、順平が白地のゴスロリドレスを着た少女と楽しげに会話をしてたり、少女が何か描いているらしいスケッチブックを横から親しげに覗いてる写真が大きく張り出されていた。

「いや、それは……」
「元同志・嫉妬修羅二号よ。君は我々の盟約を一方的に破棄し、彼女を作った!」
「これはあまりに重大な罪だ!」
『よってここに制裁を加える!』

 宣言と同時に、嫉妬修羅一号の手に炎が宿り、嫉妬修羅三号はナパームグレネードを手にする。

「うおい! シャレになってねえって!」
「やかましい! 仲間だと思ってたのにまさか彼女持ちを黙ってるとはな!」
「最早問答無用!」
「順平、何をしてるの?」

 今まさに火が十字架に向かって放たれようとした時、その場に写真に写っていた少女が現れる。

「あ、チドリ助けて!」
「……クリスマスの余興?」
「そうじゃなくって!」
「ちょっと待ってて」

 必死になって助けを求める順平を不思議そうな目で見ながら、チドリはスケッチブックを取り出し、磔られてる順平をスケッチし始める。

「あなた達も動かないで」
「……………なあ、なんだこれ」「モデル?」

 全く予想外の展開に、嫉妬修羅一号と三号もリアクションの取り様がなく、硬直したままスケッチが終わるのを待つ。
 弱いとはいえ雪が降る中、硬直している三人を前にチドリが鉛筆で素早くスケッチをしていき、そして少しばかり雪が三人に積もり始めた所で筆が止まる。

「ラフは終わった。清書してくるから、後はどうぞ」
「うん分かった………じゃなくって! 助けてチドリ!」

 スケッチブックを畳んでその場を立去ろうとするチドリに思わず頷きかけた順平だったが、今の自分の状況を思い出して泣き叫ぶ。

「これ完成したら」
「それっていつ!?」

 そっけない返事と共に、チドリが遠ざかっていく。
 後には、呆然としている三人が残された。

「……お前、あれとどう付き合ってたんだ?」
「いやまあ、色々と……」
「悪魔よか変わった子だな………」

 やる気が削がれたのか、マスクを外した二人は順平を外すと、三人でその場を黙々と片付け始めた。


「………今回は使わずに済んだか」
「それで何をする気?」

 双眼鏡片手に、一連の様子を見ていた八雲が用意していた鉄パイプを元有った廃材置き場に投げ捨てるのを、怪訝な顔で雅宏が問う。

「女にモテなすぎて、末期になるのを強引に引っ張り戻すのがここ最近の恒例行事で」
「愉快な人達だね」
「それで済めばいいんだが………」

 笑う雅宏に八雲がため息を吐き出す。

「あの世でクリスマスも何も無いだろうに」
「でも皆パーティーの準備始めてるね」
「どうやる気なんだか」

 アジトとして案内されたブルージェット号の残骸の中で、あちこち屋探ししている音が響いてくるのを八雲は呆れ顔で見つめる。

「クリスマスパーティーか、前にスプーキーズのみんなでやった時は楽しかったね〜」
「あれはユーイチがジュースと間違えてカクテル持ってきたのが間違いの元だった………」
「次の日全員、アジトの中で二日酔いで目が覚めたんだったか」
「後片付けに丸一日かかったし。………今とやってる事があまり変わってないな」
「楽しそうでなによりだ」

 そう言いながら笑う元リーダーに、八雲は少し複雑そうな表情をする。

「リーダー、オレは…」

「八雲〜、これって食べられるかな?」「ネミッサさん、それ変色しきってるけど、冷凍ピザだったみたいですけど………」
「ドライフルーツとかならあるわね」「缶詰も大丈夫そうだ」
「念のため聖別をしてからにしましょう」
「何故か倉庫から酒が大量に出てきました」
「まえに探索した時は見つけ損ねたか?」
「誰だ倉庫の扉破壊してこじ開けたのは………」

「今の仲間も、スプーキーズに劣らずアクティブみたいだね」
「お陰で中間管理職の悲哀を味わってるんだが………」

 響いてくるそこはかとなく不吉な会話に、八雲は口から出かけた言葉を思わず中断してボヤきに変える。

「さて、僕らも手伝いに行こうか。でないと後でチドリ君に何か言われそうだし」
「伊織の奴、あんなのが趣味とは変わってるな」
「チドリ君は少し変わってるけど、悪い子じゃないと思うよ」
「だといいんだが………」

 そんな事を言いながら、二人はいまだ騒がしいパーティー会場予定のスペースへと向かう。
 なお、ツリーの代わりと言ってチドリが持ってきた絵には若干美化された気がする磔された順平を、あまりにも大胆過ぎる抽象的画風で描かれた嫉妬修羅の二人が火あぶりにしようとする構図が描かれており、大多数の硬直とごく一部の爆笑を買っていた。
 なお、タイトルは《聖夜》だった………



その2

『忙しいのは分かるけど、息子のプレゼント忘れるってのはさすがにどうかしら?』

 電話向こうからの静かな、それでいてしっかりと怒気を孕んだ声に、僅かに苦笑。

「忘れてたわけじゃない。さっき仕事の前に頼んできた」
『そう言うのを忘れてるって言うのよ。まあ今に始まった事じゃないけど。この子が分別のつく歳になったら、ちゃんとイブに間に合うように頼みなさい』『う〜?』
「仕事の状況にもよるな。今もパーティー会場の急な警備の仕事が入ったんでな」
『だからそういうの入る前に頼むのよ、まったく……うん?』

 普段通りの怒ったような、呆れたような口調のボヤきが洩れてくるが、そこでいきなり疑問符が入る。

『なんかそっちから妙な音が聞こえない? パンパンって』
「クラッカーだ。大分盛り上がってるんでな」
『変な声も聞こえるし』
「すでに出来上がった奴が足元にも転がってるんだよ。わずらわしくて叶わん」
『そ、それじゃあちゃんとお年玉渡せる時期には帰ってくるように』
「出来ればそうする。そろそろ忙しくなってきたから、それじゃあ」

 そう言って電話を切り懐へと戻すと、もう片方の手で握っていたサムライエッジの、まだ硝煙の漂うサイレンサーを外す。

『Cウイルス変異体、総数50前後!』
『生存者の救出、90%完了しました!』

 次々と届いてくる報告を聞きながら、空になったマガジンを新しい物へと交換、スライドを口に咥えて引きながら、愛刀をゆっくりと抜き放つ。

「それくらいならオレ一人で十分だ。アルファの連中はそのまま生存者の救出のみに優先させろ。ベータは変異体を一匹たりとて外に出すな」
『しかし………』
「せっかくのクリスマスイブだ。殉職者は少ないに越した事はない」

 そう言いながら前へと歩を踏み出す。
 闇に溶けるような黒地の小袖袴に、背に所属を表す赤地に《FAR EAST BSAA》のエンブレム、そして拳に嵌められたグローブに《TEAM ZERO》のロゴが僅かな明りに照らし出された。

「BSAA極東支部 チーム・ゼロ所属、水沢 練。いざ、参る」

 宣言と同時に、白刃を手にした男はバイオテロの惨状が続く地獄へと駆け出した………



その3

「ツリーはこっちねこっち〜」
「飾りつけ担当の人集合〜」
「テーブルクロスが足りないんだけど」
「ここにあったカナッペ根こそぎつまみ食いした人誰!?」

 親睦を深めるために計画されたクリスマスパーティー会場で、姦しい声があちこちから響く。

「………ところで聞きたいんだけど」
「何ですか?」
「クリスマスって何?」

 会場設置をしながらのフェインティアの質問に、周囲の人間の動きが止まる。

「お父さんは家族で楽しく過ごすための日だって言ってましたけど」
「それ以上は私達もいまいち………」
「ふ〜ん」

 エグゼリカとクルエルティアの返答に、フェインティアは微妙に首を傾げる。

「あれ、家に一人残された男の子が家を守るために孤軍奮闘する日じゃありませんでした?」
「深夜に物を食べて生まれた怪物と死闘繰り広げる日じゃなかったっけ?」
「いや、テロリストに占拠されたビルで決死の覚悟で孤軍奮闘する日のはずだ」
「……スポーツに人生を掛けた若者が、それ以外では相手にされない事を認識せざるを得ない日だと思いましたが」
「誰だそんなの教えたのは………」

 テーブルセッティングを手伝っていた武装神姫達のクリスマス感に、様子を見に訪れた冬后が呆れ果てる。

「違うよ〜、好きな人とそれはもう熱〜い夜を過ごす日の事だよ♪ ねえポリリーナさま♪」
「それも少し違うような………」
「未来だと一体クリスマスはどうなっているのだ?」
「安心して、あれはただの口実にしてるだけだから」

 このパーティーの開催を提案したユナがポリリーナにすりより、ポリリーナも少し困った笑みを浮かべる。
 バルクホルンが思わず呟いた一言を、瑛花が肩に手を置きながら否定する。

「急な話でしたから、準備不足の感が否めませんわね」
「こうやって開催できるだけでも十分よ。色々準備してもらってお礼を言わないと」

 準備の進行度をチェックしていたエリカに、ミーナがグラスを運びながら笑みを浮かべる。

「誰かお料理運んでくださ〜い」
「ユーリィ行くですぅ」「……運ぶ」
「誰かあの二人止めなさい!」「料理がテーブルつく前に全部たべられちゃう!」

 厨房から響いてきた芳佳の声にユーリィとティタが向かおうとした所を、大慌てで舞と亜乃亜が叫んで周囲の人間が止めに入っていく。

「始まる前からこれだと、始まったらどうなるの………」
「さあ………」

 雑事を終えてようやく準備手伝いに来たミサキとエリューがそこはかとなく不安を感じながらも、準備は着々と進んでいった。


「それじゃあ、メリークリスマ〜ス!」
『メリークリスマ〜ス!』

 ユナの音頭と共に、グラスが掲げられる。
 済んだ音と共に、パーティーが始まった。

「改めてこうして見ると、すごい状況だな」
「そうですね、なんでか女の子ばかりですし」
「しかもほぼ全員が戦闘要員というのだから………」

 楽しげに会話しながら料理に手を伸ばしたり、各々の特技を余興として披露する少女達に、副長が思わず呟いたのをたまたま近くにいたエルナーが同意。

「でも皆さんがこうやって団結できる事は素晴らしいと思いますわ」
「せぜるをえない、という状況もあるがな」

 ジオールがそう言いながら微笑し、ソフトドリンクを飲みながら美緒が頷く。

「クラッカー用意できたよ〜」「自信作です」

 そこへマドカとウルスラの共同制作の巨大クラッカーが運ばれ、艦砲としか思えないサイズに全員の顔色が青ざめていく。

「それじゃあ、せ〜…」
『ちょっと待った〜!!』


「よいしょ、っと」

 パーティーが終わり、皆が寝静まった辺りに武装神姫達が密かに無人のパーティー会場集結していた。

「皆集まったね」「うむ」「……それでは」

 パーティーのドサクサに紛れ、集めた色々な物を武装神姫達がテーブルの上に広げていく。

「クリスマスには大事な人にプレゼントを贈るという事です」
「特に手作りの物が喜ばれるんだっけ」
「しかし、どうする?」
「……皆さんのマスターが喜びそうな物は分かりますか?」
『う〜ん………』

 武装神姫達が全員考え込む中、小さな明りが彼女達を照らした。

「あれ?」「何をしているんです?」
『あ』

 武装神姫達が光の方を振り向くと、そこには懐中電灯を手にした七恵と白香の姿が有った。

「いえ、その……」「というか、そっちこそ何してるの?」
「私はちょっと探し物があって、白香さんに案内してもらってたんですが………」

 そこで七恵はテーブルの上に探していた物がある事に気付いた。

「あった! よかった〜、貴方達が拾ってくれたの?」
「肯定だ。もっともそれはたまたまだが」

 探していた物、幼馴染から貰ったクジラのキーホルダー以外にもテーブルに色んな物が置いてある事に七恵は気付いた。

「……それは大切な物なのですか?」
「ええ、幼馴染からもらったプレゼントなの。ひょっとして貴方達………」
「はい、マスターへのプレゼントをどうにか出来ないかと思って」
「なるほど、パーティー中に何か集めてるとは思ってたんですが、そういう事だったんですか」
「それじゃあ、これ見つけてくれたお礼に協力してあげる」
「私も手伝いましょう」
「本当ですか!?」「やった〜♪」

 かくして、武装神姫達と七恵と白香によるプレゼント作りは、遅くまで続いた。


「む………朝か」

 昨夜のパーティーのせいか、若干の疲労を感じながらも美緒は起床する。
 日課の訓練に取り掛かろうと枕元の愛刀に手を伸ばそうとした所で、ふとそばにリボンが掛かった包みがある事に気付く。

「はて、これは………」

 そのリボンに《マスターへ》と書かれている事、そして枕元のクレイドルで寝ているアーンヴァルのあちこちに紙くずや汚れがついている事に美緒はそれとなく状況を察する。

「ふむ」

 その包みを開けた所、中から美緒のパーソナルマークが描かれた眼帯が出てくる。
 しばしそれを眺めた所で、起きそうにないアーンヴァルをそのままに、美緒はその眼帯を付けて寝室を後にした。


「へえ………」

 クレイドルに倒れこむようにして熟睡しているストラーフを優しい目で見ながら、ミーナは501部隊章の刻まれたブレスレットを嵌める。


「お?」

 タイヤを意匠化したアクセサリーにGLAMOROUS SHRLEY(グラマラス・シャーリー)のロゴが刻まれているのを、何故か手に刀を握ったまま寝ている飛鳥を前にシャーリーは笑みを浮かべる。


「何これ?」「プレゼントね」

 フェインティアの名前が掘り込まれ、裏にPERFECT TRIGGERHEARTと刻まれているドッグタグにフェインティアは首をかしげ、クルエルティアは武装したまま寝ているムルメルティアをそっと撫でていた。


 聖なる夜に、心からの贈り物を。

Merry Christmas!!





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