クリスマス・ナイト


これは管理人兄の岩手のボケ熊の書いたクリスマスSSです。


クリスマス・ナイト



 街は寒空にそぐわない程の活気に満ち溢れていた。
 人々の喧騒、商店から流されるクリスマスソング、ときおり響き渡る時計店の鐘の音。
 ある者は友と、ある者は家族と、ある者は恋人と、肩を並べてそれぞれの目的地へと歩いていく。
 そんな中に僅かな違和感を伴った姿が、商店街を歩いていた。
 腰まで届く黒の長髪を首の辺りで縛り、穏やかな微笑を浮かべている20代程のその女性は、ショールこそまとってはいるが、その下から見える装束は白の単衣に朱色の袴という和装。一般には巫女装束と呼ばれている格好が、クリスマスムード一色の街を歩いている。
 違和感の原因はその女性の両手にもあった。歩くのに明らかに邪魔になりそうな大きな竹箒を左手に、右手には小型の竹篭を腕に下げている。
 竹篭の中には、クリスマスの飾りに使われる小さな陶器の雪だるまが幾つも入っている。
 誰を伴うでも無く、誰を探すでもなく、彼女はゆっくりと歩を進める。

「ちょっと、そこの巫女さん!」

 不意にかけられた声に彼女は声の方へと振り向く。

「ケーキ買っていってくれない?サービスするよ」

 テーブルの上に山と詰まれたケーキの箱の向う、バイトと思われる青年が営業スマイルで、彼女に箱を差し出していた。
 それを前にした彼女は、微笑に困ったような色を浮かべる。

「ごめんなさい、これから所用があるので」
「なら帰りにでも!」

 青年が押しにかかるが、彼女は青年に一礼してその場を後にした。

「宗派とか関係無しにしてさー、頼むよー本当に」

 背中にかけられる声から逃れるように、彼女は歩を早めていった。


 数分も歩いた時に、僅かに人気が途切れた場所で彼女は立ち止まる。
 その左手に狭い袋小路が見える。
 周囲に人の目がないのを確認すると彼女はそこへと素早く入り込んでいき、その奥で立ち止まる。
 建物の壁へと竹箒を立掛け、籠から雪だるまを取り出すと、口の中で小さく何かをつぶやき、雪だるまへと軽く接吻する。
 其の途端、かすかな光を雪だるまは帯びる。
 それを確認した彼女は、それを影になるような位置に置いて、空いた左の手で手印を組む。すると光は瞬く間に消えていき、元の飾りへと戻る。
 その状態を少しの間眺めていた彼女は、また竹箒を手にすると、街の喧騒へと戻っていった。

 1時間ほど後、同じような作業を繰り返した彼女は雪だるまを公園や、街路樹、はては商店のショーウインドウへと置いていった。
 ずっと歩き通しだったにも関わらず、疲れを感じさせない歩調で進む彼女は、いつの間にか喧騒から離れ、商店街から離れた場所へと進んでいった。
 そして夕闇が完全な宵闇へと変わる頃、其の姿は街離れの山裾にあった。
 周囲にはまったく人の気配は無く、彼女の前には長い石段が遠く伸びている。
 それを前に彼女は苦笑を浮かべると、もはやほとんど残ってない雪だるまを2個取り出すと、先程までの同じ所作を繰り返し、石段の上り口の両側へと置く。
 だが先程までと違い、雪だるまに向かって彼女は複雑な手印を結び、それが次々と変化していく。
 目の伏せられた表情からは微笑が消え、口からは小さく呪言が紡がれ続ける。
 数分もその行為を続けていたかと思うと、雪だるまに宿っていた光は急に激しくなり、周囲を照らし始める。

「オン!」

 力強いその一言を最後に、手印を石段の中央へと向けた途端、光は急速にしぼんでいき、最後には煌きをともなうだけとなった。
 彼女は荒くなっている呼吸を静めるために、数回深呼吸を繰り返し、白い息を吐き出す。
 呼吸が落ち着いた頃には、あたりはすっかり夜に変わっていた。
 最後に大きく息を吐いた彼女は、表情を一変させていた。
 唇を軽く引き締め、眼差しを真剣な物へとした、その表情は刀剣にも例えられるような、鋭く、それでいて美しい物であった。
 左手に握った竹箒を強く握り締め、彼女は石段を力強く登っていった。

 寒風に雲が流される中、月と星の明かりが石段の先に広がる神社を静かに照らしていた。
 石段を休む事無く登りきった彼女は、足をまっすぐに社へと向ける。
 すでに社務所は雨戸が硬く閉ざされ、境内は風が悲しい音を響かせている。
 社の正面、拝殿所に向かい合った彼女は、賽銭を投げる事も、拍手を打つ事もせずに、奥に見える御神体の鏡へと、静かに手を合わせる。
 しばしの間、手を合わせていた彼女は右手の籠と折りたたんだショールをその場に残し、境内の外れへと向かっていく。

 普段は子供たちの遊び場になるであろう広い境内に、月に照らされた彼女の影が長く伸びている。
 外れの広い空間の真ん中へと立った彼女は、竹箒を手にしたまま、右手に手印を組み眼前へと持っていく。

「克!」

 袋小路の影、しばし前に置かれた雪だるまの飾りが、不意に光り始める。ここだけでなく、順を追うように、彼女の設置した雪だるまの全てが、光り始めていった。
 目に付く所にあった物は、人の目を引くが誰もがただの電飾だと思い、注意を払わない。
 だが、それらの光が人々には見えない壁を作り出していった。


「臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前!」

 境内に立つ彼女の右手は、拳から人差し指と中指を突き出して残った指を握り込む“刀印(とういん)”という印を組み、網目を描くような形で空を切る早九字を行っていた。

「臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前!」

 刀剣のような表情はゆるぎなく、疲れすら見せずに彼女は早九字を続けていく。

 彼女の早九字に呼応するように、光は強く結びついていき、壁を強固なものへと変えていく。
 誰も気づかないその壁に、強く反発する影があった。
 その影は、壁から逃げるように街を駆け抜けていく。だが誰もその存在には気づかない。
 買い物客の連れた犬が、その影は動ずる事なく駆け抜けていく。
 やがて、その行く先は彼女のいる神社へと向かっていった。

「臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前!臨!兵!闘!者!皆!陣・・・」

 早九字を続けていた彼女は、こちらに近づく気配を感じ取ると、その手を止め、ゆっくりと降ろす。
 そして呼吸を整え、静かに気配が到着するの待つ。

 石段の上り口、目にも止まらない速度でここまで来た影は、誘われるように石段を駆け上がっていく。
 が、影の通り過ぎたすぐ後に両脇に置かれた雪ダルマが激しく輝き、壁を作り上げると影と彼女とを完全に閉じ込めた。

 境内の外れ、彼女の目の前に影は一瞬で現れた。
 夜の闇と同化しているような影へと、彼女は強い視線を向ける。
 影も、それに応ずるかのごとく彼女の前に立ち止まった。
 寒風が、月を覆っていた雲を吹き飛ばして、彼女と影とをハッキリと照らし出した。
 彼女が口を開く。

「陽気に誘われ、人里へと迷い出た妖よ」

 強い口調は自分の眼前、彼女を高くから見下ろす影へと響き渡る。

「人に仇なす前に帰りなさい」

 自分よりもはるかに大きな影に、臆する事も、動する事も無く、彼女は続ける。

「さもなくば、ここでおとなしく封ぜられるか。もしくは・・」

 其の言葉は最後まで言われることは無かった。影が彼女へと力を振るったからだ。
 犬に似た四足の獣の姿をした影は、前足による攻撃が眼前の地面を抉っただけだと気づくと、彼女の姿を求めて視線を泳がせる。
 すぐに、その姿は見つかった。
 先程までから10メートル近く離れた地面に、彼女は立っていた。

「残念、ね。異教のとはいえ、せっかくの聖夜なのに」

 視線に一瞬悲しげな色を浮かべた彼女は、次の瞬間には刀剣の表情へと戻る。
 手にした竹箒を眼前に水平に構える。

「解(と)けよ、姫氷(ひめび)」

 その言葉に、竹箒はその姿を変ずる。
 蛹が蝶に変わるように、竹箒の姿が薄く剥がれていき、中からは白木の日本刀が現れていった。それに合わせるかのごとく、彼女の装束が色を変える。
 白と朱色が、その色を潜め全てが黒く変ずる中、胸に当たる箇所だけが残り、残った白色が五芒星の紋を浮かび上がらせる
 影はそれを見ると敵愾心をむき出しにした遠吠えを高々とあげる。
 周囲の全てがそれに、気圧される中で彼女は揺るがず、右手で白木の鞘から白く輝く刃を抜いた。

「御神渡流陰陽師、氷室 令!いざ参る!」

 刃を構えた彼女と、影の突撃が交差する。
 互いの位置を変えた彼女と影、だが彼女の装束の肩は大きく破かれ、影の左の前足からは血のような闇の飛沫があがる。

「!!!」

 影の絶叫が境内に響きわたる。
 先程の一撃で、影の実力を読んだ彼女は左手に握っていた鞘を腰帯へと収め、左手で印を組むと、右手の刀の背に当てる。

「我、水気を生ず」

 刃に水気をまとわせた彼女は激昂した影へと、再度突撃していく。
 が、それに応ずるかのように突撃する姿勢を見せていた影は急に姿勢を変えると、その顎へと彼女の刃を捕らえた。

「甘い!」

 強い力でとらわれ、動かなくなった刃の背へと彼女は左の拳を叩き込んだ。
 動かぬ筈の刃は、その拳に押されて影の顎を切り裂き、突き抜けていった。

「光背一刀流、《残陽刻》」

 影の背後へと降り立った彼女は、振り向きざまに懐から数枚の札を取り出すと、影の四肢へと投ずる。

「克!」

 四肢へと張り付いた札は、力を解放し影をその場へと縫いとめる。
 その場から動けぬ事を知った影は、恨みに満ちた視線を彼女へと向ける。

「覚悟」

 刃を大上段へと構えた彼女は止めを刺すべく、高く飛び上がる。

「!」

 刃があたる刹那、影が上げた遠吠えと同時に、姿が形を無くす。

「な?」

 刃が空振りし、その姿を一瞬見失いかけた彼女が、自分の降り立つべき場所に闇よりも濃い漆黒の平面が広がっているのに気づく。

「影に潜った?!」

 彼女に焦りの色が浮かぶ、が、次の瞬間には手にした刃を大地に向かって投じていた。

「結(ゆ)え、姫氷!」

 漆黒の大地へと突き刺さった刃が、光り輝き、瞬く間にその場を白く凍りつかせる。
 平面と化した影は、彼女の着地の瞬間に攻撃を加えようとしたが、いてついた氷にそれを阻まれる。
 不利を悟った影は凍りついた面から逃れるように、地面を流れるように境内の外へと逃げようとするが、石段まで来た所で光の壁に退路を阻まれる。

「もう一度だけ言います」

 氷の上に降り立ち、刃を取り戻した彼女が影へと告げる。

「おとなしく帰るか、封ぜられるかしてください。でなくば・・」

 影は最後まで聞かず、平面から巨大な槍へと姿を変じて、彼女へと突っ込んでいった。
 彼女は手にした刃物をためらう事無く大上段へと構え、高く飛び上がる。

「はぁぁっ!」
「!!!!!!」

 影と刃が正面からぶつかりあう。
 拮抗は一瞬。
 振り下ろされた刃は、影を完全に二つに切り裂いていった。

「光背一刀流《雷光斬》」

 彼女が技の名を告げる時には、影はその姿を夜闇へと散じていった。

「氷の霊刀、姫氷よ。さ迷いし妖の魂を冥府へと導きたまえ」

 彼女の言葉に、刃が淡く輝く。
 その輝きが消える頃には、影はすでに消え去っていた。


 戦いを終え、埃を払った彼女はショールと籠を置いた拝殿所に向かう。
 すでに手の中の刃は元の竹箒へと戻り、装束は白と朱色の装束へと戻っていた。
 正面に立った彼女は、戦いの前と同じように静かに御神体へと手を合わせる。
 それが終わると同時に、ショールの中からくぐもった音楽が流れる。

「あっ!」

 彼女はあわててショールを探ると、中から呼び出し音を流し続ける携帯電話が出てきた。

「もしもし!ああ若」

 慌てて電話に出た彼女が、電話の向うの声にまなじりを下げる。

「こちらは大丈夫です、先程終わりました。ええ被害は無かったです。はいそうです。え?それは結構ですから!片付けは問題ないです。楔には目立たない物を使いましたから。放置しても問題ないでしょう」
 
 電話相手とさらに二言三言、言葉を交わした後に丁寧に挨拶した彼女は携帯電話を懐へと収める。
 折りたたんでいたショールを纏い、切り裂かれた肩が目立たない事を確認した後、彼女は拝殿所を離れる。石段の前まで来た彼女は、足を止めると視線を先程まで戦っていた境内へと向ける。
 夜の闇と風しかない場所に彼女は静かに一礼すると、神社を後にした。

街の喧騒はいまだに止む様子は無かった。
 深夜に近いにも関わらず、酔って陽気に振舞う若者や、家族サービスを終え疲れて寝てしまった子供を背負った家族連れ、腕を組み楽しげに歩く恋人たちを、楽しげに眺めながら、彼女は歩いていく。

 その足が先程ケーキ売りの青年に声をかけられた場所へと向かう。が、到着したその場には何も無く、かすかに甘い匂いが漂うだけだった。
 残念そうな表情をした彼女が、その場を離れようとする。

「あ!お兄ちゃん、女の人のサンタさん居るよ!」

 不意にかけられた声に、彼女の視線は声の主を探す。その視線は自分の背後、ずっと低い位置で止まる。

「ルミ、それはサンタさんじゃなくて巫女さんって言うんだよ」

 先程までのケーキ売りの青年が、小さな女の子を連れて立っていた。
 女の子はマジマジと彼女を眺めて首を捻る。

「ミコサンってサンタさんなの?」
「いや、だからサンタさんじゃなくて」

 説明しようとする青年を手で制して、彼女はかがみこんで女の子と視線を同じ高さにする。

「そうね今夜はサンタさんになっちゃおうかな」

 女の子にやさしい笑みを向けた彼女は、籠の中にひとつだけ残っていた雪だるまを女の子へと渡す。

「うわー!ありがとうサンタさん!!」

 女の子は嬉しそうにそれを抱きしめる。

「すいません、妹にわざわざ」

 青年は彼女に頭を下げる。

「良いのよ、別に」

 穏やかに手を振る彼女に、青年は脇に抱えていた二つの箱の一つを彼女へ差し出す。

「よかったら、替わりに。さっきの余りですけど」
「あら、いいの?」
「いいですよ、家だと妹とお袋しか食わないんで、二つあっても余計ですから」
「じゃありがたくいただくわね」

 箱を受け取った彼女に一礼した青年は女の子を伴って去っていた。

「バイバイ、サンタのお姉ちゃん!メリークリスマス!」
「メリークリスマス」

 手を振って答えた彼女は、二人の姿が喧騒に消えたのを確認すると、手にした箱を大事そうに抱えると、また街を歩き出していった。
 穏やかな微笑を浮かべ、静かにその姿は消えていく。
 やがて、それを追うように空から雪が舞い始める。
 静かに、ただ静かに聖夜はふけていった・・・・・・


メリークリスマス。



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