クリスマスの変・死地


クリスマスの変・死地



《合流記念大くりすます祭》

 やけに達筆な書体の墨文字で描かれたノボリの下、幾つものテーブルがセッティングされていく。

「異教の祭をも取り込み、己達の祭とする。日本独自の風習ではあるな」
「だがこれは………」

 やけに騒がしくパーティーの準備が進められていくのを、ゴウトとライドウが不思議そうに見ていた。

「まああまり深く考えるな。どうせおもちゃとケーキ売りつける口実に全国に流行らせてっただけだ」
「身も蓋も無い事言うわね〜。あっちもこっちも八雲には関係ないようね」

 そばで放送機器をセットしていた八雲の呟きに、ツリーの飾りを運んでいたたまきがぼやく。

「しかも、オレ達の時代になると異性誘う口実にまで成り下がり、別名性なる一夜とも全国一斉交b…」
「ストーップ!」

 たまきに後ろから星飾りで殴られ、八雲はその場で昏倒した。

「ともあれ、これから皆で戦う訳だから親睦会も兼ねてという事で。だから過去にあまり変な情報持ち帰らないように」
「言っても信用されないだろう」
「うむ。宴は楽しければよしとしよう」
「じゃあこっち手伝って」

 なし崩し的に引っ張っていかれたライドウだったが、こちらへと向かって歩いてくる巨大なもみの木を見つける。

「おう、こいつでいいんだな」
「都合いいのを探すの苦労したぜ」
「間違えて何本か余計に切ったな………」

 ヒート、ダンテ、明彦の少し不安の残る体力系三人がかりで運ばれてきたツリーが立てられていく。
 その幹になぜか注連縄のような物があった気がしたが、たまきは黙ってそれを毟り取る。

「まさかこれはどこぞの御神木では…」
「そう言えばアラヤ神社にあったのに似てるような……」
「………あとでお焚きあげが必要だな」

 いささか不安が残る事を口にしながら、皆で巨大なツリーを飾り付けていく。

「これを吊るせばいいんだな」
「悪いわね、葛葉四天王にこんな事させて」
「この状況では、身分なぞ意味はあるまい」
「その星テッペンね」
「心得た」

 ゴウトが頂点まで飛び上がると、そこに星をセットする。

「ヘイブラザー! ノってるか〜い!」
「おうノリに乗ってるぜ!」
「味付けだがな! ギャハハハ!」

 何かよく分からないネタあわせをしているシエロ、順平、ブラウンの三人が、真剣な顔で全員に受けるギャグを考えているのが見えたが、あえて全員何も言おうとはしない。

「とりあえずこのような形で」
「聖水受けを何か」
「………何をしてるんだ」

 咲とヒロコが二人で作っている祭壇を、小次郎が怪訝な顔で眺めている。

「ミサ用の祭壇を作っておこうかと」
「何の神に祈るんだ」
「そもそも、倒した相手に祈っても」
「そういえばそうね」
「でも一応クリスマスなので」
「礼拝する人間がどれくらいいるかは不明だろうな」
「神殺しが何人いるかだな」

 掲げられているホーリーシンボルを同じく怪訝な顔で見ていたアレフだったが、小次郎とそろって物騒な事を言いつつも手伝う事にする。

「よおし! ガスチェンバーのクリスマスライブ、準備万端だぜ!」
「ちょっと! こっちの新生MUSESの方が先!」

 音合わせをしていたミッシェルとリサがいつものごとくいがみ合い始める。

「あの二人もよくいつもやる物だよね」
「あの、止めなくていいんですか?」
「いつもの事だ」

 チューニングを終えた淳がため息をつくのを、リサとおそろいのアイドル衣装を着たセラがおずおずと問うが、達哉が一言で決して黙々と準備を進めていく。

「ねえ、これ他に無いの〜?」

 同じくアイドル衣装をまとったネミッサが出てくるが、明らかにあちこち寸法が足りていない。

(……負けた!?)

 それを見たリサの顔が凍りつくが、あえて誰も何も言おうとしない。

「もうちょっとこう、スタイリッシュっぽい衣装とかさ〜」
「急に用意した奴だから、それでどうにか……それより練習しないと」

 気にしていないらしいセラが渡された歌詞を見ながら、曲にあわせて試しに歌ってみる。

(上手い!?)

 予想以上の歌声に、リサの顔が更に凍りつく。

「現役アイドルとして、情人の前で素人に負けるわけには………」

 何かほの暗い物をメラメラと燃やしているリサに、ミッシェルですらゆっくりと距離を取っていく。

「はいそこ一枚撮るよ〜」

 カメラ片手にあちこち撮影していたゆきのがフラッシュを焚く中、準備は着々と進んでいた。

「どいてどいて! つまみ食い禁止よ!」

 パーティー料理を運ぶレイホゥが、テーブルに次々とそれを並べていく。

「手伝わせて申し訳ありません。皆も手伝っているのですが」
「別にいいわよ、これくらい」

 メアリが頭を下げる中、次々と運ばれていく料理を見ていたレイホゥがある事に気付く。

「そういえばケーキは? また克哉さんが?」
「いえ、克哉様はお仕事が忙しいとかで他の方が…」

 その時、突然軽い爆発音と共に、厨房の方から不可思議な刺激臭のする匂いがただよってきた。

「…………誰が作ってるの?」
「特別課外活動部の方々がやっていたはずなのですが」
「大変だ! 毒見した連中が倒れたぞ!」
「救護兵! 救護兵!」
「ああ! リーダー大丈夫ですか!?」

 騒がしさと共に、腹を押さえた者達がマネカタ達の担ぐタンカによって運び出されていく。

「……迷パティシエがいたようね」
「そうなのでしょうか?」

 運ばれていく中に人修羅の修二や喰奴のアルジラまで含まれている事に、レイホゥの背中を滅多に感じない冷たい物が伝う感触があった。

「あ〜、すまない。山岸が少し失敗したようだ。だが、他のはうまく行っているので心配しなくていい」
「本当?」

 どこか焦げ臭い美鶴が咳混じりに弁明するのを、レイホゥがかなり心配そうな顔で見詰める。

「美鶴さん! 周防署長に簡単に出来るケーキのレシピもらってきました!」
「ワンワン!」

 レシピを持ってきた乾と、材料の入ったビニール袋を咥えているコロマルが場を更に悪化させるが、あえてレイホゥは突っ込まない事にした。

「あの、今すぐ作り直しますから!」
「いいから、風花ちゃんは会場セッテイングの方手伝ってもらえる? 誰にでも得手不得手はある事だし」
「はい……」
「じゃあそれはオレがもらおう」

 しょんぼりしている風花の元に、轟所長が珍しくサンタのコスプレなぞして現れ、ケーキになるはずだった物体に手を伸ばす。
 その手をレイホゥが強引に掴んで止めた。

「待った。何に使うのかしら?」
「プレゼントだ」
「誰に?」
「自分用だ」
「その、無理して食べていただかなくても………」
「オレが食うわけじゃない」
「え?」
「そろそろ新しい体が欲しいからな」
「ほう……」

 煙を何事かと思って訪れたキョウジが、轟署長の背負っていた袋を強引に奪って開けてみる。
 その中にいくつもの毒物や暗器らしき物が収められているのを見たキョウジとレイホゥは、無言で轟所長の両腕を引っつかんでそのまま引きずっていった。

「じゃあケーキよろしくね」
「こっちは気にしなくていいから」
「ちっ。よさそうな体を幾つかストックできるかと思えば」
「黙ってなさい!」

 それを見送った者達が、無言で再度ケーキ作りにとりかかった。

「親睦を深める、か。ジャンクヤードには無かった考えだ」
「そうだろうな。だが、ここにいる連中は大体は人間だ。仲良くやろうと言われて、そう簡単に出来る連中じゃないさ」
「そうだな」

 着々と準備が進んでいくのを、ゲイルとロアルドがあれこれ手伝いながら眺める。

「お〜い、もう直始まるから全員集合だとさ」
「分かった」
「あとどうしたそれは?」
「正しいクリスマスを教えようとしてちょっとな」

 脳天を氷嚢で冷やしながらの八雲を不思議そうに見ながら、皆が続々とパーティー会場に集まっていく。

「シエロ、その格好はなんだ?」
「ん? 何か出し物に必要だってさ」
「トナカイだな」
「ねえねえ似合ってる?」
「アルジラ、それは?」
「パーティーには正装か仮装だからこれをって」
「雪だるまだな」

 他にもどこから用意したか分からないドレスやコスプレが続々と集まるのを、ゲイルとロアルドが呆然と見ていく。

「アクティブな連中だ」
「そういうのか、これは」

 パーティー会場に集まった、雑多な面々が思い思いにパーティーの開催を心待ちにする。

「は〜い♪ ドリンクとアルコールどちらにする?」
「禁酒中なんでな」
「じゃあはいドリンク」

 普段のメイド衣装ではなく、赤地のサンタ風衣装のアリサが飲み物を配る中、遅ればせながらやってきた発案者の克哉が用意されていた壇上に立つ。

「今回は急な事だったが、これから共に戦っていく者同士、親睦を深め今後の協力を…」

 克哉の挨拶の途中で、ダンテと八雲が背後から忍び寄る。

「面倒くさい事は無しにしようぜ」
「そうだそうだ」
「いや、挨拶はちゃんと、って!?」

 背後を振り返った克哉が、二人が巨大なパーティークラッカーを持ってきている事に仰天する。

「じゃあおっぱじめようか!」
「メリークリスマス!!」

 ダンテがバズーカのようなクラッカーを肩にかつぎ、八雲が紐を引っ張るとそこから盛大に紙テープと紙ふぶきが噴き出す。

『メリークリスマス!!』

 それに呼応して、皆が手に持ったグラスを一斉に乾杯させていく。

「それじゃあ出し物一番! ブラウン様と愉快な仲間達を!」
「待った! ここはオレ達ガスチェンバーのソウルなライブを!」
「新生MUSESが先よ!」
「いえ、ここは皆さんでまず祈りを」
「ケーキできましたよ〜!」
「多分食べられるから!」
「食い物が足りねえ!」

 一気ににぎやかになったパーティー会場で、皆が思い思いに楽しんでいく。

「それでは、次は城戸君のマジックショー! 究極バラバラマジック!」
「あの園村………なんでオレ打ち合わせも無しに箱の中?」
「稲葉君はそのままね。あとはこっちでやるから」
「ちょっとまてレイジ! お前それ真剣!」
「借りてきた。動くと危ないぞ」
「だ〜れか〜! いで! 刺さった! 今刺さったぞ!」
「Oh、では次いきますね」
「ここを思いっきり刺せばいいんだな」
「た〜すけてくれ〜」

 手に手に真剣を持って迫ってくる同級生に、マークの口から情けない悲鳴が漏れていく。

「盛り上がってきたな」
「いいんでしょうかあれ……」

 次々と壇上で繰り広げられる余興に、八雲がローストチキンをかじりながら苦笑する。
 カチーヤが手にしたグラスを顔色一つ変えずにハイペースで空けていくのをちらりと横目で見た八雲だったが、それはそのまま背後の方へと向かう。

「あっちよりはマシだろ」
「肉、肉ゥウウウ!」
「食わせろ! オレのだ!」
「グルルルル!」
「よこせえぇぇぇ!」
「ガアアアァァ」


 複数のテーブルに盛られた各種丸焼き(鳥、豚、牛)に襲い掛かるように貪り食らう悪魔達(サマナーの仲魔、喰奴、復活した人修羅含む)の繰り広げるすさまじい地獄絵図に、皆が全員見て見ぬ振りを貫いていた。

「やはり欲望を全開にする日だな、クリスマスってのは」
「そうなんでしょうか?」

 小首を傾げながら、カチーヤが手酌でボトル一本を空にする。

「カチーヤ、さっきから飲みすぎじゃないか?」
「そうですか? でもこのシャンメリーおいしくて」
「マジモンのシャンパンだぞそれ………」

 ふと手近のテーブルを見ると、そこには空になったシャンパンボトルが数本転がっており、テーブルの向こう側ではライブが終わったネミッサが、こちらはラッパ飲みでシャンパンを空けていた。

「おい、お前ら………」
「八雲〜、これ切れたからもっと〜」
「八雲さんもどうぞ」
「いや、絶対後で面倒になるから止めとく………」

 すさまじいザルぶりを発揮する新旧パートナーに、八雲は心の底から戦慄していた。

「八雲さん、相談があります」
「なんだアイギス、そっちは…」
「いやあぁぁああ!!」
「待て不破、私の作ったケーキがたへられないといふのか!」
「啓人く〜ん、そうよね、食べるよね」

 向こう側では啓人が必死の形相で女性陣の用意したケーキから逃げまくっていた。
 なぜか美鶴もゆかりも顔がやけに赤く、ろれつが回っていない。
 ちなみに風花はすでに目を回してテーブルに突っ伏していた。

「皆さんに著しい情緒不安定状態が見受けられるであります」
「誰だ未成年に飲ませたの………」
「風花さんが、ケーキにブランデーをしみこませるとコクが出るはずだと」
「その後発酵させてアルコール飛ばすんだよ……」
「ああそうなのか。どうりでみんなおかしいと」

 近づいただけでブランデーの濃厚なにおいの漂うケーキを平然と咀嚼している明彦が、まだ追いかけられている啓人の方を不思議そうに見ている。

「てめえは平気なのか?」
「ええ、今の所は」

 そう言いつつも、明彦はポケットからプロテイン粉末を取り出し、それをケーキに振りかけてから続きを食い始める。

「それで抑制されてるだけか。それ以上食うとお前も一気に来るぞ」
「そうかな?」
「アイギス、医務室に酔い覚ましの薬があるはずだから、メアリと一緒に取ってきとけ」
「しかし、啓人さんが……」
「あれはもう手遅れだ」

 八雲の視線の先では、転倒した啓人の口に、二人がかり、そこへ更に復活したらしい風花も合わせて三つのケーキが押し込まれていた。

「了解しました。薬を取ってくるであります」
「胃腸薬もな……」

 静かにクリスマスを過ごせない面々が各所で様々な地獄絵図を繰り広げるパーティー会場から、八雲が手にしたドリンクを一気に空けて出て行こうとした時だった。
 会場に、サンタの格好をしてジョーカーのマスクを持った淳が姿を現す。

「淳、なんだその格好?」
「いえクリスマスですから、街の人達にあるプレゼントをしようと思って皆さんの力を貸してもらおうかと思ったんですが……」
「何をさせる気かしらんが、これではな」
「何々? 淳君何するの?」

 この地獄絵図の中、平然としていた舞耶が興味深そうに近寄ってくる。

「舞耶ねえさん、実は……」



 いまだ混乱が残る珠阯レ市で、珠阯レ市民が思い思いにクリスマスを過ごしていた。
 クリスマスとは言っているが、あくまで暦の上でしかない行事に微かな不満もまた彼らの心の中に生まれつつあった。
 だがそこで、珠阯レ市の上空を行く小さな影があった。

「ようし、皆準備いいわね!」
『お〜!』

 ジョーカーサンタの引くソリに乗った、舞耶を中心とした氷結系の力を持つ仲魔や術者、ペルソナ使い達が一斉に声を上げる。

「じゃあ作戦開始!!」

 号令と同時に、皆が一斉に上空へと向けて凍気を放った。

「あ、雪だ!」
「おい、空を見ろ!」
「この街に雪が降るなんて………」

 放たれた氷結魔法や凍気が、上空で細かく霧散して街へと静かに降り注ぐ。
 クリスマスを彩る白いプレゼントに、市民達が皆感激の声を上げていく。

「ありがとうみんな。前からやってみたかったんだけどね」
「この力に、こんな使い方があったとは……」

 街に響く楽しげな声に、サーフが己達の降らせた雪を不思議そうに見詰めていた。

「戦うだけが力の使い方ではない、か。いい勉強になった」
「そうですね」
「じゃんじゃんいこ!」

 続けて雪を降らせながら、美鶴やカチーヤも感動を覚えていた。
 そこへネミッサが更に雪を降らせていく。

「よおし、こっちも負けてられねえ!」
「セッション行くわよ!」

 雪でヒートアップしたのか、楽器を用意していた者達が一斉に構え、そしてセラとリサがマイクを手に壇上に立った。
 そして、静かな曲が奏でられ始める。
 聖なる夜を知らせる、澄んだクリスマスソングが街へと響いていった。
 この日だけでも、平穏をもたらそうと願うように…………


Merry Christmas!!





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