バレンタインの変 津兎


バレンタインの変 津兎



「♪〜〜〜」

軽快な鼻歌なぞ歌いながら、トモエが蒸発皿に水を入れ、アルコールランプにかける。

「トモエのはこっちだっけ?」
「そうよママ」

スーパーのレジ袋からシェリーは高級割チョコを取り出したシェリーが、それに一握りしてから娘へと手渡す。
トモエが袋を開けると、そこからは細かく砕けたチョコチップが現れ、それをビーカーへと移して蒸発皿の中へと入れた。

「……なあトモエ、親子そろってチョコ作りは見ててほほえましいんだけどね」
「あ、パパの分も後でちゃんと作るから」
「………それで?」

甘いチョコの匂いにまぎれて、ケミカル臭が辺りに漂う。
もっとも、このSTARS本部化学実験室に置いては、後者の方は始終漂ってはいるのだが。
手馴れた手つきで実験器具を操り、チョコを溶かしていく娘の姿に智弘は僅かな疑念を感じていた。

「大丈夫かな………」
「器具は新品よ、問題ないわ」
「そうなのかな?」
「まだ一服盛る歳でもないから、大丈夫よ」

シェリーがそう言う背後で、トモエが試験管に入れられた始終色合いが変化する妙な液体をチョコへと混ぜ込む。

「……何か入れてるようなんだけど」
「ああ、コクを出すラム酒にちょっとブレンドを」
「どう見ても酒に見えないんだけど」
「大丈夫、ただのスタミナ剤よ。前にヒロのにも混ぜた事あったでしょ?」
「ちょっと待った。それって確か三日間なんでか一睡も出来なくなった………」
「ヒロにはちょっときつかったみたいね。大丈夫、レン君用で効果は五倍の奴だから」
「五倍………まあ彼とボクとじゃ身体能力はそれ以上だろうけど………本当に大丈夫なのかな?」

謎のラム酒+αをよく混ぜ込んだチョコを型に流しいれ、トモエはなぜかそれを実験用真空管に入れた挙句に何か謎の気体を中へと流し込んでいく。

「あれは何を」
「さあ?凝固時にガス封入なんてどこで覚えたのかしら?」

なぜかみるみる固まっていくチョコ(謎のスタミナ剤α+謎のガスβ入り)をそのままに、トモエは安売り大入り割チョコを手に、量産用の製造に取り掛かる。

「胃薬、いや解毒剤か中和剤が必要かな………」
「そこまでは必要ないでしょ」

量産用チョコに入れるのか、大量のナッツを掴んでは一握りしただけで粉砕していくシェリーにも何か恐怖を覚えながら、智弘はこそこそと中和剤を探して医務室へと向かった。


「よっと」
「おや?」

通路の途中で、大きな紙袋を手にしたリンルゥとすれ違う。
そこから落ちたリボン用らしい紙テープを智弘は拾うと、紙袋の中へと戻してやった。

「あ、どうも」
「随分といっぱい買い込んできたね………」
「新入りの挨拶も兼ねてって事で」
「へ〜」

大量の安売りチョコが紙袋に詰まってる中、ふと一個だけ個別包装の箱があるのに智弘は気付く。

「それ………」
「あ、いやそのトレーニングとかで面倒見てもらってるかな、と思って」

慌ててそれを紙袋の奥へと押し込むリンルゥに、なんとなく誰に送るのかは検討がついた智弘はあえてそれ以上の追求は避けた。

「ま、何かと大変だろうけど頑張って」
「うん」

紙袋を抱えてその場を去るリンルゥを見ながら、智弘は遠い目をしながら頬をかく。

「もてるな………彼」

勉強しか記憶にない自分の学生時代の事を苦く思い出しつつ、智弘は医務室へと向かった。


手に解毒用ナノマシンリキッド(試作品三号)とラベルの貼られたボトルを手に、レンの私室として与えられている部屋(なぜか彼がFBIの捜査官になる前からネームプレートが入っていたが)の前に立った智弘が、ドアをノックする。

「どうぞ」
「お邪魔するね」

必要最低限の物(主に整備用の砥石やガンオイル)しか置かれてない部屋の中央、左程使われた形跡のないテーブルの上で、レンは大量のコンペイ糖を広げていた。

「何か御用ですか、智弘さん」
「いや、まあ念のためのを。ところでこれは?」
「毎年、日本から送ってくる奴がいましてね」
「なるほど、バレンタインのか。コンペイ糖とは渋い趣味の人みたいだね」
「それだけならいいんですが………」

何か変わったプレートの上に、ビンに入ったコンペイ糖を残さず広げたレンは、なぜか窓のカーテンを閉めると、用意してあったマグライトでコンペイ糖を照らす。
紫外線にも似た色合いのライトが照らし出したコンペイ糖の幾つかが、明らかに変色した。

「今年は少ないか」
「何が!?」
「妙な物を混ぜて送ってくる奴でしてね。妙な薬と毒薬が半々くらいか。隙のある男にはなるななんてカードに書いてあったのはいつの事だったか………」
「随分と変わった娘にもてるね…………」

変色したコンペイ糖を一個ずつ取り除きながら、変色していないコンペイ糖を一個用心して匂いを嗅ぎながら、レンは口へと運ぶ。

「少しどうです?」
「いや、送ってきた人に悪いから」
「そういう事は気にしない奴ですから。それにさすがに多くて」
「そうかい?まあこれから別のも増えるだろうしね」

一つコンペイ糖を手に取ろうとした智弘が、持ち上げようとした時にそれを取り落としてしまう。

「おっと……あれ……?」

もう一度取ろうとするが、なぜか急に目がかすんでくる。

「しまった!」

レンが開けた後のビン底、そこに残っていた乾燥剤と思っていた物が空気に触れると同時に揮発していくのに気付いて大慌てで窓を開けてビンを放り投げる。
投げ捨てた時に、ビン底に『隙有り』と書かれているのが見えたのに舌打ちしながら、ドアから何から開けられるだけ開けていく。

「大丈夫ですか!?」
「う、うんもう大丈夫。………その送ってきた人、忍者か何か?」
「まあ、似たような奴です」

頭を振って目のかすみが和らいできている事を確かめながら、智弘が引きつった苦笑をレンに向ける。

「そうだ、これいるかい?」
「まず自分で使った方が…………」
「そうだね」

持参した解毒用ナノマシンリキッド(試作品三号)の内服カプセルを智弘は覚悟して飲み込む。

「き、君のバレンタインは中々過激だね………」
「なんでかそういうのばかりが回りにいる物で」
「ゴメン、トモエもその一人だね」
「娘さんは頑張ってますよ。学術関連じゃ随分と頼ってますし」
「そうかい?ただ娘からのはこれが必要になるかも」
「……何を作っている事やら」

解毒用ナノマシンリキッド(試作品三号)を受け取りつつ、レンはこめかみを指で抑えこんだ………

「そういや一番に過激そうな課長さんはないのかな?」
「あの人は人に善意的な贈り物とかはあまり無いですから」
「…………悪意的な贈り物はあるの?」
「今ごろ、世界のあちこちで恐怖に震えている人達が何人かいると思います」
「何を送ったのかは聞かないでおくよ」

レンと同じようにこめかみを指で抑えた智弘は、微妙にふらつく足で帰っていった。

「さて、代わりのビンでも探してくるか」

レンも机の上に広がったままのコンペイ糖に、ため息をつきながら部屋を出ていった。




「おーい、Jr。リンルゥとトモエが食堂でチョコ配って………ありゃいないのか?」

自分の分のチョコを齧りながら部屋を覗き込んだカルロスが、机に広げられたコンペイ糖を目ざとく見つける。

「む。さっき話に聞いた日本からのバレンタインプレゼントか?熱烈なラブコールもらえる男はうらやましいねー」

そう言いながら悪意に満ちた表情で、机の上のコンペイ糖を手早くチョコの空き箱へと詰める。

「ラブコールの一部、ありがたくおすそ分け貰ってくぞっと」

そのまま部屋を後にしたカルロスは、タイミング悪くレンにあう事は無かった。
なお、取り除いたコンペイ糖をつまみ食いしたカルロスとスミスが医務室に担ぎこまれるのは、その日の夜の事だった。





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