biohazard//another. days

序章:起源殺人


起源殺人。……頭上にかざす、腐血の夜。


「失敗ですね、これは。値が少々足りない」

暗い研究室。なにやら二人の研究員が話しこんでいる。しかしこの研究室に招かれざる客がいることにまだ気付かれていないようだ。…おばかさん。あとでゆっくり殺してあげるからね。

「くそっ! 七体全部ダメだったっていうのか」
「まあ、失敗作だったとしても、ようは実戦で使えればいいわけですから」

二人の研究員の前にあるのは、7つある2mほどのカプセルらしきもの。中には15、6歳程の少年、少女がそれぞれ入っている。しかし何故か二つだけ空だった。

「仕方がない。…こうなったらこっちにも考えがある」
「まさか…?」
「そうさ! 兵器として認められれば上の連中も満足なんだろ!?」

研究員が半ば激昂したようにそう叫ぶと、もう一人は軽く溜め息を吐きながら、分かりました、と言った。

「準備を進めておきます」
「よし、そうだな…素材の調達だと偽って、まず人間を集めることから始めろ」
「はい」

それだけ言うと、二人の研究員は研究室を出ていった。
そのドアが閉まったのを確認すると、足音を立てずに一つの空のカプセルの前に立つ。それから素早くカプセルに刃先を向けるが、何を思ったのかゆっくり刃先を下ろした。その視線はカプセルのネームプレートらしき物に注がれていた。

「R E N A M I Z U S A W A 7…H A R U K A・H E N S T R I D G E……?」


■■■


路地裏らしき狭い空間に、少女が座りこんでいた。白地のシャツは所々裂けていたし、ジーンズのズボンもズタズタといっていいほど裂けていた。これはくだらん“ファッション”とかのつもりではなさそうだ。髪はショートだったがボサボサで、数日髪を洗っていなかったように見える。その姿が、ゴミために打ち捨てられていた鏡に映った自分の姿だと気付くのに、しばらくかかった。

「なに…これ?」

ゆっくりと立ち上がり、あたりを見回す。こんな場所には見覚えがない。それ以前に、なんで私、こんな所にいるんだっけ? 疑問が次から次へとわいてくる。
とにかく、人通りのあるところにでも行って、タクシーを拾おう。そして家に帰って、溺死するほどシャワーを浴びて、それから考えよう。
こんな格好で人前に出るのは死ぬほどイヤだったが、仕方がない。なかなかいう事を聞かない体をむち打ち、路地裏から抜け出した。真夜中らしく人通りはなかった。ちょうどタクシーが停まっていたのでタクシーに近づいて…。
気付いた。どのポケットを探しても、金がない。ヤバイ。帰れない。どうしよう。

「おーい、どうした譲ちゃん」

タクシーの運転手のおっさんが声をかけてくる。ハゲてんなぁ、あのおっさん。もう下心燃やしてるのが丸分かり…じゃなくて、本気でどうしようか考える。歩いて帰れる程体力は残ってない。おっさん気絶させて、タクシーでも奪おうか。こっちにはちょっとしたコネがあるので、それ位じゃあケーサツは動けないハズだ。
私が近づくと、ばたん、と自動ドアが開く。なるべく体力を使わないようにゆっくり後部座席に座り込むと、またばたんとドアが閉まり、更に鍵までかかった。呆れて視線を泳がせば、おっさんはもうヤる気満々といった感じで運転席から身を乗り出してきている。どうやら私はホームレスに見えるのだろう。ホームレスは社会的に立場が弱いから狙われやすいと聞く。しかし私を狙ったのは運の尽きとしか言いようがない。ちょっと同情するけど、うん。自業自得だ。
おっさんの手が伸びてくる。私はそのアブラギッシュな手を振り払うと、自分からおっさんに近づく。おっさんはうれしそうに顔を脱力させた。うーん、勘違いも甚だしいぞ、おっさん。
さあ、さっさとコトを済ませよう。真面目なお巡りさんたちに見つからないうちに。


■■■


後ろからパトカーが追いかけてくる。あーあ、結局バレてしまった。おっさんの執念で、失神する直前にベレッタのトリガーを引いたらしい。もちろん当たりはしなかったが、銃声を聞かれてしまっては誤解されても仕方ない。おっさんを蹴りあけたドアから蹴り出すと、高速道路へレッツ・チェイス! ……というわけである。カーチェイスってあこがれてたんだ、だって映画みたいでカッコいいじゃん! 感動で涙がでちゃいそうだよ。ハハハ、ヤバイって、本気でどうしよう。
後ろで警官が怖い顔をしながら拡声器を持って何か言っている。うるさいなあ、気が散るって。事故っちゃうよ。
しかし数分後、後ろにはパトカーの姿がなくなっていた。疑問が頭をもたげ、タクシーをインターチェンジのわきに停める。と、タクシーの隣にバイクが停まった。しまった、覆面白バイか!?

「おいハルカ。行方不明になっていたと思ったら今度は過剰防衛か? その上高校生の分際で無免許運転…警察なめるのもいい加減にしろよクズ」
「あぁ、メシア様! 神に感謝します!」

来たのは知り合いのキレモノ女刑事。何回もお世話になったが、悲しきかな、未だに本名を明かしてくれないのです。

「今回は見逃してやる。何しろおまえのバックにはナターシャがいるからな。そうでなけりゃ今頃この手で息の根を止めてやるところだぞ、このクズ」
「クズなんてひどいな、いいから家まで送ってください」
「クソ、このクズ、少しは恩を感じろ恩を!」
「そんなコトずーっと気にしてるとハゲるぜ〜?」
「うるさいクズ。私は忙しいんださっさと乗れ」

言われてバイクの後ろに乗る。エンジンを唸らせながらバイクは見慣れた道を爆走していく。交通違反してるんじゃねえのかコレ。それを聞こうとしたが、もう睡魔に勝てなかった。凄い速さで流れていく光たちを捉えながら、私の意識は、落ちた。


■■■


冷蔵庫とベッド、それからカセットコンロと不自然にでかいクローゼット以外何もない、生活感ゼロの殺風景なアパートの一室で、けたたましく何かが鳴り響き、ベッドの中に沈んでいた人影ががば、と音をたてて起き上がった。
電話である。

「あ〜〜!…誰だよ、こんな朝から」

ボヤきながらベッドから起き上ると、頭をばりばり掻きながら電話に手を伸ばす。朝といってももう11時過ぎだが、何しろ私の中では眠っていてなおかつ明るい時間は朝だと定義されている。朝の電話ほどウザったらしいものはないのである。

「もしもし!」

ふてくされたような声で電話に出る。相手は分かりきっていた。あのアホ面が目に浮かぶようだ。もっとも実際に目の前に浮かんでいたりしたら……うん、それこそ悪夢だ。

「おいおい、いきなりそんな不機嫌な声を出すなよ。いつもはまあアレだが、今回はちゃんとしたニュースなんだぜ?」
「うるさい。おまえの言ってること全然意味分かんねえ。何がちゃんとしたニュースだ。明確な理由もないのに朝っぱらから電話なぞすんな」

険のある口調で言い返す。が、相手も負けない。軽い冗談をしれっと言って反論をかわす。

「理由? 簡単じゃないか。おまえがオレの愛しいガールフレンドちゃんだからさ」
「…くだらん冗談はそこまでにしておいて、さっさと本題を三百字以内で述べよ。どうせ行方不明になってたことでしょ」
「なんだそりゃ。おまえ行方不明になってたのか。まあそれはいいとして」
「何がいいのデビッド! 行方不明になっていた上に一週間分の記憶が無いんだよ?」
「おまえの場合日常茶飯事だろ。いいから聞け……」
「…犠牲者が増えた?」

ビンゴ、今回は2人だな、と電話から沈んだ声。自分の記憶が正しければ、これで犠牲者は男女あわせて9人。

「今はナチスの事務所?」
「ああ、今回のはかなり厄介だからな。オレまでデスクワークだ」

ふう、と溜め息を吐く。近頃はこんな物騒な事件が多くて困る。この前までアメリカ中西部の町、ラクーンシティが新型ミサイルを撃ち込まれて消滅したとかでどこのニュースも持ち切りだったのに、今度はケーブルテレビで大量猟奇殺人事件がどうのこうのと言っている。
……それもこれも警察の連中が無能なのとナチスのせいだ。いつか呪殺してやる。

「分かった。それじゃ、準備したらすぐ行くから。あ、それか…」
「あー、早くしてくれよ。コッチは忙しいからな。じゃーな」
「あ、まって、ちょっと!」
「いいから早くしてくれ…あ、やっぱゆっくりでいい。つーか、来なくていい」

冗談だ、早くしろよという声の後、がちゃり、と乱暴な音と共に電話が切れた。
私も、そこでキレていた。


■■■


もううんざりだ。昨夜からパソコンの画面にかじり付きっ放しで、なんの進展もない。ナターシャときたらのんきにコーヒーなんか飲んでいるばかりで、ハルカが来るまで何の役にも立ちそうには見えない。畜生、カフェイン人間め。

「ナターシャ、やっぱダメだ。ネットで調べるにも限度ってものがあるぞ」
「…デビッド。現地調査はシルが来てからだと、朝に説明しなかったかな? それまで調べられる事は全て調べておく事…こう言ったハズなのだけれど。シルは呼んだんでしょう?」

そう言うナターシャを恨めしげに睨みつけながら、再び文字ばかりの画面に視線を戻す。もう画面を見るだけで頭が割れそうだ。ちなみにシルというのはハルカの二つ名である。
……本人は嫌がっていたが。いい気味だ。

今回、この小さい島で起きた事件の概要は、大体こんな物である。
数ヶ月前、アメリカ中西部の町、ラクーンシティがミサイルにより消滅。これの理由については、アメリカ政府は放射能がどうのこうのと公表していたが、調べていくとそうではなく、病気…新手の伝染病か何かくらいにしか分からないが…だったらしい。もっとも、デマの噂も絶えないから、信憑性はあまりないが。
問題はその後である。ラクーンシティが灰に帰してからこっち、各国で猟奇殺人事件が次々と起きているらしい。もちろん公表されてはいないが、情報網をたどればすぐに引っかかる。
そして、アメリカの僻地と揶揄されるこの島でもその猟奇殺人事件が起きた、とまあそんな所である。ここのケーブルテレビもそればっかりでいい加減飽きた。しかし厄介なのは、猟奇殺人の他にも殺人が起きていることで、こっちは刃物による殺害。全く別物という事だ。
そしてオレ、デビッド・バークスとさっき電話で呼んだシルことハルカ・ヘンストリッジが何故、高校さえもサボタージュしてこんな事を調べているのかといえば――

「なあ、ナターシャ」
「なんだい?」
「アンタは社会人だからまあいいとして、高校生のオレとシルを平日から使い潰すっていうのはどうかと思うぞ」
「ふふ、道具が私に意見するようになったなんて、この世も末だね」

――何気なくひどいことを言っているカフェイン人間にこき使われているからに他ならない。難しくいうと酷使って言うんだよな、コレ。そんな生易しいモンじゃなかったが。その上、人をこき使うのに快感を覚えている節があったりする。オレ、ドSな女性は苦手なんですけど。
コーヒー中毒のこの人物は、名をナターシャ・バートンという。恐らく、いや絶対に偽名だと思うけど。ちなみに愛称はナチス。この前、その愛称の後にヨーロッパのある国の名前をつけたら、コーヒーに致死量寸前の睡眠薬混ぜられた。
変人として名高い人物ではあるが、仕事はきっちりこなす人だ。職業は自称何でも屋。見た目こそ凡人に見えるかもしれないが侮るなかれ、本当に何でも出来る。何をやらせても、例えば一流大学の医学教授もお手上げだという手術でさえ完璧に済ませてしまうだろう。しかし治療代はほとんどボッてるようなモンだし、免許持ってない。ほらアレ、リアル・ブラックジャッキー。
そして数週間前、本当に運悪く先述のナターシャ・バートンに出会ってしまい、それ以来、いろいろあってこの人の手足として忙しく走り回る事になってしまったわけである。なんでもハルカがナターシャの妹と知り合いだったそうだ。オレもついてないよな。
…ちなみに今回の事件は、正確に言えば仕事ではない。
ナターシャの興味本位である。本当にそういうのはやめてほしい…が、あながちそうとも言い切れないような感じでもある。
なにしろ、今回の犠牲者はクラスメイトまで含まれていた。関係は大いにあり、またこの事件を解決する意義もまた大きいというわけだ。
――と、いうわけなのだが……。

「疲れた。ナターシャ、せめてシルが来るまで寝かせておいてくれ」
「だらしないな。勝手にしろ」

体力の限界だった。情けない事に。いや、アレだけ酷使されれば当然だよな、うん。誰かその通りだと言ってください。
かくして少しの休息を手に入れたオレは、ハルカが来るまで針金の突き出た汚いソファで惰眠を貪ることにした。


■■■


太陽も真上に差し掛かった昼近く、文句を言いながらもデビッドの呼び出しに応じてナチスの事務所に出向く事にした。
―――本来、私は昼間に出かけない。この狭い街を闊歩する人間どもは、病的なほどにうるさいからだ。
しかし引きこもりというわけでもなく、ただ完全な夜行性だった。
目に飛び込んでくる風景には、人しか映らない。私などには視線もよこさず、ただすれ違っていく人の群れ。
私が感性溢れる詩人か何かなら、この人達と一度しか出会えないどこか物悲しい感情に溺れるのだろうが、私はそれに対して無感動だ。物悲しいというより、見ているのもつらい。
私はこの人間を何も知らない。でも知っている。この人間の弱さを。少しでも突けば崩れ落ちてしまう脆さを。
この人達は飛ぶのを止めてしまった人達だ。自らクビキにつながれ、社会のしがらみに浸かりながら日々その体を腐食させてしまっている、偽者みたいな本者≠スち。
…腐った可能性なんて、見たくもなんともない。目が痛くなるだけだ。
――だから私は人間が嫌いだった。
そんな事を思った後、自分はこんな詩的な人間だったっけ? と少し訝ってみる。
気付けば、会社という名の廃ビルは目の前だった。


「おはよう、シル」

ナチスの口調が冷めたあいさつは、まあ、いつも通りのことだ。

「昼間から何の用? 私の仕事は夜だって言ってなかったっけ」
「ふ、まあそう怒るな。どうせ暇なんだから、困ることもなかろう」

…はっきりいって、すげえ困る。夜行性でその上夜に使い潰される私にとって、昼間という睡眠時間は貴重なのだ。

「まあそう言うな。用事は十分にある。……気付いていると思うが、同族だ」

…ごめんナチス。私全っ然気付いてねえ。つーかそれ以前に前一週間分の記憶ロストしたまんまだし。まあ一応気になるので聞いてみることにしよう。

「猟奇の方? それとも刃物の方か……」
「いや、それはまだはっきりしない。だが、どうやらどっちも関係ありのようだ」

同族…つまり、普通じゃない℃E人能力保持者がいるなら、殺しとかなきゃ寝覚めが悪い。しかし、何故ナチスは私を昼間に呼び出したんだろ? 始末ならいつも通り、真夜中にやればいいのに。

「まあそう焦るな。今は様子を見ようと思っている」

それだけ言うと、ナチスはくわえていた煙草をソファの方へポイっと投げ捨てる。直後、熱いっという悲鳴がしてソファから見覚えのあるバカ面が立ち上がった。うん、この状況に題名をつけるとしたら、「不機嫌の体現」…バッチリだ。

「ナターシャ! もうちょっとマシな起こし方があると思うんだけどな!」
「なに、効果的だろう? 顔など洗わなくても目がパッチリと覚めたはずだ」

ナチスはイヤミな笑いを漏らし、デビッドは涙目になって何か抗議している。
……もう少し緊張感を持ってもらいたいものだ。しかし悲しい事実、この事務所内ではコレが精一杯の真面目なのです。はぁ。

「それで? 昼間から何をするわけ?」
「下見だ。どうも怪しい所が見つかった。多国籍企業…アンブレラの支社あたりだ」

多国籍企業のアンブレラ…あの製薬会社か。確かにアレだけの規模があってなおかつ病気関係を管轄している会社を疑うのは、当然といえば当然ではある。

「そりゃムリだぞナターシャ。一応調べたけど、あそこのセキュリティシステムはもの凄い。部外者の指1本でも入れば、すぐにシステムに引っかかっちまう。オレ達みたいな素人じゃ…」
「デビッド。素人は一人しかいないようだぞ、君」
「は?」

デビッドは一瞬木偶の坊と化し、それからゆっくり私とナチスを交互に見る。

「…マジかよ」

数秒の沈黙、そして破顔するナチスと私。だってその顔面白すぎるよデビッド君。ひーひー言いながら呼吸を整える。酸素取り入れるのももう必死だ。

「……で、実行はいつ?」

「まあまあ、さっさと行きたいのは分かるがちょっと待て。実際に潜入するのは今夜の予定だよ」

……潜入じゃなくて不法侵入の間違いだろ。高校生に犯罪の手伝いさせるのか、こいつは。
それに、じゃあなんで今日の昼間に呼んだんだ、と内心溜め息を吐く。このナチスという人物、変人だと言われるだけあって時折毒電波を飛ばしてくるのだ。気をつけなければ。
しかしこっちの心の内を読んだように、ナチスはさっさと用件をつげてきた。

「渡すものがある。随分前からまだかまだかとうるさかったアレだ」

アレ? ああ、アレか。散々と待たされてもう記憶の奥底に沈殿していた記憶が蘇る。ざっと一年と三ヶ月。うん、延滞料金よこせと言いたい。
かくして私の手元には、刃渡り30センチ位の飾り気どころかグリップさえ無いナイフが置かれた。…なんだコレ。約束が違うぞ。

「ナチス。なにコレ」
「なにっておまえ、ナイフだよ。ソレはアヴェリエイターといってな、切れ味の方は保障するぞ」

さも当然、とばかりに返事を返してくるナチス。流石は変人。返事が絶妙にズレている。

「そういう意味じゃなくて。私はナイフなんて所望してないんだけど」
「ああ、ハヴェリア&ルジェリアはね、バストーネが修復しているそうだよ」
「…修復? 私、壊した覚えはないけど」
「そりゃそうだ。おまえの可愛い妹があの大太刀で叩き壊したらしい」

ああ、そういえば私にも妹がいたのを忘れていた。しかし、あの娘ももう14か。しばらく会ってないけど、可愛くなったかな。

『ああ、お姉ちゃん? いいよ、殺したげるから』

…いや、やっぱり可愛くない。ただの殺人鬼だ。アレは故郷の総人口の40%近くを斬殺した。無論、親族も。ヘンストリッジ家で生き残ったのは当の妹と私だけだ。

「シルに妹なんていたんだ。ちょっといいな、ソレ。会ってみたい」

ダメだ、こいつはうちの妹のおぞましさを欠片も分かっちゃいない。無知っていうのは罪なんだって事が何だかよく分かる気がするよ。

「何がいいんだか。アレはおぞましい殺人鬼でしかない。死を殺す化け物よ」

確かに可愛いところもあったけど。今は面影すらない。確か今はエッタの庇護下にあるという話を、ナチスを通して聞いているから今の所は安泰……ん?

「ナチス。まさかあの連続斬殺事件って…」
「ああ、もちろん私がやったんじゃないぞ。確かにソレはよく切れるけどね」

…違う、そんな事は分かりきっている。私が聞きたいのはそんな事じゃなくて…!

「妹がここに来ているって事…?」

ナチスの眉が跳ね上がり、何とも形容し難い表情を形作る。……これは、当たりだ。

「うん、その可能性もある。ジュリエッタの話じゃ、猟奇殺人うんぬんの謎が解けたから、解決の為にアレを派遣したと」

その派遣先が、ここじゃないとも限らない。そして連続斬殺事件……。

「えっ、じゃあ、運がよければシルの妹に会えるってことか?」
「バカ、運が悪ければ、の間違いだ。出来得るだけアレとは接触したくないけど…」
「なんだ、つまらん。アレと接触すればここの事件はさっさと終わるんだぞ」

この二人は気楽で大いに結構なことである、まる。
……本当にアレがこの島に来ているのなら、少しの偶然でアレに遭ってしまったなら。
私は、確実に死ぬ事になるだろう。
この、ラクーンアイランドと呼ばれている、狭い島で。

「おいシル、どこへ行くんだ」
「準備。もしアレがここに来ているのなら、ナイフ1本じゃ太刀打ちなんてとても出来ないよ。デビッド、フィア・メイカーのシューティングレンジ借りるよ」
「いいぜ。その代わり、妹さんの名前を教えてくれ」

…こいつ、本当に能天気だ。逆にちょっと羨ましくなるほどに。

「華愛(カマナ)…いや、今はカマラかな」

それだけ言うと、私は久しぶりにデビッドの家のシューティングレンジへ向かうことにした。


■■■


―――夜。

ナチスの車に揺られながら、外の景色を見ていた。今夜は月夜だ。蒼い月が、雲に侵食される様をじっと見る。
久しぶりに見る綺麗な月。しかし突然、その風景は黒い煙に遮られた。

「ナチス。アレは……」
「ああ。多分アレはアンブレラの方だ……急がないとな。おまえも準備しとけ」

言われてリュックの中からガンケースを3つ取り出し、カギを開けて中身を組み立てていく。今では目を瞑ってでも出来る簡単な作業だ。
グロッグ18C+ロングマガジンと、自作した9ミリ拳銃“アルジェ・グリア”、そして普段は使わないナチス作の“満天星(どうだんつつじ)”。グロッグとアルジェは性能が計り知れる代物だが、満天星の方は使うのも恐ろしい。一応22口径のようだが、マガジンにはどの弾も詰められるようになっているとナチスは言っていた。普通の銃ならそんな事はまずムリだが、何しろナチスは魔術師である。装填しようと頑張れば、ミサイルでも装填できるかもしれない。
そんな事を考えていると、突然車に衝撃がはしり、ドン、という何かが接触した時の音が聞こえた。……おい、さっき人を跳ねなかったか?

「ああ、しかしあれは多分人じゃない。とにかく急ぐのが先だ」

…人じゃない? 動物か何かだったんだろうか?
考えても仕方ないか。仕方なく、雑音の混じるカーステレオに耳を傾ける。

『ザザッ…緊急速報です……レラ支社、地下駐車場付近より…継して…ります。腐っ……な犬が人を…ザザッ……。人も次々……と化しており、現場は…ザッ……。私も先ほど噛まれてしま……血が止まりま……ザザザッ…』

聞いた感じ、また猟奇殺人か。…レラ支社というのは多分アンブレラの事だろう。しかし、くさっ……な犬?
これまた考えても仕方ない。リュックから残るアヴェリエイターを取り出す。ハヴェリア&ルジェリアの代用品というから、エッタかバストーネの作品だろう。それにしてもグリップくらいはつけて欲しいな。
突然、キッと音をたてて車が止まった。まだターゲットポイントには着いていないはずだが、ナチスの表情は厳しい。

「車から出ろ。猟奇殺人犯に囲まれたぞ…このまま突破してもいいが、一応確かめておこう」

アルジェを構えてドアを蹴り開ける。しかし猟奇殺人犯に囲まれたという事は、敵は複数という事か。くさっ……な犬に遭えるかな?

「ウ…アアァァ」

車越しに振り返った先にいたのは、どこか挙動のおかしい中年のおばさんだった。月明かりでよく見えることが幸いして、アレが人間じゃない事がよく分かる。
…だって、人間なら腹から腸が垂れ下がっていて平気で歩けるわけがない。どれだけヘルニアを悪化させたってああはならない…と思う。

「ナチス。アレが猟奇殺人犯か。発砲許可は」
「ヘッドショットに限定して許可。一撃で死体に戻せ」

…死体に戻す? 元は死体だったのか。なんだそりゃ。グールかゾンビか。

「いいから早くしろ。喰われるぞ」

言われて仕方なくアルジェをおばさんの頭にポイントする。ゴメンね、おばさん。
素早くトリガーを引き、9パラ弾をおばさんの額にぶち込む。おばさんは血やら何やらをまき散らしながらナチスの車に倒れ伏し、ナチスの車のボンネットを汚して動かなくなった。あーあ、汚いなぁ。昨日私が掃除したばっかりなのに。見ればナチスも死体に戻ったおばさん…というより車のボンネット…を見て顔をしかめている。

「ナチス。このおばさん、何?」
「見ての通り、立ち上がり生者を喰らう死体、ゾンビだ。よく見ろ。腐ってるぞ」

見る必要もない。だってこのおばさん、臭いが凄まじい。これが体臭なら多分ギネスブックに載る。

「シル。予定変更だ。おまえはこのままアンブレラ支社に行け。デビッドが心配だから私はここから廃ビルまで戻る。ゾンビ共は弾の許す限り殺せ」
「了解。それで、デビッドの安全を確保した後はどうする」
「業務用の携帯に連絡する。私の連絡が入ったらアンブレラ支社の屋上を制圧しろ。ヘリがあると思うから」

まるでテロだ。犯罪どころの騒ぎじゃないぞ、コレ。
それを聞くと、くくく…とナチスが笑い出した。なんだ、怒るかと思ったのに。気持ち悪いなぁ。

「バカ。私たちはもうバイオテロに遭っているんだ。その親玉を潰して何が悪い」

それもそうか。と言うか、これバイオテロだったんだな。

「そうだ。この事件が終わって、暇が出来たら真相を教えてやるよ」

それだけ言うと、ナチスはボンネットの死体もそのままにアクセルを吹かして走り去ってしまった。死体はグチャリと嫌な音をたててボンネットから転げ落ち、更に下水を跳ね上げながら下水道に落ちた。

「ああ、ゾンビとはいえ……また、ヒトガタを殺すのか」

アンブレラ支社を目指して歩きながら、言う。そう言う私の唇は、意味もなく笑っていた。
ここに来て、初めて犯した殺人。日本でも散々殺したけれど、ここで殺すほうが楽しそうだ。
しかし、私はまだ知らなかった。この殺人が、大きな事件との関わりあう最初の起源となっていた事を……。



起源殺人、終章。//次章、遭遇殺界。





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