HUNTER's EAGLE 後編


HUNTER's EAGLE


後編

 朝焼けの陽射しが刺し込み、夜の静寂が明けていく中に、それを乱す微かな不協和音が忍び寄っていた。
 ステルス塗装が施され、消音性を重視され設計、製作された隠密ヘリが、朝日に照らされていくヘリポートへと向かって降下を始めていく。
 よく見ると、着地地点を示す円の一部が不自然に途切れている。
 その場所には、無骨な戦闘服姿の男がうずくまっていたが、その体からはおびただしい血が流れ出し、流れた血が赤黒い血溜まりとなってヘリポートの円を不完全な円弧へと変えていた。
 それを気にもしないのか、ヘリは降下を続けて地面へと着陸する。
 ヘリから続々と無言のまま、顔をガスマスクで覆った奇怪な兵士達が降り立つ。
 兵士達が降りた最後に、ロシア系と思われる白髪の巨漢の男が降り立った。
 男は、しばし周囲を見回し、そばにうずくまっている影を発見すると、そちらへと近付く。
 間近まで近寄った時、先程まで微動だにしなかった影が、僅かに身じろぎした。
 その場で立ち止まった男は、ホルスターからハンドガンを取り出すと、生死確認もせずにいきなりうずくまっていた男の頭を撃ち抜いた。
 至近距離で撃ち込まれたホローポイント弾は、うずくまっていた男の頭部を貫き、内部で変形して脳髄や肉、骨をかき混ぜつつ、反対側にそれらを伴って通り抜けた。
 地面に新たに広がった脳髄と肉片交じりの血溜まりを気にもせず、男は口を開く。

「掃除を開始しろ」

 その一言で、今まで無言だった兵士達が一斉に機械のような正確さでチームに分かれ、その場を離れていく。

「監督がいなけりゃ、掃除も出来ないとはな。とんだ欠陥品だ」

 吐き捨てるように言い放つと、男は兵士達の後に続く。
 その目は、ただどこまでも冷め切っていた。


「夜が明けたか…………」

 レオンは日の出を見ると、視線をその場にいる者達へと戻す。
 そこにいるのは、敗残兵と言って過言ではないほど、疲弊しきった隊員達だった。
 疲労の極にある者、負傷している者、ただ恐怖に震える者。
 幾度にも及ぶ戦闘ですでに人員を半数に減らした特殊部隊の隊員達は、自分達の予想を越える非常識の世界に翻弄され、蹂躙されていた。

「通信は出来そうか?」
「いえ………」

 BOWとの戦闘で破損した通信機の修理を試みていた兵士が、首を左右に振る。
 すでに予定の作戦時間をとうの昔にオーバーしているが、通信機が破壊される前に気象条件悪化に伴って帰投のヘリが遅れる旨だけが分かっていた。
 ただ、それがあと何時間か、それとも何日か。

 そして、それまで生き残れるか。

 誰もが皆、同じ思いを抱いたまま、無言で夜を明かしていた。

(どうすればいい…………)

 レオンは、現在の状況を打開する方法を必死になって模索していた。
 別行動を取っていたAチームと合流した時、すでに隊長は〈戦死〉していた。
 必然的に指揮官となったレオンは、すでに10名少々となっている隊員達を順に見ていく。

(オレが少しでも判断を誤れば、こいつらは生きて帰れない…………)

 普段の任務と違う、〈責任〉をどうするべきか。
 今までの経験を総動員させて、レオンは残った全員が生き残る術を思案する。
 その時、〈音〉が聞こえてきた。

「何だ、この音………」
「……!ヘリだ!迎えが来たんだ!」
「!?待て!こちらの迎えかどうかを確かめて………」

 レオンの言葉も、ただ生にすがろうとする者達の耳には届かなかった。
 それが、普段軍では使われない消音ヘリのローター音だと気付いたレオンは、XM29の残弾を確認しながら音の方へと駆け出した隊員の後を追う。

「お〜い、お〜い!」
「待て……」

 生還への希望を漲らせて手を振る隊員の前に、彼らはいた。
 隊員の姿を確認すると同時に、彼らはためらわず〈掃除〉を開始した。
 希望に胸膨らませる隊員の体を、無数の銃弾が貫く。
 何が起きたかを理解出来ない隊員が、怪訝な表情をする中、更に撃ち込まれた弾雨が、状況を理解出来ないまま、隊員を絶命させた。

「敵だ!応戦しろ!」

 レオンが怒鳴ると同時に、ヘリから降りてきた異様な雰囲気を持つ兵士達へと銃弾をばら撒く。
 数瞬遅れて、他の隊員達も戦闘を開始した。
 銃弾を浴びても悲鳴一つ上げない異様な兵士の一人が、額に銃弾を食らって地へと倒れる。

「ひいっ!?」

 その兵士が、突然融解を始めたのに気付いた隊員が、思わず悲鳴を上げて攻撃の手を中断させる。
 だが、その僅かな隙にその隊員の体を奇怪な兵士の銃弾が貫く。

「UT―ユニット!アンブレラの掃除屋か!」

 その奇怪な兵士が、アンブレラの証拠完全消滅の為に造られた人造兵士だと気付いたレオンが、ためらわずグレネードランチャーのトリガーを引きながら叫ぶ。

「火力を惜しむな!下手な攻撃は効かない連中だ!」
「し、しかしヘリが……」

 UT―ユニットの搬送を終えたヘリが飛び立とうとするのを羨望の眼差しで見つめ、そちらに銃火が飛ぶのをためらう隊員に舌打ちしつつ、レオンはグレネードの空薬莢を排出してライフルのトリガーを引きつつ、次弾を装填する。

「こちらのヘリも来る!それまで生き残る事を優先させろ!」
「い、イエス、サー!」

 それで我に返った隊員達が、一斉にグレネードを乱射する。
 グレネード弾の直撃を食らい、殲滅のみを目的として造られた人造人間達は次々と吹き飛んでいく。
 全身に銃弾を浴び続けながらそれでも戦闘を止めない最後の二体に、レオンが愛銃デザートイーグル50AEを抜くと、その額を撃ち抜く。
 それらが融解していくのを見ながら、レオンは隊員達へと振り返る。

「……何人やられた?」
「ジョシュー曹長と、オルガ一等軍曹が………」
「………そうか」

 レオンは、一番最初に死んだ隊員の亡骸へと歩み寄る。
 被っていたバイザーメットを外すと、その顔は怪訝な表情をしたまま、瞳の光が失われていた。

「………恐怖に覆われたまま死ぬのと、何も知らないまま死ぬの、どっちが幸福なんだろな」
「…………さあ………」

 レオンの独白に、生き残った隊員達は何も答えられないまま、手にした銃を握り締める。

「装備を確認しろ。恐らくまだ二個小隊はいるはずだ」
「イエス、サー…………」

 力なく答えながら、隊員達は空になったマガジンに弾丸を装填していく。

「残弾数は?」
「個人差が有りますが、10マガジンを切っている者がほとんどです…………」
「無駄遣いはするな。ゾンビ相手なら頭部に3バーストで済む。以後、オレの許可無しのフルオートは禁止する」
「しかし……」
「無論必要外の戦闘も禁止だ。ヤバイ奴が来たらオレが相手する。特に、アイツはな」

〈アイツ〉が何を指すのか悟った隊員達の顔が、一気に青くなる。
 別行動を取っていたAチームを壊滅寸前にまで追い込んだ、謎の新型BOW。
 そして、恐らくはこの研究所を壊滅状態に落とし、バイオハザードを引き起こした犯人。
 僅かに残されたデータから分かったのが、それがパワーを重視された汎用BOW《タイラント》の亜種で、敏捷性を重視して製造された雌型タイラントであり、呼称が《ヘラ》と呼ばれていた事。
 更にはそのあまりの危険度のために廃棄が予定されていた怪物だという事…………

「UT―ユニットはまず生存者の消去から開始する。次に所定個所の機材の破壊。最後にUT―ユニットの指揮する人間自らが研究所の爆破プロセスを行うはずだ」
「じゃあ………」
「恐らく今の部隊は地点確保の連中だ。だとしたら残るは消去部隊と破壊部隊の二隊。破壊部隊は目標のみを速やかに遂行するから、接触しない限り危険は無い。あとは消去部隊の行動パターンさえ分かれば………」

 レオンは研究所のMAPを広げ、その間取りと経験から大体のパターンを割り出す。

「戦闘などを考慮しても、2時間もすればここへと戻ってくるはずだ。すぐにキャンプを張った森林部へと撤退。そこで奴らをやり過ごす」
「あそこまで足を伸ばしてくる可能性は?」
「無いとは言い切れないな。だが、自爆装置が働いたらこんな島なんて跡形もなく吹っ飛ぶだけの大爆発が起こる。最悪、奴らを殲滅して回収に来たヘリを乗っ取って脱出する」
「あと、2時間……………」
「ああ」

 それが希望的観測に過ぎない事を自らが一番よく理解しているが、レオンはただ首を小さく振り、隊員達の僅かな希望を灯す。

(2時間……か。恐らく、こいつらの人生でもっとも過酷な2時間になるな………)

 レオンの頬を、熱さと冷たさを併せ持った汗が流れ落ちて、空薬莢が転がる地面に小さな染みを形勢した。



 狙い済ました弾丸が、こちらに銃口を向けようとしたUT―ユニットの頭部を貫く。
 一撃で絶命したUT―ユニットが、すでに倒れていた他のUT―ユニットに重なると、融解を始めていく。

「掃除屋を投入しやがったか…………」

 硝煙の漂う銃口を下げると、先行投入された回収部隊の唯一の生き残りとなった男―ハンクは忌々しげに床に広がるUT―ユニットのなれの果てを見下ろす。

「誰が指揮してるのかしらんが、行って話を付けておくか。弾も少ないからな」

 手にしたMC51サブマシンガンのマガジンを抜き、それが空になったのを確かめると投げ捨て、最後のマガジンをセットするとイジェクトレバーを引いて初弾を装弾。

「弾が尽きるのが先か、生き残るのが先か………」

 たいした感慨も無くそう呟くと、ハンクは注意を怠らないまま、目標の指揮官を探し始めた。



「ギャ…」

 銃撃の音に、生き残りだったらしい研究員の悲鳴がかき消されていく。

「……感染はしてなかったか?」

 死体となった研究員の顔や手にT―ウイルス感染の特徴となる腐敗痕の類が無いのを何気なく見ながら、ニコライは目的の主研究室へと部隊を進めていく。
 地下階の最奥、研究所でも最高ランクのセキュリティを極一部の人間しか所持を許されないーニコライも作戦時に貸し出されるのみーのマスターカードを通すと、中へと足を踏み入れる。

「搬送されたばかりだったな」

 主研究室の中央に設置されたとんでもなく巨大な水槽―ただし中を満たすのは特殊な培養素を混入したBOW調整用培養水のみーを見上げながら、ニコライは手近のデスクからメインコンピュータにアクセスする。
 中のデータから重要度トップランクの物のみを選別し、それを手早くMOに記録すると他の全データを破棄していく。

「よし、破壊しろ」

 デスクを立ちながら破壊命令を出したニコライが、UT―ユニットがドアの方を警戒しているのに気付いた。

「やれ」

 確認もせず、攻撃命令が下される。
 無数の銃口から弾雨が吐き出されるが、それがドアを貫く寸前にドアが開かれ、床の方を転がるように一つの影は飛び込んでくる。
 その影を銃火が追うが、影は姿勢を低くしたまま動き、そしてニコライの背後へと回り込む。
 目標が指揮官の背後に回った事で、UT―ユニット達の攻撃の手が止まる。

「!」
「お前か、ニコライ」
「……なんだ貴様か死神」

 UT―ユニットの射線を遮る形で背後に回って銃口を押し付けてきた影が、知っている人物である事に気付きながらも、ニコライは警戒を解かない。

「今度の残業は人形どものお守りか。せいが出る事だな」
「残業代が高いんでな。特に残っているのが一人だけだとな」

 ニコライが腰の拳銃にそっと手を伸ばそうとするのを、ハンクが先程までの戦闘でほのかに暖かい銃口をニコライの後頭部に強く押し付ける。

「妙な事を考えるな、死亡労災はもらえないだろう?」
「棺桶に詰めてもらうって手もあるな」

 ニコライが口を僅かに吊り上げるような笑みを浮かべつつ、靴のかかとを気付かれないように強く踏み込み、それを捻った。
 途端に、靴に仕込まれていた催涙ガスが真上に噴き出す。

「!」

 視界が白いガスで閉ざされたハンクが怯んだ瞬間、ニコライは振り向きながら拳銃を抜いた。
 二つの発砲音が、同時に響く。
 そのまま沈黙が続く中、ガスが晴れていく。
 そこには、お互い簡易ガスマスクを付け、頬に弾丸がかすめた痕がある両者が拳銃を突きつけあった状態で対峙していた。

「それくらいにしときな。こんなくだらない死に方はしたくないだろう?」
「よく言うな。そっちが先に撃たなかったか?」
「さあな。とにかく、とっととこの人形どもにオレを認識させてやれ」
「コードRED203215、眼前の人物二名を指揮官と認識、以後命令の認識及び攻撃の禁止を設定。設定コードBLUE545807」

 ニコライの言葉が終わると同時に、UT―ユニットのガスマスクのゴーグルで小さな光点が幾度か瞬くと、構えていた銃口が下ろされる。

「他に生き残りはいたか?」
「ああ、そういえば何人かいたな」

 過去形で言う意味を追求するでもなく、お互いに向けていた銃口を外すと、セーフティを掛けた。

「迎えはいつ来る」
「あと2時間後だ。分別は済んだからあとは念入りに掃除してゴミを燃やすだけだ」
「他所から持ち込まれたゴミがそこいらをうろついていたがそちらはどうする?」
「掃除が終わらなかったら一緒に燃やすだけだ」
「そうか」
「そう言えば、妙なゴミが幾つかあったが、あれはなんだ?」
「ここの新型が暴走してやがる。首を引き千切るのが趣味らしい」
「……掃除が大変そうだな」

 ニコライは腰のホルダーから手榴弾を取り出すと、それのピンを抜きつつUT―ユニットを伴ってハンクと共に部屋を出ると、中へと手榴弾を放り込む。

「まず、どっちから片付ける?」
「目に付いた方だ」

 爆風が背後を吹き向けていく中、物騒な 人形を引き連れた男達は、掃除を再開した。



「うわあああぁぁ!!」
「リ〜ック!」

 休止を取るべく林の中にあった小さな泉に近寄った隊員に、突如として泉から現れた直立歩行する巨大なカエルを思わせる奇怪なBOW―ハンターγが襲い掛かり、その隊員を一口で丸呑みにした。

「化け物!リックを返せ!」
「撃つな!リックに当たる!」
「じゃあどうするんだ!」

 今だもがいている足が見える中、隊員達が攻撃を迷っている間に、レオンは冷静にXM29からデザートイーグルに武器を持ち替えると、狙いを定めて射撃。
 弾丸はハンターγの股間に炸裂し、奇怪な絶叫を上げながらハンターγは隊員を吐き出す。
 そこにさらに駄目押しの一発を頭部に食らわせ、ハンターγを完全に絶命させる。

「リック、大丈夫……」

 吐き出された隊員の側に駆け寄った隊員が、その姿を見て絶句する。

「た……す……」

 ハンターγの強力な胃酸に漬かった隊員の顔はすでに融解を始め、原型を全く留めていなかった。
 弱々しく伸ばされた手が、途中で力尽きて地面へと落ちる。
 誰もが沈黙する中、むせ返るような血臭と肉が溶けていく異臭がその場を満たしていく。

「い、いやだああ!ここはもういやだああ!!」

 隊員の一人が、とうとう精神の均衡を失って絶叫を上げる。

「頼む、助けてくれ!あんたならここから生き残る方法知っているんだろう!助けて、助けてくれよ!」

 自らに取りすがる隊員を、レオンはしばし冷静に見ていたが、いきなりその頬を殴り飛ばす。

「何を!?」

 慌てる他の隊員を尻目に、レオンは殴り飛ばした隊員のそばへと近寄ると、その襟首を掴みあげる。

「冷静になれ、どんな違和感も見逃すな。それが生き残る唯一の方法だ」
「で、でも………」
「惨めな死に方をしたくなかったら自分の頭を撃ち抜け。そうすれば楽に死ねる。どんなに惨めでもどんなに無様でも、オレは最後までもがいてみせるがな」
「最後……まで……………」
「生きる事を諦めたらそれで終わりだ。絶対に生き残るんだ、たとえ一人になってもな」
「イエス、サー…………」

 落ち着きを取り戻した隊員の襟を放すと、レオンはデザートイーグルの残弾をチェックする。

「ハンターγの最大の武器はあの口だ。必要以上近付かせるな。ノーマルのハンターより攻撃力は劣るが、飲み込まれたらそこで終わりだ」
「対策は?」
「前に飲み込まれかけた時、とっさに腹を撃ったら動きが止まった事が有った。どうやらそれが対策らしい」
「食われる前に、か」

 とうとう二桁を切ってしまった隊員達が、無残な屍と化した仲間を黙って見ていた時、それは聞こえてきた。

……ァァァァ
「あ、あいつだ!」
「ど、どこだ、どこにいる!?」

 遠くから聞こえてきた、獣の物では有り得ない咆哮に、隊員達が狼狽を始める。

「うろたえるな!円陣を組んで相互警戒!もし、奴を発見したら交戦しつつ逃げろ、いいな」
「イ、 イエス・サー!」

 震える手で銃を握り締めながら、隊員達がお互い背後を守るように円陣を組んだ。
 そのまま、全員が周辺をくまなく警戒する。
 誰かの手で振るえる銃が立てる音が、静かな森になぜかよく響いた。

「………来ないのか?」
「いや…………」

 自分達の立てる音以外の音がまったくしない事に気付いているレオンが、右にデザートイーグル50AE、左にXM29を持ったまま、バイザーメットのFCSのデータを注意しつつ、気配を探る。
 その時、僅かに動く影がFCSの一部に写った。しかし、予想外の位置に。

「そこか!」
「え?」

 それに唯一反応したレオンが、そちらを向きながらXM29のグレネードトリガーを引いた。
 噴煙を上げながら、発射されたグレネード弾が樹上の影を狙う。

「ガアアアァァァ!!」

 樹上から飛び掛ろうとしていた影は、自分に向かって飛んでくるグレネード弾に対し、とんでもない回避行動を行う。
 傍らの木を蹴りつけ、自らの軌道に横方向のベクトルを急激的に加え、グレネード弾はその残像をかすめて背後の木に炸裂し、爆発する。

「上!?しかもあの位置から避け……」
「来るぞ!」

 常識の範疇を覆すような一瞬の攻防に呆気に取られる暇も無く、レオンの一喝で隊員達は影の移動先に目を向ける。
 それは、獣のように手足を付けて着陸すると、低く唸りながら立ち上がった。

「で、出た………」
「こいつが、《ヘラ》!」

 それは、奇怪な姿をしていた。
 まるで筋肉質で豊満な女性のマネキンを思わせ、体毛や性器の類が無く、胸や腰の凹凸だけがある滑らかな体をしており、手からは異常に長い指が伸びている。
 振り乱された長髪の間から、血に塗れた牙の生えた口と、血のように紅い双眸が垣間見えた。

「ひっ……」
「グガアアァァ!」

 紅い残像を引きつつ、紅の双眸がこちらへと迫ってくる。
 壮絶な訓練の成果よりも、恐怖が早く皆のトリガーを引かせた。
 無数の銃口から吐き出された銃弾が、迫り来る怪物―ヘラへと突き刺さる。
 しかし、全身の弾痕から血を噴き出しながら一切速度を緩めないヘラの伸ばした手が、隊員の一人の顔面を掴んだ。

「ひっ…」

 断末魔の悲鳴すらあげる間もなく、隊員の体が片手でヘラへと引き寄せられる。

「ガアアァァァ!」
「うわあぁ…」

 まるで等身大のヌイグルミでも振り回すように隊員の体が振り回され、地面へと叩き付けられる。
 その一撃で、隊員の首が本来有り得ぬ角度に折れ曲がる。

「アアアァァ!!」
「ぐあっ!?」
「がはっ!」

 すでに屍となった隊員の体を、ヘラは振り回して側にいた隊員達へと叩きつける。
 予想外の凶器に、隊員達は思わず攻撃の手を止めてしまい、そこをたんぱく質とカルシウムで構成された棍棒となった屍で殴りつけられる。

「逃げろ!こいつはオレが相手する!」
「で、でもジャクソンが……」
「あいつはもう死んでいる!」

 レオンが叫びながら、XM29とデザートーイーグル50AEのトリガーを同時に引いた。
 ばら撒かれた5.56mmライフル弾と50AE弾は、その半数が振り回される死体に阻まれ、残った物はヘラの胴体に突き刺さる。

「ガアアァァ!」

 弾痕から血が噴き出し、ヘラが絶叫する。
 その紅の双眸がレオンを睨みつけると、ヘラは手にしていた死体を突然レオンへ投げ付ける。

「くっ!」

 視界をふさがれたレオンが、とっさに下へとしゃがみ込み、飛んできた死体をかわした時、先程までそこにいたはずのヘラの姿が見えない事に気付いたレオンは、視界を巡らせようとして、頭を何かに掴まれる。

「上!」

 誰かが叫ぶ中、レオンの頭部が強く引っ張られる。

「!」

 刹那の間に、レオンは頭を覆っていたバイザーメットの固定紐のタグを外す。
 半ばもぎ千切られるように、バイザーメットがレオンの頭部から外れ、死体の投げた隙に上空から襲い掛かったヘラの手には空のバイザーメットだけが残された。

「グウウゥゥ……」

 目論見が外れた事を理解しているのか、ヘラはしばし喉で唸ると、片手のバイザーメットを両手で挟み込む。
 すると、挟まれたバイザーメットから軋み音が聞こえ始め、数秒と持たずにバイザーメットは内臓されていた電子部品と外装の防弾素材で構成されたスクラップへと変わり果てた。

「な!?」
「ライフル弾の正面直撃も効かない奴だぞ!?」
「それがどうかしたか?」

 中間層にあったチタン板までもが砕け散るのを見た隊員達が絶句する中、レオンはXM29のトリガーを引いた。
 再度レオンに迫ってきたヘラの全身に弾痕が穿たれ、その距離が半分まで縮まった所でXM29の弾丸が尽きる。
 ためらい無くレオンはヘラへとXM29を投げ付けるように捨てると、真横へと飛びながらデザートイーグル50AEのトリガーを引いた。
 眼前に飛んできたXM29を叩き落したヘラの肩口を50AE弾がかすめ、その衝撃だけで千切れ飛んだ血肉が宙を舞う。

「ガアアァァ!!」

 一際大きな咆哮をあげるヘラに、レオンはさらに弾丸を叩き込む。
 胸と喉元に50AE弾が食らいつき、肉片と血をぶち撒けていく。
 トドメの一発を撃ち込もうとした時、ヘラは大きく跳躍した。

「!」

 再度の急襲を警戒するレオンの前で、ヘラはまるで猿のような敏捷さで木々を渡り、そのまま逃亡していった。

「……逃げたか」

 戦闘態勢を解いたレオンは、隊員達の方を見た。
 肉体、精神共に疲労の極致を見せる隊員達は、誰もが呆然とその場に佇んでいる。

「……負傷と残弾の確認を」
「い、イエス・サー」

 レオンの言葉で我に返った隊員達が負傷者の手当てと、マガジンの残弾の確認を始める。

(あと、1時間………)

 一人、また一人と減っていく隊員達を見ながら、レオンは強く拳を握り締める。

(これ以上、死なせない!)

 ただ、それだけを強くレオンは思った……


 轟音と共に、爆炎が通路を吹き抜ける。
 それが通り過ぎると、通路の角からニコライは爆心地の様子を伺った。

「やったか?」
「ああ、よく焼けている」

 ナパーム・グレネードを放り込まれた通路には、半ば炭化している人型をした巨大植物―自立歩行植物型BOW《イビー》数体が白煙を上げていた。

「こいつ等は急所が無いから厄介だ」
「念入りに殺っておかないとな」

 炭化しつつも蠢いているツタを二人は踏みにじりながら近寄ると、用心の為にイビーの胴体部に弾丸を叩き込んだ。

「こんなとこまでゴミが散らかっているとはな」

 血液だか樹液だか分からない液体を垂れ流しながら動かなくなったイビーの屍骸を踏み越えつつ、ニコライが先へと進む。
 ある程度距離を保ったままハンクがその後を追い、その後ろをUT―ユニットが続く。

「……そんなにオレは信用できないか」
「お前に背中を見せるくらいなら、飢えたライオンに裸で殴りかかった方がまだ安全だ」
「違いない」

 冗談にしてもたちが悪すぎる比喩に、ニコライが肩を震わせ笑う。

「せいぜい気をつける事だな。オレはワリカンが大嫌いなんでな」
「相変わらずがめついな。だが、お前が今誰と行動を共にしているかを覚えておけ」
「そうだな、《死神》」

 お互いの間を隔てる空間に剣呑な空気を漂わせたまま、二人は歩を進める。
 階を下り、目的の自爆装置の制御室へと進もうとした時だった。

「?こいつは?」

 そこには、つい先程まで生きていたと思われる、ハンターβの死体があった。
 それだけならともかく、その死体は明らかに他のと違っている点が有った。

「……食われてやがる」
「こいつを食う奴がいるのか?まずそうだがな」
「新鮮なとこをそのまま食ったみたいだがな」

 ハンターの一番の武器である爪に何かの肉片が付いているのを調べるハンクが、ハンターβの全身に刻まれている歯型に注目する。

「既存のBOWのじゃないな」
「ああ、恐らくは《ヘラ》だろうが…………」
「捕食を開始したって事は、ダメージを負ってそれを回復した訳か」
「覚醒済みか、やっかいだな」
「そして、恐らく………」
「いるな、近くに」

 ハンクとニコライが、同時に背後へと振り返る。
 そこには、先程と変わらず、UT―ユニットが指令を待って待機していた。
 ただし、数が一つ減っていたが。
 ためらいもなく、ハンクとニコライは手にしたMC51をUT―ユニットの頭上へと向けてトリガーを引いた。
 通路の天井部、そこからぶら下がっているUT―ユニットと、天井にしがみ付くようにしてその不自然に曲がった首を掴んでいるヘラに、無数の弾丸が叩き込まれる。

「上だ!攻撃開始!」

 ニコライの命令で、ようやくUT―ユニットが上にいるヘラを認識して攻撃を開始する。

「ガアアアァァ!」

 手にしていたUT―ユニットの屍骸を投げ捨てると、全身に被弾しながらヘラがUT―ユニットのど真ん中に降り立ち、手近の一体の首を掴むと、それを振り回して周囲を薙ぎ払う。
 だが、〈ひるむ〉という事を知らないUT―ユニット達は攻撃の手を休めない。

「アアアアァァァ!」

 弾雨から避けるために驚異的な敏捷力で壁へと跳んだヘラは、そのまま壁から跳ね上がるようにして一気に跳ぶと、両手でそれぞれUT―ユニットの顔を掴むと、それを力任せに衝突させ、破砕する。
 鈍い破砕音と共に生命活動が停止したUT―ユニットが崩れ落ちるのを待たず、ヘラは次の獲物の頭を掴むと、その首を血まみれの牙で食い千切る。

「ゲテモノ食いが」

 唾棄しながら空になったマガジンを交換したニコライが、口内の肉を吐き捨てているヘラの頭部に狙いを定める。
 だが、こちらを見たヘラが大きく息を吸い込むのが見えると同時に、半ば本能的に横へと跳んだ。
 ヘラの口から霧状の何かが噴き出され、それの直撃を食らったUT―ユニットの表面が融解を始める

「胃液か!」
「吐き方が豪快過ぎるがな」

 T―ウイルスに感染したゾンビがたまに吐く胃液とは威力、射程ともに段違いの攻撃に、二人の頬を冷や汗がつたう。
 表面が融解しつつも、まだトリガーを引き続けるUT―ユニットの頭と首をヘラは掴むと、表面の胃液で自らの手の平が焼けるのも構わず、力任せにその首を引き千切る。

「人形程度じゃ相手にならないか………」

 引き千切った首を壁へと投げ捨てつつ、次の獲物の首に手を伸ばすヘラの無茶苦茶な戦闘力に、ニコライはあっさりと戦闘放棄を決定すると、スタングレネードを手にとってそのピンを抜き、ヘラへと投げる。
 轟音と共に、閃光が周囲を満たす。

「ガアアアァァ!」

 ヘラの絶叫を背に、ニコライはその場から逃走する。

「相変わらず逃げ足だけは速いな」
「命有ってだからな」

 背後からいつの間にか後を追ってきているハンクに笑みを返しつつ、二人は一目散にその場から逃げ去る。
 階段を上がり、手近な部屋に入った所で手早くロックを掛け、二人は大きく息を吐いた。

「どうする?あいつがいる限り自爆装置は動かせないが?」
「ちゃんと爆破しないと金はもらえないからな、どうにかしなくちゃならんが……」

 装備の確認をしつつ、現況打破の手段を構築する。
 ニコライは懐から携帯用PCを取り出し、それからイヤホンマイクを引き出して耳に当てながらそれを操作する。
 そのディスプレイには残存しているUT―ユニットの場所と、消失地点が表示されていた。

「残っている人形は三分の一か……」
「派手にやられてるな。他にも何かいるのか?」
「消失信号が集中してる事からすると、その可能性は高いな。コマンドセット、総員 地下動力室へと向かえ。繰り返す総員 地下動力室へと向かえ」

 送信されたコマンドの受理を意味するランプが携帯用PCのディスプレイに表示され、残存しているUT―ユニットが地下へと向かうのが表示されていく。

「あとは、アイツが美味い事そっちに食いつくのを待って人形を移動させればいい」
「完全に捨て駒か。さすがだな」
「臆病なんでな」

 携帯用PCを仕舞い、代りにタバコを取り出したニコライがそれに火をつけ、紫煙を深く吸い込む。

「一本どうだ?」
「二本目から毒でも入れてるなんて事ないだろうな?」
「なる程、今度からそうしよう」

 ハンクが火を付けるのを見ながら、ニコライは時刻を確認する。

「あと、30分か…………」



 レオンの手の中で、XM29が乾いた音を立てて銃火を途切れさせる。

「くっ!」

 最後のマガジンが尽きた事に気付いたレオンは、残る2発のグレネード弾の1発を装弾すると、森の中から襲ってくるゾンビの群れのちょうど中間に叩き込む。

「突破口が開いた!こちら側を掃討しながら進め!」
「こっちだ!早く!」
「ま、待ってくれ!」

 周囲を取り囲むように迫ってきていたゾンビ達の手を振り解きつつ、隊員達がレオンが開けた隙間へと銃を乱射しながら進む。
 殿(しんがり)を受け持つレオンは、最後のグレネード弾を迫ってくるゾンビの群れに撃ち込み、ゾンビの肉片を撒き散らしながら吹いてくる爆風を背に、XM29を投げ捨て隊員達の後を追って走り出す。

「残弾数は!」
「もうほとんど有りません!」
「この野郎!」

 隊員の一人が残り少ない手榴弾のピンを引き抜き、後を追ってくるゾンビ達を吹き飛ばす。

「やったか!?」
「足を止めるな!一定以上距離を取ればあいつらは追ってこない!」

 怒鳴りつつ、レオンは振り返ってデザートイーグル50AEを抜くと、手榴弾の爆風から逃れて後を追ってきていたゾンビの頭部を一撃で撃ち抜く。

「後は撃つな!全力疾走だ!」
「イエス、サー!」

 連続した爆発の余波でゾンビ達がなかなか立ち上がってこないのを確認しながら、全員が必死になってその場から離脱する。
 15分ほど走った所で、やっとその足は止まった。

「死傷者……は……」
「ちょっと……噛まれ……ましたが……死者はいません………」
「危うく……食われるとこだった………」

 全員息も絶え絶えに状況を報告する。
 必要以上の戦闘回避の指示で、死者はなんとか出さずに済んだが、残弾はかなり減っていた。

(あと、3マグか…………)

 唯一残っている50AE弾のマガジンをチェックしたレオンは、その少なさに舌打ちする。

「全員、残弾をチェックしろ。ライフル弾が1マグ無い奴は、まだ残っている奴に分配、その代わり拳銃弾をもらっておけ」

 レオンの指示で、皆が残っている弾丸を配分する。
 それによって、半数のXM29がその場に投げ捨てる羽目になった。

「……少ないな」
「戦車でも持ってるべきだったよ!」

 ベレッタM9を手にしつつ、機内でレオンに人形をくれた隊員がバイザーメットを叩きつけるように投げ捨てる。
 BOW相手には心もとない武装状況に、士気は下がっていく一方だった。
 重苦しい雰囲気の中、レオンが指示を考えあぐねている時、ふと木々の向こうから何か光ったのが見えた。

「総員警戒」

 レオンの指示に、全員に緊張が走る。
 レオンはそっと、木々の間から向こうを伺った。

!UT―ユニット!
「来るのか…………」

 皆がそっと銃の安全装置を解除するが、UT―ユニットはこちらを向こうともせずに彼らから離れた所をまっすぐに向かっていく。

気付いてないのかな………
「いや、恐らくなんらかの命令が入力されたんだ。あの行動を阻害しない限り、攻撃してくる事はない。やり過ごせ」
「早く行ってくれ…………」

 背や頬を伝う汗を感じながら、誰もが祈る。
 程なく、異質な部隊は遠くへと去っていった。

「助かった……」

 安堵のため息を漏らした隊員の首から、突然血しぶきが噴き出す。

「え?」

 自らの首から滝のように噴出する熱いしぶきに首を傾げる中、隊員の体が地へと倒れだ。

「ギニアス!」
「敵か!?」

 目から光が失われつつある隊員へと他の隊員が近寄ろうとする中、レオンはふと水音のような音が聞こえるのに気付いた。

「!」

 レオンは音の方に反射的に銃口を向け、その先にいる物を見た。
 そこには何か黒い塊がうずくまり、出来たばかりの血溜まりに向かっている。

「こいつか!」

 トリガーを引こうとするレオンに向かって、その塊が振り返る。
 それは、中型犬くらいはある巨大なコウモリだった。
 だが、その顔はまるでホラー映画の怪物のような巨大な牙と長大な舌を持つ醜悪な代物だった。
 口腔を赤く染めながら、出来たての血溜まりをすすってていたそれが一気に飛び上がる。

「伏せろ!」

 ハンタータイプと比類無い敏捷性で宙へと飛び上がったその大コウモリは、漆黒の翼を広げてその軌道を自在に変化させ、生き残りの隊員達へと襲い掛かる。

「くそっ!」

 地に伏せた隊員の一人が思わず発砲するが、宙を文字通り舞うような動きでその大コウモリは弾丸をかいくぐり、翼の中ほどに生えた爪―樹木や岸壁に張り付く本来の目的とは大きくかけ離れた長大さと鋭さを誇るそれを、地表に伏せる隊員にすれ違いざまに振るう。

「うわっ!」

 切り裂かれた袖と血が飛び散る中、大コウモリは旋回して再度襲い掛かってくる。

「この吸血コウモリが!」
「馬鹿、よせ!」

 レオンの静止も聞かず、立ち上がってベレッタM9を乱射する隊員に、大コウモリは加速して襲い掛かり、足に生えた鋭い爪を食い込ませるようにして隊員へとすがり付く。

「こいつ、がっ!?」

 それを引き剥がそうとする隊員の首筋に、大コウモリの牙が深々と突き刺さる。

「オーギュスト!」
「こいつ、離れろ!」

 他の隊員達が慌てて引き剥がそうとするが、大コウモリはその爪で隊員の体にしがみつき、首筋から噴き出す血を上手そうに舐めすする。

「くたばりやがれ!」

 大コウモリの側頭部にXM29の銃口が突きつけられ、3バーストの弾丸が大コウモリの頭部に突き刺さる。
 体から力を失ってもまだしがみ付き続ける大コウモリの死体をなんとか引き剥がし、隊員達が傷ついた隊員を救い出す。
 だが、その隊員の顔はすでに死人の顔色へと変貌しつつあった。

「オーギュスト!死ぬな!すぐに手当てしてやる!」
「止血パックを!あと乾燥血液!」
無駄だ……オレはもう死ぬ………

 治療を拒否する隊員に、レオンは静かに歩み寄る。

やっぱ……あんたの言う事……聞かなきゃ………ダメ………
「喋るな。もう直向かえが来るから、それまで持てば………」

 レオンの言葉が終わるより早く、隊員の目から光が消える。
 それに気付いた隊員達は、ある者は泣き崩れ、ある者はがっくりと肩を落す。
 その中、レオンは無言で側の木に近寄り、いきなり無言で拳を叩き付ける。
 驚いた隊員が見つめる中、レオンはただ無言で木を殴り続ける。

「お、おい!それ以上やったら!」
「お、落ち着け班長!」

 拳から血が滲み出しているのに気付いた隊員達が、慌ててレオンを押さえつける。

「ど、どうしちまったんだよ!班長がおかしくなったらオレ達…」
「……何が班長だ、何が不死身のエージェントだ…………」

 顔を下に向け、レオンの口から低い呟きが漏れ始める。

「また、また死なせてるじゃないか……オレは……オレは……!」
「班長…………」

 肩を震わせ、苦悩するレオンに隊員達はしばし沈黙してそれを見守っていたが、やがて一人の隊員がレオンの側へと近寄ると、直立不動の体制を取る。

「班長、今後の指示を」
「班長」
「班長」

 敬礼しつつ指示を仰ぐ隊員に、他の隊員も続いて指示を仰いでくる。

「オレ達の命、班長に預けます。指示を」
「……いいのか、オレで」
「生き延びれる人の下につく。何か問題でも?」

 敬礼しながら微笑する隊員に、レオンは小さく笑みを浮かべた。

「そうだな………では」

 レオンが指示を出そうとした時、突然通信役の隊員が持っていた通信機がアラームを鳴らす。

『……応答………こちら……ロス……応答』
「!こちらα!通信を受領した!」
『こち……30分前後………着予……それまで………』

 ノイズ交じりの通信を理解した隊員達の顔に、ゆっくりと希望が満ちていく。

「了解!大至急来られたし!」

 通信を切ると同時に、レオンに希望に満ちた視線が一斉に向けられる。

「あと30分。死ぬな」
『イエス・サー!』



「……接触したな」

 携帯用PCのディスプレイ上に表示されている光点が一つ、また一つと色を変じさせていくのを見たニコライが、PCを操作して目的地から遠ざかるルートをプログラム、それの移動コマンドをUT―ユニットに入力した。
 移動を始めたUT―ユニットを示す光点が更に減っていくのを確認しつつ、ニコライは携帯用PCを懐に仕舞い込んだ。

「行くか」
「そうだな」

 銃の点検をしていたハンクが、床の吸殻を踏みしめつつ立ち上がる。

「ちょうどいい時間だな」
「迎えが遅れなければな」

 ドアを僅かに開けて敵がいない事を確認すると、二人は足早に目的地の地下最深部の自爆装置の設置されている部屋へと向かう。
 その間にも、アラーム設定されていた携帯用PCは、UT―ユニットの消失を示す電子音を鳴らしていく。

「時間稼ぎにもならないのか?役に立たない人形だ」
「急ごう、あのヒス持ちとやりあうのは避けたいからな」
「相手にするならやはりロシア女に限るしな」
「言ってろ」

 目的の部屋の扉に素早くパスコードを撃ち込み、二人の男が中へと突入する。
 素早く銃口を左右に向け、内部の安全を確認するとニコライはコンソールへと向かい、自爆コードを入力していく。

『自爆装置が起動しました。全ロックを開放、所員はすみやかに脱出してください。繰り返します…自爆装置が…』
「これで任務完了だ」
「ああ、そうだな」

 素早く振り向いたニコライと、身構えたハンクがお互いの額に銃口を向けるのは同時だった。

「………どうする?撃てば両方死ぬぞ」
「ああ、そうだな………」

 自爆装置起動のアナウンスが流れる中、両者はその体勢を崩そうとしない。
 あとは僅かにトリガーを引くだけでお互い死ぬ、そんな張り詰めた状態の中、ニコライの懐から先程までとは違う電子音が鳴り響いた。

「……ちっ」
「どうした?」
「人形が全滅しやがった」

 舌打ちしつつ銃口を下げるニコライに、ハンクは用心してしばし銃口を向けていたが、ニコライはそれを気にもしないように撤退準備を進めていく。

「大人しくワリカンにするのか?」
「仕方ねえが、あのヒス持ちを一人で相手するよりはマシだ」
「違いない」

 苦笑しつつ、ハンクも銃口を下ろす。
 ニコライは手早く携帯用PCを操作し、最後のUT―ユニットの消失点を確認すると、回避ルートを割り出していく。

「さて、あとは運次第か」
「悪運には自信有るだろ、お互いにな」
『繰り返します、自爆装置が起動しました。全ロックを開放、所員は速やかに……』

 爆破予告のアナウンスが響く中、二人は脱出用ヘリの到着ポイントへと急いで走り始めた。



「どけ!」

 弾の切れたXM29を棍棒代わりにゾンビを殴りまくっている隊員に、殴られているゾンビがXM29を掴むと、それに齧りつく。

「離せ!クソ!」
「伏せろ!」

 レオンの声に思わず伏せた隊員の頭上をかすめ飛来した50AE弾が、ゾンビの頭部を一撃で吹き飛ばす。

「大丈夫か?」
「は、はい………」

 空になったマガジンをイジェクトしながら、レオンが頭の下半分しか残っていないにも関わらず、XM29に噛み付いたまま離さないゾンビの口からなんとかそれを外そうとしている隊員に声を掛ける。

「くそ、離しやがれ!」
「あまりゆっくりしている暇はないようだぞ」

 先程から島全体に鳴り響いている自爆装置起動のアナウンスに、レオンを含む全員の顔は焦りの色が濃い。

「まさか、迎えが来る前にドカンって事は……」
「鳴り始めたのが5分前だから、あと10分といった所だ。5分前からは一分刻みにカウントされるから、そうなったら全員装備を全部捨てて沖へと向かって泳げ」
「……サメなんかいやしないだろうな?」
「さあ………」

 レオンの指示に、全員がヘリポートの向こうに見える海に沈痛な視線を向ける。

「爆発は研究所とウイルスの完全消滅が目的の連鎖爆発だから、最低でも100mは沖に行かないと巻き込まれるぞ」
「………経験有るんですか?」
「今まで5回はこれを聞いている」
「……よく生きてるなあ…………」

 素直に関心した隊員が手にした残弾の少ないXM29を捨てようかどうか諮詢した時だった。
 自爆装置起動のアナウンスに混じって、乾いた不協和音が響く。
 それを聞いたその隊員が何かを言おうとするが、その代わり何かくぐもった音が口以外の所からこぼれた。

「?」

 何気なく首に手を触れると、自分の喉の部分から、熱い飛沫が噴き出している。
 それが、背後からの狙撃による物だと気付く間もなく、隊員の意識は闇へと沈んでいった。

「UT―ユニットか!?」
「いや………」

 カウントダウンが始まろうかというヘリポートで、生き残ったレオンを含めて6名になった特殊部隊の隊員達に、二人の人影が相対した。

「貴様も来てたのか、死神」
「なる程、随分としぶとい連中だと思ったらお前が指揮してたのか、レオン」

 相対した二人ともに見覚えがあるー特に過去幾度か敵対したアンブレラ最強のエージェントの姿に、レオンの背を冷たい汗が滑り落ちる。

「全員、逃げろ!」
「え?」
「早く!お前らが適う相手じゃない!」

 レオンが叫びながら、デザートイーグル50AEのトリガーを引く。
 ニコライとハンクはそれぞれ左右へと跳んでそれを避けつつ、レオンの背後の隊員達へと向かってトリガーを引いた。

「がはっ…」
「タチバナ!」

 背後から銃撃を食らって倒れる隊員を別の隊員が助け起こそうとするのを狙うニコライに、レオンは素早くその射線を自らの体でふさぎつつ、デザートイーグル50AEのトリガーを連続して引き続ける。

(足りるか?)

 ニコライの手の中のMC51を弾き飛ばすのと、デザートーイーグル50AEのスライドが後退したまま停止したのは同時。
 地面を転がりながら、レオンは空のマガジンをイジェクト、最後のマガジンを叩き込む。

「相変わらずしぶとい奴だな」
「それだけが取り得だ!」

 こちらは残弾が完全に尽きたMC51を投げ捨てつつ、ハンクが腰のホルスターから予備のハンドガンを抜こうとするのを、レオンの狙いすました一撃がホルスターごとハンドガンを吹き飛ばす。

「ちっ!」
「させるか!」

 弾き飛ばされたハンドガンにハンクが手を伸ばそうとする所に、レオンがその頭部に狙いを定めてトリガーを引こうとした時だった。

「ギャアアアァァ!」

 凄まじいまでの絶叫が、レオンの背後から響いてきた。
 思わず、レオンがトリガーを引くのをやめ、背後へと振り返る。

「この忙しい時に…………」

 ニコライがMC51を拾いつつ、レオンの視線と同じ方向を見た。
 そちらからは、銃声と絶叫が続けて響いてきている。

「……どうする?」

 ハンクがホルスターの中からハンドガンを取り出し、50AE弾の直撃を受けたそれが使用不可能なまで変形しているのを見て舌打ちする。
 すでにその時、銃声も絶叫も聞こえなくなっていた。
 三人がそれぞれ見つめる先から、一つの影がゆっくりとこちらへと近付いてくる。
 それは、全身を鮮血に染め上げ、両手にそれぞれ〈荷物〉を掴んだままこちらへと近付いてきていた。

「ウウウウゥゥゥ…………」

 獲物の鮮血で塗れた口から、低いうめき声を漏らしつつ、一歩、また一歩とそれは歩いてくる。
 地面に届くほど異常なまでに伸びた両腕の右手には首の無い死体を、左手には胴体の無い首を持ち、重々しい音を立ててそれを引きずりつつ、それは、禍々しい姿に変化したヘラは、こちらをその紅い双眸で睨んだ。

「ガアアアァァァ!」
「くそったれ!」

 漏らした罵倒は誰の物だったか。それすら考える暇も無く、ヘラは三人へと襲い掛かる。
 その長い腕を振り被り、右手の首なし死体をぬいぐるみでも投げるかのように三人へと向かって凄まじい勢いで放り投げた。

「ちっ!」

 砲弾のごとき勢いで飛んできた首なし死体を三人は散開してかわすが、直後に今度は左手の生首を放り投げる。

「ぐっ!」

 思わずそれを胸で受け止めたレオンが、その勢いで肺の中の空気を漏らす。
 何気に胸の中の生首を見たレオンは、それがあの人形をくれた兵士の物だと知り、奥歯を強くかみ締める。

「貴様ああぁぁ!!」

 その生首を大事に抱きかかえたまま、レオンはデザートイーグル50AEの銃口をヘラへと向けた。
 放たれたオートマチックピストル最強の弾丸は、狙いたがわずヘラのみぞおちを貫き、血と肉と内臓を攪拌させて背後へとその弾道上にあった全てをぶちまける。

「グガアアアアァァァァ!」

 壮絶な絶叫を上げながら、ヘラの口から鮮血が溢れ出す。
 しかし、それを意にも介さないのか、ヘラはレオンへと襲い掛かる。
 レオンの指が続けてトリガーを引くより早く、ヘラの手がレオンの首を掴み、締め上げながら頭上へと持ち上げる。

「がっ…………」

 人間の女性ならば絶対在り得ない異常なまでの握力が、レオンの喉を握りつぶさんばかりに圧迫し、レオンの手から抱えていた兵士の生首が地面へと落ちる。
それでもなんとかトリガーを引こうとするレオンの意識は、急劇的に遠ざかっていった。

「くたばりやがれ!」

 それを好機と見たニコライが、残った弾丸全てをヘラへと向けてフルオートで乱射する。

「ガァッ!」

 叩き込まれる無数の弾丸は、ヘラの全身を貫き蜂の巣としていくが、全身に弾痕を刻まれつつもヘラの力は衰えない。

「ガアアァァ!」
「がはっ!」

 ヘラは持ち上げていたレオンの体を、そのまま地面へと力任せに叩き付け、血反吐を吐いたレオンに構わず今度はニコライへと襲い掛かる。

「食らうか!」

 ヘラの手が伸びるより早く、ニコライは弾の切れたMC51を捨てつつ、素早く屈む。
 そして、突進してくるヘラの足元に自らの足を潜り込ませると、素早く足首と膝裏を払う。
 バランスを崩したヘラの体が倒れるのに合わせ、その長い右腕を取り、それを直線状に伸ばすと自らの体を支点とし、テコの原理で加重を掛ける。
 カニバサミからの腕十字、ロシアの軍用格闘技《コマンドサンボ》のもっとも得意とする技が完璧に決まり、異音と共にヘラの右肘の関節が外れる。

「グウアアアァァ!」
「黙ってろ」

 更にニコライはヘラの頭を掴むと、瞬時にして首を極めるとそのまま一気に捻る。
 鈍い音が響き、ヘラの頭がおかしな角度に曲がった。
 ニコライがトドメを刺すべく、腰のコンバットナイフに手を伸ばそうとした時、ヘラの紅い双眸が動き、ニコライを見た。

「ガアアァァ!」
「なにっ……!」

 人間に限らず、普通の生物なら即死してもおかしくない状況のヘラの口から、咆哮が放たれる。
 首をおかしな角度に曲げたまま、ヘラは関節の外された右腕をムチのように振るい、ニコライを弾き飛ばす。

「化け物が…………!」

 弾き飛ばされたニコライに手を貸そうともせず、ハンクがコンバットナイフを抜いてヘラへと突き出す。

「ガアアァァ!」
「ぐっ!」

 ヘラは再度右腕をムチのように振るい、ハンクの体へと叩きつける。
 何とかそれを受け止めたハンクが、その腕に深々とコンバットナイフを突き刺す。
 だが、ヘラはそれを気にもしないのか、開いている左腕でハンクの首を掴む。

「このクソアマ!」

 首を握り潰されそうな中、ハンクはナイフを引き抜き、それをヘラの左目へと突き刺す。

「ギィヤアアア!!」

 さすがにこれは効いたらしく、ヘラは絶叫と共にハンクを力任せに放り投げ、ナイフが突き刺さったままの左眼をまともに動く左手で覆う。

「そこだ!」

 レオンの狙いすましたデザートイーグルの一撃が、ヘラの右目に命中し、顔面の右上部を眼球と脳髄ごと吹き飛ばす。

「やったか?」
「ウガアアアアァァァァ!!!!!」

 右目の在った場所から上が消失しているにも関わらず、ヘラは大きく咆哮する。

(あと、四発!)
『爆破まで、あと五分です』

 いよいよ始まった爆破までのカウントダウンを聞きつつ、レオンはマガジン内の残弾を計算しながら続けてトリガーを引こうとするが、ヘラは息を吸い込んで強力な胃液を噴射してくる。
 それが何かを知らずとも、半ば本能でレオンは後ろへと跳び退ってそれをかわす。

「いい加減に死ね!」

 ニコライが腰のホルスターからSIGPRO SP2009を抜くと、ヘラの背後から連射する。
 穿たれていく弾痕から血飛沫を噴き出しながら、ヘラは無造作に左腕を振り回し、その軌道上に有ったニコライの体にぶつかるとそれを掴む。

「くそっ!」

 ニコライの体を掴んだまま、ヘラは腕を振り回しつづけ、周囲にある物を構わずなぎ倒そうとする。

「この馬鹿…」

 罵声の途中で、振り回されるニコライの直撃を食らい、ハンクが吹っ飛ぶ。

「離しやがれ!」

 遠心力で気が遠くなりつつ、ニコライは残弾をヘラの腕に叩き込む。

「ガアアァァ!」

 それでも握力を緩めず、ヘラはニコライの掴んでいた腕の運動を横方向から急激的に縦方向に変化させた。

「こいつ!」

 ニコライがとっさにヘラの手首を掴んで関節を極めるのと、ヘラが加速を付けたニコライの体を舗装された地面に叩きつけるのは同時。

「がはっ…………」

 後頭部を強打したニコライの手が、力を失って離れる。
 だが、ヘラの左手首もおかしな角度に曲がっていた。

「ガアアアァァ!!」

 使い物にならなくなった両腕を、まるで本来からそう使うがごとく、ヘラは振り回し続け、獲物を探して暴れまくる。

『爆破まで、あと四分です』

 刻一刻と迫っていくタイムリミットを聞きつつ、レオンはヘラの攻撃をかわして肩口に狙いを付けトリガーを引いた。
 轟音と共に放たれた50AE弾が、ヘラの右肩を吹き飛ばし、右腕は僅かに皮一枚で繋がっていたが、振り回されていた余力で千切れ、明後日の方向へと飛んでいく。

(あと、三発!)
「アアアアァァア!」

 音か、また他の感覚か、視覚を奪われているはずのヘラが宙を跳びつつ、レオンへと襲いかかる。
 手首が外れたままの左手が、レオンを狙って伸びる。
 その掌に向けて、レオンは発砲。
 弾丸は手を突き抜け、手首を粉砕し、そのままその弾道上にある肉と骨と神経を穿ち、肘をも粉砕して更に進み、肩を粉砕してその場に留まった。

「ガアアァァ!」

 両腕とも使用不能になったヘラが、胃液を噴出しようと息を吸い込む。
 しかし、突然その喉から刃が生えた。

「諦めろ」

 動かなくなったニコライの腰から抜き取ったコンバットナイフを投じたハンクが、小さく呟いた。

「ガアアァァァ!」

 残った最後の武器、その顎(あざと)を大きく開き、ヘラは最後の力でレオンにその牙を突き立てようとする。
 その血に塗れた牙がレオンに届く寸前、その口に何かが突っ込まれた。

「!?」
「よく効くお守りだ」

 ヘラの口につっかえ棒のように入れられたそれ、レオンがお守りとしてもらった木彫りの人形が、ヘラの最後の武器を完全に封じていた。

「ゲームセット」

 レオンがただ開いているだけのヘラの口に、デザートイーグル50AEの銃口を突っ込み、トリガーを引いた。
 放たれた弾丸は上顎を貫き、その先に有った物全てを吹き飛ばす。
 頭部に存在するのが顎だけとなったヘラが、ようやく力を失い、地面へと崩れ落ちる。

「……流石だな」
「お前もな」
『あと、三分です』

 最早余裕などないタイムリミットの中、最後に残った二人が対峙する。

「どうする?弾はまだ残っているんだろう?」
「……ああ」

 丸腰にも関わらず、ハンクがレオンに向けて殺気を放つ。
 対峙するレオンも、油断無く相対する。
 しかし、レオンは何を思ったのか、突然緊張状態を解き、懐を弄る。
 いぶかしむハンクの前で、レオンは研究所で入手した資料を全て取り出すと、突然それを上へと放り投げ、最後の一発でそれを撃ち抜いた。

「……これで、さっきの借りは無しだ」
「面白い奴だな、お前は」

 予想外の行動に、ハンクがさも楽しげに笑うと、レオンに背を向けた。

「じゃあな、またどこかの地獄で会うかもな」
「そうだな、死神」
『爆破まで、あと二分です』

 レオンも手だけでハンクに返しつつ背を向け、そのまま二人は走り出す。
 レオンは身にまとっていた防弾チョッキを脱ぎ捨てながら海へと向かって走り、一気に飛び込むとそのまま沖へと泳ぎ出す。

『爆発まで、あと30秒です。29、28、……』

 カウントダウンを背にレオンは泳ぎ続け、そして研究所を炎が包む。
 レオンは泳ぐのを止め、火に包まれていく研究所を見た。

「……あれだけいて、生存者はオレだけか…………」

 紅蓮の炎に照らされつつ、レオンは自嘲気味に呟き、力を抜いてその場に何時までも漂っていた…………



「やっぱり、あんただけか」
「ああ」

 救援に来たヘリの中で、ずぶ濡れのハンクがタオルで頭を拭きつつパイロットに応える。

「本部に伝えておけ、あそこの研究所で作っていたのは全部不良品だとな」
「そいつは貴重なデータだな」

 苦笑しつつ、パイロットはヘリを帰路につける。
 ハンクは黙って、その場に横になると目を閉じて疲労に任せ、眠りへとついた………



「確かに」

 ベッドに横になっている相手から弾痕の開いた資料を受け取った男は、そのまま室外へと出て行く。

「さて、ボーナスは幾らかね」

 ヘラに傷め付けられた首からの痛みに舌打ちしつつ、ニコライはほくそ笑む。
 危うく死にかけたが、一応目的は達成できた。
 あの二人が死んだふりに気付かず、あまつさえ貴重な資料まで置いてってくれたのは幸運の極みだった。

「まずは、いい療養所を探すか………」

 ボーナスの使い道を考えつつ、ニコライは予め待機していたアンブレラの機密潜水艦の中でいつまでも低く笑い続けていた………



数日後 ワシントン ペンタゴン内部一室

「今回はご苦労だったね」
「いや」

 出頭を命じられたレオンが、表情を変えずにCIAの上官に返答した。

「報告書は読ませてもらったよ。よくもこれだけの状況から生還した」
「任務は失敗した。結局何も残らなかったんだからな」
「……君が残っている。次もよろしく頼むよ」
「分かっている」

 それだけ言うと、レオンは部屋から出て行こうとする。

「一つ聞きたい。生存のポイントは何かね?」「………諦めない事だ」

 部屋を出て行く間際、レオンは小さく呟く。
 無機質な廊下を歩きながら、レオンは今言った事を何度も脳内で繰り返していた。

「そうだ、オレは諦めない。この命が尽きる最後の最後まで、狩りを続けていく………あの惨劇を二度と繰り返さないために…………」

 鋭い猛禽の瞳を持った男は、ただそれだけを願い、その場を去っていった………………





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