PART8 PRESENTATION


女神転生 クロス

PART8 PRESENTATION前編


 自然というフィールドの中、己が生命力を誇示するがごとく生い茂る木々の中を、無数の異形達が闊歩していた。

「フウウゥゥ………」

 本来なら無数の小さな生命達が活動するべき森の中、生態系から大きく掛け離れた異形達は周囲を探りつつ、獲物を探す。
 その時、異形の一つが己の周囲がふいにかげった事に気づく。
 何気なく上を見た異形が見たのは、白い両足とその周囲に広がる黒地のフリルスカート、そして己に振り下ろされようとする純白のトマホークだった。


 落下の勢いを乗せて振り下ろされたジャッジメント・トマホークが、足元にいた額に角を有し、金棒を持った日本の童謡に欠かせない妖怪、妖鬼 オニを一撃で脳天から割り裂く。

「アリサ、三時方向を確保!メアリはそのまま正面に突撃!」
「OK、お兄ちゃん!」
「心得ました、八雲様」

 一足早く空中でパラシュートを切り離して急落下しながら初撃を繰り出したメアリに続いて、こちらはゆっくりと降下しながら八雲とアリサが左右に銃弾と炎弾をばら撒いて周囲にいる悪魔達を掃討していく。

「ラスッ!」

 木の上から跳びかかろうとしていた幽鬼 ガキにM16アサルトライフルの残弾を叩き込み、空になったマガジンをイジェクトしながら八雲は着地する。

「よっと…………」

 多少よろめきながらもアリサも着地し、周囲を警戒しながら背負っていたパラシュートを降ろした。

「お兄ちゃん、周辺50m内に反応無いわ」
「こちら八雲、三人とも着地に成功。北側に迂回し、亀石コース登山道から山頂を目指す」
『了解した。そのポイントから300m程登頂してから迂回すれば密集地点は回避できるだろう』
「………300m、ね」

 上空のヴィクトルから通信を聞きながら、八雲は目の前に広がる道無き斜面を見上げる。

「登山なんて、中学のウォークラリー以来だな………」
「晴れていればいいハイキング日和なのですが」
「そうすっと、陽射しがきつくなる。あの時は好き好んで山に登る連中の正気を疑ったな〜。ついでにGPS隠して持って行ったのばれて先生に怒られたな」

 ぶちぶちとこぼしながら八雲は前に吊るしていたストームブリンガーの巨大なユニットを背中へと背負いなおすと、M16アサルトライフルに新しいマガジンをセットして初弾を装弾、セーフティーを掛けると肩に吊るした。

「とにかく、登ろ♪」
「待て」

 勝手に登ろうとするアリサの肩を八雲が掴んで制止させる。

「……一応聞くが、登山もしくはハイキングの経験は?」
「有りません」
「初めて♪」
「……………」

 八雲が登山とはかけ離れたメイド服にパンプス(+防具)姿の二人を見て額を押さえる。

「ハイヒールじゃないだけマシか。オレの後を着いて来い。無理はするなよ」

 二人に指示をしながら八雲はGUMPを操作、魔獣 ケルベロス、英雄 ジャンヌ・ダルク、地母神 カーリーを呼び出す。

「ケルベロスは先頭、その次がオレ、メアリとアリサは中間でカーリーとジャンヌは後ろを頼む。接敵はなるべく避けろ」
「リョウカイ」
「分かったよ」
「心得ました」
「さて、じゃあハイキングと洒落込むか」

 重い雲が垂れ込めている山頂を苦々しく見ながら、八雲達は登頂を開始した。



同時刻 船通山北西 烏上コース登山道

「ホアタッ!」

 掛け声と共に繰り出された鋼の掌底打が、上から襲い掛かろうとしていた妖魔 テングを一撃で吹き飛ばす。

「タ・タ・タ…………キャッ!」

 が、その鋼の掌底打を繰り出した者、左肩に《rosa(ドイツ語でピンク)》と刻印された対悪魔戦闘用機動装甲 XX―1がバランスを崩して盛大にコケた。

「救命呀(カゥメンア)〜〜……」
「何やってんだ、たく………」
「素人なんて乗せるからだ」
「一応騎乗候補者の上位ですからね、現場に居合わせたのが良かったというべきか、悪かったというべきか………」

 他の三体のXX―1がため息をつきながら、コケた《rosa》機を起こす。

「南条のアニキは大丈夫か?山中バケモンだらけじゃねえか………」
「今上空からの降下を開始したそうです。直に合流するとか。あと研究所から最後の2機の騎乗者の確保に成功、現在最高速でこちらに向かってるそうです」
「6機もあるのか、それ………」
「クーデターでも起こす気?」

 敵影が無いのを確認しながら銃のマガジンを交換していたサマナーの少年と術者の少女が驚異的な戦闘力を示すXX―1を凝視する。

「乗るのにある種の適正が必要なそうですから、そう誰にでも簡単に乗れる代物じゃないんですよ」
「占いで選んでるなんてアホな話もありやがったな」
「ふんふん、なるほどね………」

 関心する声に、全員がうんざりした顔で後ろを振り向く。
 そこには、あちこちボロボロになりながらも、撮影用カメラ片手に着いてきているチーフディレクターの姿が有った。

「……どうする、アレ………」
「ほっとけ、直に食われるだろ」
「そういう訳にも………」
「言って聞く人じゃないよ、六舞さんは………」
「でも、ここからは更に危険に………」
「何やってるの!さあ山頂に急ぐわよ!」
「なんか仕切ってるぞ………」

 他のスタッフ達は当の昔に逃げ出したにも関わらず、一人取材を続けようとしているチーフディレクターの扱いにほとほと困り果てていた。

「……隙見て縛り上げて退魔の水でもぶっ掛けて放置するというのは」
「効果が切れたらダメじゃない。それに麓に縛って置いてきたはずなのに、15分経ったら追ってきたの忘れたの?」
「ル○ン三世か、あのアマ………」
「この間やった《大暴露!これがイリュージョンの正体だ!》の総合プロデュースしたの六舞さんだよ、縄抜けのトリックくらい知ってるはず………」
「手足全部へし折って麓に向けてブン投げるのは?」
「殺す気ですか?そんなのダメに決まってるでしょう。おとなしく同行取材させて後で圧力を掛けて放送させないという手もあります」
「それやったら、何で発表されるか分かった物じゃないよ、あの人手段選ばないから………」
「何やってるの!事件は現場で起きてるのよ!」
「その通りだな」

 そこで、上空から響いた声に皆がそちらを向いた。
 上空から三つのパラシュートがまっすぐこちらに向かって降下してきていた。

「アニキ!」
「現状は?」
「目下進撃中、オマケ一人」
「そうか」

 着陸すると同時に状況を確認した南条が、パラシュートを外すと強引に動向しているチーフディレクターの方に向いた。

「あなた……確か南条財閥の!」
「南条 圭と申します。実は……」

 優雅な姿勢で挨拶しながら、南条は懐から名刺を取り出すように見せつつ、《HIEROPHANT》のカードを取り出す。

「ヤマオカ」『催眠波!』

 瞬時に発動された南条のペルソナの催眠波をモロに食らったチーフディレクターは、その場に崩れ落ちると安らかな寝息を立て始める。
 完全に寝ているのを確認した後、南条は手際よく持参していたディスガイズグッズが山と付いている妙なナップサックをチーフディレクターに背負わせると、クリーンソルトを掛けてからそのナップサックのスイッチを押した。
 すると、そのナップサックから突然風船が出たかと思うとみるみる大きくなっていき、それに応じてゆっくりとチーフディレクターの体が宙へと浮かんでいく。

「上空で回収してもらえるよう手配はしてある。目を覚ます前に葛葉で記憶操作を施してもらう予定だ」
「さすがアニキ!」
「妙に手馴れている感じなのが気になるけど………」
「ペルソナ使いなんてやってると、色々覚えるモンだ」
「そういう事」

 南条に続いて降りてきたレイジ、ブラウンが自分達と入れ替わりに上空へと上がっていくチーフディレクターを見送る。

「大丈夫かな〜?」
「他のメンバーが入れ替わりに降りてくる。すれ違いで護衛するから大丈夫だ」
「?作戦では複数部隊による多方進行のはずでは?」
「いささか状況が変わった。この烏上コースに戦力を集中させ、敵の目をこちらに向けさせる。その間に最精鋭部隊が別コースから頂上を目指す」
「………オトリって訳かい」
「なるべく派手に大暴れしてやろうって事だよ」
「その最精鋭部隊って頼りになるの?こっちで頑張ってるのにそっちがやられちゃった、なんて事になったらヤだよ?」
「大丈夫だろう、彼らならば」

 確信に満ちた声で断言しながら、南条は登山道の先に視線を向ける。

「どうやら、早くも目をつけられたようだ」
「もう来やがったか………」
「XX―1の残る機動可能時間は?」
「あと二時間といった所です」
「じゃあ、残った分はこっちで受け持とう」

 現在状態をチェックしつつ戦闘体勢を取るXX―1の隣で、サマナーの少年が自らのハンドヘルトコンピューターを操作し、戦闘用ソフトを幾つか立ち上げていく。

「それじゃあ、行くわよ!『ジオンガ!』」
「ホアチョオオー!」

 こちらに近づいてくる敵影のど真ん中に電撃魔法が叩き込まれ、それに続いて《rosa》機が突撃していく。

「遅れをとんなよ!」
「そちらこそ!」

 迫り来る敵へと向けて、ペルソナが発動し、銃火が吐き出され、白刃が閃いた。



30分後 船通山 西側斜面

「始まったか……」

 悪魔達が続々と北側登山道へと移動するのを感じながら、周防 克哉を中心としたパーティは悪魔達に見つからないように息を潜めていた。

「大分数は減ったけど、まだスゴイ数よ………」
「Oh、大丈夫でしょうか………」
「任せるしかないだろう、僕達はもっと重要な仕事がある」

 克哉は暗雲が垂れ込めている山頂を睨むように見つめる。

「行こう、あそこにいる主犯を確保すれば全てが終わる」
「オ、オレ達だけで?」
「レッツ・ポジティブシンキング!皆で頑張れば、なんとかなるでしょ♪」
「そうそう♪」
「ほらただし、とっとと行くわよ」

 やたらと元気な舞耶とピクシーを先頭に、一行は山頂を目指し始めた。



同時刻 船通山 東側斜面

「ふぅ〜」

 軽く息を吐きながら、白のスラックススーツ姿の若い男が、胸のポケットから櫛を取り出して乱れた髪をなで上げる。

「なかなかやるな、あんた」
「そちらこそ」

 スーツの男の傍ら、ジャケット姿のクールな目をした二十歳を幾分過ぎたかどうかの男が微笑を返す。
 にこやかな雰囲気とは裏腹に、スーツの男の背には六つの枝刃を持つ七枝刀が、ジャケットの男の腰には鏡のような澄んだ刃を持つシュピーゲル・ブレードが光を放っており、周囲にはおびただしい数の悪魔の屍が転がっていた。
 壮絶な死闘を物語るように周辺の樹木は引き裂かれ、地面はえぐれているが、当の二人は傷らしい傷すら負っていない。
 生命活動停止と同時に物理存在能力を失った悪魔達の屍が虚空へと消えていく中、二人はそれを気にも止めないように談笑を交わしていた。
 ところが、二人が油断する時を密かに身を隠して待っていた蜘蛛の体に牛頭を持つ妖獣 ギュウキと日本神話で蛇の精霊とされる龍王 ノズチが二人の背後から襲い掛かる。
 それに対して二人は同時に振り向きながら、自らの懐に手を入れる。
 そこから、銀色のGUMPと《EMPEROR》と振られたカードが取り出される。

「シヴァ!」
「アメン・ラー!」

 トリガーが引かれると同時に音声コマンドを入力、GUMPからヒンドゥ神話の三神の一神、四腕を持つ破壊神 シヴァが召喚され、カードから変じた光の粒子が男の心の奥底から青い肌を持つエジプト神話の最高神 アメン・ラーを呼び出す。

「ぶちかませシヴァ!」
『マハ・ジオンガ!』
『集雷撃!』

 二神から放たれた雷撃が、周辺を嘗め尽くし、襲いかかろうとして悪魔は数瞬を持って完全に炭化して地面へと落ちた。

「この辺の連中は全部潰したと思ったが、まだ残ってやがったか………」
「逃げてきた奴かもな。皆頑張っているようだから」

 ジャケットの男が視線を山へと向け、山の各所から感じられる激戦の気配を感じ取る。

「さて、それじゃあオレは頼りない後輩の応援に向かうとするか」
「オレはこっちに、ちょっと苦戦してる友達がいるみたいなんで」

 お互い左右へと分かれて歩こうとした所で、ふとスーツの男が足を止める。

「そういや、名前をまだ聞いてなかったな」
「そういえば」

 振り向いたジャケットの男が、クスリと笑う。

「藤堂、藤堂尚也。エミルン学園OBペルソナ使い」
「デビルサマナーのキョウジ、葛葉キョウジだ」

 お互い名乗りながら軽く握手を交わすと、再び背を向けて歩き出す。

「じゃあな、縁があったらまた会おうや」
「ええ」

 二人は、そのまま歩き出す。
 仲間達の元へと向かって。



「あっ!?」
「アリサ!」

 山道の斜面で足を踏み外しそうになったアリサの手を、とっさに前にいたメアリが掴むが、支えきれず彼女も滑り落ちそうになる。

「くっ!」
「グルッ!?」

 慌てて八雲が右手でメアリの手を、左手で前にいたケルベロスの尻尾を掴み、なんとか落下を食い止める。

「ありがとう、お兄ちゃん………」
「申し訳ありません、八雲様」
「まったく世話の焼けるメイドだな」
「仕方有りません、山歩きなぞ慣れた者は誰もいないのですから」

 後続のカーリーとジャンヌ・ダルクも手伝い、なんとか二人を押し上げる。

「少し休むか。ここいら辺にはヤバイのはいなさそうだし」
「しかし………」
「気付いておられないのですか、お二人とも先程から歩測が落ちてきてます」
「ま、全員でもあるがな」

 ジャンヌ・ダルクの指摘を多少訂正しながら八雲は木の幹を背にその場に座り込み、ポケットから持参していた携帯用ゼリー食料を出してそれを啜り始める。

「ったく、なんだって悪党は高い所か地面の下が好きかね………」
「馬鹿ダカラカ、ヤマシイ事ダト分カッテイルカラダ」
「獣に言われちゃお終いだね、クククク………」

 仲魔達も座ったり木の幹にもたれかかったりして休息に入り、仕方なくメイド二人もそれにならった。

「退治する方の身にもなってほしいぜ。これが終わったら二度と山に登る仕事はしねえ……」
「仕事でなければよろしいのですか?」
「あ〜、自分の足以外で登れてレストハウス付きの山ならな」
「はっきり山登りなんてしないって言っちまえばいいだろが」
「そんな断言すると後で泣き見るかもしれんし」
「そう言えば、麻希様が今度は何も無い時にみんなで来ようと言っておられましたが」
「………その中にオレは入れないでくれ。あとメアリ」
「なんでしょうか?」
「……ずっと聞こうかどうか悩んでいたんだが」
「何がでしょうか?」
「…………黒なのはお前の趣味か?」
「は?」
「お兄ちゃん………」

 八雲の問いにしばし考え込んだメアリは、やがてそれが意味する事に気付いた。

「ああ、これは勝負事にはこのような物を着ける物だとたまき様から」
「何教えてんだ、あの人は…………」
「お兄ちゃんも黒がいい?」
「プ○キュアのバックプリントだった奴に言われてもな」
「ど○みとどっちにしようか悩んだんだけど」
「……………」

 八雲はなんとなく前に“戦闘装束は死に装束だから自分にもっともふさわしい一張羅を着る物だ”、と誰かから聞いた事を思い出していたが、あえて口には出さないでおく。

「この調子なら、もう直に正規の登山道に出れるな」

 現在位置を確認しつつ、八雲は腕時計を見て舌打ちした。

「もう正午は過ぎたか………」
「夜までにはなんとかなりそうですね、召喚士殿」
「向こうがバカ正直にやっててくれてればな」
「どういう事?」
「山頂に結界が張られてただろ?あの中が完全に異界化していたとしたら、こんなモンは役に立たない」

 精度と強度には定評のある軍用腕時計を八雲は指で弾く。

「下手したら、もう手遅れかもな」
「え〜!?」
「そうなのですか?八雲様」
「あくまで可能性の話だ。もしそうだとしたら、ここまで面倒な手間暇掛けて手数用意する必要はないだろうしな」
「そうなんだ………」
「どっちにしろ、ここのボスは相当な臆病モンさ。雑魚ばっか用意した所で役に立ちやしないってのに」
「しかし、我々の足止めには効果的でしょう。事実、未だ誰も山頂には到達しておりません」
「何とか間に合わせないと、報酬もらえねえだろうしな。面倒な仕事受けちまったな〜」
「八雲様、それなら休んでいる暇は無いのでは?」
「そうよお兄ちゃん、急がないと!」
「ちょっと待て」

 立ち上がって先に進もうとするメアリとアリサの肩を八雲は掴むと、二人の手に持ってきていたチョコバーとチャクラドロップを握らせる。

「食っておいた方がいい。精神力と体力と魔力を温存しておかないと話になんないからな」
「……すいません」
「あ、ありがとう」
「オレモ腹減ッタゾ」
「アタイも」
「これで我慢しろ!さっきからマグネタイトばか食いしやがってる癖に……」

 八雲がコンビーフの缶をケルベロスとカーリに投げ付ける。

「何だい、これだけかい」
「全然足リナイゾ」
「報酬もらえたらまたサワムラに食い放題で連れてってやるよ」

 文句を言いつつコンビーフを(ケルベロスは缶ごと)齧る仲魔に八雲は舌打ちすると、背中のストームブリンガーを吊るし直す。

「残った弾で果たして通じるかね、神に………」



 戦闘が一段落し、搭乗していたほとんどの者が出撃して静かになった業魔殿の一室のベッドで、身じろぎ一つしないでカチーヤは眠り続けていた。
 しかし、その閉ざされた瞳が微かに動いたかと思った後、その幼さの残る顔は苦渋に歪む。

「く、ごふっ……かっ、はあっ………」

 その身を苦しげによじり、そして咳き込むと口から暗褐色に染まっている氷の小片が複数飛び出した。

「はっ、はあ……はあ………」

 ベッドから半身を跳ね起こし、何度か呼吸をして息を整えたカチーヤが室内を見回す。

「えっと…………私………!八雲さん!?」

 自分がなぜ寝ていたかを思い出したカチーヤは、慌ててベッドを飛び出して部屋から外に出ようとするが、ドアにはなぜか外側からカギが掛けられている。

「開けて、開けてください!八雲さんの所に行かないと!!」
「生憎とそれは出来ない」

響いてきた声にカチーヤが向き直ると、そこには幻魔 クーフーリンがその場に立っていた。

「召喚士殿からの命令は二つ、あんたを守れ、そしてここから出すな」
「どいてください!」
 
手にした槍を構えるクーフーリンに、カチーヤは思わず怒鳴る。

「!?これは…」

次の瞬間、クーフーリンの体を突然透明な氷が覆い完全にその中へと埋没させた。

「あ………これ、私が………」

 自分がした事に呆然とするカチーヤに、外から小さなノックの音が響く。

「お目覚めになりましたか、マドモワゼル」

 挨拶ともに、シェフ・ムラマサがドアを開ける。
 ちなみにその背中にはぐったりとしながらもメモ帳とカメラを手放そうとしない女性がおぶわされていた。

「最低でも三日は目を覚まさないはずの秘薬を使われたはずなのですが、解毒できた模様ですね」
「三日?」

 カチーヤは先程まで寝ていた枕元に転がっている、少しずつ溶けてきている暗褐色の氷へと視線を向け、その正体に気付いた。

「!八雲さんは!?」
「ムッシュウ・八雲は下で戦っておられます。なかなか健闘しておられるようで」
「行かないと!レイホウさんやたまきさんも頑張ってるのに、私だけ…」
「その制御出来ない力で、ですか?」
「!」

 シェフ・ムラマサの一言にカチーヤの動きが止まる。

「でも、行かないと……」
「扱いきれぬ力は抜く場を選ばぬ凶刃のような物、いつ仲間を傷付けるか分かりませぬよ?」
「…………」
「分かっていただけましたか?」

 完全に沈黙してしまったカチーヤだが、いきなり黙ったままシェフ・ムラマサの制止を振り切って通路へと飛び出す。

「!お待ちを…」
「きゃっ!」
「わっ!」

 通路を曲がろうとした所で、カチーヤはこちらに来ようとしていた人影とぶつかり、もつれ合って倒れ込む。

「あたたた……」
「す、すいません!」
「危ないわよ、こんな狭いとこ走っちゃ」

 謝りつつ起き上がろうとするカチーヤに、ぶつかった相手、どこか落ち着きのある長髪の女性が手を差し出す。

「ところで、八雲の奴どこ?」
「……八雲さんのお知りあいですか?」
「幼馴染よ、あいつに急に来てくれって言われてね。大学にいきなりジェット戦闘機が下りて来た時はさすがにびっくりしたけど」

 彼女の苦笑混じりの自己紹介に、カチーヤにもなんとなく2人の関係が見える。

「おやマドモアゼル・ヒトミ、お久しぶりです」
「ムラマサさんもお久しぶり。ヴィクトルさんとメアリは元気?」
「ウィ、ムッシュウ・ヴィクトルは船長室に、マドモアゼル・メアリはマドモワゼル・アリサと共にムッシュウ・ヤクモのお供を」
「あいつ、メアリまで巻き込んだか………」
「?あの……」
「ああ、初対面でしたな。こちらはムッシュウ・ヤクモの元パートナーの方です」
「私が、じゃなくてネミッサがだけどね」
「!じゃあ、八雲さんが言ってた……!」

 ムラマサの説明に、カチーヤが元スプーキーズメンバー・遠野 瞳に驚きの目を向ける。

「で、八雲が言ってた力を貸してほしいって、この子?」
「ウィ、葛葉の新人術者のカチーヤ・音葉様。今回から八雲様のパートナーになられた方です」
「……葛葉の人達ってホント何考えているのか分からないわね。こんなかわいい子あの馬鹿に押し付けるなんて」
「でも、八雲さんはよくしてくれますけど………」
「中途半端にフェミニストなだけよ。それじゃ始めましょうか」
「何をですか?」
「分かりやすく言えば……改造手術?」
「え?」
「八雲が研究していた“力”と“ソウル”の分離・制御のシステムを完成させるの。今そのために皆こっちに向かってるわ」
「みんな?」
「たとえばあたし達ね」

 背後から聞こえてきた声にカチーヤは振り向く。
 そこには、スキンヘッドで黒服に身を包んだ独特な雰囲気を持った双子の男達の姿があった。

「アルファさん、ベータさんお久しぶり」
「あらヒトミちゃん、かれこれ四年ぶりね。元気してたかしら?」
「お陰様で。お二人は相変わらずね」
「もう元気よ〜。今回は八雲ちゃんから特別の指名だから、もう頑張っちゃうわ」
「他の子はまだかしら?インターフェイスの設定はランチちゃんに任せてるはずなんだけど」
「直到着なさるはずです。研究室でムッシュウ・ヴィクトルがすでに準備に入られております」
「あらん、ヴィクトルのおじさまやる気満々ね〜」
「それじゃあ、始められる所から始めましょうか」
「そうね、まず属性確定シーケンスから………」
「あの………」
「なあに?」
「ありがとうございます、皆さん。私のために………」

 おずおずと口を開いたカチーヤがそう言いつつ、頭を下げる。
 みんながその様を見るとお互いの顔を見合わせて一斉に破顔した。

「いいのよ、別に。礼なら八雲ちゃんに言って」
「そうそう、あの子のお願いだから来たようなもんだし………」
「でも………」
「やぼは言いっこなし。じゃ、行きましょうか」

 ヒトミに肩を押され、カチーヤは少し困った顔をしながら、彼らの後に続いた。



「てめえで、最後だぁっ!」

 振り下ろされた《schwarz》機の槍が最後の幽鬼 ガキを切り裂く。
 それと同時に、甲高い電子音が《schwarz》機から響き、その動きが停止する。

「ちっ、電池切れかよ」
「ギリギリでしたね。こちらもあと数分といった所です」
「ま、こんだけ動きゃ充分じゃねえかな」
「確かにな、本来長時間戦闘は想定していない。君達は予想以上の戦果を上げてくれた」
「へへっ、照れるぜアニキ」
「現在白川と芳賀が替えのバッテリーを緊急搬送中だ。しばし待機していてくれ」

 南条の指示に従い、XX―1の騎乗者達が機体を停止させる。
 その周囲には、先程までの激戦を物語る弾痕やクレーターなどが多々あり、全力を尽くした者達が思い思いに休息を取っていた。

「だぁ〜〜〜〜疲れたぜ〜〜」
「目に付く連中は大体片付いたな……」
「あとは周防警部と八雲が頑張ってくれてるといいんだけど」
「周防警部なら多分山頂目前まで行っている頃だろう。桐島やたまき君も一緒だからな」
「問題は八雲の奴か………あいつアウトドア苦手そうだからね………」
「仕事以外で野外は出歩かないって公言してましたよ………」
「そう簡単に音を上げそうな男には見えなかったが……な……」
「……なんだ?」
「これは…………?」

 ふと感じた違和感に、ペルソナ使い達が何気なく山頂の方を見た。
 そして、そこで起きている異変に気付いた。

「な……に?」
「なんだありゃあ!?」
「雲が……渦を!」

 山頂付近に垂れ込めていた雲が、まるで倍速再生のように激しく動き、山頂を中心として渦を巻いていた。

「!始まったわ!」
「もう!?」
「まさか、まだ日没までは時間が………」

 南条が腕時計を見るが、そこには異変が起きていた。

「これは………!」
「あ、あれ壊れたかな?」
「いや、オレのもだ!」
「しまった…………!」

 レイホウが自らの腕時計、急回転と急停止をランダムに繰り返す文字盤を見て原因を悟った。

「これだけの戦闘、今この山には陰気が満ちてるわ。それを山頂を基点とした螺旋を描いて集束させ、一気に周辺を異界化して時を進める気だわ!」
「ありかそんなイカサマ!」
「この商売、なんでもありよ。力とその制御が出来ればね」
「くっ、間に合うか!?」
「芳賀君!聞こえいていますか!?バッテーリー到着まであと何分かかります!」
「すぐに山頂に向かおう!君達はバッテリー到着後、換装して山頂へ!」
「くそっ!ユミとユーイチはまだ来ねえのか!」
「小次郎君、咲ちゃんとバッテリーが届くまで彼らの警護お願い!私も山頂に向かうわ!」
「レイホウさん!」
「間に合ってね………」

 後ろも振り向かず、彼らは走り出した。



「流れたまえ、移りたまえ、はつるはつる先へと………」

 山頂に拵えられた祭壇の前で、一人の男が一心不乱に呪文を唱えていた。
 彼の前の祭壇には古代の神官を思わせる装束を着せられた一人の女性が横たえられ、その手前には古びた銅剣が添えられている。

「満つる夜、紅の眼持つるクチナワ、今現れん。八つの頭(カシラ)持つ大いなる禍神、今宵その御身を我が前に………」

 男の呪文に応じるように、山頂の光景は目まぐるしく変化していき、頭上から差していた陽は急激的にその角度を落とし、夕方を越えて夜の帳が訪れようとしていた。

「降りたまえ、吼えたまえ、満つる夜の元に………」

 通常を遥かに超える速度で徐々に登ってくる月に、男がほくそ笑んだ時だった。

「そこまでだ!」

 突然の声に、男は振り向く。
 そこには、男に向かって銃口を向ける克哉の姿が有った。

「安部 才季!貴様を連続誘拐及び連続殺人の容疑で逮捕する!おとなしくする事だ!」
「ほう、ここまで来る者がいるとはな………」

 男、才季は自らに向けられている銃口に驚きもせず、唇の端を吊り上げる。

「少しでも妙な素振りを見せたら、撃つ!」
「そうよ、チョメチョメしちゃうから!」
「しちゃうんだから!」
「CHECK MATEですわ!」
 三人のペルソナ使い(+ピクシー)がそれぞれの得物を才季へと突きつける。
 しかし、才季の顔からは嘲笑が消える様子は無い。

「ほう、神降ろしが三人。いや、麓にもっといるか……葛葉にここまでの戦力が有るとは予想外だったな」
「その通りだ。麓にいる葛葉のサマナー達とペルソナ使い達が全員山頂へと向かっている!無駄な抵抗はやめる事だ!」
「くくくく、幾ら集まろうと、しょせんは人の子、真なる神の前にはアリの群れよ」
「それはSUMMONに成功すれば、の話では?Tamaki!」
「!」

 エリーの言葉が終わると同時に、才季の元に握りこぶしより一回り小さい石がどこからともなく飛んでくる。
 命中する寸前、その石は突然無数の雷撃となって才季を襲った。

「ぬっ!」
「隙あり!」

 才季がマハジオストーンの雷撃を食らって怯んだ瞬間、側の林の中からダーキニーとネコマタが飛び出し、生贄になろとしていた女性と草薙の剣を横からかっさらった。

「作戦成功♪」
「Sacrifice(生贄)とMediation(媒介)無くしてはRitual(儀式)は完成しませんわ」
「お前のたくらみもここまで……!」

 あらかじめ予定していた奇襲が成功したのを確認したたまきとただしが林の中から出てくるが、その直後にペルソナ使い達のペルソナが反応するのと、たまきのGUMPが警告音を鳴らすのは同時だった。

「Tamaki!」
「それは偽者よ!」
「!それを放して!」

 たまきが仲魔達に命令を送るが、その時すでに生贄と思われた女性は、目を見開くと自分を抱きかかえているダーキニーの首を片手で締め上げる。

「がっ……これ……は……!」
「下がりなさい、下郎」
「ダーキニー!」

 たまきが慌ててダーキニーをRETURNさせ、女性がダーキニーの首を握り潰す寸前にその姿は光の粒子となってGUMPへと吸い込まれる。

「ミギィヤアァ!」
「ネコマタ!」

 絶叫にたまきがネコマタを見ると、口に加えられていたはずの剣が、ネコマタの腹を貫いていた。

「ウウ……ア……」
「あれも偽物か!」
「任せて!『ディアラハン!』」

 ネコマタの腹を貫通して女性の下へと飛ぶ剣と入れ替わるように、ネコマタへ向かったピクシーが即座に回復魔法でネコマタを治癒する。

「所詮その程度の浅知恵、読めぬ訳が無い」
「確かに」

 才季が指を一つ鳴らすと、祭壇が砕け散りその中からもう一つの祭壇と本物の生贄の女性と草薙の剣が現れた。
 そのそばで、腰から落ちる事無く地面へと降り立った女性の姿が、見る間に変わっていき、やがてそれは日本神話の太陽を司る女神、天津神 アマテラスへとその姿を変え、彼女の元へと飛んだ剣も人の背丈ほどもある長剣へと姿を変えてその手元へと収まる。

「布都御魂(ふつのみたま)!?そんな物まで!」
「よくご存知ね。ならば、その威力も知っているでしょう」

 アマテラスが、手にした神剣 布都御魂をゆっくりと持ち上げ、構える。

「では、相手を頼むぞ」
「分かっております。神々の世の再来のために」
「させるか!ヒューペリオン!」『ジャスティスショット!』
「アルテミス!」『クレセントミラー!』
「ガブリエル!」『リリーズジェイル!』
「その程度ですか、下郎」

 ペルソナの一斉攻撃をアマテラスは嘲笑すると、布都御魂を一閃。
 たった一撃で、光り輝く弾丸も貫く月光も封じようとする氷の檻も粉々に打ち砕かれた。

「つ、強い………」
「Tamaki!こちらはなんとかします!早くRitualの阻止を!」
「お願い!」
「させませんわ」

 才季の元へと向かおうとするたまき達にアマテラスは布都御魂を振るうと、発生した斬撃波がたまきの鼻先をかすめてその軌道上にある物を全て切り裂いて虚空へと消える。

「どこを見ております?そなたらの相手はわらわです」
「先約あるんで後でお願いしまっす!」

 ただしが背のバッグから次々と攻撃アイテムを取り出してアマテラスへと投げ付ける。

「非力ですわね、『岩戸開き!』」

 攻撃アイテムが命中する寸前、突然アマテラスの全身が強烈な光を放ち、それはそのまま熱を伴った衝撃波となって周囲にある物全てを吹き飛ばす。

「うわあっ!」
「きゃあぁ!」
「くぅっ!」

 吹き飛ばされた者達が、地面に叩き付けられて全身から焦げた匂いを漂わせる。

「あまり派手にやるな。儀式に支障が出ては困る」
「それは失礼しました」

 何らかの力を用いたのか、才季の周囲と祭壇だけは熱衝撃波の影響は無く、才季は再び儀式へと取り掛かる。

「では、静かにさせるとしましょうか………」
「させないんだから!『メギドラオン!』」

 克哉の背後に隠れて熱衝撃波をやり過ごしたピクシーが、前へと飛び出してアマテラスの顔面へと向けて凝縮された魔法の光球を叩きつける。

「ほう、小妖精風情がなかなかの力を持っていますね……」
「う、ウソ!?」

 しかし、アマテラスはあろう事かメギドラオンを片手で掴んで止めると、それを爆発さえる事なく押さえ込んでいる。

「どれ………」

 挙句、アマテラスはそれを口へと運ぶと、一息に飲み込んだ。

「ふむ、悪くない」
「げっ…………」
「な…………」
「め、メギドラオンを食べた………」
「Really!?」

 完全に予想外の行動に、全員が呆気に取られる。

「この程度の力では、腹を満たすには至りませぬね」
「ならば、満たせてやる!」
「食らいなさい!」
『Truth in MOONLIGHT!(月光の中の真実)』

 ヒューペリオンの放った光の弾丸が、アルテミスの放つ無数の月光に打たれ、その軌道を目まぐるしく変化させつつ加速し、最後に直撃した月光と共にアマテラスへと突き刺さる。

「がっ……!しかし、この程度ではまだまだですよ……」
「There!」
「そこっ!」

 正面から多少のダメージを食らいながらも布都御魂で攻撃を受け止めたアマテラスの背後から、アルテミスの月光の影に隠れて近寄ったエリーとたまきが手にしたレイピアと雷神剣を同時に突き出す。

「……たわいない」
「う……」
「これは!?」

 二つの剣が、切っ先がわずかにアマテラスに食い込んだ状態で止まっている事に二人は気づくと、瞬時に剣を引いて後ろへと下がる。

「その程度の武器で、わらわの体を傷つけるには至りません。おとなしく神の世の再来を見届けなさい………」
「待てぃ!」
『!』

 突然響いてきた声に、全員が声のする方を見る。
 その視線の先、木の頂上に立つ影があった。

「神の時代が終わり、いかに世に混沌が溢れようと、人は己が命を懸命に生き続ける。人それを…」
「黙りなさい」
「のわ〜〜!」

 樹上の人影に向かってアマテラスは布都御魂を振るい、放たれた斬撃波をかわそうとした樹上の人物は情けない悲鳴を上げながら落下した。

「今のって………」
「……恐らくは」
「………あの馬鹿……」
「何するんだ!人がせっかくキめようと思って苦労して木登りしたのに!」
「………パクリじゃん」

 落下しながらもあらかじめ結んでおいた命綱で逆さにぶら下がっている人物―八雲に呆れた視線が集中する。

「あそこは最後まで聞いて『何者だ!』と聞く所だぞ!」
「知りませんわ。そして死になさい」

 俗物と判断したアマテラスが再度布都御魂を振るおうとした時、八雲の顔に笑みが浮かんだ。

「今だ!」
「!?」

 アマテラスの背後に、何かが飛び出す。
 振り下ろそうとした布都御魂を背後に向けつつ、振り返ったアマテラスが見たのは、白のフリルカチューシャを付け、似顔絵(ド下手くそな)が書かれた二つの丸太だった。

「ゴガアアアァァ!」
「そんな単純な手は!」

 アマテラスの隙を突くように逆さ吊り状態の八雲の背後からケルベロスが飛び出すが、アマテラスが迎撃しようとした瞬間、八雲の腰のGUMPから電子音が響いてケルベロスの体が光の粒子となって吸い込まれていく。

「!」
「タイマー式RETURNのダミーだ。本命は………」
「こちらです!」
「こっちよ!」

 投じられた丸太の背後に隠れていたメアリとアリサが手にしたデューク・サイズを振るい、ESガンを乱射する。

『日輪鏡(ひのわかがみ)!』

 アマテラスが手を突き出すと、そこに光が凝縮されて盾が形勢され、繰り出された攻撃を完全に阻む。

「その程度ですか?」
「そんな訳ないだろ、RUN」

 八雲の声にアマテラスが再度振り向くが、その時には八雲は背から降ろしたストームブリンガーのトリガースイッチを引いていた。

「!これは“呪”か!」
「最新型のな。RUN!RUN!」

 ストームブリンガーから次々と撃ち出されるプログラムが、アマテラスに当たるとその周囲がまるで揺れる水面のように歪んでいく。

「甘いですわ、こんな下等な呪で神を倒せるとお思いで?」
「無理だろうな、オレじゃあ」
『Truth in MOONLIGHT!』

 ヒューペリオンとアルテミスの合体魔法が、八雲がプログラムを撃ち込んで存在が不安定になっている部分に直撃する。

「あああぁぁぁ!!」
「ダミーを無数に放ってガードを甘くする。ハッキングの基本だ」
「全部計算づくか………恐ろしい奴だな」
「そういう奴なのよ、あいつは」
「油断しましたわ………しかしこの程度の傷」

 大きく穿たれ、血が溢れ出している腹にアマテラスが手を当てると、そこに光が集ってみるみる傷が癒えていく。

「神を汚した罪、その命であがなってもらいますわ!『照矢(てらしや)!』」

 アマテラスが左手を突き出すと、そこから放たれた閃光が八雲を狙う。

「ちっ!」

 片腕を叩きつけるようにかたわらの木の幹に突っ張り、その反動で八雲は閃光をからくもかわす。

「カーリー!」
「ァァァアアアア!」

 続けて閃光を放とうとするアマテラスに、樹上に身を潜めていたカーリーが六刀を持って襲い掛かる。

「なんの!」
「こっちもいるわよ!」
「Me too!」

 布都御魂で六刀をさばくアマテラスに、たまきとエリーも加わって計八つの刃がアマテラスを狙う。

「ジャンヌ!サポートを!」
「心得ました、召喚士殿!『スクカジャ!』」

 用心のために後ろに控えていたジャンヌが飛び出しながら皆に補助魔法を掛ける。
 淡い黄色の光が皆を覆うと、その動きがさらに早くなる。

「こっちはどうにかする!儀式をぶち壊せ!」
「了解した!」
「オッケー!」

 命綱を切って地面へと(誤って頭から)落ちつつ、八雲が叫ぶ。
 克哉と舞耶がそれに応え、黙々と儀式を続ける才季へと銃口を向けた。

「最終警告だ!すぐに儀式の停止を勧告する!」
「当たったら痛いわよ!すぐに止めなさい!」
「しばし黙っておれ。もう儀式は完成目前なのだ………」
「ならば、撃つ!」

 克哉がためらい無く、才季へと向かってトリガーを引いた。
 しかし、放たれた弾丸は突如として才季の背後から陽炎がごとく出現した影によって阻まれる。

「!」
「え!」
「Such a thing!?」

 それが何か気付いたペルソナ使い達が、一斉に驚愕する。

「な………」
「あれは何!?」
「まさか、アレ………」

 才季の背後に、遮光器土偶のような姿をした日本神話最古の神、アラハバキがその姿を浮かび上がらせる。

「貴様もペルソナ使いか!」
「お前達はそう呼ぶが、これは本来神降ろしと呼ばれていた力だ。今では使える者も少ないがな」
「サマナーでペルソナ使い!?そんなイカサマありなの!」
「それは己の身を持って理解せよ、アラハバキ!」『天凶雷!』
「くぅ……」
「あぁ!!」
「キャン!」

 アラハバキの放つ紫電が、克哉と舞耶とピクシーをまとめて吹き飛ばす。

「Mr Suou!」
「舞耶さん!」
「どちらを見ているのですか?『岩戸開き!』」

 思わずアマテラスへの攻撃が揺るんだ瞬間、アマテラスの熱衝撃波がエリーとたまきを吹き飛ばす。

「ぐっ!なめるんじゃないよ!」
「どちらが?」

 なんとか堪えたカーリーが六刀を振るうが、生彩を欠く刃はアマテラスの振るう布都御魂に弾かれ、あまつさえ腕を数本深く切り裂かれる。

「があっ!?」
「下がれカーリー!ジャンヌ回復を!」
「心得ました!」

 得物をM16に変えた八雲が仲魔に命令を出しながら、牽制のためにアマテラスへと向けて乱射する。

「クソ、日本神話トップクラスが二体も……ヤバイかもな」

 八雲の目は、すでに天頂まであと僅かとなっている月を捕らえていた………



「……八雲さん?」
「あ、ちょっと動かないで。今同調シーケンスの最中だから」
「す、すいません………」

 無数の計測器の中にうずもれるようにして座っているカチーヤの周囲で、元スプーキーズメンバー達が中心となって、あるシステムの調整を行っていた。

「マグネタイトバイパス、OKよ」
「エレメント・クリプトチップ、予想よりも上手くいってるぜ」
「アライメントの微調整はこれで問題ないはずだ」

 カチーヤの前には、二つの四角形の奇妙なチップが置かれ、その中央、透明な球状の核の中で透明な羽根を持った蝶によく似た精霊が無数の冷気をまといながらも優雅に舞っていた。

「まさか、こいつを使う日が来るとは思ってなかったぜ」
「そうね、私達には忘れたくても忘れられない物だから…………」

 ドレッドヘアにカラーゴーグルをかけた男、元スプーキーズメンバー・ランチこと北川 潤之介のつぶやきに、ヒトミが応えつつシステムの中核を成す物、劣化キャリアを内封した新型スポアを使用したエレメント・クリプトチップを見る。

「あたし達には見えないけど、中がキラキラしててキレイね〜」
「これがあのアルゴンスキャンダルを起こした元凶なんて、とても信じられないわ」
「だが、元となったチップはとてつもなく危険な代物だった。それの改良案を彼が言い出した時はさすがに驚いたがな」
「あいつらしいと言えばあいつらしいけどね。小さい時から転んでも絶対タダじゃ起きないタチだったから…………余計な物拾う方が多かったけど」
「ヤッホ〜、みんな待った?」
「おせーぞユーイチ!」
「ユーイチ君お久しぶり、元気してた?」

 虎縞の角帽子がトレードマークの純真な少年のような性格をした元スプーキーズメンバー・ユーイチこと芳賀 佑一が能天気な挨拶をしながら室内へと入ってくる。

「いや〜、バイト忙しくって。ボスがクールなんだけど人使い荒くってさ〜」
「何言ってんのさ、職権乱用しまくってる癖に」
「ユミちゃん、それは言わない約束」

 ユーイチの後ろに続いて、少し派手目の格好をした強気そうな女性が入ってくる。

「ひょっとして、その人?前言ってた……」
「そ、ガールフレンドの白川 由美ちゃん。見た目は怖そうだけど、二人きりの時だと、ムグ………」
「はいそれ以上はストップ」

 ユミが強引にユーイチの口を強引に塞いで言葉を途切れさせる。

「ボスに言われて、ここで待機してるよう言われたんだけど」
「下は今相当危険な状態になっている。戦闘力を持たない君達は確かにここにいた方が安全だろう」
「Rot(ドイツ語で赤)機とGrun(ドイツ語で緑)機がヘリの中でブレークインの真っ最中だしね。終わるまでこっち手伝うよ」
「お前がオペレーターやってるっていう時点で先行き不安な組織だな」
「ひどいよランチ!これでも腕買われてスカウトされたんだから!」
「ボスのプライベートPCにハックしたのがスカウトの原因だろが。あんま気にしてなかったけど」
「それがさ、ほとんど経済学だの社会学の論文ばっかでさ〜、見ててちっとも面白くなかった」
「それで特殊警備部の企画書見ちゃったんでしょうが。口封じされなかっただけマシだと思いなって」
「ん〜、そかな?」
「相変わらず能天気だな。そういやシックスは来ないのか?」
「今スクランブルで向かってるとかって連絡あったよ。何かスンゴイの持ってくるとか」

 ユーイチが側のディスプレイを覗き込み、流れていくプログラムを見つめる。

「へ〜、これ八雲が?」
「そうよ、益々腕上げてるわね」
「じゃ、こっちの調整やっとくよ。まだ時間かかりそうだし」
「すいません、皆さん………」
「いいのいいの、八雲には世話なってるしね」
「何、また何かトラブル八雲ちゃんに押し付けたの?」
「うむ、この業魔殿への格安ツアーの仲介を頼んだらしい。来た客はなぜか瞬きを滅多にしてなかったが」
「大成功だったよ、“ドキッ!生美少女メイドに会える旅!”ツアー」
「次そんなの企画したら縁切るよ」
「そんな!もう第二回の人員募集締め切っちゃったのに!」
「やるならもう少しマトモなサイドビジネスしなさいよ…………」

 皆が作業の手を止めずに話していた時、突然甲高い警報が船内に響き渡る。

「何だ!?」
「これは……召喚が最終段階に移行した事を知らせる合図だ」
「……召喚完了までの残る時間は?」
「ちょっと待て……」

 ヴィクトルが傍らのPCに数値を幾つか記入、程なくして演算結果がディスプレイに表示される。

「……30分!?」
「くそ、話が違うぜ!」
「マジヤバイ!急ごう!」
(……待っててください、今行きます!)

 皆がキーボードを叩く手を加速させる中、カチーヤは黙ってシステムの完成を待った。
 拳を強く握り締めながら……



「ちぃっ!」

 八雲の手の中で、布都御魂の直撃を食らったM16が一撃で両断される。

「安かねえんだぞ!」

 八雲は無造作にスクラップになったM16を投げ捨て、懐のホルスターからソーコムピストルを抜くとアマテラスの顔面へと向けて連射する。

「……その程度ですか?」
「ちっとは効いてくれると嬉しいんだが……」

 顔面に掌をかざし、弾丸をいともたやすく防いだアマテラスに、八雲の額から汗が一筋流れ落ちる。

「どけっ!八雲!」

 ただしが怒鳴りつつ、肩に担いだ筒状の物体、ドラゴンATM(対戦車用使い捨てミサイルランチャー)のトリガーを引いた。
 噴煙を上げて飛んだミサイルが、アマテラスに直撃して大爆発を起こす。

「こいつなら………」
「いや……」

 八雲の架けてるサングラスに、GUMPから送られてくるデータが投射される。
 そこには、今だ敵の存在を示すマークが表示されていた。

「今のは、少々効きました………」
「じゃあさっさとくたばってくれ。戦車装甲以上に厚い面の皮しやがって…………」

 爆風が晴れると、そこからあちこちが多少焦げた程度のアマテラスが現れる。

「それはそちらの事でしょう?そら来ますよ」
『凶つ嵐(まがつあらし)!』

 横手から飛んできた風雷が一体となった攻撃を、八雲とただしは慌てて避けるが、完全にかわしきれずに多少食らってしまう。

「何やってるんだ!こっちまでよこすな!」
「こっちだって手一杯だ!文句があるなら手伝ってくれ!」
「ンな暇あるか!こっちが手伝って欲しいくらいだ!」
「ふふ、仲間割れとは愚かよの………」

 克哉と八雲の口論を才季はほくそ笑みつつ、祭壇に目を向ける。
 祭壇に掲げられた草薙の剣が、微かに輝き鳴動を始めていた。

「参られるぞ、神の世の再来を告げる者が………」
「させないわ!」

 たまきが雷神剣を手に祭壇を破壊しようとするが、才季のペルソナ アラハバキの攻撃の前に近寄る事すら出来ずに吹き飛ばされる。

「まずい……もうそこまで来ている」
「Personaが怯えてますわ………」
「時間がもう無いわ」
「くそ、どうする………」

 皆が目配せして、現状を打破する手段を考察する。
 すでに月は天頂間近まで迫り、徐々に何かとてつもなく巨大な影が見え始めていた。

「時間が無い!こいつはオレが倒す!5分だけそっちを完全に防いでくれ!」
「……分かった!こっちはなんとかする!」
「舐められた物ですね、その程度の時間で何をする気です?」

 八雲の宣言を冷ややかな目で見つつ、アマテラスが布都御魂をかざす。

「メアリ!アリサ!ジャンヌ!ケルベロス!カーリー!アイツを1分だけ固定しろ!」

 八雲が叫びながら機銃の大口径弾の薬莢によく似たクラッキングモード用バーストユニットを懐から取り出してストームブリンガーにセット、それと同時にストームブリンガーのサイドからバーストレバーが飛び出し、ストームブリンガーは一種のパイルバンカー(杭打ち機)へと変貌する。

「きっついのをかましてやるぜ!」

 不敵な笑みを浮かべながら、ユニットに設けられた2列に並ぶ、計10個のスリットにメモリースティックを次々と差し込んでいき、ストームブリンガーのトリガーを引く。
 するとストームブリンガー本体から、低い作動音が響き始める。

「了解しました、八雲様」
「分かったお兄ちゃん!」
「心得ました!」
「ガアアアァァ!」
「やってやろうかい!」

 その脇で八雲への返答と同時に、仲魔達が一斉にアマテラスへと襲い掛かる。

『岩戸開き!』
「きゃあっ!」
「ぐっ!」
「ゴルル………」

 アマテラスの放った熱衝撃波が、襲いかかろうとした者達を逆に吹き飛ばす。

「無駄です。おとなしく絶望の時を待ちなさい………」
「その意見は却下致します」

 傷つきながらも、メアリがデューク・サイズを手に立ち上がる。

「八雲様は私達に“心”を与えてくださったかけがえの無いお方です。その恩に報いるため、最大限の尽力を行う事に致します」

 デューク・サイズの柄尻をメアリは引くと、僅かに柄が伸びる。
 その伸びた柄をメアリは手の平で回転させ、その回転に応じて手にした得物がサイズからトマホーク、そしてサイズへと目まぐるしく変わる。

「戦いの時には切り札となる絶対的な力を用意しておく物だそうです。故に、私はそれを今用いようと致します」
「姉さん!」
「作られし身ゆえに宿りし無垢なる混沌の力、解き放たせてもらいます。これが私の最大の力!」

 メアリが言い放つと同時に、その瞳に魔力の輝きが産まれ、それに呼応するようにサイズが漆黒の炎に包まれる。

『Die Frau、 die noch an der Dammerung steht(たそがれに在りし人形)!』

 メアリの手にしたサイズが大上段で振り下ろされる。
 アマテラスが手にした布都御魂でそれを受け止めるが、寸前にトマホークへと変じたそれは漆黒の炎を純白の光へと変化させ、更なる強力な一撃となって布都御魂を押す。
 瞬時に引かれたトマホークは再度、黒炎を纏ったサイズとなって横殴りの斬撃として襲い掛かり、次は白光を纏ったトマホークの切り上げとなって襲う。

「これは!?」

 無限に変化しつつ迫る凄まじいメアリの連撃に、アマテラスも徐々に押され、その身に傷を負っていく。

「おのれぇ!」
「トドメです」

 メアリの武器が大きく振り上げられると、今まで交互に発生していた黒炎と白光が二つの螺旋を描くようにその柄を覆い尽くし、先端の刃がサイズとトマホークの二つの形状が重なり合うように現れる。

「これが私の切り札です!」

 振り下ろされた刃がアマテラスの肩口へと突き刺さると同時に、その刃は半ばから砕け散り、それを追う様に、黒炎と白光がアマテラスへと伝っていき、その姿を包み込む。

「うおおお!」

 しかしアマテラスも、半ばしか残ってない鎌刃が肩口に刺さり動けなくなっているメアリに向かって、黒炎と白光の隙間から突き出された布都御魂がメアリの脇腹を切り裂く。

「姉さん!」

 メアリの傷口から吹いた血とマグネタイトの飛沫にアリサが絶叫する中、動いた影が有った。

「!?」

 メアリの背後から突き出された巨大な塊が、アマテラスの腹に押し当てられる。

「Huck you!」

 八雲が叫ぶと同時に、重低音を響かせ始めていたストームブリンガーのバーストレバーのスイッチを押す。
 アマテラスの腹に押し当てられたストームブリンガーの先端からダイレクトインポート(直接入力)用のハッキング・パイル(杭)が炸薬で射出、表面に魔法陣のような特殊なパターンが掘り込まれたパイルが、そのパターンに同時に5つの強制退去用プログラムを走らせ、アマテラスの防御マトリクスを崩壊させながら一気に突き刺さった。

「がふ………」
「Crack!」

 その一撃でユニットのスリットから一列分、5個のメモリスティックがイジェクトされ弾け飛ぶ。八雲はその破片を顔面に浴びながらも、笑みを浮かべる。

「これで終わりじゃないぜ!」
 バーストレバーのスイッチを再度押す。
 それに応じてストームブリンガー全体に激しいスパークを生じさせながら、起動されたプログラムがパイルを通じてアマテラスの体内に直接“入力”される。

「オ……A………」
「幾ら神格でも、この世界じゃ物理的に肉体を構成するマトリクスが必要になる。だけどこれでお前はアカバンだ」
「OノれEEE………」
「まだやるのか?」

 八雲はストームブリンガーを手放し前へと進む。
 体の各所が歪み、崩れつつあるアマテラスがそれでもなお布都御魂を振るおうとするが、八雲の手はアマテラスの肩口に突き刺さったままのデューク・サイズの柄を、それを握ったまま離そうとしないメアリの手ごと掴む。

「これで、デリートだ!」
「御引取り願います」

 八雲はメアリの力も込め、デューク・サイズを引きおろす。
 半ばまでして残っていなかった曲刃はアマテラスの肩から胴体を斜めに切り裂き、わずかに残して手前へと抜ける。

「ば、baカなああぁぁAAA…………」

 驚愕の表情を貼り付けたまま、アマテラスの体が斜めに崩れ、地面へと落ちる前に無数のチリとなって崩壊していく。
 最後に手にしていた布都御魂がチリの山の上に突き刺さり、あたかも墓標のようにその場に留まった。

「う………」
「メアリ!」

 強敵を倒せた事で気が抜けたのか、八雲の腕の中でメアリの体が力を失って崩れそうになる。

「姉さん!姉さん!」
「ジャンヌ!すぐに回復だ!アリサはメアリのそばを離れるな!」

 叫びながら近寄ってきたアリサにメアリを預けると、八雲は突き刺さっていた布都御魂を手に取った。

「よもや、アマテラスまでやられようとはな………」
「いちいちうるさいんだよ、時代錯誤の懐古主義者が!今は21世紀、ITの時代なんだよ!」
「そんな物は今に意味をなさなくなる。そら、もうそこまで来ているぞ」
『!!』

 死闘を繰り広げていた全員が、才季の見た方向を向いた。
 そして気づく。
 そこにとてつもない巨大な影がある事を………



「な、なんだよ…………アレ………」
「山が、二つある!?」

 山頂間近まで登っていたXX―1のレーダーが突如として最大級の警報を鳴らし始める。
 しかし、騎乗者達はそれよりも自分達の目の前に出現した巨大な影に視線を奪われていた。

「違う、山じゃない。あれは、敵だ!」
「冗談……だよな?アニキ」
「どこ見てんだよ、ようく見てみな」

 レイジが影の方を指差す。
 その影から、巨大な八つの鎌首が持ち上がろうとしていた………



「最終シーケンス終了したよ!」
「まじい、もうエネミーソナーは真っ赤だ!」

 業魔殿の気嚢上部にあるヘリポートから、一機の大型ヘリが飛び立とうとしている。
 コクピットに乗り込んだオペレーターの青年とパイロットの女性が大急ぎで出撃準備を進めていく。
 ヘリポートの側に立っていたカチーヤは手にした空碧双月を握り締め、口を一文字に結んでヘリの出撃準備を待ちながら、背後にいるスプーキーズの面々に向き直って深々と頭を下げた。

「ありがとうございました。なんとか間に合いました」
「いいのよ、私達に出来る事をやっただけなんだから」
「オレ達に出来るのはココまでだ。あとはあんたの頑張り次第だ」
「八雲ちゃんによろしくね、今度二人でお店にいらっしゃい。サービスするから」
「ヘマすんじゃないのよ、あの子が一緒ならそれはないでしょうけど」

 口々に声援を送る皆の後ろから、ヴィクトルが深刻な表情でその場に現れる。

「召喚が安定段階にまで移行し始めている。最悪、日本神話史上最強の怪物と戦う事になるだろう。覚悟は出来ているか?」
「……はい」
「準備出来たよ〜、乗っちゃって〜」
「今行きます!」
「あ、ちょっと待って」

 ヘリに乗り込もうとするカチーヤに、ヒトミはポケットから取り出した物をその手に渡す。

「これは………」
「お守りよ、彼女が使ってた物」

 手渡された物、黒のルージュを見たカチーヤがヒトミに一度頭を下げるとヘリへと向かう。

「それじゃ、行ってきます!」
「頑張ってね〜!」
「死ぬなよ!」

 一度ホバリングしてから、下へと向かうヘリに向かって手を降っていた皆が、ヘリが小さくなっていくのを見て小さくため息をつく。

「さて、じゃあオレ達はオレ達の仕事を始めるか」
「え、何を?」
「これだけの事態よ、そろそろ隠蔽しきれなくなってきてるはずだから、情報を誤魔化さないと」
「警察は葛葉で何とかしてるはずだから、民間のサイトね、ダミーを幾つか用意しておかないと」
「オレはマスコミ関係を当たる。すでにネタは幾つか用意してあるしな」
「みんな準備いいのね、それじゃ私達は私達の戦場に向かいましょうか」

 船内へと向かう所で、ヒトミは足を止めて船通山の方を見る。
 何の力を持たない彼女にも、山頂付近から見える何かの影が見え始めていた。

「死ぬんじゃないわよ、八雲……………」



「ヒューペリオン!」『トリプルショット!』
「アラハバキ」『響祟り(ひびきたたり)!』

 ヒューペリオンの放った光の弾丸の三連射が、アラハバキが噴き出した黒い息に飲み込まれ、消滅する。

「このアナクロがっ!」
「ガアアアァァ!」
「発!」

 布都御魂を手にした八雲とケルベロスが突撃をかけるが、才季はそちらに手を伸ばして一言呪文を唱えると、そこから発した衝撃波が八雲とケルベロスを一撃で吹き飛ばす。

「がはっ!」
「八雲!」
「No、SummonとPersonaだけでなく、Magicまで!?」
「そんなのイカサマよ!」
「違うな、これが本当の魔術師と言われる者の力なのだ。お前達が使っている力なぞ、所詮細分化された劣悪な模倣に過ぎん」
「言ってろ、時代錯誤!技術は進化すんだよ!RUN!」

 八雲が手にしたストームブリンガーを才季に向け、トリガーを引く。
 放たれたプログラムは、才季の手前で不可視の衝撃に阻まれ、小さな光の煌きを伴って弾かれる。

「その程度か、たわいない」
「ちっ、属性無効か………」
「きゃあっ!」

 八雲に気を取られている隙を突いて祭壇の女性を救出しようとしたたまきが、祭壇を覆っている結界に阻まれ吹き飛ばされる。

「無駄だ、神はおのれの供物を奪われる事は好まない」

 祭壇の向こう、段々と輪郭が明確になっていく八つの巨大な鎌首が、八つの紅い双眸でこちらを見ている。
 そして、祭壇の上の草薙の剣はそれらを呼ぶかのように鳴動を始め、すでに召喚儀式の完成は目前まで迫っていた。

「無粋な者達だ。静かに神の顕現をなぜ待てない?」
「簡単な事だ」
「ああ、簡単だな」

 克哉と八雲が互いに静かな笑みを浮かべ、才季を見る。

「かつて神という存在は必要だったかもしれない」
「だけど、今は人間の時代なんだよ」
『神なんて邪魔だ!』

 期せずして同じ言葉を叫びながら、克哉はヒューペリオンにありったけの力を注ぎ込み、八雲は布都御魂を振りかざして仲間達と一緒に駆け出す。

『Crime And Punishment!』
「フルアタック!」
『オオオォォォ!』

 ヒューペリオンの放つ無数の光の弾丸と共に、八雲が雄たけびを上げる仲魔達と総突撃を掛ける。

『果つる天運!』

 アラハバキの吐く吐息が、雷雨を伴った無数の小規模の嵐となって迎え撃つ。

「ぐっ!」
「ガフッ!」
「ううっ!」
「うぐ………」

 無数の雷と轟風の前に、光の弾丸は次々と叩き落され、カーリー、ケルベロス、ジャンヌ・ダルクは弾き飛ばされ、直撃を食らった八雲はその場に膝を付く。

「克目して見よ、神の再来を」

 攻撃した者達に目もくれず、才季は祭壇、そしてその向こうから迫ってくる紅い双眸へと迎え入れるが如く大きく両手を広げる。
 それに応じるがごとく、祭壇から生贄の女性と鳴動する草薙の剣がゆっくりと浮遊し、紅い双眸はその大きな口腔を開いていく。

「させるもんですか!」
「Me too!」
『アイスブラスト!』
「Tamakiガールズ!デストラクション!」
『おお!』

 今にも女性と草薙の剣を飲み込もうとする鎌首に向かって、舞耶とエリーの合体魔法による巨大な氷柱が突き進み、たまきがありったけの仲魔を召喚して突撃を試みる。
 しかし、影から突き出してきたもう二つの鎌首が氷柱を噛み砕き、仲魔達を弾き飛ばす。

「まだまだ!」
「こっちも忘れないでね♪『メギドラオン!』」
「その通り!」

 続けてただしが最後のドラゴンATMを発射し、ピクシーのメギドラオンとアリサのESガンから放たれた氷弾が口腔内へと炸裂する。

「……そんな物で神が傷つくと思っておるのか?」

 爆炎が晴れると、そこには口腔を閉じ、こちらを睨みつける紅い双眸が有った。

「ダメか!?」
「諦めるのは一番最後だ!」

 八雲がソーコムピストルを抜くとありったけの弾丸を双眸へと向けて叩き付ける。
 放たれた弾丸は、鎌首の表面であっさりと弾かれ、八雲の手の中には弾切れを起こしたソーコムピストルだけが残った。

「詰まらんな、葛葉もしょせんこの程度か………」
「そうだよな、こんな事しなくても、てめえを倒せば済む事だ!」

 八雲の目前に立ち、哀れみにも似た視線を向ける才季に向け、八雲は布都御魂を振り上げ、全力でそれを投じた。

「……フン」

 投じられた布都御魂が自分にかすりもしない軌道を描いているを見た才季が小さく鼻を鳴らす。
 だが、明後日の方向に飛んでいったはずの布都御魂は才季の背後で大きな金属音を奏でた。

「何だ!?」
「詰まらんな、てめえも所詮この程度だ」

 八雲が才季の口ぶりを真似てほくそ笑む。
 投じられた布都御魂は狙いどおり、飲み込まれようとしていた草薙の剣の腹に突き刺さり、それを真っ二つにへし折っていた。

「お、おおおおおおお!!」
「これでディレクトリ破損だ。召喚は失敗する」

 絶叫を上げる才季の前に、空間その物を引き裂くような絶叫を上げて八つ首の影が急速的に薄れていく。

「馬鹿な、そんな馬鹿な………」
「ここまでだ。殺人未遂罪で現行犯逮捕する!」

 懐から手錠を取り出した克哉が、両膝を付いて呆然とする才季へと歩み寄る。

「お、おお、ぉぉぉぉ………」
「キれたか?」
「多分ね、とっとと刑務所にでも送ったら?」

 眠ったままの生贄の女性を救い出したたまきが、一瞥もくれずに彼女の様態を確認する。

「さて、来てもらおうか」
「……させぬ、このまま無にはさせぬ!」

 手錠を掛けようとした克哉の手を振り解き、才季が祭壇へと向かって駆け出す。

「!?」
「八又ノ大蛇よ!今、剣と贄を捧げまする!」
「!止めろ!」

 八雲の制止も間に合わず、才季は二つに折れた草薙の剣を自らの体に突き立てる。

「自殺!?」
「No!彼は自分を依代にするつもりですわ!」
「間に合え!」

 八雲が素早くソーコムピストルのマガジンを変えると、傷口からおびただしい血を流しながら消えようとする影に向かって感涙している才季へと向けてトリガーを引いた。
 しかし、弾丸が当たる寸前、才季の体は巨大な口腔に一息に飲み込まれた。

「………しまった!」
「……来るわ!」
「Japan神話最強最大のMonster…………」
「こいつが………」
『八又ノ大蛇!!』

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