オーガゲート・キーパーズ

CASE3 LIVING



ν NOISY PEACE



「市街の状況は」
『瘴気を吸い上げていた中枢の破壊により、致命的な属性低下は回避。しかし集中していた瘴気を起因とする超自然犯罪発生の可能性は今だ高いままです。また、瘴気にあおられた市民の精神不安と思われる事故、事件などの発生も起きている模様です』
「一応、大型地震の対処という事で警察、消防などはフル出動してます」
「こっちも動ける人員を総動員、超自然犯罪の処理及び市街の浄化を急げ」

 デュポンのブリッジで、陸が『LINA』とレックスからの報告をまとめながら、次々と指示を出していく。

『今瑠璃香さんとマリーさんが出てきたっす!』
『工場は完全に崩壊、地震の影響で誤魔化せるかな………』
「マリーは疲労もあるから、引き揚げさせろ。他のスタッフは順次市街の処理へ」
『あの、オレ刀ボロボロで………』
「代わりの刀を今渡す。試作品だがな」
『……変な機能ついてんじゃねえのか、それ?』
『まあ、兄さんが造ったのなら十中八九は……』 

 通信が回復し、下から報告を聞きながらも陸は次の指示を出していく。

「空はガルーダで出ろ、該当区域は順次指示する。敬一は瑠璃香と組んで浄化に当たれ」
「忙しいのはどこも同じだな」

 その様子を操縦席から見ていたフレックが呟いた時だった。
 突然ブリッジにけたたましい警報が鳴り響く。

「何だ!?」
「『LINA』!」
「STARS本部に待機中の『TINA』とのリンクが途絶! 緊急用特殊シグナルを受信しました! 上空衛星『ウヅキ』からの映像、出ます!」

 大型ディスプレイに、ある映像が映し出される。
 そこにあったのは、無数の降下用ポッドがある建物の敷地内に次々と落下し、突き刺さっていく所だった。

「な、なんだアレ………」
「何だこれは………」

 そして突き刺さったポッドの中から、次々と奇怪な怪物達が出てくると、暴れ始める。

「本部を直接襲撃だと!? 正気か!」
「……レンはどこだ?」
『サーチします』

 陸の指示に映像が一度全景へと引いていき、そして敷地の入り口付近を拡大していく。
 そこに、黒と白の装束をまとった二人の男が、手にした刀で壮絶な死闘を繰り広げている映像がアップとなって映された。

「あいつか!」
「《刃》のジンとか言ったか……恐ろしい程、出来る」

 音の無い上空映像だけだったが、そこで黒と白、二人の男が全く互角の戦いを行っていた。

「『ウヅキ』からの映像処理が追いつかない! 二人とも速過ぎる………」

 レックスが現場の状況をまとめようとするが、衛星画像には次々と各所で行われている怪物達と人間達の戦闘が映し出されていく。
 それを見たフレックが、拳を握り締めて呟いた。

「悪い。研修途中だが、オレは戻らなければならなくなった。早い足を用意できるか?」
「……財団本部に開発したばかりの超々高速飛行実験機がある。成層圏をマッハ6まで引っ張れる」
「貸してくれ! 今すぐ」
「すでに本部で準備に入らせている。問題は……」
『レンさんと互角に闘ってる奴がいる!?』
『ボクも行きます!』
『オレも! こっちが片付いたなら…』
「ダメだ!」

 空と敬一の申し出を、陸が一撃で遮断する。

『しかし!』
「大元を叩いたとはいえ、まだ瘴気は渦巻いている。何が起こるか分からない上に、幾つ超自然犯罪が発生するかも未知数だ。アドルの人員を裂く余裕は無い」
「おい、なんだあれは!」

 そこでフレックが絶叫にも近い声を上げる。
 陸が大型ディスプレイの方を見ると、そこには画面を覆い尽くすような何かが、敷地内へと降下していく所だった。

「『LINA』」
『対象外部温度高温のため、詳細サーチは少しお待ちください……ただ、不完全ですが生体反応を確認。また内部にも無数の反応あり。大型生体キャリアの可能性が高確率です』
「大型……生体キャリアだと?」

『LINA』の出した可能性に、フレックのみならず、陸も愕然とする。

「こんな物まで………」
『兄さん!』
『行かせて下さい! オレはレンさんや空さん程強くないけど、でも!』
「ダメだ。だが………」
「無理は言わない、世話になったな。確か小型ヘリか何かあったよな?」

 空と敬一の申し出に、陸が珍しく苦渋の顔をする。
 それをきっぱりと断りながら、フレックが操縦席から立ち上がる。

(どうする? レンを今失う訳にはいかない。だが、それと同時にこちらの人員を裂いて損害を出すわけにも………)
『兄さん! 飛行機がそっちに!』

 空が叫ぶと同時に、光学ステルスがかかっているはずのデュポンの前に、一機の垂直離着陸型の高速戦闘機が低速で近付き、目前でホバリングしていた。

「気付いてる………どこのだ?」
『所属確認、民間航空会社の登録は確認してますが、機種が違います』
「どこの世界にあんなのを登録する航空会社があるんだよ……」

 フレックも何事かと前方を見る。

『マスター、前方不明機からレーザー通信が入ってます』
「出せ」
『困っているか、守門博士』

 通信から、凛とした女性の声が響く。

「あんたか、宗千華」
『宗千華さん!?』
『げ、十兵衛!! なんでここに!?』
『誰だよ?』

 その声に聞き覚えのあった陸、空、敬一が声を上げる中、知らない瑠璃香だけが首を傾げる。

『状況は知っている。水沢に増援を送りたいが、そちらも手が足りていない。違うか?』
「その通りだ」

 そこで、前方の戦闘機のコクピットが開き、突然影が飛び降りる。

「WHAT!?」

 思わず母国語でフレックが声を上げる中、その影、正確には茜色のライト・パワードスーツをまとった人物が平然とデュポンの透明に見えるはずの機体の上に降り立つ。
 小脇に同色のメットバイザーを抱えたその人物は、色白の20代半ばの物静かな雰囲気を持った女性だった。
 だがその右目は鍔眼帯が覆い、残った左目も刃の鋭さをたたえている。

『ここに、一つ手が空いている』
「あんたに限ってそれは無いと思うがな」
『だが、必要だ。違うか?』
「………」

 不敵な笑みを浮かべる女性を前に、陸はしばし黙り込む。

「誰だ?」
「レンの学生時代からのライバルだ。恐らく、今日本でレンと互角に戦える数少ない剣士の一人」
「あいつが、そうなのか!? 使えるのか!」
「アドルで今あいつと互角に戦えそうなのは空ぐらいだろうな………正攻法では勝てないだろうが」
「この際、強いなら何も言わない! 急ぐぞ!」

 レンからライバルの話だけは聞いていたフレックが喜色を浮かべるが、彼女の職業を知っている陸はしばし悩む。
 だが、そんな余裕すら無いという結論に達すると、デュポンの上部ハッチを開放させた。

「特急が出る。準備はいいか?」
『いつでも行ける』
「それと、荷物を用意させている。レンに持っていってくれ」
「荷物? この急いでいる時に」
「大通連、銘を聞いた事は無いか?」
『大通連……だと?』
「……! 確か、レンの父親が北極決戦の時に使った刀が!」

 鍔眼帯の女性と、フレックがその銘を聞いて驚愕の声を上げる。

「同じ物だ。少しばかり改造を加えたが」
『御神渡家伝家の国宝級の大業物にか……氷室が聞いたら卒倒するぞ』
『いや、有事の際はレンさんに渡せって親父が生前言ってたらしいし』
『…心得た。水沢に確実に渡せばいいのだな』
「頼む。もしこの状況が続けば、あいつの備前景光も限界に来ているはずだ」
「ならなおさら急がないとまずいな………」
「フレックもアレ忘れるなよ。使い方は覚えたな?」
「《ミステルテイン》か。あんな物作るあんたの頭を疑いたくなるがな」

 苦笑を浮かべつつ、フレックがブリッジから格納庫へと向かい、デュポンの上に乗っていた女性もハッチの中に向かう。
 程なくして、一機の小型ヘリがデュポンから飛び立っていった。

『………兄さんいいんですか? 宗千華さんの職業バレたら、色々問題になるんじゃ?』
「どうせあいつもバレるの前提だろう。それだけ日本政府もビビってるって事だ」
『あん? 何かやばい仕事してんのかあいつ?』
「内閣情報調査室 室長、柳生十兵衛 宗千華。日本のスパイの大元締めだ。ヤバさじゃ瑠璃香より上だな」
『……スパイの大ボスって事かよ』

 瑠璃香が呆れた声を出した所で、デュポン内部で警報が鳴り響く。

『M‘s発生確認! 場所はM3エリア。いや他に発生可能ポイントが…』
「瑠璃香と敬一はそっちに向かえ! 空は…」

 休んでいる暇も無い状況に、陸の指示が矢継ぎ早に飛んだ………



翌日 未明

「ああ、そうか………長官が?……しかしこちらもな……それは代わりだと思ってくれ。だが予想以上、いや遥かに超える状態か。出来る限りはこちらでも………」

 フレックからの報告の電話を受けながら、陸はあちこち戦闘の余波で汚れたままの服装でアドル本部副総帥室の己のイスへと腰掛けた。

「宗千華の事? まあ間違いなくなんか企んでるだろうが…………言ったら連れてったか? 猫の手代わりにはなるはずだ、もっともありゃ狼だがな。しかも桁外れに鋭い牙を持った…」

 そこまで言った所で、『LINA』からのデータリンクに情報が入る。

『Fエリアの暫定的浄化措置完了、しかし維持できるのは200時間以下と推測されます。イーグル・オブ・ウインド、サイレント・ネイチャー二名が再出撃を要望しておりますが?』
『まだ早い。特に空の奴は昨日から総戦闘時間が10時間突破してるからな』
『了解です』
「悪いが、こっちも忙しいままでな。よろしく言っておいてくれ。じゃあ」

 電話を切った所で、陸も己自身に堆積している疲労をかんがみる。

「少し休まんとまずいか」
「そうじゃな、無理はしていかん」

 いきなり掛けられた声に、陸がそちらへと向く。

「戻られたんですか、遣雲和尚」

 そこにいた小柄な僧衣の老僧、陸の宿曜道の師にして、アドル総帥の遣雲が微かに顔に笑みを浮かべて陸を見た。

「すいません、和尚の手まで煩わせて………」
「なあに、普段稼がん分はこういう時は稼がんと……オルセン殿も直に戻るようじゃ」
「予備役まで借り出してこれとはな………」
「……やはり、次の段階に移るべきかの」

 遣雲和尚の言葉に、陸の顔つきが険しくなる。

「今までの常軌を逸した大規模テロ、そしてそこから発した瘴気を元に、第二、第三の事件が起きる。やはり、この世界その物がマイナスへと傾いている証拠かと」
「一刻も早く、全ての退魔組織の相互協力、情報共有態勢を整えんと………さもなくば、共倒れも時間の問題かの」
「しかし、旧来の組織には今だ反発が根強いのも事実です。和尚ですら、放逐されたというのに」
「ワシの場合は自分で出てきただけじゃがの………せめて徳治殿がいてくれたら」
「新興組織だけでも、どうにかまとめなければ……だが、どうすればいいのか……」
「先程、星の巡りを確認した。もう直、大きな転機が訪れるはずじゃ。その時を逃せば、間に合わなくなるじゃろう………」
「転機、か………」

 アドル最高権力者の二人は、各々の立場から、これから成し遂げなければならない計画に思いを馳せていた………



「ゥナ〜」

 真新しい首輪を巻いた一匹の太目の元野良猫が、レストランの外に設置されたばかりの猫小屋の中で伸びをしていた。
 最近街中に立ち込めていた嫌な空気も日を追うごとに薄れ、ようやくゆっくり出来るようになった事を感じた猫は、首筋を足でかいて毛並みを整える。
 この間の大地震では死にそうな目に合ったが、猫小屋で隠してある場所で起きたボヤを大声で鳴いて店に知らせた御礼にここで飼われる恩恵を噛み締めつつ、猫が小屋からのっそりと出てきた所に、人影が通りかかる。

「あら、あなた………」
「ナ〜」
(そう、よかったわね)

 前に見かけた、長い金髪の女性がこちらに微笑みかけると、再度心の中に優しげな声が響く。
 猫は首を傾げるが、女性は微笑みながら頭を撫でてくる。
 普段ならエサをくれるバイトの青年以外に手を出されたら即座に引っかく所だが、何故か女性にはそんな気が起きず、猫は黙って頭を撫でられていた。
 ふとそこで、女性の腕に幾つもの小さな花束がまとめて抱かれている事に猫は気付く。

(ねえ、あなたのお仲間で最近のロボット暴走事件に巻き込まれた子って、いる?)
「ナ〜……」
(そう、ありがと)

 野良で巻き込まれたというのは知らない、と思った猫に、心の中に響いてくる声は優しくお礼を述べる。
 女性は無数の花束を抱えなおしつつ、猫に手を振りながらその場を去っていった。


「え〜と、この先…」

 しばらく出動が立て続けに重なり、ようやく時間が取れるようになったマリーが、ある場所を訪れていた。
 弔事を示す看板や花輪が取り外されたばかりのそこに、小さな献花台が置かれている。
 表向きは何者かによるロボット内部に仕込まれたウイルスによる暴走テロとして公表された一連の事件、その被害者の慰霊に訪れたマリーは、献花台に花束を一つ、そっと置いた。

(ごめんなさい……でも、私には彼らを裁く事は出来ない………)

 静かに黙祷をしながら、マリーはあの地下での戦いを思い出す。
 黒幕の妖精達を逃がした件は、陸から僅かに叱責を受けたが、それ以上は咎められなかった。
 何よりも、妖精属の最高位の存在からの命令は、彼らにとって絶対逆らえる物で無い事を陸も理解していたからだった。

(罪を、力のみで裁いてはいけない………人間も、妖精も、変わる事が出来るはず……)

 自分の両親が信じた事を思いつつ、献花台に捧げられた花を見つめていたマリーだったが、ふとそこで変わった花が有る事に気付いた。
 やや日数が経ち、しおれかけた花束が多い中、まとめられずに数輪だけ備えられたその花は瑞々しい美しさを保っていた。
 そしてその隣に、手彫りと思われるケルト十字が備えられている。
 そのどちらにも力が込められている事、そしてそのような物を用意できるのがどんな者達か、マリーは全てを悟った。

「気付いて、償う気があるのなら……きっと変えられる。世界の有り様を………」

 小さく呟きながら、マリーは静かに祈り続けた…………



「失敗か………」

 炎にまかれ、崩落した工場跡の地下空間の一角に、一つの人影があった。

「やはり、妖精達に任せきりにしたのが問題か………」

 闇に閉ざされた地下空間においてなお、姿がはっきりとしない黒いロープ姿の人物がそう呟いた時だった。

「興味深い話だな」

 突然別の声が響く。
 ロープ姿の人影が思わず振り向くと、そこには錫杖戟を手にした威丈夫の姿が有った。

「守門……陸!」
「そろそろ来ると思ってた。もう少し遅かったら帰る所だったけどな」

 錫杖戟を振り、陸が人影へとゆっくりと歩み寄る。

「ふ、ふふ……知っているぞ。お前の魔力は、それ程高くない。一人で来たのは失敗だったな」
「そうか?」

 ロープ姿の人影が、片手を突き出しその手に嵌められた奇妙な色の宝石がはまった指輪が光を放つ。

「お前を倒せば、こちらの計画も…!?」

 言葉の途中で、ロープ姿の人影が口を詰まらせる。
 そして湿った音と共に、口から赤黒い液体が僅かに漏れ出す。

「き、貴様は………」

 ロープ姿の人影が、その場に立ちすくんだまま視線だけを後ろに向ける。
 いつの間にか己の背後に立ち、鏢の刃を喉の半ばまでめり込ませた蒼い右目の男の方へと。

「一人と言った覚えは無い。急所はずれている。さて、どうする?」

 陸の言葉に、ロープ姿の口元が僅かに歪む。
 その口から何か呪文のような物が漏れ始めた次の瞬間、鏢の刃が相手の喉を完全に貫いた。
 鮮血を口から溢れ出し、ロープ姿の人影が地面へと倒れ込む。
 すると、生命を失ったその体がまるで砂のように崩れていった。

「ちっ、生きてても口を割らないだろうと思ってたが、死んでも割る気はないみてえだな」
「明らかに自爆しようとしていた。あちこちにその手の術式を埋め込んでいたようだ」

 とっさの判断で発動前に相手を殺した人物、空がすでに原型すら分からなくなってきた相手を浄眼で見つめる。

「完全に自壊している………もはや何も分からない」
「いやいい。確認は取れた」
「それは?」

 メガネを掛けなおし、普段の温和な口調になった空が兄に問い掛ける。

「本格的に動き始めたんだよ。オレ達の敵が………」
「敵? それは………」
「恐らく、全ての始まりをもたらした連中。この世界をやばい方向に転がしたい馬鹿共がな」
「そんな人達が? そんな話は聞いた事が……」
「気付いている連中は、多分極僅かだ。だからこそ、アドルは造られた。そいつらに対するモデルケースとしてな」
「え………」
「他のスタッフにはまだ言うな。これから、本当の戦いが始まる事をな………」

 そう言いながら、陸の手は錫杖戟を強く握り締める。

(そうだ、これからが本当のな……)

 彼の心中の呟きの、真の意味を理解出来る者はその場には誰もいなかった……………







CASE3 COMPLETE





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