オーガゲート・キーパーズ

CASE4 SHOOTING



Ω NEW Stage



「おうし、そっち持ち上げろ〜!」
「土このくらいか?」
「残火処理終わってるな〜?」

 激戦の傷跡があちこちに刻まれた五宝島で、アドル、ダークバスターズ、捜査十課のメンバー総出で修復作業が行われていた。

「面子が多いと、こういう時楽だな」
「ここまで大々的に能力使用で作業出来る所も早々無いだろうがな」

 どこから調達したのか、安全第一と書かれた工事用ヘルメットを被った尚継と陸があれこれ指示を出しながら、使い魔や式神、土壌操作や植物急成長と言った常人なら目を疑うような復旧作業を見守っていた。

「元通りとはいかないけど、だいぶマシね」
「結界が持ちましたし、本殿はほとんど被害が無かったのが何よりでした」

 焼け焦げた土壌を数人の術者や精霊使いと共に整備し直し、そこに植えた種から苗木にまで急成長させていくマリーに、由奈は感心しながら作業を手伝っていた。

「そういや、イーシャさんは?」
「綾さんと千裕さんと一緒に、被害総額を算定するって言ってました。慰謝料も含めて全額払ってくれるそうですけど………」
「金だけはある連中みたいだから、せいぜいふんだくってやりなさい」
「それよりも、陰陽寮になんて説明すればいいか………」
「あの若様、絶対激怒するな………」
「話には聞いた事あるけど、大変な人みたいね………」

 由奈と尚継が二人揃って俯いて唸る中、マリーは噂程度に聞いていた陰陽寮の総領の事を思い出す。

「あの男、頭が切れる癖に固いからな………こちらからの相互協力要請、ことごとく突き返してきやがる」
「それならまだマシだな。こちらは直接怒鳴りこんでくる事がしょっちゅうだ」

 陸も首を傾げて唸る中、手に被害総額のリストを入力した端末を手に、イーシャがこちらへと歩いてくる。

「おう、弁償の目処は立ちそうかい?」
「想定よりは幾分安く上がるだろう。足らない分は私が自費で出してもいい」
「自費って、そっちそんなにお給料いいの?」
「こちらは金で寄せ集めた集団だからな、無駄に高給だ。それに祖父と私で開発した各種ソフトのパテントもある」
「うらやましい話だな、おい………」
「私はそう思いませんが」

 尚継とマリーがイーシャの話に顔を引きつらせる中、由奈は作業をしているウォリアー達を見回す。

「あなた方には、組織としてのまとまりが弱いように思えます。あの変異した火使いの方は極端としても、何人か問題を起こして前の組織を抜けた方もいるようですし」

 由奈の鋭い指摘に、聞こえたウォリアー達数人がこそこそと影に隠れていく。

「言うな、それは誰よりも認識している。おそらく私がいなかったら存続すら難しいだろう」
「そりゃ、金積めば人手は集まっても、指揮官がいなけりゃ意味ねえからな。もっともこっちは人手と資金両方不足してるが………」
「その件なんだが………」

 互いの組織の問題点を思案するイーシャと尚継だったが、そこで陸の口から驚くべき提案が出された………



「それでのう、我らが苦境に立たされた時じゃった。突然奥州に留まったはずの玻璃が現れての。それはすさまじい暴れっぷりで…」
「ふんふん、それでそれで」

 一人後片付けをサボり、巳津留の祠を訪れた瑠璃香は巳津留の昔話を熱心に聞きながら、一心にメモを取っていた。

「瑠璃香さん? 何をしてるんですか?」「うん? 用が済んだら来いって言われてたからよ」

 またしても祠が開いていた事に気づいた由奈が、瑠璃香の背後で顔だけは笑顔のまま、瑠璃香を睨みつける。

「だからここは伍色の人間以外は立ち入り禁止です!」
「いいじゃねえか別に」
「ここは五宝神社の奥社殿です! ダメな物はダメです!」
「よいではないか由奈、妾は構わんぞ」
「巳津留様まで………先程の御助成には感謝しますが、それとこれとは………」

 顔をしかめる由奈だったが、ふとそこで瑠璃香の手元のメモに目が行った。

「………なんですかそれは」
「見りゃわかんだろ、メモ取ってんだよ」
「絵ばかりですが………」
「ちょうどいいから、ネタに使おうと思ってよ」
「ネタ?」
「あ、あたい本職が漫画家だからな」
「よりにもよって巳津留様をマンガのネタにするつもりですか!」
「まんが? ああ絵物語の事じゃな。描くなら美形に頼むぞ」
「おう、任しとけ」
「瑠璃香さん!!」

 神聖で静謐なはずの祠から、由奈の怒号はしばらく止む事は無かった………



「ようし、これでフルチェック完了。糸も虫も付いてない」

 デュポンのブリッジで、イーシャの電子攻撃を食らった各サポートマシン及び全サポートAIのフルチェックを終えたレックスが大きく伸びをする。

「にしても、オレの防壁がこうもアッサリ食い破られるとはな。魔術的電子攻撃なんて想定してなかったし、帰ったら防壁再構築か?」

 一仕事終えたが、また別の仕事が増えてる事にレックスは頭を抱えたくなっていく。
 ふとそこで、通信回線がいつの間にか一本増えている事に気付く。

「言ってる端からこれか………」

 ついさっきまで異常がなかったはずなのに、レックスはため息を付きながら回線を開く。

『色々と手間を取らせてしまったな』
『そう思ってるなら、こういう事はしないで欲しいんですがね』

 予想通り、イーシャがこちらの暗号化通信回線をそのままコピーして繋げてきた事にレックスは顔をしかめつつ、応答する。

『いいシステムだ、防壁も申し分ない。正直な事を言えば、これだけの腕を持つシステムエンジニアが欲しくてな。給料は最低でも五割増を保証する。こちらに来ないか、《エンペラー》』
『こちらの回線を勝手に増やせるような人に言われてもね《マーティー・マスター》』

 互いにハッカー界では二大巨塔とも言われているハンドルネームを呼びながら、レックスは素早くイーシャからの回線をスキャン。
 回線の一部が、始終蠢くように変動してる事から、その回線その物がマーティーによる偽装と気付く。

『しばらく噂を聞かなかったが、まさかこんな事をしていたとはな』
『そちらこそ、ハンドルをそのまま使ってるとは………魔法を使うと言われたハックとクラックの正体はコレだったわけか………』
『手懐け方を構築するまでは相当苦労したがな。もっとも手の内を晒した以上、早晩には対処されるだろうが。正直な所、私並にシステム系をいじれる人間がこちらにはいない。セイントとして前線に出なければならない以上、分担出来る人間が欲しい』
『ハッキングしてのヘッドハンティングとは………あいにく、こちらも色々とあるんで。何より、ここが気に入ってる』
『そうか、それは残念だ。気が変わったらいつでも連絡をくれ』

 そのメッセージと共に、通信用アドレスだけ残して、イーシャが使用してた回線が突然崩壊、消失する。

「………帰ってからじゃなく、今からだな」

 通信だけでデータバンクまでは潜られなかったとはいえ、イーシャのハッキング技能に焦りを感じながら、レックスは即座にセキュリティの再構築作業を始める事にした。



「これで全部かな?」
「残ってたのこれで全部みたいッスね」

 バーニング・トリガーの襲撃で半ば壊滅した、ダークバスターズの指揮所だった工場跡地で、調査の名目で残ったケラウノス全てが運び込まれていた。

「こんだけ機械持ち込むって、アドルよか設備いいんじゃ?」
「兄さんだったらこんな無駄な大量生産しないと思いますよ」

 回収を命じられた敬一と空が、念のために残ったケラウノスを一個ずつ確認、場合によっては浄化の術式を施し、臨時設置された簡易溶鉱炉へと放り込んでいく。

「まったく、こんな欠陥品よこしやがって………」
「兄さんはヒューマンベース化したのはたまたまで、そうすぐには起きないはずだって言ってましたけど………」
「それって、すぐじゃなければ起きるって事じゃないんスか?」

 作業を手伝っている元陰陽寮のウォリアーがボヤくのを、空と敬一が微妙な顔をしながら作業を続ける。

「前は魔獣の制御に失敗して暴走したし、今度はこれだ。もうちょっと現場の身にもなってほしいぜ」
「何でもかんでも即実戦に投入してるんですか?」
「あぶねえ話だ………こっちよか金持ってそうなのに、なんでそんな危ない事ばっか」
「さあ?」
「簡単ですよ。イーシャさんみたいな実力者に頼らない戦力を欲しがってるんでしょう。アドルだって設立当初は色々ありましたし」
「そっちは実力者が最初から何人もいたろうが………」
「早々多かった訳でもありませんよ。ボクが入らなければ、バトルスタッフは徳治さんとオルセン神父だけでしたし」
「日本最強クラスがいきなり二人だけ、ね………」
「そういやこれ、一個くらい残しておかないんすかね?」
「原理は分かったから、兄さんは改良してみるとか言ってましたけど」
「………言って悪いが、あんたの兄貴ウチの上層部よかヤバくないか?」
「どんな物騒な物が出来るんだか………」

 そこはかとなく不安を感じつつ、残ったケラウノス全てが、簡易溶鉱炉へと放り込まれていく。

「そういやすっかり忘れてたが、オリジナルは?」
「話し合いの結果、五宝神社の奥社殿に封印する事になったそうです。そこは伍色の一族、あと瑠璃香さんしか入れないそうですし」
「さすがにそこまで手出す人はいないだろし」
「………五宝神社の奥社殿って、瀬戸内の鎮守がいるって噂聞いた事あるぞ」
「由奈さんのご先祖の蛇妖の方がいたって瑠璃香さん言ってましたね。ネタになりそうだから色々聞いてくるとかも言ってましたけど………」
「………アンタ達の組織って、怖い物知らずばっかだな」
「オレは入ってないよな?」

 とりあえず大元の原因は片付く中、ケラウノスは全て廃棄用インゴッドへとされていった。



「そういう訳なので、申し訳ありませんが預かってもらいたいのです」

 由奈はそう言いながら、巳津留へとトランクケースを渡す。

「騒がしいと思っておったが、それが大元か」

 受け取った巳津留は、無造作にトランクケースを開き、そこに収められている古びた火縄銃を見て顔をしかめる。

「これは、火蛇かづちではないか」
「知っておられるのですか!?」
「確かあれは伍色の三代目辺りじゃったか。ある鉄砲鍛冶が何をトチ狂ったか、真兼の陰陽鍛冶術を応用し、作り上げたのがコレじゃ。完成した時にはすでにその鉄砲鍛冶は狂っておっての。無差別に撃ちまくるのを三代目と当時の真兼から来た陰陽師とで封印した物じゃ。あまりに危険なので、存在すら秘密とされておったはずじゃが、まさかまだ残っておったとは………だからこうしろと言ったはずじゃのに」

 ぶつぶつと言いながら、巳津留はためらいもなくその妖銃、火蛇を真っ二つにへし折り、挙句に更に捻って丸めて己がいる小島の土へと穴を掘って埋める。

「あの、封印させてもらえれば………」
「また掘り出されてはかなわんじゃろ? こんな物はとっとと壊して埋めてしまうのが一番じゃ。陰陽寮に何か言われたら、妾が厳重に封じたと言っておけ。どうせ覚えておらん」
「そうするのが一番でしょうか………」

 あれだけ揉めた代物をアッサリ壊された事は自分の胸の内だけに閉まっておく事を、由奈は決意していた。



『なんとか話はついたよ、かなり無茶をしたが』
「こちらは被害者です。もっとも、正式の謝罪は無理でしょうが………」

 デュポンのブリッジ内の通信で、疲れた顔をした月城課長からの連絡に綾も険しい顔をして考えこむ。

「互いに事件を表沙汰に出来ない上に、向こうは金と権力には事欠かない。その両方でこちらの口を塞ぎに来るのは明白でしたが」
『どちらかと思えば、前者の方が露骨だったな。我々、というか伍色の当主を抱き込みたいというのが正直な所だろう』
「あちこちの実力者に粉掛けて袖にされまくってる模様ですし………エージェントが惨殺されたとの話も聞きました」
『………一体どんな人間にまで話を持っていった事やら。詳細は戻ってきてから詰める事にしよう。それと…』
「陸からの提案ですね」
『君は、どう思う?』
「………」

 月城課長からの質問に、綾はしばし黙考する。

「陰陽寮との事を考えると、一息に提案を飲むのは難しいと思われます。ですが、もし今回のような事態が再度起きた場合、対処できる態勢は整えなくてはなりません。あの男は性格と行動と法倫理に極めて問題性がありますが、信頼は出来る男ですから」
『………あえて聞いてなかったが、守門博士と昔何があったのかね?』
「色々と」

 綾の極めて判断に困る断言に、月城課長が首を傾げる。

『だがまあ、戦力の補充は私も前々から考えていた事だが、先立つ物が色々と乏しかったのも事実だ。君の意見としては賛成、という事でいいのかね?』
「はい。もっとも、私の仕事がかなり増えそうですが」
『………上にはこちらから話を通しておこう』

 明らかに綾の後半の語調が強くなるのを感じながら、月城課長は少しだけ頬を引きつらせつつ、通信を終えた。

「さて、準備が色々と必要だな。まずは検事局をどう騙すか………」
「騙すの前提なんですか………」

 そばで作業をしながら話を聞いていたレックスが、綾の陸に対する評価がかなりの酷評らしい事に頬を微かに引きつらせる。

「あの男の提案を飲むという事は、あの男の所業を私が合法的に判断し、上に報告しなくてはならない。類人猿に法を説くよりも難しいだろう」
「………まあ、陸さんのやらかす事を合法的にしろってのは確かに難しいでしょうが」

 何か異論を唱えたいが、まったく間違っていない綾の懸念にレックスは言葉を濁す。

「さて、あちらの方はどうするのか………」

 綾はちらりとデュポンのコンソールに表示されている外の映像、そこに写っているイーシャの姿を確認して呟く。



『同盟?』
『正確には相互協力体制の締結、と言った所だろう』

 脳内HiRAMユニットに併設された秘匿回線用通信ユニットで、本部にいる数少ない信頼出来るスタッフである整備主任の女性に連絡を取りながら、イーシャは陸から提案された事を伝えていた。

『そりゃ、守門博士とその一派と協力出来るいうんなら、願ったりかなったりやけど………』
『上は許可しないだろうな。相互の技術交換も内容に含まれている。今回の件で分かったが、チャクラ・ライン関係に関しては、一部こちらの方が技術的に上だ。上は独占を目論むだろう』
『ウォリアー何人死なせて得たデータやと思っとるんや………ウチかて、こんな事に詳しくなりとうはなかったんやけどな』
『言うな。恐らくだが、守門博士と杉本財団の技術力を持ってしても、私並の生体改造はまだ不可能だ。この事が上にバレたら、私を量産しようとしかねん』
『前に失敗して懲りてへんやろからな………セイントクラスのクローニングなんて、考えただけでゾっとするわ』
『上に秘密で、準備だけは進めたい。しばらくこの事は…』
『秘密にしたいんやから、このラインで通信してきたんやろが。あ、そういや、ユリの姉ちゃんに会うたんやろ? どないな感じや?』
『………こちらの内情がバレたら、殴り込みに来かねん人物だ。私にも止められる自信は全く無い』
『………ユリがこの世で唯一怖がるワケや。土御門の若様といい勝負か………』
『あれよりは話は通じる。やる事はもっと直接的だが』
『………諸々、秘密にしとくわ。所でユリの奴、まだ失踪しとるんやけど』
『私が帰れば出てくるだろう。こちらの処理が済んだら帰還する』
『早よ帰ってきてくれや。ルイス一人に留守中仕切らせるのは危険過ぎるで………』
『分かっている。大急ぎで終わらせよう』

 秘匿回線を切ったイーシャは、そこでこちらをじっと見ている由奈と目が合った。

「何かしてらしたんですか? 目が泳いでましたが」
「さすがによく見てるな。少し本部と通信をな」
「体に色々機械を埋め込んでるとは聞いてましたが、通信機も入ってるんですか………」
「そちらから見れば奇異に見えるかもしれないが、これが私のスタイルだ。他の術者が霊的な訓練や調整、場合によっては改造を行うのと少しばかり方向性が違うだけだと思っている」
「退魔師も機械仕掛けの時代、という訳ですか………」

 微妙な表情をする由奈だったが、イーシャはふとダークバスターズに入ったばかりの頃のユリに同じ顔をされた事を思い出す。

「事後処理はこちらで出来るだけしておこう。それともう一つ、組織同士でもめていられるのは今の内だけだろう」
「それは、どういう事ですか?」
「伍色の当主ともあろう人が気付いていないはずがない。ダークバスターズも、アドルも、捜査十課も、個々の組織で対処出来るレベルからもう直オーバーフローするという事を」
「! ウチは少人数なので仕方ないと思っていましたが、そちらも?」
「恐らくは日本の全ての退魔組織、あるいは海外のも似たような状況になっていくだろう。気付いている奴は他にも何人かいるはずだ。近い内に大きな動きがある。所属や家名にこだわっていられる時期はもう過ぎている」
「………少し考えておきます。そう簡単に割り切れる物ではありませんし」
「だろうな。だが、悩んでいられる時間は少ない。こちらもだがな」

 今まであえて口にしていなかった爆弾発言を由奈に掛けつつ、イーシャはその場を離れる。

(そう、今回の件で確信した。もう時間は無い。だが、どうやって全ての退魔組織をまとめればいい?)

 差し迫る限界と、その打開策を模索しつつ、イーシャは一人考え続けていた。



「それでは、世話になったな」
「いえ、古河さんこそお大事に」

 大まかな修復作業に目処が経ち、撤退準備を進めるダークバスターズの中、担架に乗せられた古河が礼を述べ、見送る敬一が少し複雑な顔で応じる。

「そう言えば、そはや丸を手にしたそうだな」
「ま、一応というか………オレにはまだ過ぎた代物すよ。親父みたいにはとても」
「そはや丸を扱うのみならず、剣神招来までやってのけたのだ。もっと自信を持つといい。君の技は、すでにどこに出しても恥ずかしくない、一流の物だ」
「アドルだとそう言われてもちょっと………」
「近い内に、また会う事になるかもしれん。話したい事が色々あるからな」

 死闘を繰り広げた相手に向けるとは思えない穏やかな顔をしながら、古河は迎えの大型ヘリへと搬送されていく。

「古河さん、どっか打ち所でも悪かったか?」

 やけにべた褒めされた事に首を傾げつつ、敬一は上昇するヘリへと向かって手を振った。
 古河の真意を知るのは、それからしばらく経ってからの事だった。


「それでは、色々と迷惑を掛けてすまなかった」
「半分は確かにそちらの責任だが、残る半分は完全に想定外の事例だ、気にしなくていい」
「まあ、変異する可能性のある武器なんて知ってたら誰も使わなかったでしょうし」
「帰ったら上司に言っとけ、コレ以上余計な揉め事増やすなってな。それと今度会う時は諍い無しにしといてくれ、多分そんな遠い事じゃないしな」
「なるほど、それがカンと読んでる能力か?こちらの言う事聞いてくれる上層部ならどれだけ楽か………」

 頭を下げてからヘリに乗り込もうとするイーシャに、綾や由奈がなだめるが、尚継は渋い顔をしたまま見送ろうとした所でふとイーシャに駆け寄る。

「最後に、由奈の嬢ちゃんへの隠し事も程々にな」
「何の事かな」
「ま、そういう事にしとくぁ」

 尚継の警告にとぼけながらイーシャが乗り込むと、ヘリはその場から飛び立っていく。

「で、どうする? 塩でも巻いとくか?」
「今はやめておきましょう。問題のある組織ではありますが、あの人はそう悪い人という訳でもないようですし」
「無茶苦茶強かったですよね〜、由奈さんとどっちが強いんでしょうか?」
「どうでしょうか? そう言えば手合わせせず終いでした」
「したら洒落にならんだろ、あのメガネの兄ちゃんみたいに」
「性格は全く違うが、変な所だけ似てるな、あの兄弟は………」
「そんな事言われたのは初めてですね」

 綾がぼそりと呟いた所で、いきなり背後から空の声が聞こえて全員驚いてそちらに振り向く。

「あ、こちらももうそろそろ撤収します。色々迷惑かけてしまい、すいませんでした」
「いや、そっちは連絡の行き違いもあったしな」
「まさか別シティの組織が二つも干渉してくるなんて、こっちでも想定してなかったし」
「上の報告が少し面倒だが………そう言えば陸はどうした?」
「そちらの課長さんとずっと通信で話し込んでます。それとこれを」

 空がそう言いながら、大きなトランクケースを地面に置く。
 パスコードを入力して開くと、そこにはアドルで使われている各種装備が収められていた。

「こちらで使ってる標準装備の予備です。兄さんが手土産として置いてけと言うので」
「こっちの警棒みたいなのはともかく、この妙な拳銃なんかウチで使用許可出るのか?」
「むしろ都合がいい。新装備の試験運用という事で通そう。念のため聞くが、無駄に破壊力があるような物は入ってないだろうな」
「え〜と、これですかね?」

 おもいっきり訝しげな綾からの問に、空はトランクの中から一枚のデータディスクを取り出す。

「それは?」
「こちらで使ってる人工衛星のパスコードと使用プログラムだそうです。限定的使用だそうですけど、有事に備えて衛星砲の発射プログラムも入って…」
「却下だ」

 さらりと危険過ぎるブツを渡そうとした空に、綾は一言で断る。

「衛星砲って………あの?」
「詳しくは兄さんにでも聞いてもらわないと、ボクにはさっぱり………」
「捜査十課は一応警察組織だ、無差別破壊兵器は使えないとあの男に言っておけ」

 綾があからさまに激怒しながらデータディスクを突き返そうとするが、それを横手から取り上げた者がいた。

「一応取っておいてくれ。今後、似たような事件が起きた時、対処出来る人員がいるとは限らん。それに、お前たちなら扱いを間違える事は無いだろう」
「議会に説明しなければならないのはこの私だぞ、そんな物の使用をどう法的解釈しろと言うのだ。こちらにはお前らのような超法規的権限は無い。私の現場判断で場合によっては彼らを止めなければならないんだぞ」

 取り上げた人物、陸がそう言いながら敦へとデータディスクを渡そうとするが、綾は陸を睨みつけながら怒鳴りつける。

「前例が無いので前例の無い対処をしたとでも言っておけ。もしくは死にかけの敵を議会にでも持っていけ」
「それこそ出来るか! 議会にも民営警察にもNシティの息のかかった者達は大勢いる! 慎重に判断せねば捜査十課の存在その物が怪しくなる」
「兄さん、前にそれやって大問題になったような………封印が解けそうになって議員が何人か殺されそうになったし」
「今更言うのもアレだが、あんた頭大丈夫か?」
「頭がマトモな人間がこんな事してるわけがないだろう。こちらから見れば、超自然犯罪を法的判断して対処する方がマトモとは思えんがな」
「そんな事は承知している。だが、こういう体制にしなくてはそもそも捜査十課は設立できなかった。専属調査官の存在はその最たる物だ」
「元企業顧問弁護士目指していた人間が、そんな面倒な立場にいるとはな」
「誰のせいだと思っている! こちらの価値観を根底から覆してくれたのは陸、貴方でしょうが」
「え〜と………」
「綾さん?」

 何か途中から痴話喧嘩のようになっていき、普段綾が滅多に見せない感情的な言動に他の捜査十課のメンバー達が思わず顔を引き攣らせる。

「それはともかく、衛星の使用に関しては冗談で言ってるわけじゃない。そちらの課長とは相互協力体制の話が付いた。これはこちらのデータバンクへのアクセスコードも入っている」
「協力、か。どう見ても組織的には資金、技術、人材共にそちらが上だ。こちらは何を提供すればいい?」
「簡単だ。捜査十課、ひいては伍色家の当主がこちらに協力している。その事実が欲しい。今帰った連中程じゃないが、こちらも古参組織とは良好な関係とは言いかねる。そこへのバイパス役を頼みたい」
「つまり、私に陰陽寮や神宮寮への橋渡しをしてほしいと?」

 由奈がいささか不審な顔で陸の話を聞くが、陸は小さく首を横に降る。

「明確な交渉を頼む訳じゃない。瀬戸内の伍色は国内では有数の退魔師だ。それが協力しているとなれば、少しは心象が変わる」
「星哉様が納得するかは不明ですが………」
「さすがに土御門の当主も、御神渡に続いて伍色まで脱退させはしないだろう。未だにレンに何度も復帰願いが来てるらしい状態ではな」
「レン、FBIのブラック・サムライか。噂には聞いた事あるが、さすがに陰陽寮復帰は無理じゃねえか?」

 尚継が警察業界では有名な名前に、首を傾げるが、陸は構わず続ける。

「後日、送れる物は送付する。どうこう言わず受け取っておけ」
「昔もそう言って妙な物ばかり渡してくれたな。今何かと役に立っているのが腹立たしいが」

 綾が陸の所を思いっきり睨みつけるが、陸は平然としていた。

「まずバックアップの機動隊用の装備を見繕っておく。何か注文があったら連絡してくれ」
「軍隊顔負けの装備になるような気がするんですけど………」
「安心しろ、軍隊なんかじゃ扱えないような物を準備する」
「もっとダメだろ」
「ま、期待しててくれ」
「誰がするか!」
「それじゃあ、また」

 綾から怒声を浴びながら、守門兄弟が発進準備を進めるデュポンへと向う。

「待って〜。あ、今度はもうちょっとゆっくり来ますから!」

 その後をマリーが手に大荷物(※中身は五宝神社の恋愛成就お守り)を持って捜査十課メンバーに頭を下げてからデュポンへと乗り込んでいく。

「あの〜、瑠璃香さんまだ来てないんですけど」
「ひょっとしてまた巳津留様の所に…」
「なかなか面白いネタが溜まったぜ」

 搭乗口から左右を見回す敬一に、由奈が祠の方を見ようとした所で、瑠璃香が悠々と姿を表す。

「本当にマンガのネタにするつもりですか?」
「ちゃんとフェイクは入れるって。それとこいつは何かと騒がした詫びって事で」

 そう言いながら、瑠璃香が何枚かの画用紙を由奈へと渡してくる。
 何かと思って見てみると、そこには由奈の戦っていた時の姿が活き活きと描かれており、他のには同じく捜査十課のメンバーの姿や、美津留の姿までもが描かれていた。

「お、なかなか美形に描けてるな」
「まさか彼女にこんな特技があるとは………」
「あ、本業漫画家って聞きましたけど」

 画用紙をめくっていく中、最後の一枚で由奈の手が止まる。

「これは!?」
「あ、そいつは勝手に描けたモンだ。なんでかって言われても分からねえから。近い内に現実になるかもしれねえって事だけ覚えててくれ。じゃ次は、決着つけようぜ」

 瑠璃香は笑いながら、デュポンへと乗り込んでいく。
 それを茫然と見送りながら、由奈は改めてその最後の一枚を見た。
 そこには、由奈と瑠璃香が会った事の無いはずの妹のユリが、共に戦っている姿が描き出されていた。

「近い内に、現実に?」

 由奈がその絵を凝視している間にデュポンは浮上し、光学迷彩を発動させて五宝島から飛び立っていく。

「行っちまったな」
「こちらも署に戻らないと」
「報告書が山と必要だな………」
「そうですね」

 静けさを取り戻した五宝島で、捜査十課の面々は口々に後処理を愚痴っていたが、そこに千裕が駆け寄ってくる。

「但馬さんが漁のついでに寄ってくれるそうです。港まで乗せてもいいそうですよ」
「そりゃ助かった。ふっ飛ばしたボートの代わりって妙な物大量に付いたボート置いてきやがったしな」
「機銃はさすがに外した方いいですよね………」
「他にも使用許可降りそうにない物が山と付いてるらしい。資金が有り余ってる連中は何やらかすか分からんな………」

 イーシャが置いていった、どう見ても軍用としか言い様が無いボートを思い出しつつ、皆が嘆息する中、ふと千裕が由奈の手にある画用紙に気付く。

「由奈さん、それは?」
「瑠璃香さんがお詫び代わりって置いていったんです」

 手渡された画用紙に、伍色姉妹の姿が描かれている事に千裕は少し驚き、そして微笑む。

「これは飾っておきましょう。虎郎様も里菜様も喜ぶでしょうし」
「近い内に現実になるかもしれない、と瑠璃香さんは言ってましたが………」

 故人である両親の霊前に飾る事を提案する千裕に由奈は少し考えこむが、そこでムクとモコの鳴き声が響いてくる。

「あら、但馬さんもう来たみたいです」
「じゃあ戻るとするか」
「それでは行ってきます。今日は遅くなるかもしれません」
「はい分かりました。お気をつけて」

 氏子の漁船に乗っていくのを見送った千裕の元に、ムクとモコが寄ってくる。

「さて、額は何か有ったかしら………」

 姉妹の絵を抱いた千裕が母屋に向かおうとした所で、ふと足が止まる。

「そう言えば、貴方達イーシャさんには全然吠えませんでしたね?」

 少しでも敵意を持った者には過敏に反応する霊犬達が、イーシャにだけは警戒していなかった事に千裕は首を傾げるが、まあいいかと判断して母屋に向う事にする。
 霊犬達のみが気付いていたある事実に、千裕と由奈が気付くのはそれから少し先の事だった。



「ただいま」

 一連の状況説明と損害の報告、その他諸々をなんとか一段落させたイーシャは、久しぶりに自宅へと戻ってくる。
 人気の無い室内を見回したイーシャが、何を思ったのか部屋を一つずつ順に見まわっていく。
 そして、バスルームに辿り着き、バスタブ内に水が張ったままなのを見ると、しばしそれを見つめてから呟いた。

「ユリ、全部終わったぞ」
「ぶはああぁぁ!」

 イーシャの一言に、先程まで何も無かったはずのバスタブの水の中から、長身の女性が突然湧き出してきた。

「あ、イーシャお帰り」
「………まさか、ずっと潜っていたのか?」

 全身ずぶ濡れで、額に隠行用の霊符を張っている同居人がのんきにイーシャの帰宅を迎えるが、今の今まで連絡がつかなかった理由を悟ったイーシャが呆れ顔で同居人を見た。

「いや、絶対ばれそうにない所が他に思いつかなくて………」
「だからと言って、何日も水中に潜っている事は無いだろう。そんなに姉が怖いのか? まあ、あの実力では無理も無いが………」
「や、やっぱり姉さんに会ってきたの?」

 そういうずぶ濡れの女性、ダークバスターズのセイントが一人、伍色 ユリが顔を引きつらせる。

「まあな。色々会って、一応共闘してきた」
「共闘? 姉さんが?」
「まずは謝っておこう。ユリの実家を大分壊してしまった。人的被害は無いが、ダイスが変異して大分周辺を荒らしてしまった」
「ダイスが? いつかはやるんじゃないかと思ってたけど、よりにもよって私の実家でなんて………姉さんに殺されたんじゃない?」
「それが、とてつもなく強力な変異体に変貌し、我々とSシティの捜査十課、そしてMシティのアドルと共闘という前例の無い戦力で対処せざるを得なくなったのだ………」
「姉さんとイーシャだけで対処できない? それって………」
「恐らく今後このような事が増える可能性もある。それでアドルの守門博士からの提案なのだが…」
「待って。どうせならご飯の後にしましょ、すぐに準備するから」

 話を遮り、バスタブから上がりながらユリは手早く体を拭いてキッチンへと向う。

(各退魔組織との連携体制の確立、か。一番の問題は、ユリをどうやって姉と和解させるかだな)

 実力的にも申し分無く、信頼している仲間でもある同居人が、唯一恐れている姉と会いたくないがためだけに、バスタブの中に何日も潜っているような状態をどうすればいいのか、イーシャは極めて深刻な難題に挑まざるをえなかった………



「オレの計算よりも、事態の悪化は早いようです。もう時間が無い」
「ふうむ………できればもう少し実績を重ねてからにしたかったのじゃが………」

 アドル本部、総帥室とプレートが付いたドアの奥にある部屋で、陸が一人の老僧、アドル総帥、遣雲和尚に今回の事件の全てと、今後予想されうる事を報告していた。

「伍色の当主、由奈殿は若いが、実力は申し分無い。それでも対処しきれぬ相手が、短時間で発生しうるか………」
「ケラウノスによる生体オーラの異常増加と強力な霊場である五宝島、この二つの条件がそろっていたとしても、これほど強力なヒューマンベースが発生する可能性は低い、というか低かった。今後、同様のケースがいつどこで発生しても、不思議とは思えない状態になったという事になります」
「まずい、まずいの………それは非常にまずいの〜………」

 深刻な表情をしていた老僧が、しばし唸った後、ある決断を下した。

「やはり、次の段階に入るしかなかろう」
「………可能ですか? 捜査十課とは正式な提携が結べましたが、ダークバスターズとはまだ機密討議段階です。他の組織に至っては………」
「しかたなかろう、時間が無いのは確かじゃからな。古参組織はワシが回ってどうにかしてみる」
「新参はオレが掛け合います。メーソンのルーフェ導師とレンの二人が声を掛ければアメリカ方面の組織も動かせるかもしれませんが………」
「早急に頼むぞ、ルーフェ導師辺りは同様の事を考えておるやもしれぬ」
「各スタッフにも、知己に声を掛けるように知らせておきます。それで、開催時期は?」
「………二ヶ月以内、最短でもそれ位はかかるじゃろ」
「ではすぐに」

 陸が一礼して、総帥室を去る。
 扉が閉まると、遣雲和尚は徐ろに墨と紙を用意し、ある書状を認め始める。
 冒頭には、こう書かれていた。

〈緊急世界宗教者平和会議開催と魔術組織間に置ける非干渉協定改定について〉

 世界中の退魔組織が、その活動を変更せざるを得ない事態への始まりが、その書状になる事は、誰も知る由が無かった………



数日後 京都 陰陽寮総本山

「よくも顔を出せた物だな」
「脱退した我々にお目通りしてくださり、誠に恐縮致します」

 年代を感じさせる、純和風造りの建物の奥の間、そこには対照的な二者が座っていた。
 一人は上座と思われる、まだ20代になったかどうかと思われる、淡い雌黄色(しおういろ)に染め上げられ、胸に五芒星の紋の入った小袖袴に身を包んだ男だった。
 見るからに不機嫌な表情の男を前に、数人の老若男女が頭を下げていた。
 全員が若い男と似たような、ただ色が違う装束、かつて陰陽寮に所属していた時の正規衣装に身を包んでいたが、その誰もが包帯や医療用パッチをどこかに当てており、男の目前で頭を下げている中年男性に至っては、明らかに顔色が悪かった。

「聞いてるぞ、霊道の要である五宝島で騒ぎを起こした挙句に、土地神の力まで使わせたそうだな。コレを鎮めるのに大哲が血相変えて五宝島に向ったままだ。被害者当人である伍色の提言が無ければ、この場で始末してしまいたい所だ」
「申し訳ありません宗主。弁解のしようもございません」

 吐き捨てるように言いながら見つめる男に、顔色の悪い男、古河はただただ頭を下げるだけだった。

「それで、今更何の用だ。これ以上、そちらの弁明を聞く気は毛頭無い」
「これを」

 古河は懐から一つの書状を取り出し、男へと差し出す。
 無言で書状を受け取った男は、その場で開封すると、中身を読み始める。
 程なくして、その顔に明らかに憤怒の表情を浮かべると、書状を古河の顔面へと叩き返した。

「ふざけるな! 今更こんな事を頼みに来たというのか!」
「お願い致します宗主!」
「ご配慮の程を!」
「星哉様!」

 激高した男、かの大陰陽師・安倍 晴明の直径の子孫にして、陰陽寮総領土御門家現当主、土御門 星哉に古河を中心として元陰陽寮、現ダークバスターズに所属する陰陽師達が一斉にかつての上司へと向かって必死に嘆願する。

「あの男も、こいつも陰陽寮を捨てたのだ! 今更認められるか!」
「そこをどうか!」
「お前達も同様だ! とっとあの機械女の元へ帰れ!」

 星哉は聞く耳保たずと、嘆願する者達を睥睨する。
 彼らの足元に転がった書状には、ある文章が見えていた。

〈その実力を十二分と認めざるを得ず、御神渡 敬一を御神渡家次期当主として拝命の程を嘆願致します〉

「坊ちゃま」
「何だ桜!」

 取りすがってまで嘆願してくる者達を振り払おうとした星哉の元に、青藍色の装束に身を包んだ中年女性、土御門を筆頭とする陰陽寮五代宗家が一家、小玉家当主の小玉 桜が襖を開けて中を覗きこむ。

「お客様が参りました」
「今度は誰だ! それとこいつらを追い出せ!」
「桜様! 貴方様からもどうかご進言を!」

 怒鳴り散らす星哉を差し置き、嘆願していた陰陽師の一人が書状を桜へと手渡す。

「貴様、何を勝手に!」
「あれこれは………ひょっとしてその傷、敬一君に?」
「はい。すでに我々では、相手にならぬ程の力を身につけておりました。だからお願い致します! 彼をなにとぞ御神渡の当主に!」
「どうか、平に平にお願い致します!」
「くどい! とっとと帰れ!」

 皆が嘆願する中、古河に至ってはとうとう土下座までしだし、星哉は激高して怒鳴り散らし、桜は少し困った顔で両者を見る。

「星哉様、とにかくお客様を待たせてますので、そちらからお話を聞かれては?」
「だから誰だ!」
「遣雲元大僧正です」
「何?」
「おお、あの方が陰陽寮に…」

 予想外の名前に、星哉が僅かに顔を歪め、嘆願していた陰陽師達は、現在敬一の上司にあたる人物にして、陰陽寮にも少なからぬ影響を持つ人物の来訪に喜色を浮かべる。

「追い返せ、と言いたいが、あの方相手にそれは無理か………」
「何か大事な話があるそうです。ここは私に任せて、ご面会を」
「………分かった。戻ってくるまでにそいつらを追い出しておけ」

 不機嫌を滲ませる足音を立てながら、襖を勢い良く閉めて星哉がその場を後にする。

「遣雲大僧正は、一体何のために?」
「さあ? ただ、多分何か大きな事が起こるかもしれないわ。だから、これは私が預かっておきます。千早さんと大哲さんにもそれとなく話しておきますから」
「何卒お願いします!」

 嘆願の書状を懐に仕舞い、そう言いながら微笑む桜に、古河は再度頭を下げ、他の陰陽師達もそれに続く。

「後の事は私に任せて、貴方達は養生しておきなさい。そちらはお給料だけはいいって聞いてるし」
「殉職したらどうなるかは不明ですがね………」

 ぽつりと危険な事を陰陽師の一人が呟きつつ、皆が再度桜に頭を下げながらその場を辞していく。

「さて、大哲さんは賛成してくれるかもしれないけれど、千早さんは完全に坊ちゃま側だし………どうしたらいいのでしょう?」

 頭を捻りつつ、桜はその場で考えこんでいたが、結論はそう簡単に出そうもなかった。


「お待たせしまし…た………」

 遣雲和尚を待たせている部屋に足を踏み入れた星哉は、そこにもう一人の人物がいる事に気付いて絶句した。

「こちらこそ、突然の来訪ですまぬの」
「遅かったですね。随分と騒いでいたようですが」
「姫………なぜここに………」

 老僧と対峙している人物、古代の神官を思わせる白い着物を着込んだどう見ても10代前半位の少女の姿に、星哉は絶句しそうになる。

「遣雲殿は貴方と私に用があったのです。だから赴いたまでの事」
「しかし………」

 外見に似合わぬ、落ち着き払った少女の言葉に、星哉はただ恐縮する。

「まずは座られよ。そしてこれを読んでもらえぬか」
「まずは目を通す事です。私はもう読ませていただきました。話はそれからです」
「は………」

 陰陽寮で最高の地位にいるはずの星哉が、少女に頭を下げつつ、渡された書状を読み進めていく。
 その顔が徐々に険しくなっていくが、ただ静かにこちらを見つめる少女を前に、黙って最後まで読むと、その書状を畳む。

「これは、本気なのですか」
「本気でなければ、こんな事せぬよ。ましてや、阿倍ノ御門姫に直接謁見など冗談でやれまい」
「しかし、このような………」
「星哉、分かっているはずです。すでに星の並びは、我々の力だけでは御しきれぬ事態になりつつあると」
「姫は、これに賛同すると?」
「貴方はどうするのです? 今の陰陽寮の総領は貴方なのです。私はただ助言するのみ」
「……………」

 少女の凛とした声は、助言と同時に決断を星哉へと迫る物だった。
 しばし無言で考え込んだ星哉だったが、おもむろに口を開いた。

「現状の正確な把握と詳細な解析は確かに必要でしょう。だが、他の者達も納得するかは…」
「ならば、私も遣雲殿と一緒に他の組織へと参りましょう。神宮寮の者達はこちらよりも融通が聞かないでしょうし」
「姫が御自ら!? ならば私も…」
「いえ、貴方は陰陽寮にて準備を進めて下さい」
「………分かりました。桜、桜すぐにこっちに来い! 大変な事になった!」

 慌てて桜を呼ぶ星哉の姿に、少女は袖で隠した口元で静かに笑う。

「出立の準備をいたしますので、お二方もしばしお待ちを。誰かお付の者も用意いたします」
「あら、お使いくらいは一人でも行けます。遣雲殿も一緒ですし」
「そういう訳には行きません! 桜、早くしろ!」

 狼狽する星哉に、少女はとうとう隠しきれなくなったのか、涼やかな声で笑い始める。

「ご助成、感謝いたします。安倍ノ御門姫」
「それは、無事終わってからにいたしましょう」

 遣雲が頭を下げる中、少女はにこやかに微笑む。
 陰陽寮でも下位の物には噂しか語られぬその少女、その実態は大陰陽師・安倍晴明の娘とも言われている実年齢不詳の陰陽寮影の宗主が、慌てふためく子孫を前に、動き出す。
 静かに、だが大きな流れが今起き始めていた………







CASE4 COMPLETE





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