オーガゲート・キーパーズ

CASE4 SHOOTING



φ Awkward Alliance



 眠っていた意識が覚醒を始める。
 まず感じたのは、緊急停止直後の非常用プログラムの実行状況の確認、意識を失う直前に確認した周辺の全データ、そして自分の状態の詳細データ。
 最後の項目と、現在走った自己診断プログラムのデータに差異が生じている事に疑問を感じながら、イーシャは目を開いた。

「あ、目が覚めましたか?」

 目を開けると同時に、そこにいる白衣姿の眼鏡を掛けた青年と視線が合う。
 自分が幾つもの医療機器が設置されている室内のベッドに横たわり、負傷箇所が治療されている事を認識した所で、その青年は少しばつの悪い顔をしながら、手にしたカルテをチェックしていた。

(あの指揮艦の中か。予想以上に高い技術で設計、製造されているようだ)
「一応出来うる限りの治療はしておきました。まあ、自分でそこまでやっておいて言うのも何ですけど………」

 現在の状況と室内の様子を観察していたイーシャは改めて相手の詳細データを観測、そしてそれが自分と死闘を繰り広げた霊幻道士だという結論に達する。

「そう言えば、ちゃんとした自己紹介がまだでしたね。守門 空です。よろしく」
「レティーシャ・小岩だ」

 にこやかに手を差し出してくる空に、イーシャは内心首を傾げつつも自分も自己紹介しつつその手を握り返す。
 データは一致しているが、そのあまりの雰囲気の違いに、イーシャは幾つかの可能性を脳内で上げていく。
 だがそれよりも先に、確認しておくべき事があった。

「今、私の部下達はどうなっている? あれから戦況は?」
「ああそれなら…」
「安心しろ、一応全員生きている。あのヒューマンベースが逃げた後で、もう誰もやりあう気も失せていたからな」

 質問の答えは、部屋に入ってきた別の人物の口からだった。

「兄さん、そっちは?」
「周辺の応急処置はなんとか終わった。一番てこずったのは爺さん婆さん達をなだめる事だったがな」
「損害賠償はこちらでしよう、守門博士」

 入ってきた人物、陸の説明に、イーシャは即座に対応する。

「正直、もう少しもめるかと思ったが、意外とそっちの連中が素直だったんで拍子抜けしたくらいだ」
「私が戦闘不能になったら、撤退もしくは降伏しろと命令しておいた。あなたなら無抵抗な人間を早々虐殺はしないと思ったからな」
「相手いかんだがな。話を聞くと、元からこの作戦は現場じゃ反対意見の方が多い。あの新兵器の威力に上が強行させたらしいな」
「ああ、私も運用試験もしてない新兵器の即実戦投入は反対したんだが」
「あれだけの威力ですからね。強気になるのも分からないでもないですけど………」
「発射時のオーラ集束率と使用者のオーラ使用率を計算してなかったな?」
「概算表はこちらでも出していた。だが…」
「連続使用時及び、周辺のオーラ状況による数値変動を考慮しておくべきだったな。あのヒューマンベース化した火使い、元から能力に不安定な暴走が有ったと聞いたぞ」
「そんな人を実戦に出してたんですか!?」
「攻撃力だけで言えば、チーム・シャーマン随一だったからな。そちらと違って、こちらは金で集められた寄せ集めに過ぎん」
「お前は少し違うようだがな」

 陸がイーシャのカルテ、正確には検査の時に判明した事に目を通していく。

「脳内にHiRAMユニット、眼球底部にレーザー投射システム、指にモーショントレース型入力デバイス、ついでに首にダイレクトコネクトポートか………ここまで改造いじってるクセに、能力その物に低下は見られない」
「ボクもびっくりしましたよ。体内機械だらけじゃないですか………どうやって術式発動してるんです?」
「私の電脳魔術サイバーマジックは電子プログラムを媒介にしている。君が体内外のオーラ、《気》を媒介として発動させるために鍛えているのと似たような物だ」
「ここまで電子機器埋め込めば、どこかで問題が発生するはずなんだがな。そっち方面はそちらが上か」
「色々あったんでな、ここまでの組織にするには。組織自体、そして私自身にも」
「少しは外の連中から聞いてる。正直、お前がいなければ運営もままならんだろうな」
「そんなにひどいんですか?」
「そちら程、人材に恵まれていないんでな」
「失礼します」

 断片的だが、ダークバスターズの実情に陸と空が顔をしかめている所で、ノックの音と共に大人しそうな少女が顔を見せる。

「由花さん、何かあったんですか?」
「あの、外でちょっと………」
「何か問題が起きたか」

 少女、由花が困った顔をしながらも報告しようとするのを、イーシャが先に問い返す。

「その、問題と言えば問題なんですが……」
「どこの奴がやらかした?」
「その、皆さんして………」
「見てきた方が早いか」

 陸からも問うが、どうにも要領を得ない由花の説明に陸が外へと向かおうとする。

「私も行こう」
「まだ安静にしていた方が…」
「DEBUG」

 ベッドから起き上がろうとしたイーシャを空が止めるが、イーシャはあるコマンドを実行、まだ塞がりきってなかった傷が半ば強制的に塞がっていく。

「治癒術式、というには随分と無茶な術ですね」
「普通に治す時の負荷の数倍が一瞬でかかる。安易に使える術ではないが、私が無事な姿を見せた方が問題は早く片付く」
「その通りだが、後で倒れるなよ」

 ベッドから平然と降り立つが、明らかに顔色が先程に比べると悪くなっているイーシャに陸は冷めた視線を向ける。

「空」
「分かってます。ちょっとじっとしてて下さい」

 兄の言わんとした事を察し、空は片手をイーシャの胸、ちょうど心臓の真上に置くと呼気を整え、ゆっくりと己の気をイーシャへと送り込んでいく。

「気孔術治療か」
「ええ、本来ボクの気孔術はこのための物ですから」
「空さんのはすごいよく効きますから、少し待っててください」
「由花、彼女の着替えを持ってきてくれ」
「分かりました」

 陸の指示で由花が着替えを取りに行った所で、イーシャが口を開く。

「彼女が、そちらの切り札か」

 その一言に、空の気配が変わる。
 空の顔から表情が消えた事にイーシャも気付くが、治療の手は休めていない事に警戒は僅かに留める。

「なぜそう思う?」
「あの指は技術者の物ではない、それに筋力的にもエージェントの類ではない。オーラ量的に能力者なのは確かだが、先程の戦闘には姿すら見せていない。何より、恐らくこの船には他組織との不必要なトラブル回避のため、戦闘要員以外は必要最低限しか乗り込んでいないのではないのか?
 だとしたらそれでも乗り込む程の力を持っている、そしてこちらの手を全て読む事を出来る能力者がいる事は推察済みだ。そして彼女はこれらの条件に当てはまる。違うか?」
「………そうだ、彼女は羽霧 由花、アドルのアビリティスタッフ、時空透視能力者だ」
「兄さん」
「大丈夫だ。これだけ切れる脳味噌持ってる奴が、オレ達の前でわざわざ余計なトラブルは起こさないだろう。それとヘッドハンティングは無理だろうから止めておけ」

 口調がやや冷たくなっている空に、陸は淡々と説明した。

「そうか、それだけのレアな力、欲しくないと言えばウソになるが」
「彼女は能力的にも精神的にもかなり不安定な要素が多い。アドルに入って多少安定はしてきたが、他所でやっていける程じゃあない」
「そのようだな、上には報告しないから、安心してその左手を離してほしいのだが」

 イーシャは治療を続ける空のもう片方の手が、白衣の下で何かの武器を掴んでいる事に気付いて両手を上げる。

「空、これ以上話をややこしくするな」
「……分かりました、兄さん」

 しばしの間を持って空が何かを掴んでいた手を離し、イーシャは小さく胸を撫で下ろす。

「着替え持ってきました」
「着替えを手伝ってやれ。彼女、空並に無茶やらかしてる」
「そうなんですか?」

 着替えを持ってきた由花と入れ替わるように、兄弟が室外へと出る。

「兄さん、本当に大丈夫なんですか?」
「本当に由花を手に入れたいなら、わざわざオレ達のいる前で口に出さんだろう」
「そうかもしれませんが………」
「それにあいつ、お前に相当警戒してるぞ。あれだけ派手にやれば当たり前かもしれんが」
「無駄なリスクは負わないタイプですか………」


「色々付いてるんですね、これ」
「そちらも似たような物を使ってるようだがな」

 用意した着替え、予めイーシャが準備していた予備を外にいるウォリアーから預かっていた物を見ながら由花が呟く。

「もっとも、これは半分以上自費で開発した物だ。私の戦闘技術は、術式から体術、装備にいたるまで自分で試行錯誤して構築した物だからな」
「はあ………」

 着替えを手伝いながら、由花の視線は抜けるように白いイーシャの肌、それで目立ちにくいがあちこちにある傷跡や手術痕、なにより首筋のプラグに向けられる。

「プラグナーを見るのは初めてか?」
「え、あ、すいません………」
「別に構わん、大抵見られるからな。今でも安全性の問題から、プラグナー手術を受ける者は稀だ。受ければ定期的に脳への影響チェックも必須となるし」
「大丈夫………なんですか?」
「幸か不幸か、私にはこの手術は上手くいったし、能力的にも極めて適合している。どんな力にもリスクが有るのは、君も知っていると思うが?」
「……そうですね」

 僅かに顔を暗くする由花に、イーシャは彼女の心の闇を垣間見た気がするが、それ以上は追求しなかった。

「拾われたのが彼らでよかったな。こちら側に拾われていたら、今頃どんな扱いをされていたか検討も付かん」
「そうなんですか?」
「こちらの侵攻パターンを透視したの君なのだろ? そんな便利な力を持っていたら、こちらの上層部は24時間フルタイムで使おうとするだろう」
「陸さんからは必要の無い限り使わないように、安定しないなら簡易封印を施すと言われてますけど」
「理解のある上司でよかったな」

 イーシャは思わず苦笑した所で、着替えを終えて各部装備をチェックする。

「念のため、私以外のダークバスターズに君の能力の事は口外しない方がいい。私もここだけの話に留めておく」
「分かりました」

 釘を刺しながら、イーシャは扉を開けて外で待っていた二人の前へと出た。


「待たせたな。さて、それでは行くか」
「それで何をしでかした事か………」

 着替えを終えたイーシャが由花を伴って出てくると、イーシャは陸と外に繋がるハッチへと向かい、空は由花と何かを話したかと思うと彼女を連れて別方向へと向かう

「……あれは恋人同士か?」
「まだ、と言った所か。由花はアドルに入る前は自分の能力を忌避していたし、空は自分が彼女をこの世界に引っ張り込んだと思っている。互いに妙な負い目を持っているような物だ」
「なるほどな………」

 イーシャが妙に納得した所で、陸が外へと繋がるハッチを操作して開ける。

「だあっはっはっは!」

 まず聞こえてきたのは誰かの大笑い、続けて周辺に漂う酒の臭気だった。

「………なるほど、これでは戦闘どころではないな」
「………オレが少し目を離した間に、何があった」

 そこで繰り広げられているのは、最早敵も味方も関係なしの大宴会だった。
 どこから持ち出したのか、大きな酒樽があちこちに置かれ、その中身を適当な杯で皆がすくい、あおっていく。

「だから、無理だって言ったのによ、上の連中は聞きやしねえ」
「あ〜、どこも上の奴は無茶しかいわねえよな」
「下や中間の言う事なんて聞いてくれないもんだ、どこでもな」
「なんと情けない連中じゃ! 伍色の代々の当主はその実力で、陰陽寮から独自裁量を認められておるぞ!」

 ダークバスターズのウォリアー、アドルのガーディアンスタッフ、捜査十課の面々に護氏子の老人達がそれぞれ適当に地べたに座り、赤ら顔で愚痴をこぼし合う。
 中にはちょっとだけ能力を暴走させたり、元の姿に戻ったりしてる者もいたが、誰もそれくらいは気にしないレベルにまで泥酔していた。

「あ、陸やっと来た………」
「マリー、何があった?」
「陸がデュポンに引っ込んだすぐ後、王がどこかから酒樽持ってきて、手打ちには酒だなんて言い始めて………」
「それに尚継さんも賛同して、気付いたらこんな状態で………」

 素面なマリーと敦の説明に、陸は僅かに顔をしかめる。

「あ、イーシャさんら」「怪我は大丈夫なんですか?」「変な改造されませんでした〜?」
「お〜、あんたもこっち来て飲めや」
「生憎、アルコールは好きではない。手打ちもいいが、飲みすぎないようにな」

 赤ら顔で話しかけてくる者達にイーシャも呆れ果て、すでに何人か潰れている惨状を見回す。

「………死傷者まみれよりはマシか」
「どうだろうな。そもそもこの酒樽はどこから?」
「それなら、氏子の方がやっている酒造会社から奉納された物ですよ。例年なら祭事の際に振舞う物なんですけどね」

 おつまみらしい惣菜を乗せた大皿を持ってきた千裕が、笑いながらすでに幾つか空になっている酒樽を見る。

「こちらで弁償しておく。王の給料から」
「それはねえぜ陸!」

 酒樽を持ち出した張本人の絶叫を無視して陸が総額の確認を取っていく。

「これ以上無駄な争いを避けるためというのならば、別に構いませんよ。それより、もう起きて大丈夫なんですか?」
「一応な。そちらの被害は?」
「木々が大分減りましたけど、家や社には被害は出ていませんし、怪我人も軽傷でした」
「すまなかった。あとで被害総額は弁償するので、算定しておいてほしい」

 一緒になって杯を重ねていたはず、だがまったく顔色の変化していない由奈がイーシャを見かけて声をかけてくるが、イーシャは平身低頭するしかなかった。
 ちなみに、何故か彼女の周囲に酔いつぶれた者達(全員男性)が何人か転がっており、由奈に次の杯を注いでいる護氏子達が身の程知らずが、などと呟いていた。

「それにしても、御神渡の息子がいるとは聞いてたが、あのオルセン神父の弟子やタイタニアの血族がいるなんてな〜」
「知ってたら手出さなかったろうに……」
「そもそも、御神渡の息子はボンクラなんて言った奴はどいつだよ? 元陰陽寮の連中一人で壊滅させたじゃねえか」

 酔ったウォリアー達が、あちこちでアドルの構成人員の質の高さを愚痴っていく。

「酔い覚まし持ってきました。欲しい人はこっちに来てくださ〜い」
「潰れてる奴に強引に飲ませておけ」
「そうね」

 空が由花と共に何か漢方薬臭の漂う紙コップを大量に持ってき、マリーがそれを手に潰れてる人間へと飲ませていく。

「つまり、あのエクソシストはかのオルセン神父の愛弟子、金髪の彼女はタイタイニアの血族、どこからそんな人員を……」

 ふとそこで、イーシャは酔い覚ましを配る空へと視線を向ける。

「それで、君は一体何者だ? あれ程の力、秘蔵で身につく者ではない。何者に師事された?」
「あ〜、それ言うとややこしくなるんですが………」
「構わんだろ、今更だ」
「兄さんがそう言うなら。ボクの師匠は道士青龍キンロンと呼ばれている人です」

 その一言に、そばにいたウォリアー数人の口から酒や酔い覚ましが盛大に噴き出される。

「ちょっとまてええぇぇぇ!」
「青龍って、《殺師・青龍》の事か!?」
「ええ、まあ………」
「じ、じゃあお前が、小龍シャオロン!?」
「修行時代はそう呼ばれてましたね」

 その名を聞いたウォリアー、特にかつてどこかの退魔組織に所属していた者達の顔色が一斉に青くなっていく。

「か、勝てるかああぁ!」
「よりにもよって、青龍の弟子がいるなんて聞いてないぞ!」

 大騒ぎするウォリアー達に、状況が飲み込めない者達が首を傾げる。

「空さんってそんなに有名だったんですか?」
「ボクじゃなくて師匠が有名なんですよ」
「青龍、どこかで聞いたような………」

 業界の事を全く知らない由花が首を傾げ、齧った程度の尚継が酔いの回った頭でなんとか思い出そうとする。

「殺師・青龍、香港のトップクラスダークハンターか………」
「お金さえもらえば人間でも化け物でも殺す、一部から相当嫌われている退魔師です。ただし、確かに腕は超一流と聞いています」
「つまり、相手構わずの殺し屋か………」
「そ、そんな人が空さんの師匠なんですか?」

 イーシャと由奈の説明に、なんとなく状況を飲み込めた尚継と由花が思わず空を見る。

「だが、同時に極めて偏屈かつ人間嫌いで依頼主が気に入らなければどんな高額でも仕事を請けず、場合によっては逆に依頼主を殺す事すらあるとも聞いている」
「確かにありましたね、そんな事………」
「正直な事を言えば、こちらのエージェントが一度スカウトのために接触を試みたのだが、死体になって発見されている」
「札束積むような事しませんでした? 師匠そういうの一番嫌うんですよ」
「どんな師匠の下で修行してたんだ、あんた………」
「いや、業界の噂だと、青龍が弟子取ったが数年でいなくなったので、死んだとか逃げたとかってのが通説だったんだが………」
「一応ちゃんと修行は終えましたけど。まあ色々あったのは事実ですが」

 空の語る過去と師匠の話に、先程までの酒宴の空気が一気に冷めていく。

「確かに、貴方があの殺師・青龍の弟子と名乗ったら、私は更に警戒していました」
「皆さんそう言うんですよね………だからあまり公言しない事にしてるんです」

 由奈がきっぱりと言い放ち、空は困った顔をしながらも潰れてる人間に酔い覚ましを渡していく。
 そんな時、陸の懐で小さな着信音が響き、陸が懐から携帯電話を取り出してそれを取る。

「……やっぱりか。被害は? 分かった、引き続き捜索態勢を維持」

 短い応対の後、陸の顔がやや険しくなり、イーシャへとある報告を告げた。

「悪い知らせだ。そちらのベースキャンプがあいつに襲撃された」
「! 被害は?」
「前以て避難させておいたから、人的被害は出てないが、予備のケラウノスは全て強奪されたと見ていい」
「避難させておいた?」
「お前を半殺しにした奴がそっちに向かっている可能性があると教えたら、蜘蛛の子散らすように逃げた。Nシティに帰るか、こっちに合流するようにと伝えてある」
「敵対してた組織に、随分と親切な対応だな」
「余計な被害は出したくない。それに、出している余裕も無いはずだ」
「………ああ」

 陸の言葉の意味する所、最近の更なる超自然犯罪の悪化に、内心思う所が有ったイーシャは静かに頷く。

「こちらではあれはヒューマンベースと呼んでるが、今までの幾つかの例で行動パターンは予想がつく。一度逃亡した場合、己の更なる強化を行う。たとえば、原因となった武器の補充、融合とかな」
「そのような行動はこちらでも確認している。だが、事前のチェックでは変異の予兆は確認されていなかったはずなんだが………」
「待ってください。変異の予兆なんて、どうやって調べるんです?」
「………あるんだな、変異時の詳細データが」

 空の発した疑問に、陸はある結論を導き出し、イーシャは無言で頷く。

「ま、待ってください! どうやってそんな物………」
「……ちょっと考えれば分かる。分からなければそのままにしといた方が精神衛生上いいだろうな」

 敦が慌て、そして陸の言葉の意味に気付いたアドルや十課のメンバー達の顔色が変わっていく。

「観察したんですね、これからヒューマンベースになろうとしていた人を」
「……私が知ったのは、秘密裏に行われていた変異実験の関係者が全滅、その後始末を押し付けられた後だったがな」
「なんて事を! 変異前だったら、止める事も出来たかもしれないのに!」
「止めときな。このサイバーな姉ちゃんはともかく、つまりこいつらはそういう組織って事だ。化け物退治を研究し、商売にしようとしてる。手段を選ばずな」
「ああ、その通りだ」

 あまりに非道な話に由奈が激昂するが、尚継がそれを制止、冷めた目でその場にいるダークバスターズのメンバー達を見回す。

「色々と迷惑を掛けたな。すぐにこの島から出て行こう。後始末はこちらで付ける」
「その状態でか? 相手は更に成長を続けている。次に出てきた時、どれだけの力を秘めているか、予想も出来ないような頭脳はしていないはずだ」
「だが、これ以上の干渉はそれぞれ問題が生じる可能性が高い。アドル、いや杉本財団はよくても、こちらのスポンサー、そして捜査十課の裏には陰陽寮がいる。双方、必要以上の干渉は嫌うからな。一応法律上の所有権はこちらにあるが、この事態が陰陽寮に伝わったら確実に大騒ぎするだろう」
「通信は使えるようになりましたけど、月城課長に少し待つように言われて、まだ陰陽寮には報告してません」
「あ〜、あの若様露骨にあんたら嫌ってるらしいからな」
「いや、こっちの方が嫌われてるんですよ。徳治さんを陰陽寮から脱退させたと思ってるみたいで………」
「今回の件、報告したら更に悪化しかねませんね」
「確かにそれはあるが、問題はそこじゃない」

 後ろであれこれ囁きあう面子を半ばスルーして、陸は周囲を見回す。

「ヒューマンベースのもう一つの特徴は、異常な固執性を持つ事にある。ここであれだけ痛い目にあった以上、奴は必ずここに来る。先程以上の力を持ってな」
「その前に、見つけて倒す」
「はっきり言おう。お前一人じゃ無理だ。そしてさっきの闘いを見る限り、そっちのウォリアーじゃあれには通じない。ついでにケラウノスはもう使うな、またヒューマンベースを量産しかねん」
「こちらにも切り札はある」
「お前の頭の中に封じられている奴か?」

 あくまで己達で戦おうとするイーシャだったが、陸の最後の一言に動きが止まる。

「そこまで調べられていたか」
「プロテクトがきつくて、それ以上は分からん。だが、脳内HiRAMユニットの中にお前が使うマーティーとは比べ物にならない、大容量の何かがあるのだけは分かった。それにお前が異常過ぎる程のシールとプロテクトをかけているのもな」
「文字通りの最後の切り札、とだけ言っておく」
「切り札、と言うよりも最後の手段だろう。制御できるかどうかも分からない程危険な。それ以外にその厳重さの説明がつかない」
「………何を封じているんです?」

 陸の予測が的を射ている事にイーシャは無言、だが危険という言葉に、由奈が厳しい顔でイーシャを見つめる。

「おいおい、何かは知らんが、そんな物こっちのシティで使ってほしくないモンだな」
「これ以上、被害は増やしたくないしね」

 尚継も顔をしかめ、マリーもため息をもらす。

「遅かれ早かれ、奴はここに来る。たまたま撤退が間に合わず、アドル、捜査十課と合同で対処、そういう事にしておいたらどうだ」
「………そうだな。それにこれ以上被害が広まれば、流石に隠し切れん」
「こっちはもっと派手にやった事もありますが、何とか隠せましたけど」
「あれって陸が手回したからでしょ」
「どこまで過激だ、あっちもそっちも………」
「ある意味、うらやましいですね」

 組織力の違いをそこはかとなく感じた尚継と淳がボヤく中、今まで姿を見せなかった綾が姿を見せた。

「陸、話はまとまったか? こちらはようやくシティ議会を納得させてきた」
「どこも議会の連中は対応遅いからな。逃げるのは早いが」
「今回の件、議会は不干渉で手を打った。向こうからの言い分を通した分、こちら側の行動にも関与しない。少なくても市街地と民間人に影響が出ない限り、どこからも文句は来ない」
「こちらの被害も無かった事、というわけか。虫のいい話だな」
「仕方ありませんよ、組織力が違い過ぎます………」
「金銭的及び人的被害ならこちらの方が上だろう。もっとも今そんな事を論じている暇は無いと思うが」
「確かに。私が出来る事はもう無い。いや、後始末が残っているか………」

 綾がまとめてきた司法取引を尚継や淳が愚痴るが、イーシャと綾が強引に中断させる。

「弁償その他は後回しだ。これからアドル、ダークバスターズ、捜査十課は共同戦線を展開。以後あのヒューマンベースを《バーニング・トリガー》と呼称、ウォリアーとガーディアンスタッフを中心に探索チームを編成、発見と被害の拡大阻止にあたらせ、発見と同時にトップクラスの戦闘力保持者を投入、バーニング・トリガーの殲滅を目標とする。質問は?」
「指揮権はどうなるんですか? そちらの指示に従うと色々と問題が…」
「月城課長がすでに本部に戻って手を回してくれている。あちらが撤退前に鉢合わせて、たまたま合同で対処したという事になるはずだ」
「問題は、いつ来るかですね………」
「そんなに遅くじゃないだろう。どれだけの得物を抱え込んだかによるが」
「もし、ダイス、いやバーニング・トリガーがベースキャンプにあった予備のケラウノスを含む装備を全部取り込んでいたとしたら………」



 コンテナだった残骸と、燃え盛る炎の中、異様な音が響いていた。
 金属がぶつかりあうような重い音に、肉がぶつかるような鈍い音が重なり、それだけなら何をしているか判断するのは不可能だったろう。
 だが、そこで起きている光景を見た者がいれば、確実に目を疑うだろう。
 そこにいたのは一人の男、かつてダイスという名のダークバスターズ、チーム・シャーマンの一人だった火使い、だったはずの存在だった。
 ダイスだった者は、破壊したコンテナから転がり出したケラウノスを掴み、握る。
 すると、その手にケラウノスが飲み込まれるように溶け込んでいき、先程の異様な音を立てていた。

「もっと、もっとだ………」

 ダイス、いやバーニング・トリガーは更に転がっていたケラウノス用の弾丸を別の手で掴むと、それをサプリでも煽るように口に突っ込み、嚥下する。

「ひ、ひはは………」

 己の中に新たな装備と弾薬を『装填』しながら、バーニング・トリガーはそれが己と一つになっていく違和感を半ば楽しみながら、次から次へと装填を続けていく。

「負けねえ、これなら、あの女共に………」

 己が完全に狂気と凶器だけの存在になっていきながらも、バーニング・トリガーはそれに愉悦を感じていた………



「なるほど、水沢が………」
「ええ、たまにですけど」

 デュポン艦内の一室、イーシャがいたのとはまた別の個室で、古河と敬一は互いの状況を長く話し合っていた。

「親父がいなくなってから、御神渡門派は大分弱体化したって聞いてましたけど、氷室さんや三滝さんが頑張って支えてるのか」
「氷室はまだ水沢が戻ってこないかと思ってるらしい。まあ多少意味が違うようだが」
「戻ってきたら陰陽寮より先に柳生家に捕まるっすね………」
「どちらかと言うと、そちらが狙いに思えたが」
「懲りない人だよな………」

 そこまで言った所で、古河は少し咳き込む。

「あ!?」
「問題ない」

 咳に僅かに血が混じったが、それが僅かに内臓への損傷があった影響である事、そしてすでに治療は済んでいる事に古河は慌てる敬一を制す。

「手当ては完璧だ。いい人材に恵まれて、うらやましい限りだな」
「結構スパルタっすけどね………お陰でまだバトルスタッフに正規昇格できなくて」
「もうそろそろだろう。今でも十分に通じる」
「普通の陰陽師としてなら、でしょうけどね」

 そう言いながら敬一は苦笑いし、古河も吊られて思わず笑う。

(そう、いい者達に鍛えられている。恐らく、宗主も水沢も抜けた今の御神渡門派では、彼をここまで鍛えられなかったかもしれん………他の誰でもない、才の無い未熟者はこちらだったわけか………)

 陰陽寮を脱退した事は、違う意味で間違いだったかもしれない、と古河は思ったが口には出さない。

「………そうだな、この事件が終わったら話したい事がある」
「陰陽寮に戻れってのは勘弁してください。オレ、昔から星哉とは反り合わないんで………」
「そう言えばそうだったな」
「お、ここか」

 そこへ瑠璃香がドアを開けて姿を見せた。

「あれ、何か…」

 ドアの方へと振り向いた敬一が、瑠璃香が半裸どころか全裸一歩手前の状態に頬が引き攣る。

「陸の奴が、あの火達磨がお礼参りに来るだろうから準備しとけだとさ」
「ありゃ相当ヤバイ奴に見えたような………まあヤバくないヒューマンベースなんていねえか」
「あたいはもう一眠りする。来たら起こせ」

 そう言いながら、生あくびを噛み殺しつつ瑠璃香が退去する。

「彼女、あのブレヴィック・オルセン神父の弟子と聞いたが」
「いや、アレでも戦闘力は相当で………オレより後に入ったのに、オレより先にバトルスタッフに合格してるし」
「色々な人間がいる物だな、アドルという組織は」
「シゴかれる相手には事欠かないというか……それじゃ、オレちょっと準備があるんで」
「……気をつけろ。ダイスは元々前線に出すのをためらうような危険な男だったが、変異した以上、何をしでかすか全く分からん」
「危なくない相手なんていないっすよ、この商売」
「それもそうだな」

 苦笑しながら部屋を出て行く敬一を見送った古河は、ベッドに深く身を沈めて黙考する。

(幾ら脱退した者達とはいえ、陰陽寮の正規の修行を受けた陰陽師達を一人で打ち破る、か。すでに彼は一流と言えるだけの力を身につけている………いや、我々では身につけさせられなかった、の間違いか………)

 過去と現在、そしてこれからを古河は黙考し続けていた………



「来ました………すごい姿………そして……」
「それ以上は来てからでいい。今晩か、意外と早かったな」

 由花の『見る』未来の光景が、専用の脳波観測バイザーを通じてデュポンのメインブリッジ内に映し出される。

「なるほど、これは便利だ」
「過去でも未来でも、あまり離れた時を見ようとすると彼女の負荷が大きくなるのが難点だがな」
「いいの? 部外者に見せて……」

 映し出された未来の光景をイーシャが興味深げに見つめる。
 陸が由花のライフデータを念のためチェックし、マリーがやや不審の目でイーシャを見つめていた。

「時間透視の正確性は?」
「かなり高い。ただ、稀に当人にも制御しきれず、無意識に見てしまう事も多い」
「アドルに入ってからは大分少なくなりましたけど………」
「その代わり無茶して倒れる事が増えてるじゃない。ダメよ、ほんと」
「彼女の件は上層部には絶対報告できんな。こんな能力者の存在が知れれば、何がなんでも手に入れようとするだろう」
「こっちと全面戦争したいならどうぞ。主に私と空で相手するから」
「安心しろ、下手したらトラブルの元にしかならない能力者なぞ、こちらから願い下げだ」
「企業が手に入れたら確かにそうなるわな」
「ウチでも競馬新聞や宝くじの当たり番号聞きに行くバカいるし」
「それくらいで済めばどれだけ気が楽か………」
『マスター、全システム調整終了』

 そこでイーシャの電子攻撃からようやく復帰した事をサポートAI『LINA』が報告してくる。

「これでようやくだ………また強烈だった………」
「取って置きのを使ったからな。これだけ短時間で復旧できるとは思わなかったが」

 復旧作業を行っていたレックスがコンソールに突っ伏し、イーシャが感心する。

「迎撃態勢をシミュレートする。サポートを」
「いいだろう」
「あの、大丈夫ですか?」
「使える奴は使う。さっきまで敵対してたとしてもな」
「話が早くていい、こちらの上層部とえらい違いだ」

 陸が脳波直結用のゴーグルを掛けながらコンソールから伸ばした二本のケーブルの片方を自分のゴーグルに、もう片方をイーシャに手渡し、イーシャがそれを首筋のプラグへと直結する。
 再度の電子攻撃の可能性にレックスが思わず口を挟むが、両者が笑ってそれを否定したかと思うと、すでに二人は電脳空間へとダイブしていた。
 殆ど間をおかず、コンソールに無数の迎撃パターンが表示されていく。

「すごい………ハイパースパコンで討議させてるみたいだ………」
「これ全部二人で考えているの? 陸もそうだけど、彼女もどういう脳味噌してるんだか?」
「頭の中に機械が入ってるとは聞いたんですけど………」

 無数の迎撃パターンが次々表示されていくのを、残った三人は半ば呆然と見ているしかなかった。



「勅!」

 呪符が発動し、神社の境内に結界が形成される。

「これだけ張れば、大丈夫でしょう」
「それでは皆さんこちらに」

 臨時のベースキャンプ兼待避所として用意された結界内に、ダークバスターズのウォリアー達が中心となって機材をセットしていく。

「あっちかそっちの大型艦を本部にした方いいじゃないのか?」
「デュポンはこっちで使ってますし、タイタンは直前で退避用に使うそうですから。それにさすがに兄さんもそこまで気前はよくないですよ」
「そうか………」

 尚継が現状で分かっているケラウノスのデータに目を通しながらアドルの二大艦を指差すが、空は首を振ってそれを否定。

「そう言えば一つ聞きたいんですけど、あそこには何があるんです?」

 空が社殿の更に後ろ、注連縄が厳重に張られ、厳重に戸が締められている洞窟を指差す。

「オレもよく知らん。ここのご神体が居るって話だが………」
「すごい気を感じるんですよね。一体………」
「ああ、それはそうですよ。何でも伍色家の初代が眠っているそうですから」
「初代?」

 炊き出しのおにぎりを配りながら、千裕が説明する。

「伍色家直系の人間しか入ってはいけないとかで、今入れるのは由奈さんと妹さんのユリさんだけなんですけど」
「まさか即身仏でも飾ってるとか………」
「いいえ、生きてますよ」

 空が封印されている扉を凝視していると、そこへありったけの霊符を用意している由奈が訂正する。

「生きてると言いますと?」
「そこに眠られているのは、この五宝神社に祭られている蛇神、《巳津留みつる》様で、伍色家のご先祖に当たる方なのです」
「つまり、そういう血を引いている家系なんですか………」
「いえ、他にも色々と。三〜四代に一代は異族の血が入っているんです。確か鬼と天狗と木霊と…」
「………いや、それ以上は結構です」
「………そんなに混じってるなんてオレも初めて聞いたぞ」

 とんでもないハイブリッドな家系に、空だけでなく尚継も少し顔を引き攣らせ、そばにいたウォリアー達もひそひそと耳打ちしあう。

「何でも、代々恋愛結婚だけっていうすごい一途な一族なんだそうですよ。なんなら恋愛成就のお守りでも買っていきます?」
「効果はありそうですね」
「相手が人間以外の可能性もあるって事を考えなければな」

 話はそこで中断し、皆が黙々と作業に取り掛かる。
 なお、後でその話を聞いたマリーがごっそりとお守りを買っていたという話に、空と尚継は顔を見合わせる事になった。



「……この先か」
「間違いない、どうする?」
「必要の無い交戦は避けろとの命令だ。まずは周辺住民の退避を……」

 アドルのガーディアンスタッフとダークバスターズのウォリアーで構成された、臨時の探索チームがバーニング・トリガーの居場所を突き止め、周辺の包囲を始めていた。
 だが直後、潜伏していると思われる倉庫の壁面の一つが、大きく吹き飛んだ。

「な………」
「マジか!?」

 内部から大砲でもぶっ放したかのような破壊に、探索チーム全員が絶句。
 そして、その中にいる影に全員の視線が集中する。

「よお………出迎えに来てくれたのか?」

 そこに、更なる異形と化したバーニング・トリガーの姿が合った。
 体はまるで炎の塊のように燃え盛り、右腕はさらに禍々しい形の砲身となっている。
 のみならず、炎の下に僅かに見える体からは無数の銃口がハリネズミのように生え、幾つかからは硝煙が漂っていた。

「ダイス………なんて姿に………」
「あのハリネズミ、本物か?」
「さあ、どう思う?」

 かつての仲間の変わり果て過ぎた姿にウォリアー達は絶句し、物騒すぎる姿にガーディアンスタッフの一人が思わず呟いたのを、バーニング・トリガーは顔、炎を燃した面のような形、しかも右目すら銃口に変わっているそれが歪んで笑みを造る。
 直後、全身の銃口が一斉に発砲、倉庫がその一斉発射に耐え切れず、残っていた壁のみに限らず、柱や屋根を残さず破壊し尽くし、地面をえぐりながらも包囲していた者達へと迫ってくる。

「うわあ!」
「冗談じゃねえぞ!」

 なんとか防御や回避で皆が凌ぐが、衝撃波が吹き抜けた後には、文字通りの焼け野原が広がっていた。

「こちら探索チームアルファ! 目標を発見も、予想以上の成長! とても対処できません!」
『周辺への被害を抑える事を最優先。交戦は不許可』
「うおい陸! オレは逃げるぞ!」
『遅滞戦闘で頼む。そのために一際頑丈な連中で構成しといたんだからな』

 それぞれがそれぞれの上司に支持を仰ぐ中、バーニング・トリガーが銃腕をこちらへと向けてくる。

「防御術式を展開! 作戦区域へと誘導するぞ!」
「結界を形成! 一般人を近寄らせるな!」
「陸の野郎、後でボーナスふんだくってやる!」
「焼死体にならなかったらの話だがな」
「行くぞ!」

 ウォリアー達が術式の詠唱を開始し、ガーディアンスタッフ達が己の本来の姿へと変身しながら襲い掛かる。
 倉庫街を壊滅させる事となるこの戦闘ですら、この後の闘いの序章にしか過ぎなかった………








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