戦闘から5時間後 Nシティ スクエア・カンパニー系列総合病院内 「内部ルートバイパス五箇所に損傷、どれも過負荷による焼きつきやから交換しておいたで。脳内HiRAMユニットは多少ヒート気味やったが、チェックでは問題ナシ。傷も後遺症が残る程深いモンはなかったそうや」 「そうか」 病室のベッド上で精密検査(主に体内電子化部の総チェック)の内容を勝美から聞き終えたイーシャが、予想以上にダメージが少ない事に安堵した。 「とにかく、傷が治るまでは養生しぃや。こっちはなんとかやっとくで」 「勝也はどうしてる?」 「全てにケリ付いた言うのを、殴って改めさせといた。イーシャの内部ユニットの調整任せられるんはあいつしかおらへんしな」 「間違っても自殺なぞさせるなよ。代わりは見つかりそうにないからな」 「分かっとるわ。まあ、陰陽寮の若様が殺しにこなければいいんやけど………」 「安心しろ、逆恨みで殺す程愚かじゃない」 突然聞こえた星哉の声に、思わず肩が跳ね上がった勝美がゆっくり後ろを振り返る。 「き、傷はもういいんか?」 「まあな」 「……陽神(ようしん)で言っても説得力が無いと思うのだが」 イーシャがそこにいる星哉が魔術的分身だという事を見抜く。 精神その物を投影している星哉の陽神が、それがどうしたと言わんばかりに鼻を鳴らす。 「不用意に治療ついでに妙な物を埋め込まれても困るんでな。後処置は全てそちらに一任する」 「了解した」 「あと、一応片はついたからあの男に関しては不問にする。勝手に首など吊るなと言っておけ」 「……いいんか?」 「二言はない」 それだけ言うと、星哉の陽神は陽炎のように掻き消える。 「……どうしたんやろ、急に……………」 「さてな、全てが終わって頭でも冷えたんだろ」 星哉の急な態度の変化に、二人は首を傾げる。 「あ、そういえば現場の鑑識結果で出とったんや」 「データを」 「ん」 勝美の携帯多機能端末から伸ばしたコードを首筋のコネクタに繋いだイーシャが、相当量に及ぶ鑑識結果を脳内で解析していく。 「妙な話や。マグマは戦闘区域からは全く流出しとらへんし、マグマが触れたはずの建物には延焼、融解の痕跡すらあらんかったそうや」 「ウォリアークラスに出来る芸当じゃないな。彼らの仕業か?」 「多分な。あれ、やっぱ“A”の連中か?」 「星哉は“アドル”、と読んでいたが」 「アドル………組織名か、それともメンバー名か?」 「恐らくは組織名だろう。そちらは何も聞いてないか?」 「何も聞いとらへん。何もな」 ため息一つつきつつ、勝美が手元の端末を操作する。 端末から、イーシャの脳内に直に入力内容が送信される。 《今回の件、守門博士が協力してくれはった。彼らも博士がよこしてくれたそうや》 《詳細は聞いていない、という事か》 《そうや》 外部に悟られないため、双方からのデータ出力で会話する二人の背後で、ノックと共に病室の自動ドアが開く。 「容態はどうだ?」 「あんた、出歩いて大丈夫なんか?」 予備に着替えたのか、損傷の無い(変わりばえもないが)黒装束姿のレンがお見舞いと書かれたノシの付いた果物籠をイーシャの枕元に置く。 「……全治二ヶ月と聞いたが」 「普通の人間ならばな。気の充足と治癒術の使用でそれ程はかからない」 「一番重傷だった人間が何言っとるんやか………」 裾の合間から包帯が見えるレンは、見た目上は平然としている。 「あなたのお陰で皆軽症で済んだ。礼を言う」 「頼まれた分と、陰陽寮にいた時世話になった分だ。それ以上したつもりはない」 見舞いの一番上にあったリンゴを手にとって齧りつつ、レンは無愛想に言い放つ。 「そういえば、あとの二人は?姿が見当たらないんだが」 「ルイスはいつも必要な時しかおらへんし、ユリは自宅で冬眠中や」 「……休眠が必要な能力者か、難儀だな」 「ここしばらくはそれ程消耗した事は無かったのだがな」 「どこも人材不足は深刻のようだな。オレも早く戻らないと課長に……」 「早く戻るって、いつの事かしら?」 リンゴを齧っていたレンの手が止まる。その目がゆっくりと後ろに向き、そこに立っている金髪で眼鏡をかけた中年女医の引きつった笑顔を映し出す。 「あ」 「あ、じゃないでしょう?絶対安静ってさっき言わなかったかしら?」 「傷は治癒符でふさいでいるから、開く事は…」 「そうじゃないでしょう!まったく、あんたって子は!!」 「……すまないが、現場処理は任せる」 首根っこを捕まれ、そのまま中年女医に引きずられるように、レンが自分の病室へと連れ戻されていく。 「あの女医、彼の知り合いか?」 「あ、聞いとらんかった?水沢はんのおふくろさんや。桜はんが連絡入れたらしくて、駆けつけてきて息子をベッドに縛り上げたらしいで」 「随分と過激な親子だな」 「かなり手馴れてたって勝也が言っとった。家にもそういうのが一人くらいほしいとこやな」 「頼んでみたらどうだ?勝也一人じゃ手が足らないだろうしな」 「もう断られたとこや。怪我人の世話は死んだ旦那と息子でもう飽きとるそうや」 「………直系遺伝しているようだな」 見舞いの籠をベッド脇のデスクに仕舞おうとした勝美が、ふと果物の下から梱包材と違う何かが覗いているのに気付いた。 「?」 何気にそれを引き抜く。 それは、一枚の鷲の羽根だった。 「何やろ、コレ?」 持ち上げた羽根の下に封筒があるのに気付いた勝美がそれを手に取る。 封筒には宛名がなく、裏には“M”とだけ書かれていた。 「!これ!」 「………」 無言で封筒を受け取ったイーシャがそれを開く。 中からはなんの変哲も無い便箋が二枚出てきただけだった。 『今回の件、こちらの協力は他言無用。よって貸し借りも無し “M”』 『もっと早くに力を貸していればよかったのですが、あえてサポートに撤させてもらいました。願わくば、次に会う時はお互い敵でないように。怪我の方、お大事に』 筆跡の違う二枚の便箋の短いメッセージを読み終えたイーシャの手の中で、便箋はいきなり風化するように砕け散り、霧散していく。 「片方は大気反応型消滅紙、もう片方は変異型の符か。一応はこれですべて一件落着、か」 「名乗りも無しかい。お見舞いのお返しが送れへんな」 ベッドの上で幾ばくかのチリとなった手紙を見た勝美が、小さく息を吐くと黙ってそれを片付ける。 「また、どこかで会うだろう。敵か、味方かは分からないがな」 「勘弁してほしいで、これ以上忙しうなるンは」 「ああ、そうだな……………」 同時刻 京都 陰陽寮宗家 「万事、無事に終えました」 「ご苦労です………」 板敷きの大広間にて、星哉が上座に座る人物に深々と頭を下げる。 上座に座る人物は、涼やかな風を思わせる声がねぎらいを掛ける。 「一つ伺いたいのですが………」 「何を、ですか」 星哉が上座に座る人物、古代の神官を思わせる白装束に身を包んだどう見ても十代前半にしか見えない少女に問い掛ける。 少女はその幼い外見とは不釣合いな落ち着きを持って、それに応じた。 「何故、今回の全ての責任を不問にせよ、と?」 「あなたにも分かっているはずです。これからの戦い、まだ激しくなっていくと」 「しかし………」 「力在る者、技在る者、知在る者、全てが力を合わせねばならぬ時が近付いてきているのやもしれません」 「姫!」 「分かっております……しかし、陰陽寮は闇から人々を守るためにある物。時の移ろいとともに、変じていかなくてはならぬ時もあるやもしれません」 「姫…………」 「覚えておくのです。陰陽師とは光と闇の和を図る者の事。何かに囚われる者ではないという事を…………」 星哉は無言で少女の言葉を聞く。 平安の世から陰陽寮を支えてきた、陰陽寮影の宗主、安部ノ御門(あべのみかど)姫の言葉を。 半日後 レティーシャ・小岩宅 「元気そうでよかったわ、伍色 ユリさん」 桜の一言に、ユリの手の中のティーカップがひっくり返る。 中に満たされていた紅茶がテーブルに溢れ出しいくのにも気付かず、ユリは石像と化していた。 「な、なんの事でしょう………」 「鬼滅威神闘術を使うのは伍色の血筋の者のみ。そして今伍色の血を引くのはあなたとお姉さんのユナさんだけ。そうでしょう?」 いきなり尋ねてきた桜の一言に、ユリの全身から滝のような汗が流れ出す。 「あ、あの、まさか姉さんに…………」 「さて、どうしようかしらね…………」 年齢の割にはかわいく小首を傾げる桜に、ユリがいきなり土下座する。 「お願いです!どうか姉さんには知らせないで下さい!!」 「あら、別におどすつもりじゃなかったんだけど…………」 あまりに過敏すぎるユリの反応にさすがにたじろいだ桜が、困った顔をしつつ入れたての紅茶をすする。 「あなたが家出した事、お姉さんは随分と心配していたわよ」 「いや、心配される以前にちょっと問題がありまして………」 「ああ、家出するついでにお賽銭かっぱらっていった事ね」 「いや、あの、ちょっと手持ちがとぼしかったんで………」 「ちょっと怒ってましたよ。早めに謝っておいた方がいいかもしれないわ」 「……………」 石像どころか、汗を滝のように垂れ流すブロンズ像と化したユリがその場に立ち尽くす。 「大丈夫。坊ちゃまも気付いておられるようでしたけど、特に知らせるような事も言っておられませんでしたし」 「そ、そうですか?」 「たまに電話の一本もした方がいいわよ。お姉さんを心配させないくらいに」 「電話一本からバレそうなんですけど…………」 「じゃ、手紙でも書いてみたら?どの道家族は大切にしなさい。二人だけの家族なんだから」 「………そうですね」 深く黙考しつつ、ユリは入れ直した紅茶を喉へと流し込んだ。 時間・確定不能 空間・定義不能 「ケース2029927は終了。想定結果12で収まったか」 「収まったか、じゃねえよ。実際に闘う方の身にもなってくれ」 不規則にゆらぐ空間の中で、年齢・性別共に判然としない人物が事件の報告をまとめていくのを、己自身をゆらぎの一つとしているルイスが反論する。 「てめえが闘った時とこっちとじゃ160年の開きがあるんだ。そこんとこ考慮しろ」 「現時点で、駐在員以外が関与するにはまだ早い。理解しているはずだ」 「駐在員の増員は前から申請してるはずだぞ」 「選別はしているが、歴史に影響を与えすぎない程度で使える人物はそうそういなくてな」 「アドルの連中辺りはどうだ?使えそうな奴が何人かいるだろ」 「ダメだ、現時点では時空定義と制御が出来る人員はお前しか存在しない」 「損害ケースがDレベル以上になったら派遣員が来る手はずだろうが、そっちはどうなってんだよ」 「この時代では不確定要素が多すぎてな。不用意な人員は送れない。何度も言っているはずだ」 「面倒な時代に産まれちまったもんだな、ったく…………」 ゆらぎと共に、自分の体の構成から負傷要素を抜きながら、ルイスはぼやく。 「しかも、あと4年は続くんだぞ。やってられるか」 「休暇でも取るか?17世紀のヨーロッパ辺りなんかいいかもしれん」 「チフスに掛かりそうだからやめとく。下手に違う時代で過ごすとあとが面倒だからな」 「じゃあ我慢しろ、死なない程度にな」 「面倒くせえなあ…………」 負傷要素を抜き取り、完全に健康な状態へと己の存在を戻したルイスが、自分を確定する。 己を確定した事で、時空定義が確定したルイスの存在が、あるべき時空へと還るために薄れていく。 「では頼んだぞ」 「うるさい」 ルイスの存在が完全にその場から消えた事を確認した人物は、報告をまとめると己のゆらぎを消して自分のいた場所へと戻ろうとする。 「戦いは、これからなのだ。人類と奴らとの生存を賭けた戦いは…………」 やがて、存在すべき者が消失した空間自体が、霧散していく。 ただ、その人物の発した言葉だけが、そのゆらぎの中にいつまでも留まっていた…………… END |
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