PART11 SERCH BOOKMARK(前編)


真・女神転生クロス

PART11 SERCH BOOKMARK(前編)



「一体どうなってるの!」
「ダメ! 向こうからも来た!」

 廃墟の乱立する荒野を、二人の少女が走っていた。
 その後ろから、多数の悪魔が後を追ってくる。

「人間! 人間だ!」
「マネカタじゃねえ、本物だ!」
「マガツヒをよこせ!」
「うっさい!」

 ゆかりが振り向きざま、手にした弓に矢をつがえると、渾身の力を込めて射る。

「がはっ!」

 ペルソナの力も込めて放たれた矢は追ってくる悪魔の一体を貫くが、それでも追っ手は怯まなかった。

「このっ!」
「ゆかりちゃん! 前からも!」

 風花が叫んだ通り、前からもまた向かってくる悪魔の姿が見えてくる。

「まずっ………」
「ど、どうしようゆかりちゃん!」

 かなり走ったためか、体力の無い風花の息がだいぶ上がっているのを見たゆかりが、周囲を見回す。

(私一人じゃ、この数は倒せない! でも、風花を置いて逃げる訳にも……)

 己の召喚器に手を伸ばした所で、ふとゆかりが土ぼこりで汚れた自分の靴に目が行った。

(自分らの能力の可能性くらい把握しとけ!)
「これだ!」

 ゆかりが八雲から言われた事を思い出すと同時に、召喚器を抜いて己のこめかみに当て、トリガーを引いた。

「イシス!」『マハ・ガルーラ!』

 ゆかりのペルソナが、疾風魔法を地面へと放つ。
 乾いた大地に叩きつけられた疾風は、無数の土ぼこりとなって周囲を覆い尽くした。

「なんだこりゃ!」
「どこ行きやがった!」

 悪魔達が悪態をつく中、ゆっくりと土ぼこりは晴れていき、そこにはすでに少女二人の姿は無かった。

「そこいらに隠れやがったな!」
「探せ!」
「速いモン勝ちだ!」

 悪魔達が周囲を探す中、そばの廃墟の中にに身を潜めた二人がそっと外を伺う。

「このままばれなきゃ………」
「だといいんだけど………」

 すぐそばを悪魔が通り過ぎるのを、息すら止めて二人はじっと耐える。
 通り過ぎたのを確認して、思わず安堵の息を洩らした瞬間、壁の隙間から入ってきた手がゆかりの腕を掴んだ。

「見つけたぁ〜」

 手に槍を持った兵士の姿をした邪鬼、日本神話において黄泉平坂にてヨモツシコメに統率された軍勢である妖鬼 ヨモツイクサがゆかりを引きずり出そうとする。

「この変態!」

 ゆかりがとっさに矢筒から矢を一本取り出し、ヨモツイクサの腕に突き刺す。

「ぐっ、この尼!」
「イシス!」『ガルダイン!』

 イシスが放った疾風魔法が壊れかけた壁ごとヨモツイクサを弾き飛ばすが、その音に二人を探していた悪魔達が一斉にそちらを向いた。

「いたぞっ!」
「オレの物だっ!」
「はっ!」

 豹頭に双刀を持った、ソロモン72柱の半人半獣の魔神、堕天使 オセが襲い掛かってくるのを、ゆかりは召喚器を弓に持ち替えて手にしたままの矢をつがえて射る。

「ゆかりちゃん上!」
「当てる!」

 上空から襲い掛かろうとしたカラスの姿をした戦死者の魂を運ぶケルト神話の戦争と愛という背反の概念を司る女神、魔獣 バイブ・カハにゆかりが次の矢を放つ。
 風花も覚悟を決めたのか、自らのペルソナを呼び出し、的確に敵の位置をゆかりへと知らせ、ゆかりも襲ってくる悪魔達を撃退していく。

「三体まとめて来る!」
「イシス!」『マハ・ガルダイン!』

 押し寄せてきた悪魔をまとめて吹き飛ばしたゆかりが、矢筒に手を伸ばした時にそれがすでに空の事に気付いた。

「あっ………」
「矢が……、来る!」
「負けない!」

 弓をその場に捨て、召喚器を持ったゆかりがペルソナを呼び出す。

「あと何体!?」
「あと6、7? ダメ、周囲のも寄ってきてる!」
「人気のスイーツ店かっての!」

 思わず悪態をつきながら、ゆかりは疾風魔法を放ち続ける。

「! ゆかりちゃん!」
「今度は何!」
「も、ものすごく強い力を持った反応が、こっちにまっすぐ向かって………ゆかりちゃんじゃ適わない!」
「でも!」

 逃げる事すら適わない中、ゆかりが立て続けに疾風魔法を放ったが、それを弾き飛ばした悪魔がいた。

「あいつッ! 疾風属性効かない!」
「もらった!」

 修験者の格好をした、日本伝承で人に取り付いて堕落させようとする妖魔 カラステングが、上空から降下しながら手にした錫杖をゆかりへと振り下ろす。

「ゆかりちゃん!」
「うっ!」

 疲労で回避できない事をゆかりが悟り、思わず目を閉じる。
 だが、その一撃は命中する事は無かった。

「ギャアアァ!」
「?」

 突如として響いてきた断末魔に、不思議に思って目を開けたゆかりが見たのは、全身が白い細身の悪魔が、腕から生えた刃でカラステングを横から袈裟斬りにする場面だった。

「あ、あれだよ! さっきの強い反応!」
「守ってくれた……の?」

 一撃でカラステングを絶命させた白い悪魔は、二人の方を僅かに見ると、二人を守るように悪魔達へと立ちはだかった。

「悪魔が、なんで?」
「さ、さあ……」
「手前、独り占めする気か!」
「どこの者だ!」

 悪魔達が殺気だって押し寄せる中、その白い悪魔は背を反らせて息を吸うような動作をすると、口から猛烈な吹雪を吐き出した。

「がああぁ!」
「強ぇ……」

 瞬く間に押し寄せた悪魔達が凍り付いていき、残った悪魔も思わず怯む。

「な、何者だこいつ………」
「ヨスガか? シジマか? これだけの悪魔、無名のはずは……」

 相手が怯んだ隙に、白い悪魔がすさまじい速さで一瞬にして間合いを詰め、ヨモツイクサの腹を腕の刃で貫く。

「ば、馬鹿な……」

 そこで、誰もが予想しなかった事態が起きる。
 ヨモツイクサの腹を貫いた白い悪魔が、いきなりヨモツイクサの喉に食らい付いた。

「ぎゃあああああああああ!」
「何だこいつ!」
「あ、悪魔を……」
「食ってる………」

 相手がすさまじい断末魔を上げるのも構わず、白い悪魔はヨモツイクサを食っていく。

「うっ」

 凄惨すぎる光景に、ゆかりは胃の奥からこみ上げてくる物を口を押さえて必死に耐え、風花は卒倒しかける。

「! こいつ、最近現れた新顔!」

 ヨモツイクサの屍を恐ろしいまでの速さで食い尽くした白い悪魔が、口どころか全身を血まみれにさせたまま、残った悪魔を見た。

「に、逃げろ!」
「食われるのは嫌だ!」

 悪魔達があまりの恐ろしさに一斉に逃げ出す。
 誰もいなくなった所で、白い悪魔が二人の方を見た。

「起きて風花!」
「あっ……」

 風花を揺すり起こしながら、ゆかりが召喚器をこめかみに当てる。
 だがそこで、白い悪魔の全身を光が覆ったかと思うと、その姿が変わっていった。

「え………」
「人間!? でもどこか違う………」

 僅かの間を持って、白い悪魔はプロテクターとスーツが一体化したような奇妙な物をまとった、短い銀髪と銀の瞳を持ち、左頬に奇妙なタトゥーのある青年の姿へと変わった。

「化けたって奴?」
「ううん、反応がさっきと全然違う……今は、悪魔じゃない」

 銀髪の青年はゆっくりと二人の方へと歩み寄ると、二人の顔をじっと見た。

「何よ……!」

 先程の壮絶な強さと、悪魔食いの異様さに気圧されたゆかりが怯む中、銀髪の青年が口を開いた。

「セラという黒髪の娘を知らないか」
「せ、セラ?」
「すいませんけど、知りません………」

 風花が告げると、銀髪の青年は無言で二人に背を向け、そのまま立ち去ろうとする。

「まま、待って下さい!」

 風花が思わず呼び止めると、銀髪の青年の方へと駆け寄る。

「協力、しませんか?」
「! 風花何言って!」

 ゆかりが慌てる中、風花は自らのペルソナを発動。

「私のペルソナ、ユノには広範囲の感知能力があります。その代わり、戦闘能力が無いんです。私達に協力してくれるなら、そのセラさんを探すのに私達も協力します」
「ちょっと風花!」

 飛び出したゆかりが、風花を物陰まで引きずっていく。

「何言ってるか分かってる!? 今の見たでしょ! あいつ、悪魔に変身して悪魔食ってたのよ!」
「それ、なんだけど………多分あれ、ペルソナと八雲さんの悪魔召喚の中間みたいな力なんだと思う。私達が己の精神の中からペルソナを呼び出す力なら、あの人のは自分の体を悪魔へと変化させる力。発動のさせ方が違うけど、根幹は同質の力だと思うんだけど………」
「でも………」
「いいだろう」
「うわっ!?」

 いつの間にか背後にまで近寄っていた銀髪の青年に、思わずゆかりが悲鳴を上げる。

「いいって事は、協力してくれるんですね?」
「……」

 青年が無言で頷く。

「私は月光館学園特別課外活動部メンバー、山岸 風花です」
「た、岳羽 ゆかりよ」
「……サーフ。エンブリオンのリーダー」

 それだけ言うと、銀髪の青年サーフは先へと歩き出す。

「ちょっと待ってよ、サーフ!」
「サーフさん! エンブリオンってなんですか? 何かこの世界の事知ってるんですか?」

 無口なサーフに困惑しつつも、少女二人は慌ててその後を付いていった。



「それが東京受胎とやらの真相か………」
「そうよ」

 助けた祐子から、この世界の真相を聞いた八雲が重い息を吐いた。

「東京一つ贄にして新世界の創造たぁ、剛毅な話だな」
「なあ、聞いてて分かったか?」
「なんとなく………」

 専門用語の乱発する二人の会話を聞いていた順平と啓人が首を傾げる。

「八雲さん」
「召喚士殿」

 衰弱しているセラの様子を見ていたカチーヤとジャンヌ・ダルクが八雲を呼んだ。

「どうだ?」
「ダメです。回復魔法でもこれ以上は………」
「どこか適切な処置が行える場所があれば……」
「……手近の病院どこかあるか?」
「病院だった場所ならあるけど、とても……」
「だ、大丈夫……」

 蒼白な顔で立ち上がろうとしたセラだったが、直後にその場で崩れ落ちる。

「おわっ!」
「まずいな、これは………」

 カチーヤが支えるのを順平が慌てて手伝いながら、八雲は思案する。

「ただの疲労、って訳じゃないみたいだな」
「大丈夫?」

 ネミッサもセラの顔を覗き込むが、セラの顔色は病人その物だった。

「こんだけあちこちの世界から飛んできてるんだから、どこかに医者ごと病院が来てないか?」
「そんな都合のいい事はないんじゃ………」
「でも、手当ては急いだ方がいいわ」

 皆が悩む中、ふとネミッサが遠くに何かを見る。

「八雲、向こうに変なのあるよ」
「ん? どこに」
「ほらあそこ」

 ネミッサが指差す方向を、八雲が懐から小型のオペラグラスを取り出して見る。

「あれは……まさか業魔殿か!」
「え? 何かとんがって浮いてるけど」
「二年前に飛行船に鞍替えしたんだよ。もしあれが業魔殿なら、手当てが出来る」
「じゃあすぐに行こうぜ!」
「私も行くわ。この世界の変質の原因を突き止めないと」
「そうか。ま、こっちも多少は事情知ってる人間がいるとありがたい」

 八雲がそう言いながらケルベロスを手招きすると、その背にセラを乗っける。

「オレ、馬ジャナイゾ召喚士」
「非常時だ。慎重に運べ」
「ネミッサも乗る〜」
「健康な奴は歩け!」
「八雲のケチ!」



「ねえ、サーフも飛ばされた口?」
「それともここの人ですか?」
「分からない」
「他に仲間とかいる?」
「その人達も変身できるんですか」
「ああ」
「ここに来た原因分かる?」
「特異点っていうのが原因らしいんですけど……」
「…………」
「…………」

 情報を交換しようとゆかりと風花が話し掛けるが、必要最低限しかしゃべらないサーフに、段々とゆかりが怒りを募らせていく。

「ねえ、本当にあいつ大丈夫?」
「一応助けてくれたんだし………」
「私達を、そのセラって人と間違えたとか」
「う〜ん」

 ゆかりの不信感も増していく中、サーフは表情も変えずに黙々と先頭に立って歩いていく。

「風花、リーダー達とあとどれくらい」
「あ、ちょっと待って。ユノ」『ハイ・アナライズ!』

 風花が自らのペルソナで周辺をサーチした所で、新たな反応に気付く。

「誰かこっちに向かってきてる!」
「え、誰? 美鶴先輩?」
「ううん、違う。人間が二人、周辺に悪魔が3、いや4体。それにこれは………何? 変身したサーフさんに似ているような違うような反応、これもかなり強い……」
「………」

 それを聞いていたサーフは、無言で懐からかつての米軍正式採用拳銃である大型の45口径拳銃、コルトM1911A1・ガバメントモデルを抜き、マガジンを取り出して残弾をチェックする。

「ちょっ、ピストルなんてどうする気!?」
「用心だ」
「二人は人間ですよ!?」
「人間だから味方とは限らない」

 言葉少なに語ったサーフが、コルト・ガバメントを懐に戻す。

「それより、あんたに似た反応って事は仲間じゃないの?」
「断言はできない」
「それはそうですけど…………」

 用心深いとも物騒とも言えるサーフに、ゆかりと風花は目を見合わせる。

「ま、まあサーフさんの言う事も一理ありますけど………」
「あそこに廃墟あるから、そこで待ち伏せって事でいい?」
「ああ」

 とりあえず折衷案を出したゆかりが、ため息を吐きつつ崩れかけたビルに潜り込む。

「近いよ………すぐそこまで来てる」
「見えた………変な格好してる人が二人、そばに悪魔がいる………ひょっとして、デビルサマナーって奴?」
「だったら、八雲さんの知り合いかも……」
「う…うう……」

 ふとそこで、サーフの様子がおかしい事に風花が気付いた。

「あの、具合でも悪いんですか?」

 顔を手で覆い、やけに呼吸が荒いサーフに、風花が近寄るが、サーフはそれを無造作に払う。

「……オレに何かあったら、逃げろ」
「え………」

 顔を手で覆ったまま、サーフは悪魔の姿へと変身してビルの陰から相手に近寄っていく。

「あいつ大丈夫? あの格好でいたら攻撃されても文句言えないよね?」
「ゆかりちゃん、サーフさん何か、おかしかったよ………」
「元からじゃないの」

 どこか不安を抱きつつ、風花は様子を伺う事にした。


 そっと相手に近寄ったサーフが、近付いて来る人影を観察する。
 一人は緑のジャケットの上からプロテクターをまとい、腕に小型のコンピューターとモノクル型の小型ディスプレイを装備した男で、もう一人は赤いレザースーツにマント姿の女だった。
 そこで同じように気配を消してくる何者かの存在に気付いたサーフが、振り向きざまに腕に収納された刃を伸ばす。
 それと交差するように繰り出された拳が、サーフの眼前で止まった。

「お前、悪魔か?」

 サーフはそう問い掛けてきた相手を見た。
 それは、全身にタトゥーのようなラインが刻まれた、半裸の少年の姿をしていた。
 しかしその後頭部から首にかけた個所から角のような器官が伸びており、突き出された拳には明らかに魔力が宿っている。

「喰奴か?」
「………何だそれ?」
「アートマは?」
「何の事だ?」

 サーフの問いに首を傾げる相手に、敵意は無いと判断したサーフが、相手の首を狙っていた刃を収め、相手も拳を引いた。

「話は通じるみたいだな。てっきり人質でも取ってるかと………」
「違う」
「そっか。おい、大丈夫みたいだぜ」

 少年悪魔が警戒を解いて手招きすると、向こうで身構えていた二人とゆかりと風花も近寄ってくる。
 そこでサーフが変身を解き、人間の姿へと戻っていくのを見たプロテクター姿の男は、その様子を観察しながら腕のハンドヘルドコンピューターを操作する。

「驚いたな……悪魔が人にではなく、人間が悪魔に変身してる………」
「! それって、COMPって奴?」
「悪魔召喚プログラムで悪魔を呼び出すんですよね?」
「……知り合いか?」
「いいえ」

 少年悪魔の問いにマント姿の女性が首を横に降る。

「ひょっとして、あんたらも別の世界から来たとか言う奴?」

 すっかり警戒を解いたのか、少年悪魔が頭をかきつつぞんざいな口調で問い掛けてくる。

「え、あんたも?」
「いんや、オレは一応ここの人間、というか悪魔か。名は英草 修二、ここじゃ人修羅って呼ばれてる」
「オレは相馬 小次郎。デビルバスターだ」
「私は八神 咲。同じくデビルバスターで小次郎の相棒よ」
「あ、私は岳羽 ゆかり、月光館学園特別課外活動部メンバーでペルソナ使い」
「山岸 風花、同じく特別課外活動部メンバーでペルソナ使いです」
「サーフ、エンブリオンのリーダーだ」
「……え〜と」

 人修羅―修二がしばらく悩んでから地面に指で出た名前を並べていく。

「そっちの二人がデビルバスターで、そっちのが特別……なんとか部でそっちのがええブリ音?」
「エンブリオン、それがオレ達のトライブ」
「ドライブ?」

 並んでいく単語に、修二だけでなくサーフを除いた四人もそれを見て首を傾げる。

「どれも聞いた事がないな」
「えと、小次郎さんでしたね? あなたは葛葉の人じゃないんですか?」
「クズノハ?」
「そんな組織は聞いた事は無いわ」
「あれえ? 確か八雲さんは小次郎って後輩がいるって………」
「待て待て待て。その葛葉ってのは何だ?」
「私達がいた世界に、今の私達みたいにいきなり別の世界から来た八雲ってデビルサマナーが」
「他にも違う世界という奴から来た奴がいるのか?」
「あ、今こっちに向かってきてます」
「へえ、それがペルソナって言うの? 便利ね」

 何とか状況を整理しようとする五人から外れていたサーフだったが、いきなりその場に膝をつく。

「サーフさん?」

 いち早くそれに気付いた風花が声をかけた所で、異変に気付いた。

「おい、どうした?」

 続けてそれに気付いた小次郎だったが、近寄ろうとした所でハンドヘルドコンピューターがアラーム音を鳴らす。

「うう……離れ……ろ」

 先程までの無表情とは違い、苦悶に満ちた顔を片手で覆い、その隙間から大量の汗を垂れ流しているサーフのただならぬ様子に、皆がサーフを見つめる。

「コジロウ、空ダ!」

 小次郎のそばにいた彼の仲魔と思われるケルベロスが空を仰ぎ見る。

「煌天、やべえ!」

 空に浮かぶ太陽にも似た物体が、先程と違って煌々と満ちて輝いているのに全員が気付く。

「あれは、太陽と月の両方の性質を持っているのか!」
「つまり、満月………」
「そういえば、アルカナの大型シャドウが出てくるのも満月………」
「う、ガアア!!!」

 そこでいきなり、サーフが咆哮と共に跳ね起きる。
 同時にその姿が悪魔の物へと変わるが、その口からはよだれが垂れ流しとなっていた。

「危ない! サーフさんの力が不自然なまでに高まってます!」
「それって暴走!?」
「来やがった!」
「ガアアァ!」

 咆哮と共に、サーフがゆかりへと襲い掛かるのを修二が間に入って強引に止める。

「ちっ、なんてパワーだ………」

 暴走したサーフの繰り出した刃をなんとか止めた修二だったが、徐々に押し込まれ、サーフがその首筋に牙を突きたてようとする。

「彼を放しなさい!『アギダイン!』」
「人修羅を放せ!『ジオ!』」
「おわあ!」

 修二が連れていた仲魔、全身を炎をまとったインド神話においてシヴァの最初の后とされる女神 サティの放った火炎魔法と、紫髪の妖精、ケルト神話で妖精の女王とされる夜魔 クイーンメイブが同時に攻撃魔法を放ち、修二の脳天をかすめてサーフに命中する。

「もうちょっと考えろ!」
「す、すいません」「ゴメン……」
「後だ!」

 小次郎が叫びつつ、腰から大業物と思われる刀を抜いた。
 直撃を食らったにも関わらず、すでにサーフは跳ね起き、再度襲い掛かろうとするのを小次郎と修二が二人係りで押さえ込もうとするが、サーフはなかなか止まらない。

「ちょっ、ちょっと風花どうする!?」
「え、ええと、え〜と………」
「あなた達何か知らないの!?」
「知らないわよ! さっき知り合ったばかりなんだから!」

 ゆかりが召喚器を構え、咲が背から大型のレールガンを抜きながらも手を出しあぐねる。

「最悪、倒すしかないわよ」
「一応さっき助けてもらったんでそれはなしで………」
「でも、完全に我を失ってる……」
「ああもう! だからイヤだったのに!」
「どうするんだ! 倒しちまっていいのか!」
「ちょっとタンマ! 今考えてんの!」
「早くしてくれ! 手加減できる相手じゃない!」
「そうだ! 八雲さんなら知ってるかも……」
「そっか!」

 風花が言うと、ゆかりが電源を切っていた通信機を操作する。

「ダメ、まだ通信範囲に入ってない!」
「この距離じゃ、まだエスケープロードの範囲にも………」
「よく分からないけど、なんとか出来そうな人がいるのね?」
「はい、でもちょっと離れてて知らせる方法が…………」

 二人の話を聞いていた咲が、腰のホルスターから予備の銃と思われるベレッタ92Fを抜くと、いきなり空に向けて連射する。
 速射で三発、すこし間を開けて三発、そしてまた三発速射すると咲はベレッタ92Fをホルスターに戻して乱戦状態となっているサーフと人修羅達の戦闘に目を向ける。

「何、今の?」
「そっか、モールス信号!」
「あとは耳のいい人がいる事を期待するしかないわね……伏せて!」
「わわっ!」
「ひゃあ!」

 もつれるようにこちらへと跳んできたサーフと修二が、三人の頭上をかすめて地面へと叩きつけられる。

「くそ、大人しくしろってんだ!」
「ガアアアァ!」

 修二が全力でサーフの腕を握っておさえようとするが、サーフは激しく暴れてそれを外そうとする。

「パスカル!」
「ガアアアァ!」

 小次郎の指示で、彼の仲魔のケルベロスがサーフの足に噛み付くが、それでもなおサーフを押さえられない。

「なんて奴だ……どうする?」
「もっと仲魔呼べないんですか?」
「呼んでもいいが、腕の一、二本くらいはいいか?」
「とりあえず却下で………」
「! リーダー達も気付いたみたいです! こっちに走ってきます!」
「それまでなんとか押さえ込むわよ、協力して!」
「分かった! ……ってどうしよ?」
「うわあぁ!」

 そこで修二が力負けして弾き飛ばされる。

「死なない程度に、痛めつけるしかない!」
「ええい、もう知らない!『イシス!』」

 半ばやけくそで、ゆかりは召喚器のトリガーを引いた。



「なんだ、何が起きてやがる!」
「何か、すごい力を持った悪魔が二体………」
「闘ってるね〜」
「急ごう! 誰かいるのかもしれない!」
「つうかやっぱさっきの銃声か!?」

 かすかに聞こえた音に、八雲と啓人達が一斉にそちらへと向かっていた。

「誰かそっちにいるのか! 返事してくれ!」
『あっ……うじ……』

 通信機に何度もがなり立てていた順平が、ようやく返信があった事に顔をほころばせる。

「通信が届いたぜ! ゆかりっちだ!」
『リー……雲さんも……く………』
「風花も一緒だ! やっぱり戦闘だ!」
「私にも分かる……片方は彼ね。でももう片方は………」
「おい、確か山岸のペルソナは転移が出来たな?」
「え、ええ。でもこの距離は………」
「一遍止まれ!」

 八雲の指示で全員の足が止まる。

「なんで止まんだ……」
「カチーヤ、ネミッサ、それに先生も! 陣を組め! 不破、伊織お前らも!」
「は?」

 突然の事に戸惑う順平だったが、取り合えず指示に従う。

「共感共鳴で、転移元を指定させる気ね?」
「分かってたら早い。カチーヤ、向こうの気配探れるか?」
「やってみます」
「ネミッサは〜?」
「お前は転移のサポートだ! あれの要領でやれ!」

 手を繋いだ祐子、カチーヤ、ネミッサが精神を集中させ、その肩に男性陣が触れ、仲魔達とも手を繋ぐ。

「分かりました、あそこ……」
「共鳴はまかせて」
「じゃあ飛ぶよ!」

 次の瞬間、全員の体が光に包まれ、その場から消えた。



 転移した先で一番最初に聞こえてきたのはすさまじい咆哮だった。

「ちっ!」
「だ、ダメです!」

 八雲が舌打ちしつつ、ソーコムピストルを抜くが風花が止める。

「な、なんだありゃ………」
「悪魔が、二体?」
「英草君!」
「高尾先生!」

 すさまじい肉弾戦を繰り広げる喰奴と人修羅の戦いに、愕然としたのもつかの間、全員が即座に臨戦体制を取る。

「どうなってやがる!」
「あの人、というか白い悪魔が助けてくれて、協力する事になったんですが………」
「急に暴走したの! どうしたらいい!?」
「知るか!」

 そこでケルベロスの背にいたセラが身を起こし、暴走するサーフを見て目を見開く。

「サーフ!」
「お前の知り合いか?」
「ええ、でも飢えで……」

 そこまで言っただけで、セラが身を伏せそうになる。

「黒髪の少女……ひょっとしてセラ!?」
「サーフさんが探してる人って、この人!」
「教えろ! どうすればいい!」
「わ、私の歌で……沈静……」
「分かった、全員手を貸せ!」
「大丈夫なのかあんた!」
「何とか、って小次郎!?」
「咲さんも!」
「? どこかで会ったかしら?」
「ええい、もう後回しだ!」

 八雲がソーコムピストルを仕舞うと、腰からHVナイフを抜いた。

「ジャンヌ、サポートをありったけ! ケルベロスは足を押さえろ!」
「心得ました!『スクカジャ!』」
「ガアアアァ!」
「パスカル、お前も足を狙え! ラクシュミ、常時回復できるように!」
「グルルル!」
「分かりましたわ!」

 八雲と小次郎の指示に従い、ジャンヌ・ダルクと二匹のケルベロス、インド神話でヴィシュヌの后とされ、幸運と繁栄を司る蓮の女神 ラクシュミがフォーメーションを取る。

「順平、ゆかり、オレ達はペルソナで動きを封じるんだ!」
「お、おう!」
「やってみる!」
「カチーヤ、ネミッサ、お前達は逃がさないように両翼を固めろ!」
「はい!」
「え〜、とっとと倒しちゃダメ?」
「何でもいいから早くしてくれ…」

 陣形を展開していく中、修二が力負けして地面へと叩きつけられる。

「しまっ…」
「ウガアアァ!」
「させるか!」

 修二に襲い掛かろうとしたサーフの刃を、小次郎が前へと出て平 将門から譲り受けた刀で受け止める。

『ガアアァ!』

 そこで左右それぞれの足に八雲と小次郎のケルベロスが噛み付こうとするが、サーフは高く跳躍してそれをかわす。

「今だ!」
「イシス!」『マハガルーラ!』
「トリスメギストス!」『アサルトダイブ!』

 宙に踊り出た所で、ゆかりと順平のペルソナがサーフを狙い打つ。
 回避も適わず、直撃したサーフが地面へと叩きつけられた。

「動きを封じるわよ、『ジオンガ!』」
『『マハ・ブフーラ!』』

 咲の放った電撃魔法で動きが止まった隙に、カチーヤとネミッサの二人がかりの氷結魔法がサーフの体を凍りつかせるが、凍結に耐性のあるサーフは己の体を覆う氷をあっさりと砕いて起き上がった。

「なんて奴だ……」
「手加減してたら、こっちがやられますね………」
「じゃあ手加減無しだ!『死亡遊戯!』」

 修二の手に光で構築された剣が現れ、それを一気に横薙ぎにして衝撃波を繰り出す。
 直撃したサーフの体が吹き飛ばされ、そばにあった廃墟の壁へと叩きつけられる。

「今だ!」

 そこへ八雲、小次郎、啓人が一斉に襲い掛かり、右手を八雲のナイフが、左手を小次郎の刀が、右足を啓人の剣が貫いて壁へと縫い止める。

「カチーヤ!」
『アブソリュート・ゼロ!』

 サーフを縫い止めたまま得物を離した三人が飛び退ると同時に、カチーヤの全力の氷結魔法が周辺ごとまとめてサーフの体を凍らせていく。

「グ、ア………」
「なんとかなったな………」
「死んでねえよな?」

 体のほとんどを氷で覆い尽くされたサーフが、それでももがいているのを見た八雲と修二が顔を青くする。

「うわ、まだ元気」
「すげえ生命力………」
「さあセラさん、今の内」
「うん……」

 祐子に肩を借りながら、セラがサーフのそばへと歩み寄ると、口を開いた。
 その口から、澄んだ歌声が響いていく。

「ほう……」
「これは………」

 セラの歌が響いていくと、煌天時の戦闘で気が高ぶっていた仲魔達が大人しくなっていく事に八雲と小次郎が気付く。

「へえ………」
「すごい………」

 響き渡る歌声の中、先程まであれほど暴れていたサーフが大人しくなっていく事にネミッサと風花も驚きを隠せない。
 やがて完全に大人しくなったサーフが、人の姿へと戻る。

「もう大丈夫かな?」
「うん、これで飢えに支配される事は……」

 八雲が確認しようとする中、セラが余力を使い果たしたのか崩れるようにして気を失う。

「さて、取り合えずこいつを掘り起こして、みんなで行くとするか」
「これを?」
「どこへ?」





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