PART21 ACCOUNT BANISH(前編)


真・女神転生クロス

PART21 ACCOUNT BANISH(前編)




「おかしい……」
「何が?」

 アサクサの防衛線がじりじりと下がってくるのを見ていたフトミミの呟きに、キョウジが顔をそちらへと向ける。

「ヨスガは母体をマントラ軍、本能のまま暴れる者達を主体としていた」
「それは聞いてる」
「盟主が代わり、コトワリを抱いた後もマントラ軍の構成していた者達が数多く残っている事に変わりは無い」
「だが、その割には攻め方に隙が無い」

 フトミミの言わんとする事をロアルドが指摘し、フトミミは無言で頷く。

「向こうにも誰かが手を貸してるってのか?」
「あるいは」
「でも、たまに野良シャドウやはぐれ喰奴みたいな反応はあるんですけど、他には………」

 風花が己のペルソナのサーチ機能で現場を逐次チェックしているが、詳細はともかく極端な差は見受けられなかった。

「別に力を貸すのは腕っ節だけじゃねえだろ」
「知恵を貸す、という手もある。今のオレ達のようにな」
「軍師、という奴か」
「しかもそうとうな修羅場潜ってるぜ。どうやって調べ上げたのか、こちらの穴になりそうなとこは全部突いてきてやがる」
「あらかじめ塞いでおかなければ、すでに市街地は落ちていただろうな」
「でも、敵主力が一部戦力を分散させて各所に回し始めているみたいです。E班、F班だけでは…………あっ!」
「どうした?」
「だ、ダンテさんが!」



「がはぁ!」
「ぐふっ!」

 振り下ろされた大剣がトールを袈裟斬りに斬り裂き、横殴りに振り回されたハンマーが魔人ダンテの体を吹き飛ばす。
 トールが鮮血を垂らしながら膝をつき、門間近まで吹き飛ばされた魔人ダンテがかろうじて起き上がろうとした時だった。
 ふいに魔人ダンテの体を覆う燐光が薄れたかと思うと、その姿が人間の物へと戻っていく。

「……ちっ」
「ふふ、魔力切れのようだな。デビルハンター」

 完全に元の姿に戻ったダンテが舌打ちする中、傷口から鮮血が流れるのを片手で抑えながら、トールが立ち上がりダンテのそばへと歩んでいく。

「今までよく闘った。その返礼として、我が全力で葬ってやろう!」

 トールが片手でハンマーを頭上へとかざすと、ハンマーに今までで最大の雷が発せられる。

「さらばだ! スパーダの息子!!」

 膨大な雷を帯びたハンマーが振り下ろされる間際、ダンテは体を旋回させながらリベリオンで地面をえぐり、膨大な土ぼこりで身を隠す。
 だが構わずトールはハンマーを振り下ろし、すさまじい雷鳴と衝撃が周囲を貫いた。

「やったか!」
「この衝撃、当たればひとたまりもあるまい………」
「くくく、まあよく持った……」

 悪魔達が吹き抜ける衝撃に思わず身をすくめながら、ほくそ笑む。
 だが衝撃が吹き抜けた後に、トールのハンマーが穿ったクレーターに、肉片一つ散らばっていない事に気付く。

「跡形も無く散ったか? それとも…」

 トールの疑問は、己の間近で響いたハンマーのコッキング音で氷解する。

「な、んだと………」

 自分の間近、どころか完全に懐に潜り込んでいたダンテが、真下から二つの銃口をトールの顎に押し当てている。

「チェックメイトだ」

 残った魔力を全て注ぎ込んだ弾丸が、ゼロ距離でトールの顎に放たれる。
 魔力の閃光がトールの顎から頭部を貫け、虚空へと伸びていく。
 そして力を完全に失ったトールの体がゆっくりと後ろへと倒れていった。

「ば、馬鹿なトール様が!」
「おのれ、スパーダの息子が!」
「殺せ! 奴は力を使い果たした!」
「トール様の仇だ!」

 その場にいた全ての悪魔が、一斉にダンテに向かって押し寄せてくる。

「さて、まだ出番の最中か?」
『いや、十分だ。今待避させる』

 まだ闘おうと構えるダンテにロアルドから通信が入ると、その体が光に包まれ、次の瞬間その場から消失する。

「消えた!?」
「いや、跳躍だ!」
「遠くまでは行ってねえはずだ!」
「街の中だ! マネカタ諸共全員血祭りにしてやる!」

 悪魔達は雷門へとなだれをうって突っ込んでいく。
 だがそこで、門を中心として張られた強固な結界が突撃してくる悪魔達をことごとく弾き、運悪く後ろから押し付けられた悪魔が数体、結界の力に耐え切れず消滅していく。

「くそ、なんて強力な結界だ!」
「なんとしても破れ!」
「これ以上千晶様を怒らせたらオレ達が殺されるぞ!」

 怒りと焦り、そして恐怖を覚えつつ、ヨスガの悪魔達は結界の破壊のために魔力を注ぎ始めた。



 光が消え、ダンテの姿が露になっていく。

「エスケープロード、完了です」
「上手くいったな」
「すまなかったな、任せちまって」
「いや、いい」

 風花のペルソナで土壇場の所でミフナシロへと待避できたダンテが、疲労のためかその場にどっかりと座り込んだ。

「しばらく休んでてくれ。また君の力が必要になるかもしれん」
「必要ない状況でもねえけどな。ほら回復アイテム」

 ロアルドがフェイズの完全移行を確認し、キョウジが山盛りの回復アイテムをダンテの前に置いた。

「それにしても、すごい力持ってるんですね……ビックリしました」
「まあな。他の連中も頑張ってたぜ」

 風花の素直な感想に笑みを浮かべつつ、ダンテはチャクラポッドのフタを開けて魔力の回復に勤めていく。

「さて、門の結界がいつまで持つか………」
「フェイズ4の準備はあとどれくらいかかる?」
『今全力でやっている!』
『ケーブルが足りねえ! 一部作動不能だ!』
「作動不能ポイントはどこだ。修正を加える」

 通信から響いてくる小次郎と八雲の声に、ロアルドが3Dディスプレイに表示されるプラン予定に修正を加えていく。

「正門前、敵さらに増大してます!」
「一体何匹引きつれてんだか………」
「聖書的に言えば7405926匹か?」
「そこまではいなかったぜ。それに天使もいた」
「そっか。とりあえずレイホウと先生の回収用意。結界消失と同時に回収」
「は、はい!」
「フェイズ4に移行。E、Fの両班も撤退、以後はプラン通りに」
『ち、こっちはなんとかやってんだがな』
『了解、塞げるだけ通路を塞いでおく!』

 パオフゥと美鶴からの返礼を聞きながら、ロアルドがミフナシロから外へと通じる扉へと向かう。

「出るのか?」
「ああ。後は予定通りに」
「わ、分かりました」

 ロアルドが歩きながら左手のアートマをかざすと、その姿が茶色い表皮を持つ巨体、仏教では帝釈天と呼ばれるインド神話の戦神インドラへと変貌する。

「恥ずかしい話だが、戦況を聞いて興奮したのか、いささか腹も空いたんでな」
「おう、食い過ぎるなよ」

 出撃していくロアルドに手を振りながら、残ったキョウジとフトミミが戦況をつぶさにチェックしていく。

「さて、オレもそろそろだが………」
「やはり、正面か?」
「でも、それらしいのは………」
「隠してるのか? だったら………」



「トフカミエミタメ……」「カンゴンシンゾンリコンタケン……」

 押し寄せる悪魔達の圧力に耐えながら、レイホウと祐子が結界を維持するための詠唱を続ける。
 二人とも額に大量の汗を浮かべ、疲労と疲弊で詠唱がたどたどしくなりながら、詠唱を止め様とはしない。

「先生! こっちは準備OKだ!」
「山岸! 二人の捕捉は出来てるか!?」
『いつでも戻せます!』

 地下通路へと続く扉から修二と八雲が顔を覗かせ、二人の様子を確認すると顔を引っ込ませる。
 それでもなお、二人はギリギリまで結界を維持するべく、余力を全て注ぎ込んで詠唱を続ける。

「ハライタマヒキヨメイタ…」

 詠唱の途中で祐子の言葉が詰まり、合掌していた手が解ける。

「高尾先生!?」

 レイホウも思わず詠唱を中断してそちらを向くと、魔力を使い果たした祐子が口元から血をにじませつつ、地面へと崩れ落ちる所だった。

「風花ちゃん!」
『エスケープロード、発動!』

 レイホウが祐子の元へと駆け寄りながら叫び、二人の体が光に包まれてその場から消える。
 術者二人が消えた後、結界の媒介になっていた大提灯が弾け飛び、結界が消失。雷門が押し寄せる悪魔達によって半ば粉砕され、一斉に悪魔達がアサクサの町へと雪崩れ込んできた。

「てこずらせやがって!」
「殺せ殺せ殺せ!!」
「ヒャッハー!」

 街中に入ると同時に、門の内側にあった地雷が踏まれ、セットされていたクレイモア地雷が発動。
 幾つもの爆風や法儀礼済み・刻呪済みベアリングが悪魔達を迎え撃つ。

「ギャアアアァ!!」
「グアアアァァ!」

 先陣を切っていた悪魔達がそれらに巻き込まれ消し飛ぶが、興奮した悪魔達は散らばった仲間の屍を平然と踏みにじり、侵攻していく。

「どこに行きやがったマネカタ共!」
「いねえぞ!」
「そうか、地下に逃げやがったな!」
「探せぇ!」

 市街に人影一つ見当たらない状況に、目を血走らせた悪魔達が扉という扉を開け、破壊していく。

「こっちだ!」
「皆殺しだぁ!」

 ようやく地下へと続く通路を見つけた悪魔達が、押し合いへし合いしながら通路を突き進んでいく。

「攻撃開始!」

 だがそこで縦深陣を敷いて待ち構えていた者達が、小次郎の指示で一斉に銃撃と攻撃魔法を繰り出してきた。

「ぎゃああああああ!」
「くそぉぉ!」
「構うな、進めぇ!」

 逃げ場の無い状態での一斉攻撃に、ヨスガの悪魔達は次々と倒れていく。
 だがそれを一向に解せず、次々と新手が突き進んでくる。

「弾幕を途切れさせるな!」
「簡単に言わないで!」
「やべえ、オレSP切れそう!」
「下がって回復を! オレが何とかするから!」

 押し寄せてくる膨大な悪魔に、ゆかりが残り少ない矢を必死になって射続け、SP切れで下がった順平の代わりに啓人が出ると召喚器を額に当てる。

「大技いきます!」『紅蓮華斬殺!』

 強力なミックスレイドが狭い通路内を炸裂し、押し寄せてきた悪魔達をまとめてなぎ払っていく。

「ウアアアアァァ……」
「ヒイイィィィ……」
「ウォォォオオ!」
「シャアアアァァ!」

 マトモにくらった悪魔達の断末魔を、後から来た悪魔達の咆哮がかき消していく。

「う……こっちも切れた……」
「はわれ!」

 チューインソウルを口に突っ込みながら、順平がSP切れの啓人を押しのける。

「やば、矢切れた!」
「魔力は温存させなさい! あなた達さっきから大技使い過ぎ!『マハ・ジオンガ!』」
「お前もだ!」

 レールガンでの狙撃の片手間に魔法攻撃を行う咲に小次郎も怒鳴りつつ、じわじわと相手が押してきているのを感じていた。

「こんだけやられても、なんであいつら退かねえんだ!?」
「興奮したら手のつけようないのは人間も悪魔も同じだからだ! 手を休めるな!」
「あっ! あれを!」

 ペルソナを連続発動させながらも、どこか腰が引けてきている順平に、小次郎も焦りを感じ始めていた。
 だがそこで、ありったけのチューインソウルを口に突っ込んだ啓人が相手の攻め方が変わってきた事に気付いた。

「組め!」
「押しつぶすぞ!」

 通路いっぱいに、巨大な紙人形の姿をした陰陽道の一部流派で使役される極めて強力な式神、妖鬼 シキオウジがスクラムを組んで突っ込んできた。

「弾丸を弾く! 物理無効!」
「じゃあこっちが! トリスメギストス!」『アギダイン!』

 咲が放ったレールガンの高速弾丸すら弾くシキオウジに、順平が火炎魔法を放つ。
 しかしそこですかさず、シキオウジの背後から日本の伝承の中で、古来より人の体にとりつくと信じられている犬の霊、魔獣 イヌガミが前へと出て火炎魔法を受け止める。

「ありかよ!?」
「じゃあこっち! イシス!」『マハガルーラ!』

 こんどはゆかりが疾風魔法を放つが、今度は衝撃吸収属性を持つ魔獣 ネコマタが前へと出てそれを受け止める。

「マジ!?」
「小次郎!」
「フォーメションだと……?」

 シキオウジを中心とし、魔法耐性を持つ者と素早く入れ替わって攻撃を防ぐ向こうの戦い方に、咲と小次郎は焦りと同時に違和感を覚える。

(こんな戦い方、悪魔は考えない………やはり、こいつらに味方している人間がいるのか? しかも相当な対悪魔戦の心得がある奴が………)
「ならこれなら! タナトス!」『メギドラ!』
「ギャアアアァ!」

 啓人が放った属性を持たない純粋な魔力の爆発が、フォーメーションを組んでいた悪魔達をまとめて吹き飛ばす。
 だがその背後に、同様のフォーメションを組んでる第二陣、三陣の姿が露になった。

「げっ!」
「ありかよそんなの!?」
「ちょ、ヤバ! 回復アイテムそんな残ってない!」
「口に出すな馬鹿!」
「押せ〜!」
「マガツヒよこせ!!」

 ペルソナ使い達の漏らしたつぶやきが聞こえたのか、悪魔達が更に勢いづいて攻め込んでくる。
 そこで、防衛線の背後から魔獣の遠吠えが響いてきた。

「パスカル!」
「準備デキタ、撤退デキル」

 遠吠えと共に、小次郎の仲魔のケルベロスが姿を現す。

「退け! オレ達も遅滞戦闘しながら退く!」
「分かりました!」
「後お願いしまッス!」
「無理しないでね!」

 ペルソナ使いの後に咲が付いていき、小次郎は素早くアームターミナルを操作する。
 そして小次郎の持つ中で最強の仲魔、インド神話の最高神の一つで宇宙を維持する神、魔神 ヴィシュヌが召喚された。

「ご命令は?」
「派手に行くぞ!」
「ガオオオオォ!」

 小次郎の命令にケルベロスが咆哮で答え、二体の悪魔の全力攻撃が、通路を埋め尽くした。



「第一防衛線、撤退。皆さん無事です」
「こちらも順調だ」

 状況を報告する風花の前を、ミフナシロの中へと避難していくマネカタ達の行列をフトミミが指揮していた。

「思ってた以上にいんな〜」
「総員数は私でも把握していない」
「足りるでしょうか……」

 避難の様子を見ながら、キョウジが非戦闘要員のマネカタだけのはずなのに長々と続く行列に思わずうなる。
 風花も不安そうな声を漏らす中、続々と避難の列はミフナシロへと入っていく。

「それでは、私は内部の誘導と結界の準備に」
「無理しないでね高尾先生。さっき倒れたばかりなんだから」

 転移で避難してきたが、先程までレイホウに介抱されていた裕子がなんとか立ち上がり、どこかふらつく足取りでミフナシロへと向かう。

「魔力は相当高いけど、体力が追いついてないのね………風花ちゃんだっけ? あなたも無理しないように」
「私は大丈夫です。それに今倒れるわけにもいきませんし」
「ヒ〜ホ〜! もうちょいで非戦闘員は終わるホ!」
「その後負傷者が来るホ!」
「じゃあ後はいいから、こいつのそばから離れるな。ここもいつ戦場になるか分からねえしな」
『OKだホ♪』

 風花の護衛役のジャックフロスト&ジャックランタンコンビのデビルバスターバスターズが、〈最後尾コチラ〉と書かれた看板を担いで駆け寄ってくる。
 人手不足で駆り出す羽目になったコンビにキョウジが本来の任務復帰を申し渡す。

「猫の手も借りるってのはこういう状況だな。で、もう一つの方は?」
「あ、はい。多分………」

 風花が入念にサーチし、あるエリアを特定する。

「先程から、この辺りで悪魔反応が頻繁に出入りしてます。ものすごく強い反応の隣に、何かよく分からない反応がありまして……」
「それがボスと参謀ってとこか。人修羅の話じゃ、ボスはこんだけでかい作戦やらかすのは初めてって話だったな」
「間違いない。マントラ軍の時でもこのような戦い方はした事が無いはずだ」
「じゃあやばいのは参謀の方だな。どこのどいつか、ちょっくら面拝んでくる」
「ほ、本当に大丈夫なんですか!? 外すごい数ですよ!」
「何とかするさ。じゃあ行ってくる。後は任せた」
「キョウジこそ無理しちゃダメよ。まとめ役押し付けられるのアンタとロアルドだけなんだから」
「押し付けかよ……」

 レイホウの言葉にぼやきつつキョウジも出撃する中、マネカタ達の避難は続く。

「こちらの準備が完了するまで向こうは持ちそう?」
「えと、皆さん予定通り分散してのゲリラ戦に入ってます。明らかに侵攻速度は落ちてますね」
「危なくなったらすぐに撤退って言っておいたけど、ちゃんと守ってる?」
「一応は……」
「転移は最後の手段だと分かってるんでしょうね。風花ちゃんも危なくなったらすぐにミフナシロの中に入りなさい」
「ふ〜かにはオイラ達がついてるホ!」
「お任せだホ〜」
「えと、こちらは……」
「ZZ……」

 ジャックコンビが胸を張る中、風花が後ろで寝息を立てているダンテを指差す。

「彼なら多少の事でも大丈夫でしょ。ヤバくなったら勝手に起きると思うから、寝かせておいて」
「はあ………」
「ぬ、待て……何かが見える……だが、これは……」

 ふとそこでフトミミが己に額に指を押し当て、意識を集中させる。

「悪い予言じゃないわよね………」
「いや、はっきりとはまだ見えない………だが、この戦いの後に何かが起きる。とてつもなく重大な何かが………」
「……悪い意味にしか聞こえないわね。この状況じゃ」

 レイホウはため息をつきながら、己も再出撃の準備に取り掛かった。



「くそ、どっちだ!」
「マネカタどもめ、逃げるしか能が無いのか!」

 幾つにも分かれたアサクサの地下街通路を進む内に、ヨスガの悪魔達は徐々に分断を余儀なくされていた。

「いた!」
「待ちやがれ!」

 ようやく見つけた人影に、悪魔達が一斉に襲い掛かる。

「うわああぁぁ!!」

 追いかけられたマネカタが、悲鳴を上げて必死に通路を逃走する。

「叫べ叫べ! マガツヒが取れる!」

 逃げるマネカタを追い、悪魔達が通路の角を曲がった瞬間だった。
 突然彼らの足元が崩れ、移動していく視界の中で、先程のマネカタが天井から吊るしてあったロープにしがみついているのが見えた。

「また落とし穴だと!?」
「ただの穴だ、これくらい…」
「そう簡単に行くと思うかい?」

 それほど深くない穴から悪魔達がはいでようとした時、穴の淵からマークが意地悪そうな笑みを浮かべて悪魔達を見た。
 そして、その手には一本のスコップが握られている。

「まさか………」
「そのまさか。やれ〜!!」
『オ〜!』

 マークの号令と同時に、通路の部屋に隠れていたマネカタ、そしてアサクサの地下に住んでいた地霊達も一斉に姿を現す。
 そしてマネカタ達の手には、同じくスコップが握られていた。

「やっちゃえ〜」
「急げ〜」
「おら〜」

 マネカタと地霊が一丸となって、穴を掘ったままの盛り土を一斉に悪魔達へと被せていく。

「うわ、止めろ泥人形が!」
「これくらい!?」

 埋められる前に土を払いのけようとした悪魔達が、その土に大量の御札が混ざっている事に気付く。

「いかん、これは!?」
「おのれぇぇ!!」

 アサクサ中から集めた御札に、正式に御霊降りを施し簡易封印用とした物を混ぜた土に、大量の人海戦術で悪魔達が瞬く間に生き埋めにされていく。

「トドメ! スサノオ!」『神等去出八百万撃!』

 最後にマークが己のペルソナの拳で念入りに土を圧縮、地霊達も協力して完全に穴は慣らされ、悪魔達を生き埋めにした。

「やったやった!」
「マネカタだってがんばればできるんだ!」
「私達だって手伝ったよ〜」
「そうだそうだ」

 うまくいった事にマネカタ達が喜ぶ中、白装束の美少女の姿をした中国の伝承で、複数の人間が首をくくった木に宿るとされる木の精、地霊カハクや国津神の中で屈指の力を持つとされ、一説にはテングの起源であるともされる地霊 サルタヒコが自分達の力も主張する。

「考えたオレもこんなうまくいくとは思ってなかったけどな。あんたらが協力してくれたからなんとかなったようなモンだし」
「ヨスガに来られたら居心地悪くなるし〜」
「地霊達にも迷惑な話だからな」
「次来たよ次!」
「おっと、じゃあ次だ!」
「お〜!」

 マークの号令の元、全員が一丸となって次の穴へと向かった。



「向こうにいった者達の気配が消えましたね」
「やはり元マントラの者達では頼れませんか」

 別の通路を進んでいた天使達からなる部隊が、仲間がやられた事を嘲笑しながら進む前に、人影が姿を見せる。

「見つけた!」
「力無き者に死を!」
「そうか」

 マネカタのフードを被ったその人影が、襲ってくる天使達の声に、小さく呟く。
 そして突き出された白刃が、天使の一体を返り討ちにした。

「が………」
「マネカタじゃない!?」

 返す刀で、別の天使も一撃で斬り捨てられる。

「何者だ!?」
「デビルバスターだ。ただのな」

 そう言いながら、フードを脱ぎ捨てた小次郎が、将門の剣を構え直す。

「人間風情が!」
「その顔を苦痛に歪ませ、マガツヒを垂れ流しなさい!」
「ゴガアアァァ!」
『マハ・ジオンガ!』

 槍を手にしたパワーと、半透明の体のヴァーチャーが小次郎へと襲い掛かる。
 そこへ、小次郎の背後から放たれた猛烈な業火と電撃魔法が炸裂した。

「グルルルル………」
「人間をなめないでほしいですね」

 小次郎の背後から現れたケルベロスが唸り声を上げ、咲が天使達を睨み付ける。

「人間がもう一人か」
「この狭さでは、仲魔も多くは呼べまい!」

 一瞬怯んだ天使達だったが、態勢を立て直して襲いかかろうとした時だった。

『アブソリュート・ゼロ!』
『戦の魔王!』

 突如として天使達の背後から、すさまじい氷結魔法と、魔王シュウを呼び出す召喚魔法が炸裂した。

「がはっ!!」
「伏兵だと!」

 まったく予想外の事に天使達が背後を振り向く。

「悪ぃな、ちょっとイカサマさせてもらったぜ」

 そこにはソーコムピストルを構えた八雲の左右に、カチーヤとネミッサの姿があった。

「いつの間に!」
「教えな〜い♪」

 ネミッサが舌を出しつつ、突き出したカドゥケウスが天使を貫く。

「がはっ!」
「おのれぇ!」

 天使達の外見の神々しさとは裏腹の罵声に、銃声と剣戟の音が重なる。

「はあっ!」

 カチーヤが振り回した空碧双月が最後の一体を唐竹に斬り割る。

「片付いたな」
「やべ、次が来てる」

 小次郎が刀を振るって血脂を振り落とした所で、八雲がエネミーソナーに新しい反応が近づいている事に気づく。

「向こうだ!」
「先遣隊はやられたようだぞ!」

 戦闘の音を聞き、やってきた悪魔達が雪崩れ込む。
 だがそこには崩壊していく天使達の屍と、弾痕や血しぶきだけで生きている者の姿は見当たらなかった。

「いねえ!?」
「どこにいった!」
「探してマガツヒを搾り出してやる!」

 悪魔達が周囲を探すが、通路には部屋一つ見つからない。
 そして、瓦礫に隠してある小型ディスプレイと、そこから伸びるケーブルに気付く者はいなかった。


「行ったか?」
「まだうろついてる〜」
「まさか、こんな所にいるとは思わないだろ」
「確かにな………」

 ネミッサが表示する複数の画面に映し出される光景を見ながら、八雲と小次郎は呟く。

「でも、ちょっと不思議な感覚ですよね」
「色んな所行ったけど、まさかサーバーの中の世界なんて……」

 自分達がいる場所、臨時で設置されたサーバーマシンの中、ネミッサの力でダイブした情報世界の感覚にカチーヤと咲が若干戸惑いを覚える。

「オレも最初はそうだったからな。すぐに慣れる」
「初めて入る時大騒ぎしてたモンね〜」
「だから昔の話をほじくり出すな!」
「だが便利な物だな。回線と簡易ターミナルさえあれば、余計な設定も何もいらずに移動できる」
「もっとも昔は中に悪魔だの電霊だのが徘徊しててえらい目にあったぞ。ここにも一匹徘徊してるが」
「そんな事言うと八雲だけ残すよ?」
「あのネミッサさん、そんな事したらこの後の作戦に支障が………」
『あの……』

 ネミッサの洒落にならない脅しをカチーヤがいさめようとする中、八雲のそばに小さなウインドウが浮かんでそこに風花が映し出される。

「どした山岸?」
『ルートD、Gからの侵攻が予想以上に多いです。リーダー達とパオフゥさん達ががんばってますが、レイホウさんが予定を繰り上げると』
「あっちの準備は?」
『大体は。それにこれ以上地下通路が崩壊すると、予定していた効果が出せなくなる可能性が』
「メアリ、アリサ、そっちは?」
『結線および調整、82%をクリア。ただ機材不足で残る部分は接続不能です』
『エーテルハーモニクス、起動準備OKだよ、お兄ちゃん』

 八雲の問いかけに同じく浮かんだウインドゥにメイド姉妹が表示され、準備完了を告げる。

「もうちょっと削ってからにしたかったんだがな〜」
「相手の数が多過ぎる。もう少し減らしてくるか?」
「津波が来るのに海に出るようなもんだぞ。オレはインドア派だからとっとと部屋にこもる」

 風花から送られてくる敵の侵攻状況に、八雲と小次郎は舌打ちを交えながらも思案する。

「もっともこもる前に戸締りは必要だろうが……問題はあまり派手にやりすぎて断線しちまったら帰れなくなる」
「あの風花だっけ? あの子に転移させてもらえばいいじゃん」
「あれはあくまで最後の手だ。負担かけて倒れられたら状況把握が困難になる」
「だが、こちらの負担も軽減させねば」
「ここ、一応途切れてるみたいだけど………」
「ち、しゃあねえな。ネミッサ頼む」
「じゃあ、行くよ」

 ネミッサの声と同時に、皆が光に包まれ、画面の一つからリアルの世界へと出撃していった。



「おわああぁ〜!」
「うわわわわ〜!」
「待ちやがれ!」
「人間だ! マガツヒを絞りとれ!」
「ワンワンワン!」
「犬までいるぞ!」
「ついでだ!」

 地下通路の一つを、順平と啓人、それにコロマルが声を上げながら全力疾走していた。
 そしてその背後を、おびただしい数の悪魔が追っている。

「ちょ、洒落になんねぇってこれ!」
「しゃべってる間に走ろう!」
「ワンワン!」

 必死になって逃げる二人と一匹を、悪魔達が追い掛け回す。
 だが、その悪魔達を追うように押し殺した複数の気配が通路に併設している部屋から部屋へと移動していた。

「待ちや、んが…」

 だが最後尾にいた悪魔の一体が、いきなり開いたドアから伸びてきた腕に捕まり、部屋へと引きずり込まれる。
 それに気付かず追跡を続ける悪魔達が、後ろから一体、また一体と減っていく。
 啓人達を追いかけるのに夢中な悪魔達がそれに気付かないまま、すでに数はかなり減っていた。

「畜生、なんて逃げ足の速え奴らだ! オイ誰か…」

 中間にいたはずのオニが後ろを振り向いた所で、いつの間にか後ろに誰もいない事に気付いた。

「あん? おいどこに行った…」

 思わず足を止めたオニだったが、そこにいきなり開いたドアから高速で影が迫る。

「お…」

 言葉を発する間も無く、突き出された鋭利な刃がオニの喉を貫く。
 続けて迫った別の影が、オニを手近の室内へと連れ込んだ。
 そしてまた誰も気付かぬ通路の、閉ざされたドアの向こうから咀嚼音が響いてくる。

「こんな物か」
「おお、これ以上食うと腹壊すし」
「……素人だな」
「後部警戒をまったくしていない。襲う側が襲われる事など考えていないのだろう」
「向こうもそろそろだっけ?」
「我々も後を追おう」

 やがてドアがそっと開き、そこから悪魔化しているロアルド、シエロ、サーフが姿を現す。
 その全員の口が鮮血でまみれている事と、喰奴の習性とを考えれば、中で何が行われていたかは容易く想像できる。
 極めて物騒な所業を成し遂げた喰奴達は、素早く、かつ気配を忍ばせながら後を追った。


「そろそろ……のはず」
「も、もう限界……」

 目的の通路を示す目印代わりの浅草サンバカーニバルポスター(※二次元萌仕様)の張っている曲がり角に息も絶え絶えの二人と一匹が滑り込む。

「そこか!…あ?」
「アイギス、フルバースト!!」

 後を追った悪魔達の目前に、両腕に大型ガトリングガンとオートマチックグレネードランチャーを装備したアイギスが待ち構えていた。
 次の瞬間、アイギスの両腕が無数の銃弾とグレネード弾を一斉に吐き出す。
 雷のような高速連射の銃撃音と、轟く爆発音が周辺に響き渡り、弾幕と爆風が悪魔達を埋め尽くした。

「ぎゃああぁぁ!!」
「この…がふっ………」
「うわあああぁぁ!」

 猛烈なアイギスの攻撃の前に、逃げ場の無い悪魔達が断末魔を上げていく。

「ちいぃ! 罠だ! 逃げるよ…」

 後ろの方で銃火を免れたヤクシニーが自分の後ろにいるはずの者達に声をかけたつもりで振り向く。
 だが振り向いた直後、その胸を刃が貫いた。

「が……あんた等は……」

 腕と一体化したヴァジュラの刃を突き刺してきたロアルドに、ヤクシニーが憤怒と疑問の入り混じった目を向ける。

「後ろの……連中は……」
「食った。残念だがな」
「そうかい………食い物にされてたのはこちらの……」

 すべてが罠だった事に気付きながら、ヤクシニーの体が力を失って崩れ落ちる。

「殲滅するぞ!」
「OK!」
「分かってます!」

 アイギスの銃撃で傷ついた残りの悪魔達も、美鶴を先頭としてゆかり、乾の手によって倒されていく。

「さ、作戦どおり………」
「しんど…………」
「ワンワン!」

 囮役だった啓人と順平が息も絶え絶えでぐったりする中、唯一元気そうなコロマルが声を上げる。

「犬は元気だぜ………」
「休んでいる暇は無い。すぐに次が来る」
「げ〜……」
「グロッキーならチェンジしようかブラザー?」

 ロアルドの言葉に露骨に嫌な顔をする順平に、シエロが笑いながら交代を申し出た。

「残念だが、我々のペルソナではSilent Killには向いていない。この作戦では敵に目的を知られないようにするのが最大のポイントだからな」

 あらかじめ突貫で部屋どうしを繋ぐ隠し通路を掘っておき、そこを移動しながら相手の背後から奇襲をかける。
 高い追跡能力と暗殺能力を必要とする作戦に、美鶴は正直に自分達に向いていない事を告げる。

「あの桐条先輩、オレさすがにも一回はちょっと……」
「オレも………」
「情けないわね〜」
「じゃあゆかりっちやってみろ! 本気で殺されるかと思ったぞ!」
「それは無い。人間はマガツヒの良質な生産元として丁重に拷問されるそうだ」
「もっと悪ぃ………」

 真顔で空恐ろしい事を告げるロアルドに順平が更に顔を青くする。

「こういう時、明彦がいてくれればな」
「確かに真田さんならこういうの得意そうですよね。途中で返り討ちにしそうですけど」
「……次の作戦に移る」

 美鶴や乾が嘆息する中、サーフが冷淡に再開を告げる。

「残念ですが、重火器の残弾が僅かです」
「あのレーザーって使えない?」
「ゆかりさん、レーザーとはオルゴンブラスターの事でしょうか? ヴィクトル博士から渡されたのは試作品のあの一つだけです」
「仕方ない、フォーメーションを変えよう。だとしたら誰が囮を…」
「オレが行く」

 アイギスが武装を交換する中、啓人がフォーメーションを悩む間も無く、変身を解いたサーフが拳銃片手に敵の向かってきている方へと走っていく。

「すげえクールだな、あんた等のリーダー………」
「でも兄貴は頼りになるぜ」
「彼なら一人でもそう簡単に死ぬような事は無いはずだ。作戦を続行しよう」
「じゃあ待ち伏せはアイギスメインで、ゆかりと美鶴先輩がサポート、他はバックアップで」
「ワンワン!」
「コロマルさんはまだ大丈夫だからサーフさんのサポートに回ると言ってます」
「じゃあ頼むよコロマル」
「こちらも行こう」
「OK!」

 皆がそれぞれの役割を果たすために走り出す。
 だが、ヨスガの圧倒的な数の前に、防衛線はじわじわと押し込まれつつあった。





感想、その他あればお願いします。


NEXT
小説トップへ
INDEX


Copyright(c) 2004 all rights reserved.