「う~ん……」 耳元でけたたましく鳴り響くコール音に、八雲はまだ重いまぶたを僅かに開けつつ、コール音を鳴らす備え付け電話の受話器を取った。 「はい、八雲……」 『八雲、あんたそろそろ起きなさい。やる事しこたま溜まってるから』 「あ、たまきさん……あと五時間」 返答代わりに、部屋のドアからいきなり突き出した剣の切っ先に八雲の眠気が血の気と共に失せていく。 『起きろ!』 「分かりました」 即答して脱ぎ散らかした上着を適当に着込み、八雲が剣痕の残るドアを開ける。 「まったく、こっち側もあっち側もあんたは変わらないわね~」 「たまきさんもそですよ、もっともこっち側のたまきさんは引退しましたけど」 怒りと呆れの混じったため息をもらすたまきの後ろに続きながら、八雲が頭を振って残った眠気を振り払う。 「聞いてるわよ。子供ね~、こっちは夫婦で忙しくってそんな暇ありゃしないってのに」 「そいやただしさんは? 見かけないような」 「こっちだと、実家に帰ってシバルバーから供給される物資の管理を一手に任されててね。この街の経済の中心人物になってるのよ」 「……そこは全然違うな」 「それ言うなら、カチーヤちゃんだっけ? あんな子私は知らないのよね~。似てる所と似てない所があちこちあるみたい」 「そこいら辺、すりあわせとかないとまずいか……」 「おいおいね、とりあえずざっとチーム分けは済んでるわ。小次郎と人修羅の、修二君だっけ? が第一陣として下の探索に出てるわ。もう直第二陣でアレフとダンテ、ガイドに高尾先生が出るって」 「オレの専属は?」 「解析班よ、電算室で送られてきてるデータのマップ製作その他にしばらく当たってもらうって」 歩きながらあれこれ話している所で、ふと通路の向こう側から何かが聞こえてきた。 「うわ!」「あっ!」「キャウン!」 トレーニングジムエリアから聞こえてきた声に、二人が何気なくそちらを覗き込む。 そこにあったのは、下から順平、乾、コロマルの順に積み重なって伸びている二人と一匹の姿だった。 「何やってんだお前ら」 「つ、強ぇ……」「手も足も出ません……」「キュ~ン」 その向かいでは、竹刀を手にしたライドウが涼しい顔で立っている。 「お前らな……葛葉 ライドウって言ったら葛葉四天王の一角、順平と同じ歳でも修行年数も実戦経験も桁違いだ。相手になる訳がねえだろ」 「そうでもない。それなりに場数は踏んでいるようだ」 「まだまだだがな」 フォローだがお世辞だか分からない事を言うライドウとゴウトに、その様子を横で見ていた美鶴がいささか顔を曇らせる。 「模擬戦は私の発案だ。もっともこれ程とは……」 「オレみたいな三下サマナーを参考にしたんじゃないだろうな? オレなら絶対申し込まんぞ」 「そういうお主も、それほど弱いようには見えんぞ」 ゴウトの言葉に、八雲は失笑を漏らす。 「あいにくと、オレもたまきさんもスカウト組でね。正規の修行はほとんど受けてない。ライドウとやりあおうなんてさらさら思ってないさ」 「あんたは特にね」 「変わった奴だ。なぜそこまで己を卑下する?」 「自信過剰は禁物、古今東西この業界の常識だろ」 ゴウトの問いに含み笑いを残し、八雲がその場を立ち去る。 「あいつか、周防が会わせたくないと言ってたのは」 「多分ね。葛葉でも特に変り種、腕は確かなんだけど」 「そうか……」 たまきの説明に、ライドウは怪訝な顔で八雲の背中を見送っていた。 「おう、ここでいいか?」 「遅~い!」 「やっと来やがったな。早く手伝え!」 八雲が顔を覗かせると、膨大なレポートやディスクに埋まるように舞耶とパオフゥがデータ整理の真っ最中だった。 「すげえなこれは………」 「全員から集めたデータの照合に、下に言った連中が送ってきてるマップデータ、それにあちこちで出てきてる敵のアナライズデータ。半端じゃねえ量だ」 「だが必要になる。特に敵と味方のデータはな」 「追加持ってきたよ」 「次来たよ~、ってお兄ちゃんやっと来た!」 「おうアリサか。仕分けるからそこに置いといてくれ」 「はいっと」 大量のレポートを抱えてきたうららと人工メイド姉妹の妹が、それをどっかりと手近のテーブルに置いた。 「解析班はこの面子か……そういや山岸はいないのか? こういうの向きだと思ったが」 「あの小っこい嬢ちゃんか? それなら機械いじりが得意だからってんでXX―1の修理に行ってるぜ」 「ちっ、あの能力は便利なんだがな~」 「聞いたわ、サーチ系ペルソナなんでしょ?」 「それって便利ね~、あたしも欲しいわ」 舞耶とうららが手分けしてレポートを仕分けしていき、八雲とパオフゥがそれを片っ端から業魔殿のメインコンピューターに入力していく。 「大型シャドウにコピー喰奴だ? そんなのまで出てるのかここは………」 「そっちこそ、ヨスガとかいう悪魔の大軍勢相手にしたってこっちに書いてるわよ」 「どっちもこっちも派手ね~」 「これ以上派手になったら、さすがに手に負えなくなるかもしれねえな……」 「考えたくない事言うな。オレが今ここにいるまでにどんだけ苦労したと……」 「全員がそう思ってるわよね、それ」 「マーヤの言う通り!」 「更に追加~」 女二人が笑い合う中、アリサが更にレポートを持ってくる。 「統合データバンクの作成だけで何日かかるんだこれ………あ、アリサ茶頼む」 「はいお兄ちゃん」 「オレもコーヒー頼む。知るか。とりあえず使えるようにすんのが先決だ」 「そうだな。多分今はどこも混乱してるだけだ。次がいつ始まるか……」 「次って?」 「また何か起きるっての?」 「この状態がどこぞの連中の実験だとしたら、次があるって考えんのが普通だろが」 「しかもそれが何か皆目検討がつかん。これを整理すれば何か見えてくるかもしれんが、あいにくここには悪魔使いのヤクザな探偵は何人かいるが、パイプがトレードマークの名探偵や伊達眼鏡の少年探偵はいないからな。そういや、カチーヤとネミッサは?」 「あの二人なら、街の外縁警備に駆り出されてるわよ。たまに頑張って昇ってくるのがいるって~」 「あのネミッサって、あんたの昔のパートナーなんでしょ? カチーヤちゃんと組ませて大丈夫なの?」 「多分な。それにネミッサならカチーヤの力が暴走した時、リミッターになれる」 「そういう意味じゃなくって」 うららが呆れる中、高速のタイピング音とPCの起動音が室内に木霊していた。 同時刻 珠閒瑠市 外縁部 「また来ました」 「そこ!」 監視用スコープを覗いていたマネカタの報告に、カチーヤがM134ミニガンを向け、フルオートで銃弾を解き放つ。 弾丸は虚空を突き進み、珠閒瑠市の周囲を取り囲むフィールドサークルをよじ登ってきていた悪魔に突き刺さり、悪魔が悲鳴を上げながら落ちていった。 「まったく懲りないわね~」 「あの、ネミッサさん……」 落ちていく悪魔を双眼鏡で見ながら、どこかから持ち出してきたビーチチェアに横たわったネミッサが缶コーラをあおっていた。 「まじめにやらないと、たまきさんやレイホゥさんに怒られますよ……」 「ネミッサ、葛葉の人間じゃないも~ん♪」 「あの、一応八雲さんのアシスタントという事になってるんですけど」 「違うよ、八雲がネミッサのアシスタントなんだよ」 「………」 自分勝手で我侭し放題のネミッサに、カチーヤはどう接するべきか悩んで思わず黙り込んだ。 「ねえカチーヤちゃん」 「は、はひ!?」 「八雲と同棲してるってホント?」 「同棲というか、同居というか……あの、その……色々とありまして……」 「クッ、アハハハハ!」 思わず上ずった声で呟くカチーヤに、ネミッサは楽しげに笑いだす。 「カチーヤちゃんかわいい~♪」 「ちょ、ネミッサさん仕事!」 ネミッサにぬいぐるみがごとく抱きしめられて、カチーヤがもがくのを周囲の監視作業に従事しているマネカタ達が不思議そうに見る。 「これ終わったらみんなで遊びに行こ!」 「ダメですよ! やる事たくさんありますし……」 「いいじゃんそんなの。人手だけはいっぱいいるし!」 「ダメですって!」 どうにかネミッサを監視任務に戻そうとカチーヤがもがいている所に、連絡用に配備されていた無線機がコール音を鳴らす。 「はい第二監視所。あ、はい。カチーヤさんに」 「私に?」 通信担当の珠閒瑠警察署の警官が、カチーヤに無線機を渡す。 『様子はどうだカチーヤ』 「あ、八雲さん。目覚めたんですか?」 『起きて早々、こき使われてる。どの世界でも葛葉は人使い荒えな』 「まあ、状況が状況ですし」 「八雲~、ここ退屈~」 「あの、ネミッサさんが……」 『飽きてるだろ? 昔に比べれば持った方か。適当な飴で釣っておけ』 「はあ……」 『オレは今こっちの作業の手が離せん。市外全土の結界化もまだ計画段階では、そこを空ける訳にもいかんしな。多少アホな事言っても気にするな』 「う~ん……」 何か自分の時とまるで正反対の八雲の助言に、カチーヤが小さく唸る。 だがそこで、横から伸びてきたネミッサの手が無線機をカチーヤの手から奪う。 「八雲、お菓子無いから持ってきて♪」 『後にしろネミッサ! 二時間経てば交替だろうが!』 「ぶ~、ネミッサつまんない~」 『一遍死んでも何も変わってないなお前は………後でメアリにでも持ってかせるから大人しく見張りやってろ。小次郎から中間報告が来たが、下は大分騒がしいようだ』 「そうなの?」 「来ました! 今度は複数!」 「迎撃します!」 ネミッサが呟く隣で、カチーヤが再度銃口を上ってくる悪魔達へと向けてトリガーを引いた。 同時刻 ボルテクス界 シブヤ 「ああ、今どこでもあれの噂で持ちきりだ」 「あのいきなり現れた空飛ぶ街には人間がたくさんいるって話だぜ」 「シジマ、ヨスガ、ムスビ、どこもあの街を調べるために斥候を出してるらしいな………」 シブヤの街にいる悪魔達は、誰もが突如として出現した珠閒瑠市の話をしていた。 「多分、今どこ行っても同じ話題だろな~」 「無関心な方が希少だ。だが予想以上に各勢力の動きが早い」 情報収集に当たっていた修二と小次郎が、ほぼ同じ内容の話から重要な情報を取捨選択していた。 「問題は斥候がどれだけ来ているか、だな……」 「なんか上の方から微妙にパンパン聞こえんだけど」 「耳がいいな。オレには聞こえないが」 「デビルイヤーだからな」 「正真正銘の…」 そこで、何か大きな影が小次郎の背後に立つ。 「お前、人間だな?」 「あの街の事、何か知っているな?」 小次郎の背後に立ったソロモン王の72柱の魔神の1者、半獣半人の姿の堕天使 オセとソロモン王の72柱の魔神の1者、大がらな馬に騎乗した恐怖の王、堕天使 ベリスが小次郎へと迫る。 「こいつら、シジマか!」 「貴様もいたか人修羅。だが、用があるのはこいつだ!」 「マガツヒ諸共、知っている事を全て搾り取ってくれ…」 問答無用で襲ってくる堕天使達に、小次郎は慌てず腰の刀の鯉口を切った。 振り向きざま、小次郎が刀を抜き放つ。 一瞬、襲い掛かった堕天使達の動きが止まったかと思うと、オセの片腕が斬り落ち、ベリスの体が半ばから両断される。 「ギャアアァァ!」 「が、は……」 オセが絶叫を上げ、ベリスが血反吐を吐いてその場で絶命する。 「一つ教えておく。あの街にはオレと同クラスのデビルバスターが何人もいる。手を出さないのが利口だ」 「ひ、ヒイイィィ!!」 冷徹な瞳で睨み付ける小次郎に、オセは思わず悲鳴を上げてその場から逃げ出していった。 「今見てた連中も覚えておけ。ニュートラルを保つためなら、オレはどんな相手でも倒す」 物見高いシブヤの悪魔達も、小次郎のすさまじい強さに絶句する。 「次に行くぞ」 「あ、ああ……」 静かになった街を二人はそのまま立ち去っていく。 その後になって、シブヤの街は違う喧騒に包まれ始めた。 「強ぇな、あんた……」 「地形が少し違うだけで、ここもオレのいた東京もあまり変わらん。オレはそこを戦って勝ち抜いた」 小次郎が呆然と呟く中、街の外に停めておいた、珠閒瑠警察から借りてきたサイドカー付きの白バイに小次郎は歩み寄る。 「ご苦労パスカル」 「クゥ~ン」 番をしていたケルベロスの頭をなでてやると、小次郎はバイクに乗り込み、修二がサイドカーへと乗り込む。 エンジンを掛けると二人の乗った白バイは走り出し、その隣をケルベロスが併走する。 「街の警備をもっと厳重にした方がいいな。咲が見張ってるからそう簡単には侵入はされんと思うが………」 「けどよ、あの街はデカ過ぎる。始終見張るにも限度があるぜ」 「サッキカラ、タマニ入ロウトシタ悪魔ガ落ッコトサレテルゾ」 「斥候だからそれで済んでるんだろうな。大規模な作戦を打たれる前にどうにかしないと………」 「あの太ったオッサンが街全部結界で包むとか言ってたよな?」 「あれだけの規模となると、発生まで時間が掛かる。かといってこっちも派手に動けるにはまだかかるだろうし………」 「ややこしくなってんな~」 「ソウダナ、人修羅」 「お前に言われてもな~」 サイドカーの中で修二はため息をつきつつ、白バイは周囲の変化を観察しつつ、次の街へと向かっていた。 同時刻 珠閒瑠市 シバルバー内部 「うわ~……」 「何よこれ……」 一連の事件の手がかりを求め、克哉(+ピクシー)と明彦を除いたメンバーで再進入をしていた達哉を中心とした探索チームが、目の前に広がっている光景に唖然としていた。 「爆弾かしら?」 「いや、着火剤とかも使ったのか?」 かつて光を放っていたシバルバーの各所が焦げ、崩れ落ち、見るも無残な様相を呈していた。 「証拠隠滅って、こういう状況かな?」 「全部吹っ飛ばすにゃ足らんかったみてえだけどよ」 淳とミッシェルが周辺に散乱してる瓦礫を見つつ、ボヤく。 「ライフライン関係はかろうじて生きてるし、自己修復も始まるはずだ。内部の状態を確認しておこう」 「そうだね情人。でも、全然何の気配も感じないような?」 「ケツまくって逃げられたかしら……?」 達哉が率先して中へと入り、リサと舞耶もその後へと続く。 「うわ~、何これ」 「前に写真で見た事有るわ。頑丈すぎて壊れないと、爆風とかでこうなるみたい」 シバルバー内部には通路一面をススや焼け焦げた建材が転がり、悪魔の死体か戦闘マシンの残骸かか分からない程黒くなった物体も混じっている。 「一体いつの間に?」 「だよな? オレら前来てから一日と経ってねえはず……」 「転移の直後かな……他に考えられない」 壁を小突いて状態を確認した淳が、冷え切っている事に小首を傾げる。 「ねえ情人、こんな状態じゃ何もないんじゃない?」 「何かでいい。何かがあれば……」 それ以後、黙って中心部へと進んでいく達哉の後ろで、皆がこっそり顔をつき合わせて囁く。 「なんか達っちゃん、様子おかしくねえか?」 「だよね。やけに喋ったり、黙ってみたり………」 「多分、この状況に責任感じてるんじゃないかと……」 淳の発言に皆が眉根を寄せる。 「達哉君に責任なんて無いじゃない……」 「そうだよ、エンジェルとかいうおばはんがやったんでしょ?」 「それなら、僕の方こそ責任が……」 「ああ、止めだ止め! とっとと終わらせて帰ろうぜ! こんな所にいたら、ミッシェル様の玉の肌が焦げ臭くなってしまうじゃな~い」 「そうそう、早く帰ってシャワー浴びよ!」 「そうね♪」 「?」 後ろが騒がしい事に達哉が振り返るが、皆がやけにやる気なのを確認すると、また黙って先へと進んでいく。 「にしても、何も出ねえ………」 「そうね、悪魔もマシンも全部焦げちゃったのかしら?」 「悪魔はともかく、マシンはラストバタリオンの噂の産物です。消えるなんて事が……」 全員が不思議に思う中、焼け焦げ、崩れかけた通路を瓦礫を避けつつ、中枢部へと皆が進んでいく。 「ありゃ、塞がってんぜ…」 「ホオォー!」 扉や建材の瓦礫で塞がった最中枢部への入り口を、前と同様にリサが蹴破る。 「うわ………」 「ひどいわねこれ………」 中に広がっていたのは、すさまじいまでの破壊の痕跡で、そこに鎮座していたはずの機械だった物が、それらしきスクラップと思われる黒ずんだ物体となり無数に散らばっているだけだった。 「黒焦げもいい所ね……」 「こりゃオレらじゃ何も分からねえぜ」 「鑑識に任せるしかない。一度帰って鑑識班を連れて出直しだ」 「また来るの~? 焦げ臭くなるからヤダ~」 「でもこれなら、護衛も少なくていいかもね。他に進入路がないかも調べないと……」 淳が大穴の開いた天井を見上げていた時だった。 全員のペルソナが同時に何かを感じる。 一斉に皆がその感じた物の方向を振り向く。 そこにいたのは、一匹の金色の蝶だった。 『フィレモン!?』 全員が叫んだ時、その場の光景が一変した。 視界が急激的に沈んでいき、目の前に緑色の不可思議な闇が満ちていく。 闇の中を沈んでいく先、そこに小さな円状の神殿のような建築物が見えてくる。 その内部へと視界が移動した所で、全員の意識が覚醒した。 「ここか」 「フィレモン! 聞きたい事が…」 皆がその場所、ペルソナを覚醒させた発現の場を見回す中、淳が息を切らしながら神殿の中央、そこに浮かぶ金色の蝶に話しかける。 それに応じるように、金色の蝶は白黒の二色で構成された仮面を被った、白スーツの紳士へと変化した。 ペルソナを与えてくれた存在、普遍的無意識の創造性を象徴する存在、《フィレモン》がその姿を現した。 だが、その姿はまるで一昔前の移りの悪いテレビのように不鮮明で、たまにノイズが入って安定していない。 「ちょ、このオッサンこんなんだったか!?」 「違うよ! どうなってんの?」 『よく…来てくれ……』 前と違うフィレモンの様子に、ミッシェルとリサもただならぬ事態を感じ取る中、フィレモンが言葉を発する。 その言葉も途切れ途切れで、かなり聞き取りづらい物となっていた。 「まさか、奴か?」 『違……らに、深遠から……』 「ニャルラトホテプより、深遠の存在?」 達哉の問いかけへのフィレモンの返答に、淳が首を傾げる。 「教えてフィレモン。私達はどうすればいいの?」 『決めるの…君達じし………急げ……でに新たなる敵が……まって……』 そこまで言った所で再び視界が急激的に上昇していく。 「待って! まだ色々聞きたい事が…」 舞耶が手を伸ばした所で、フィレモンの姿が掻き消える。 そして、皆は再び焼け落ちたシバルバー中枢部へと戻ってきた。 「さっきのって……」 「前の戦いの時も、フィレモンが弱ってああなっているの見た事あるわ。でも、もっとひどかったみたい………」 「あんな奴でも具合悪くなるんだな」 「だが、幾つか分かった」 「うん。ニャルラトホテプよりも深遠の存在、それが絡んでいるらしい」 「あれよかヤバイ奴って事ぉ!?」 「マジかよ!」 リサとミッシェルが愕然とする中、舞耶がフィレモンとの会話を思い出していく。 「そう言えば、最後に何か言ってなかった?」 「ああ」 「確か、新たな敵って……」 『え?』 同時刻 ボルテクス界 元の世界で言えば両国に当たる場所、相撲の殿堂として知られるその場所に、力士でも相撲ファンでも無い者が多数徘徊していた。 「ウウウ……」 「アア……」 口々に怨嗟や苦悶を漏らしつつ、腐臭と死臭を撒き散らすそれらは、ただ無分別に周辺を歩き回る。 そのような異様な存在が、おびただしい数となってリョウゴクを埋め尽くしていた。 「なんて亡者の数……」 「ゾンビ映画が撮り放題だな。ハリウッドにでも持ってくか?」 離れた場所から、徘徊する亡者の大群を持参した双眼鏡で観察していたヒロコとダンテが、その予想を上回る状態に絶句し、苦笑していた。 「亡者くらいなら、問題ない。人手を集めれば駆逐できる。だが……」 「あれ、ね」 ヒロコから渡された双眼鏡を覗き込んだアレフが、同じくダンテから渡された双眼鏡を覗き込む祐子と同じ物を見つめる。 亡者達の中央、そこに存在するとてつもなく巨大な穴の存在に。 ざっと見ただけでも、学校のグラウンドくらいは簡単に入る巨大な穴は、その奥が見えない程に深く、暗い。 そしてその穴の中から、思い出したかのように一体、しばらくしてまた一体亡者が這い出してきていた。 「あれ、前からあったか?」 「いいえ。この間までは無かった………」 祐子が首を横に振る中、アレフは再度その穴を見た。 「何か分かるか?」 「聞いた事は有るわ。見たのは初めてだけど」 「私は見た事あるわね。もっともっと小さい奴だけど……」 「オレもだ。さすがにここまで馬鹿でかいのは初めてだが」 ヒロコの頬に汗が伝い、ダンテが不敵に笑う。 「《ゲート》だな。しかもスーパービッグLLサイズの」 「そう、《門》よ。ここまで大きいと、何が這い出してきてもおかしくないほどの………」 「《冥界の門》!!」 祐子が絶句し、再度穴と周囲の亡者を見る。 「だが妙だな。亡者以外に何か出てきた痕跡が無い」 「それは私も気になったわ。このサイズなら、何が出てきてもおかしくないのに」 「つかえてるのかもな。どうする?」 ダンテの問いに、皆が考え込む。 「早急な封印が必要よ。でもその前に亡者をどうにかしないと」 「一度戻って、対策を検討した方がいいな」 「こんだけ大きな門、どうやって封じれば………」 「さあな。お前達は先に戻れ。オレはちょっと掃除していく」 「オレも手伝おう」 女性達が思案を巡らす中、ダンテとアレフは、愛剣を手に亡者達へと向かって駆け出していた……… 困難を前に、未来を紡ごうとする糸達の前に、また新たなる困難が襲い掛かる。 新たなる災厄の先にあるのは、果たして……… |
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