PART62 NO ENTRY ZONE


真・女神転生クロス

PART62 NO ENTRY ZONE





「タルタロスから入電! 登頂部隊はムスビのリーダーと交戦、これを倒すも重傷者二名を出し中間拠点まで一時撤退!」
「超力超神・改突入部隊、現在侵入した各勢力と交戦中!」
「それと…」

 レッド・スプライト号のブリッジで、各所から届く旗色の悪い報告ばかりに、轟音と鳴動が重なる。

「40代目ライドウと珠阯レペルソナチームが交戦中!」
「言わなくても分かる! 頼むからどっか他所でやってくれないのか!?」
「無理だ! あんなのこの街のどこでやっても大被害だ! レッド・スプライト号を盾にすれば被害は…」

 半ば悲鳴になりかけるブリッジクルー達に、大きな振動が拍車をかける。

「医務室には重傷者もいるんだぞ!」
「プラズマシールド全開! くそ、ジェネレーター持つか!?」
「持たせろ! この状況でレッド・スプライト号を失うわけにはいかん!」
「シュバルツバースとどっちがマシだったんだこれ!」
『現状では判断は不可能』
「言うなアーサー!」

 報告と悲鳴と怒号がブリッジで飛び交う中、外ではもっとすさまじい物が飛び交っていた。



「アポロ!」『ギガンフィスト!』

 光の巨人と化した40代目ライドウに達哉のペルソナが拳を叩きつける。
 渾身の拳が、一発のみならず二発、三発と叩き込まれるが、巨大化した相手には効果は薄かった。

「下がれタっちゃん! ビシャモンテン!」『グラダイン!』
「フェンリル」『ファイアストーム!』

 達哉の両脇に出たミッシェルと淳が仏教の富の神で仏法の守護者と北欧神話のロキの息子である狼のペルソナで攻撃魔法を放つが、それも大したダメージにはならない。

「すっごいタフよこいつ!」
「じゃあくたばるまで叩き込めばいいだけ! ヴィーナス!」『フォーミーラバー!』

 リサのペルソナが放つ泡が巨人化ライドウを包み込み、破裂させるがそこにいる相手の姿は然程変わっていない。

「これでも!?」
「ふふ、マガツヒの力、これほどとは………もっと早くこうすればよかった」

 立て続けの攻撃にびくともしない巨人化ライドウは、その力に思わずほくそ笑む。

「これならば、自らで創世も行えるやもしれぬ」
「そんな姿で神気取りか?」
「悪趣味な神様ね」
「さすがにそこまで自負はしない。こうするまでだ」

 達哉と舞耶に指摘される中、巨人化ライドウは手で印を結び始める。
 さらに背から複数の腕が生えてきたかと思うと、その手がそれぞれ別々の印を結ぶ。

「タカアマハラニ カミヅマリマス スメカミタチイ…」

 更に何らかの詠唱を始めた巨人化ライドウにペルソナ使い達は一気に警戒するが、離れた場所でそれを見ていたキョウジ(故)はその意図を即座に理解する。

「いかん、己を媒介に守護を呼ぶ気だ!」
「なんだって!?」
「させるかよ!」
「アルテミス!」『クレセントミラー!』

 キョウジ(故)の言葉にミッシェルがギターガンを速射し、舞耶がペルソナで魔法攻撃を繰り出すが、巨人化ライドウの手の幾つかが素早く動いて印を結ぶと、それらの攻撃は全て障壁に弾かれてしまう。

「あの手は防御も兼ねているのか!」
「アマテルヒコ アメホアカリ…」

 淳が複数の手の別の効力を悟る中、詠唱は止まらない。

「詠唱を完成させるな! 腐ってもライドウだ、神の呼び方も使い方も知っている!」

キョウジ(故)が叫ぶ中、ペルソナ使い達は攻撃を続けるが、その全てが障壁に弾かれ、更に詠唱が続く。
 それに応じ、今回の襲撃を起因として発生したマガツヒが巨人化ライドウの元へと流れ込んでいく。

「まずい、マガツヒがどんどん集まってくる!」
「止められないのこれ!?」
「マガツヒは穢れ同様にストレスから発生するって聞いてるわ、この状況じゃ…」

 市民の不安その物が形となったマガツヒの膨大な流れに、ペルソナ使い達の焦りは募る一方だった。

「一気に行くぞ、合わせろ。アポロ!」「ハーデス!」「ヴィーナス!」「クロノス!」「アルテミス!」
『グランドクロス!!』

 5人のペルソナの力を合わせ、惑星直列の力を発動させる渾身の合体魔法が巨人化ライドウに炸裂する。
 すさまじい衝撃波が周囲を荒れ狂い、レッド・スプライト号から何か抗議の声が上がった気もしたが、それも轟音にかき消される。

「どうだ!」
「これなら!」
「いや…」

 ミッシェルやリサがダメージを確信する中、淳は冷静にペルソナ反応を確かめる。

「それがそちらの切り札か………」
「まだ生きてるわよ!」

 聞こえてきた巨人化ライドウの声に舞耶が銃を構えて速射するが、それはかざされた腕に阻まれる。

「グランドクロスの力を引き込むか、残念だがここではそもそも天球の配置すらない。威力は落ちる」
「だが無傷ではない」

 一見余裕のありそうな巨人化ライドウだったが、達也の指摘通り伸びていた腕の何本かはちぎれ飛び、光で構成されていた体もあちこちほころび、かすれていた。

『何をした!? プラズマシールドのジェネレーターが幾つか吹っ飛んだぞ! またやったらこっちが持たない!』
『達也君、被害を抑えて! このままだと医療システムに問題出そう!』

 レッド・スプライト号の外部スピーカーからブリッジクルーの悲鳴か怒声か分からない声に続けて、麻希の声も響いてくる。

「情人…」
「分かっている」

 レッド・スプライト号の医療システム、その言葉の裏にセラの安否がかかっている事をリサがそれとなく耳打ちし、達哉は小さく頷く。

「これ以上あの大型艦に被害を与える訳にはいかないという事か。だが、このダメージはこちらも無視出来ない。やはり確実な創世のため、まずは危険要素を排除、後にテクノシャーマンを貰い受けるとしよう」
「激氣! この間は殺そうとして、今度は誘拐!? 絶対させない!」
「レディのエスコートにしては物騒じゃな〜い? やるならこのミッシェル様を倒してからにしな!」

 リサとミッシェルが激高して巨人化ライドウの前に立ちふさがる。

「攻撃の間を空けるな、再生が始まってる」

 そこでキョウジ(故)の指摘に皆が巨人化ライドウの腕がゆっくりとだが再生している事に気付く。

「腕よ! 腕を集中攻撃!」

 舞耶が率先して再生を始めた腕に銃撃を加えるが、無傷の時よりはダメージになっていはいるが、再生の方が早い。

「その程度じゃダメだ! ウロボロス!」『串刺し!』

 淳のペルソナが地面から鋭い突起物を呼び出し、再生しかけていた腕を貫いて止める。

「行けるぜ! ビシャモンテン!」『雷震乱舞!』

 同様にミッシェルのペルソナが雷をまとった剣で別の腕を縫い止める。

「顔面がら空き! ヴィーナス!」『アクアダイン!』

 リサがそこへ水撃魔法を叩き込もうとするが、巨人化ライドウが残った腕で印を組み、障壁を発生させてそれを阻む。

「こいつまだ!」
「カムハカリニハカリタマヒテ アガスメミマノミコトハ」
「その呪文を止めないと!」
「いや、大祓の守護呪法だ。防護に手一杯らしい、今はな」

 攻撃を防ぎ、再詠唱を始めた巨人化ライドウにリサと舞耶が焦るが、それが防御の呪文だと気付いたキョウジ(故)が注釈する。

「回復まで粘る気ね!」
「デカいくせにやる事セコい!」
「く、この!」
「ダメだ、このままだと!」

 破損した腕を封じていたミッシェルと淳も振り払われ、巨人化ライドウは徐々に元の形を取り戻そうとしていた。

「やっぱさっきのもう一発…」
「ダメよ! 強力過ぎる!」
「これの後ろにはセブンスもあるんだよ!?」
「だがこのままでは…」
「下がっていろ」

 下手な攻撃が効かない相手に皆が手をこまねく中、達哉が前へと出る。

「アポロ」『ギガンフィスト!』

 達哉のペルソナが鉄拳を繰り出すが、障壁に阻まれる。

「その程度じゃ…」

 仲間が無謀とも言える攻撃を止めようとするが、攻撃は一度で終わらなかった。
 ペルソナの鉄拳が次々と繰り出され、その度に障壁に阻まれる。
 それでもなお攻撃は続き、やがてその拳が陽炎を纏い始める。

「タっちゃん…!?」
「熱い! これって…」
「達哉君! 無理しないで!」
「離れるんだ!」

 達哉のペルソナがどんどん高熱を帯びていく事に気付いた仲間達が警告を発しつつも、巻き添えを喰らわないように離れる。
 巨人化ライドウもそれに気付き、詠唱を早めるが、とうとう均衡が崩れ始める。

「オオオォォ!」

 達哉の咆哮と共に繰り出される灼熱の鉄拳が、障壁に少しずつヒビを生じさせていき、やがて障壁をぶち破って巨人化ライドウに鉄拳が叩き込まれる。

「グオオォォ………!」

 奇怪な苦悶と共に、巨人化ライドウの体が大きく揺らぎ、その胴体に拳の後がくっきりと焼き付けられる。

「一番の障害は、やはり貴様か………!」
「これ以上、この街に手出しはさせない。絶対に!」
「こちらも退けん。争い無き世の創世のために!」

巨人化ライドウが印を組み直し、詠唱と共に電撃、火炎、氷結などの攻撃魔法が次々と放たれる。

「タッちゃん!」
「情人!」
「大…丈夫」

 攻撃魔法を至近で連続で食らいつつ、達哉はその場から退こうとしない。

「させるかよ! ハーデス!」『血のハネムーン!』
「クロノス!」『クロスフォーチューン!』

 ミッシェルと淳が己の持つ最強の攻撃魔法を放ち、巨人化ライドウの体が大きく揺らぐ。

「くっ………だがこの程度では我は滅ぼせぬぞ………」
「そうか、分かった」

 確実にダメージは与えているが、致命傷には至っていない事に巨人化ライドウはほくそ笑むが、達哉は一言呟くと相手にペルソナで強引にしがみつく。

「何を…」
「皆、オレとこいつの周囲を囲め! 最大出力でいく!」
「最大って…」
「達哉君の言う通りにして!」

 一瞬達哉の言葉に困惑する者達を、舞耶が率先して達哉の横手に周り、他の者達も慌てて続く。

「貴様、まさか!?」
「前は外した。今度は外さない」

 達哉の狙いを察した巨人化ライドウにペルソナごとしがみついた達哉の周囲に小さなプロミネンスが無数に走るが、それがどんどん白熱化していく。

「あ、あちぃ!」
「情人!」
「達哉、そんな事したら!」
「いいからしっかりガード! 漏らさないように!」

 仲間が思わず止めようとするが、舞耶が一括してペルソナを使ってガードに専念させる。

「止めろ! 貴様もただでは…」
「言ったはずだ。今度は外さない。アポロ!!」
『サンハート・フレア ノヴァサイザー!!』

 両腕に超高温の白色フレアを宿したアポロが、それを一気に巨人化ライドウに叩きつける。
 両腕から放たれた白色フレアは、一つにまとまり、巨大な超高温の白い火柱となって巨人化ライドウを飲み込み、そのまま天へと突き抜けていく。

「ああああぁぁ………! 何故だ! その力、己の望む世界を創生できるやもしれぬのに!」
「そんなのはもう、懲りている」

 白炎の中に飲み込まれ、断末魔の絶叫と共に問いかけてくる巨人化ライドウに、達哉は極めて冷たく言い放つ。

「な………ぜ………」

 最後まで達哉の事を理解出来ぬまま、巨人化ライドウは白炎の中に消え去り、やがて白炎も尽きると、そこに満身創痍の達哉が残っていた。

「たっちゃん!」「情人!」「達哉!」「達哉君!」

 ありったけのペルソナでなんとか達哉の渾身の一撃の周辺への被害を防いだ仲間達が慌てて駆け寄り、持っていた回復アイテムや回復魔法を次々使っていく。

「大丈夫だ………多分死にはしない」
「そういう問題じゃない! もっと回復!」
「うぉいレッドなんとか号! 重傷者一名だ! 早く来てくれ!」

レッド・スプライト号からデモニカを着た救護班が慌てて担架を持ってくる。

「そこまでする必要は…」
「有るよ! 全身すごい事になってる!」
「回復魔法で大きい所は塞いだわ! 早く医務室へ!」

 その様子に達哉が拒否しようとするが、珍しく淳が声を荒げ、舞耶が救護班を先導させて達哉を回収させる。

「後は任せて、休んでなさい」
「舞耶姉………分かった………」
「リサは達哉君についててあげて。永吉君と淳君は私と残った奴片付けにいくわよ」
「OK! 後は任せときな!」
「ゆっくり休んでて」

 達哉が運ばれていくのを見送ると、舞耶は二人と共に残敵を探しに向かう。
 思念体達は前線リーダーだった40代目ライドウを失った事を皮切りに、急速的にその数を減らしていった。


『市街地を襲撃していた思念体はほぼ殲滅、もしくは撤退したみたいね』
「こちらでも確認した」

 たまきからの報告に、戦闘態勢を解いた克哉は大きく息を吐く。

『ムスビの戦闘隊長と思われる存在は達哉君が倒したらしいわ。かなり無茶したみたいだけど………』
「そのようだ、負傷したが取り敢えず無事との報告が来た」
『何やらかしたの? エネミーソナーが吹っ飛びそうだったわよ?』
「分からない。とんでもない事をしでかしたという事は分かるが………」

すぐにでも弟の様子を見に行きたい気持ちを抑え、克哉は事後処理の準備に入る。

「被害状況の確認と負傷者の救助を! 警戒態勢を維持、別勢力の襲撃も考えられる!」
「了解!」
「と言ってもこのままじゃ…」

 指示を受けた警官達が動く中、彼らも目に見えて疲労状態に有るのに克哉は焦りを感じずにはいられなかった。

(レッド・スプライト号の援護を受けられるとはいえ、すでに限界が近いか………小岩達もダメージを追って一時撤退したそうだし、他は膠着状態らしい。く、好転する要素が思いつかん………)
「かつや〜」

 そこに偵察に出していたピクシーが戻ってくる。

「どうだった?」
「確かにもう思念体はほとんどいないよ。残ってるのは雑魚かほとんど力の無いのばっか」
「そうか………だが先程の達哉の攻撃、他の勢力にどう捉えられるか。威圧になればいいのだが………」
「すごかったね〜、攻めてきてた連中、ほとんどアレにびびって逃げたみたい」
「もうしばらく外周の警戒を頼む。他の勢力も逃げればいいが、逆効果の可能性も否定できん」
「りょ〜かい」

 再度偵察に向かうピクシーを見送ると、克哉はおもむろにカグツチの方を見上げる。

「全てはアレの開放にかかっているのか………だが果たして創世とやらが本当に出来る状態なのか?」



「何だ今のは………!」
「どうやら何者かが守護を降ろしたか。先程上層でも何か大きな動きが有ったようだしな」

 タルタロス内部を進行中のヨスガを率いていたチアキとエンジェルが、突如としてタルタロス内にまで響くような力の波動に思わず足を止める。

「くっ、出遅れたか!」
「どちらにしろ、まだカグツチにまでは到達していないようだ。強い力同士のぶつかり合いでどこも痛み分けと言った所か………」
「だからこそ、ヨスガが一刻も早くカグツチに到達しなくては…!」
「こちらもそうしたい所だが………」

 喚く両者の前、ヨスガとカルマ協会の連合軍を蹴散らす者達の姿が遠くに見える。

「ガアアアァァ!」
「ハッハ〜!」

 咆哮と哄笑が響き渡り、エンブリオンの喰奴とダンテが凄まじい勢いで蹂躙していく。

「くそ、またか!」
「抑え込め!」
「ダメだ!」

 相手の圧倒的な戦力に戦列が乱れた所で相手は素早く撤退していく。

「追うぞ!」
「待て、また待ち伏せがあるはずだ!」
「構うか!」

 ヨスガの悪魔達が我先に後を追うと、防衛陣を構築した人外ハンター達がそれを迎え撃ち、一定数のダメージを与えるとそれも撤退。
 上階への階段を見つけるとまた同じ事の繰り返しで、進軍は遅々としていた。

「この戦い方、アサクサの時に似ている………」
「徹底した遅滞戦闘だな。余程切れる軍師がついてるようだ。それにサーチ能力を持ってる者が常時こちらを見てる。我々が前に出ようとすれば階ごと吹き飛ばしてくるしな」

 業を煮やしたチアキが先陣を切って階段を登れば、それを察した向こうがトラップで迎撃してダメージを食らって一時離脱する、とあまりに徹底していた。

「また逃げる算段でもしているのか!」
「アサクサで一杯食わされたというアレか。だが現状で安全地帯なぞ無いに等しいぞ? それに今ここを落とされるわけにはいかない。だから向こうもこれだけ徹底した遅滞戦闘を敷いてるのだろう」
「シジマは外の巨大ロボに向かってるけど、いつこちらに来ないとも限らないわ。上階にいる連中、マガツヒ絞るにはちょうどよさそうなのだけれど」

 まだ冷静なエンジェルとは対象的に、チアキはストレス過多で周辺に無差別に殺気を撒き散らし、周囲の部下達は震え上がる。

「何でもいい、一気に突破する方法は!?」
「無いな。小型のターミナルのような物はあるが、バカ丁寧に潰してある。たまたま残っていたのに突撃した奴は入り口まで戻されたようだ。向こうはこの塔の仕組みを完全に把握しているらしい」
「次に遭遇した奴は誰でもいい! さらって仕組みを吐かせなさい!」

 怪腕を振るって怒鳴り散らすチアキを冷めた目で見るエンジェルだったが、そこである事に気付く。

「待て、虫がついているぞ」
「虫? どこに」

 エンジェルが声をかけながらチアキの髪に付いていた物を取る。

「よく出来た虫だ。いつの間に…」

 そう言いながらエンジェルは虫、正確にはいつの間にか取り付けられていた盗聴器を床に落として踏み潰す。

「な!? そう言えばさっきあの赤いコートの男と戦った時、髪に触られたような!」
「つまりこちらの作戦も漏れてたな。これはアスラAIじゃない、もっと陰険な奴が仕込んだか………」
「そいつを探し出して連れてきなさい! この手で首をもいでやる!!」

 完全に激高して壁を粉砕しているチアキに、ヨスガの悪魔もカルマ協会の喰奴達も恐れて距離を取っていた。



「あ………盗聴器バレました」
「まあ今まで持っただけでもよしとするか」

 風花からの報告に、八雲はボヤきながらも頷く。

「盗み聞きとは感心しませんけど、確かに手段を選んではいられませんしね」

 イザボーが八雲提案の盗聴作戦に思わずため息をもらしながらも、現状を確認する。

「敵との距離は20階を切っている。撤収するなら準備を始めるべきか」
「だがその隙に最上階まで到達されるのも問題だな」
「最上階に何が待つかは不透明でもあるが…」

 ゲイル、ロアルド、美鶴が撤収の是非について検討を開始するが、敵は刻一刻と迫りつつあった。

「また一階突破された!」
「どうする、そろそろ爆弾の残りも少ないぞ」

 一度撤退してきたアサヒとガストンの報告に、皆の表情も険しくなる。

「そろそろ陣地構築の時間も資材も尽きるな」
「弾薬もだ」
「珠阯レの方はようやく事態は落ち着いてきたらしい。どうする、撤退すべきか?」
「部分撤退はどうだ? どちらにしろ、時間稼ぎは必要だ」
「ですけど、これ以上人員を減らしても………」
「あ、また一階突破されました!」

 風花の報告に八雲が舌打ちする。

「悩んでる暇もねえか………バリケードで止まってくれる連中でもねえし」
「向こうのボス二人を倒せればいいのかもしれんが、手勢が多すぎる」
「封鎖が出来ない以上、分断も難しい」
「タルタロスでこんな大規模戦闘は前例が無いだろうからな………」

 ロアルドとゲイルの分析に、美鶴もうつむいて考え込む。

「そういや、いいモン回収してたんだったな」
「何がだ?」
「知ってる人間は絶対近付かない危険物。確か今ライドウが守ってたな」

 いきなりの八雲の妙な提案に、ゲイルが疑問を投げかけるが、続く八雲の言葉が何を示しているかに気付いた者が顔色を変え始める。

「あの、八雲さんまさか………」
「時限装置がいるな、あとトラップ。片手だときついな」
「本気か………?」
「問題はここの階層ごとの断絶性がどれくらいかだな。流石に異界化を物理破壊する時のエネルギー量はあまり前例無いし。最上階まで突き抜けるか? うまく行けばこの中だけで留まるかもしれんし」
「前に爆発物を用いた実験では、他の階層まで破壊は及ばないとレポートに有ったが………」
「じゃあ行けるか?」
「あの、先程から何のご相談を?」

 理解出来ないイザボーがそこで口を挟むが、八雲は平然と言い放つ。

「ちょっとここに核弾頭を設置しようかと思ってな」

 八雲の平然と言い放った一言に、その意味を理解した者達が一斉に距離を取る。

「か、かか核弾頭〜〜!?」
「あのライドウさんがなんとか確保したってブツを………」
「こ、ここ、ここに!?」

 ペルソナ使い達が全員顔色を変えて後退る。

「確かに、今持っているカードでは一番強力だ。下手したら敵も味方も一般人も全滅するという意味ではな」

 ロアルドは少し冷静に問題点を指摘する。

「マトモな者ならば確かに使おうとはしない。問題は今登ってきている敵がマトモかどうかだ」
「考えるまでも無いんじゃね?」

 ゲイルが別の問題点を指摘するが、修二が半ば呆れた顔で頷く。

「暴力主義者とカニバリストの集団だからな………ただ自分達で破滅のスイッチ押す程とは思いたくないが………」
「創世が目的ならば、自滅するような事は避けるのではなくて?」
「他に先を越されそうになってヤケになって自爆、という可能性も………」

 美鶴とイザボーも考え込むが、そこで風花が最悪の可能性を指摘して黙り込む。

「だけど、悪い手じゃないと思う」
「最悪の方法かもしれないけど………」
「ちょっと本気!?」
「核兵器だぞ核兵器! オレらのペルソナでどうこう出来るモンじゃねえって」

 八雲の提案に一応賛同する啓人と悠に、ゆかりと洋介が思いっきり反論する。

「そもそもただ設置する訳にもいくまい。誰か核弾頭の扱い知っている者は?」
「あの、核弾頭はともかく、爆破装置の扱いなら」
「一応ウチらの内部データに」
「インストールされてます」

 ロアルドが指摘した一番の問題点を、アイギス、ラビリス、メティスの三姉妹が手を上げた事でその場の過半数が引きつった顔を三姉妹に向ける。

「決まりだな。残った弾と発破総動員で時間稼いでる間に、ありったけのトラップ仕掛けてここに設置しよう」
「ここにですの!?」
「残骸だがインフラ設備が残ってる。細工するにはもってこいだ」
「確かに。この前線基地を放棄し、先程占拠したという上層階を新たに前線基地としよう」
「負傷者は珠阯レに撤退、他は上層階へ移動の準備だ」

 八雲の提案にイザボーが驚くが、ゲイルとロアルドは頷くと手際よく準備を進めていく。

「つう訳でしばらくここ頼む。オレはちょっと核弾頭もらってくる。ついでに腕」
「ちょっとって………」
「ついでに?」
「向こうの状況も確認してきますから」
「業魔殿にフックかサ○コガンあるかな?」

 さらりととんでもない事を言いながら珠阯レに向かおうとする八雲に、他の者が半ば呆然とする中、カチーヤとネミッサも後を追う。

「どんな人生歩めば、あんななるんだ?」
「分からん。判断が大胆過ぎるのは確かだ」
「一歩間違えればこちらも全滅しかねない手を思いつくのもな」
「同業にもあんなのいないわよ………」

 ハレルヤ、ガストン、トキ、ノゾミが八雲の去った方を見ながら、それぞれの立場から見ても異質な相手だと断定する。

「先程上で彼の過去を見ましたが、かなり過酷な人生歩んでるようでして………」
「過酷って言うなら、ここにいる連中大概じゃね?」
「まあ、そうかもしれませんが………」

 直斗が上で見た八雲のヴィジョンクエストを引き合いに出すが、修二のつぶやきにイザボーも頷く。

「とにかく、撤退準備! 急いで!」
「片付けなら得意です」
「任せて!」

 アサヒが主導して撤退準備を始める中、激戦のダメージで後方待機を命じられたメアリとアリサが率先して片付けを始める。

「残存戦力で準備が整うまでの防衛戦を行う」
「残弾の再配分及び爆発物の残数を確認、設置階数の設定もいるな」
「回復アイテムの残数も厳しい。我々はあまり前線には出れそうにないな………」
「ペルソナ使い達は撤退及び上階での陣地再構築に専念してもらう。前線は主にこちらで行う」
「暴走の可能性は? 最悪止められる人員が………」
「補給用マグネタイトの残数が切れた時点で撤退する。設置まで持てばいいが」

 ゲイルとロアルドが手早く作戦を練る中、美鶴もそれに助言していく。

「余力のある方はついてきてください。決して無理はしない程度に」
「行くよあんた達!」

 イザボーとノゾミが先頭に立ち、人外ハンター達も下階へと向かっていく。

「じゃあオレ達も」
「撤退準備だな」

 啓人と悠がうなずくとペルソナ使いも資材をまとめて撤退準備を始める。

「昇ったり降りたりまた昇ったり、忙しいねオイ」
「仕方ありませんよ、まさかタルタロスがこんな事になるなんて思ってませんでしたし」「ワンワン!」

 洋介のボヤキに乾とコロマルが同意(?)しつつも装備と残り僅かな回復アイテムを確認する。

「矢もう無いんだけど………」
「こっちに短いのならあるよ」
「これってクロスボウって奴じゃない?」
「代替え装備があるといいのですが」

 損耗した装備の替えがないかとペルソナ使い女性陣が残った武器を漁っていく。

「思ってた以上に消費しているな」
「珠間瑠から送ってもらいますか?」
「向こうにも余裕があるかどうか………」
「何にしろ早く! 下は派手に始まってる!」

 美鶴も予想以上の物資の消費に考えこみ、風花が珠間瑠からの補給を提案するが、そこでりせが下に向かった者達の交戦が始まった事を告げる。

「もう使えそうな物だけ持って急ごう!」
「ってか本気で核爆弾なんて設置すんのか!?」
「自分のシャドゥ倒すのに片腕ごと吹っ飛ばす人だよ………」
「やらないって言いきれない気が………」
「とにかく急ぐぞ! ピストンで運べ!」
「真田さん達も呼んでこよう!」

 慌ただしく皆が動く中、ふとアサヒの手が止まる。

「あれ、ナナシは?」
「え?」
「しまった!」



「ん?」

 転移ポートが動いた事に明彦は当初誰か野暮用でも出来たかと思っていたが、姿を現した相手に警戒を一気に高める。

「あ、こいつ…」
「ナナシ、だったか」
「やべえのが憑いてるって言う………」

 チドリ、順平、完二も要注意と言われていた相手が一人で姿を現した事に一気に臨戦態勢に入る。

「えと、その…」
「安心しろ、お前達に不利な事はしない」

 バリバリに警戒されてる事に口ごもるナナシだったが、そこでダグザが姿を現す。

「信用できないな。ろくでもない神に憑かれた人間がどうなるか、ついさっき見たばかりだ」

 明彦も油断なくファイティングポーズを取る中、困惑しているナナシを差し置いてダグザは小さく笑う。

「確かに妙な神が来ていたようだな。すぐに還ったようだが」
「ここに来た目的は何? 貴方が守護になって創世するの?」

 チドリからの質問に、ナナシは思わずダグザの方を見るが、ダグザは首を横に振る。

「出来るならそうする所だが、残念な事に今のオレでは力が足りん。ここに満ちていたマガツヒとやらはお前らが戦闘で消し飛ばしてしまった。やっとカグツチへの道が開けたというのに」
「そうかそれは残念だったな」

 ダグザの説明に、明彦はファインティングポーズを崩さないまま聞く。

「それじゃ、何をしにきたの?」
「下の連中にカグツチにまで行かれるのも困るんでな」

 ダグザはそう言いながら、幾度の戦いでさらに荒れ果てた広場の中央に立って手をかざす。
 するとそこに透き通る大釜のような物が現れる。

「何を…」
「この場に我が加護を与えた。防衛線を張るのに少しはマシになる」
「そんなん出来るなら下でやった方よかったんじゃ…」
「場が乱れすぎていたからな。神格クラスの降臨と帰還を経て、場が整った」
「………言ってる事に間違いはないみたい」

 ダグザのやる事に首を傾げる明彦と順平だったが、チドリがアナライズして確かに何らかの力が働いている事を確かめる。

「大丈夫なんすか? こいつ好きにさせて………」
「ナナシの命はダグザの加護で保たれているらしいからな。不用意な事は出来ない。人質のような物だ」
「どうとでも言え。こいつは我が神殺しだからな」

 完二がダグザを指さしながらボヤくが、明彦が聞いていた事情を説明し、ダグザは悠然としている。

「そもそも出来んのか? さっき来た神だか何だかはオレ達の全力で追い返すの精いっぱいだったぞ?」
「だよね………」
「神には神の殺し方が有る。そういうお前達こそ、それだけ魂を共有していれば、どちらかが死ねばもう片方も死にかねんぞ」
「覚悟の上って奴だ」
「覚悟………」

 順平とダグザの会話を聞いていたナナシが、何か考え込む。
 睨み合う神とペルソナ使いの元に大慌てで他の者達が乗り込んでくるのはすぐ後の事だった。



「何を考えているんだ!!」

 レッド・スプライト号のブリッジに響き渡る克哉の怒号に、ブリッジにいたクルー達は思わず身をすくめる。

「あんま怒鳴るな、傷に響く」

 半分となった己の左腕を抱くような仕草をしつつ、八雲はぼやく。

「すまん、だがようやく確保した核弾頭をタルタロスにセットするなぞ、正気の沙汰ではないぞ!」
「ここも一段落ついたらしいが、回せる程人手に余裕は無いだろ。今タルタロスを落とされる訳にはいかないからな」
「しかしだな!」
『現状で推奨できるミッションとは言えません』

 急用として呼び出された克哉は、八雲のとんでもない提案に声を荒げ、アーサーも同調する。

「だが他に有効な手も無い。幸いカルマ協会の連中なら何か分かるだろうしな。ここの設備なら時限装置くらいすぐだろ」
『確かに時限装置の在庫は有ります。しかし相手側が核弾頭の設置に対してどういう対処をするかは不透明です』
「なら絶対反応するようトラップを仕掛けりゃいい。無視出来ないようにな」
「何をする気だ、一体………」
「簡単な事だ、取り合えず…」



「一応こんなモンぜよ」
「う〜ん、サ〇コガンとかフックとかない?」

 資材班チーフのアーヴィンが出してきた義手を見ながら、ネミッサが首を傾げる。

「そんな物騒なのはないぜよ。そもそもそれじゃあデモニカが着れなくなる」
「そっか、でも面白くないな〜」
「何を基準にしてる?」

 ネミッサがあれこれ選ぶ中、八雲がラボに姿を現す。

「あ、八雲。どうだった?」
「一応承認は出た。こっちにもミッションが来るはずだ」
「今来たぜよ。………本気かこれ?」
「ああ、オレの腕は後でいいから、すぐに時限装置を用意してくれ」
「それくらいならお安い御用だが………」
「本当に使うんですかこれ?」

 アーヴィンの助手のチェンがつい先程持ち込まれて封印作業中だった核弾頭を指さす。

「他に手持ちで強力なのが無いからな」
「あんたの提案か………すぐに始めるぜよ」

 ラボは総力で核弾頭と時限装置を用意しはじめる中、八雲はちらりと無くした左腕を見る。

「こっちは手一杯だな。ヴィクトルのおっさんのとこに適当な手がありゃいいが」
「今カチーヤちゃんが見繕ってるはずだよ」
「最悪、メアリかアリサの予備パーツだな………ちっ」

 何気に八雲はGUMPを取り出して操作しようとして、片手だと出来ない事に気付くと舌打ちする。

「こっちは一応片付いた、あっちはこれから、そっちはどうなった?」



同時刻 超力超神・改 内部

 重々しい音を立て、内部隔壁が閉鎖されていく。

「システムがレッド・スプライト号とほぼ同一で助かった」
「搭載されてた兵装もほぼそのまま残されてるしな」
「しかしこれでどこまで持つか………」

 機動班のメンバー達が緊急用のマニュアルシステムで通路を閉鎖しつつ、悪魔達の侵入を阻もうとする。

「他の悪魔使い達とも合流したい所だが、よりにもよって反対側か………」
「デモニカのアクセスプロトコルとマニュアルデータは送信しておいたが…」
「小次郎とアレフが一緒なら問題ないだろ」
「問題はこっちね」

 合流したキョウジとレイホゥが閉鎖した隔壁に簡易処置をして結界を形成しながら呟く。

「とにかく、このまま行けば動力室手前で合流出来る。そこからチームを再編して動力室とブリッジを双方目指す事になるな」
「しかし動力室には彼女が、ブリッジには神取がいます」

 キョウジの示す作戦に、南条が警告を入れる。

「分かってる。特に神取って奴はやばいってのはこれ見た時点で誰だってそう思う」
「まさかギガンティック号をロボにするとは………」
「原型の超力超神は戦艦だったらしいが」

 キョウジも考え込む中、アンソニーと仁也も今自分達がいる場所を考えて唸る。

「動力室の、アレックスとかいう女もやばい。何をやったらあの年であんな殺気まとえるんだ?」
「Mrタダノ、本当に心当たりは?」

 レイジとエリーもただならぬアレックスの様子を思い出し、仁也に問い質すが仁也も首を横に振るだけだった。

「どっちにしろ、あんたをご使命だ。行くしかねえだろうな………」
「そのつもりです」
「ここを落とされる訳にはいかない。場合によっては加勢する。若い女性に多勢は心苦しいが………」

 キョウジと仁也が頷く中、南条が動力室の奪還を優先事項とする事を宣言する。
 だがそこでデモニカのGUMPのエネミーソナーが反応し、全員が一斉に反応する。

「迷ってる暇も無しか。急ごう」

 キョウジに促され、全員が先を急ぐ。
 閉ざされた隔壁から、破ろうとする轟音と呪詛が響くまでさほど時間はかからなかった………


 傷つきもがきながらも、あがき続ける糸達。
 崩れようとする体を互いに支え、戦い続ける先にあるのは、果たして………





感想、その他あればお願いします。


NEXT
小説トップへ
INDEX


Copyright(c) 2004 all rights reserved.