タルタロス250階 パラダイムX跡地臨時拠点 「外のデカブツは片付いたか………神取は死亡、シジマはほぼ壊滅、ただし氷川は詳細不明。只野の奴が年下女に刺されて重傷、敵勢力は削れてるが、こっちも地味に削れてるな」 八雲が届いたばかりの最新情報を整理しつつ、呟く。 「これでここの敵対勢力はほぼヨスガだけだが、他にどこで何してるか分からない連中もまだ残ってる。特に氷川の奴だな………あ、あとストレガもいたな」 「あの、八雲さん………」 タルタロス登頂準備をしていた啓人が、恐る恐る声を掛けてくる。 「ん、準備出来たか」 「なんとか。ただ、本当に大丈夫ですか?」 啓人の視線は、八雲がそこらに適当に引っかけて注入している点滴に向けられていた。 「ただの痛み止めと栄養補給だ。ベッドで寝てる暇も無いからな。お前もやるか?」 「いや、そこまでは………」 「そうか。オレに藤堂弟、英草に只野と主力が負傷してってるからな。死人じゃない限りは役に立つか? いや死体欲しがってる上司もいるが」 「すいません、全く笑えないんですけど………」 「オレとお前も轟所長の次の体候補に入ってるぞ。使う前に壊すなと言われてきた」 「あの人、冥界に置いて来た方よかったんじゃ………」 「カロンが呆れてたからな。あれで仕事は出来るんだから、なおタチが悪い」 点滴針を引っこ抜き、空になった点滴をそこらに有った空の弾薬ケースに投げ入れた八雲は、手持ちの装備を再度確認する。 「さて、じゃあそろそろ登るとするか」 「ホントに大丈夫ですか?」 「どうこう言ってられないだろ。頂上に何がいるかこうなったらもう不明だろうが、少なくてもほっといていい状態じゃないのは確かだ。それにそぞろ下のがバレる頃だろう」 「そうですね、急ぎましょう」 同時刻タルタロス132階 「おい、まだか。そぞろ千晶様が限界だ」 「話しかけるな、ここが最後の…」 ヨスガの鬼達がカルマ協会によって解除が進む核弾頭の方と、後ろで目に見えそうな程の殺気を飛ばしている己達のボスを交互に見る。 「これで、よし………! ふ~………」 起爆装置を解除させた核弾頭を取り出し、解除作業を行っていた者達が大きく息を吐く。 だがそこで、違和感に気付いた。 僅かに傾けた核弾頭の中から、何かが転がる音が響いた事に。 「ん?」 「おい、何かミスが…」 「ま、まさか!?」 「ちょっ!?」 核弾頭を持っていたカルマ協会員が、工具でそれを開こうとするのを他のカルマ協会員が止めようとするが、核弾頭はいとも簡単に開いてしまう。 そして中から、金属球のような物が転がり出して床に当たって鈍い音を立てる。 その表面には、《残念、ハズレ》と刻まれていた。 「………どういう事?」 物音にそちらを見た千晶が、その金属球を凝視して問う。 「く、くくく………やられたな」 一足早く理解したエンジェルが笑うのに、千晶は射殺さんがばかりの視線を向ける。 「何を?」 「間違いなくこれは本物のオメガ型核弾頭だ。ただ、肝心の核物質だけ抜き取られていた。遮蔽が完璧なら、僅かな残留放射能だけは計測されるから、中身までは判断できない」 「つまり、私達は空っぽの核弾頭に今まで足止めされたという事?」 「そうなるな」 エンジェルが断言した瞬間、千晶の怪腕が核弾頭と周辺起爆装置をまとめて叩き潰す。 「すぐに進撃を再開! これを思いついた奴を探し出し、私自身の手でマガツヒを絞りつくして握り殺す!! 他の奴も同様だ!!」 『ははっ!』 今すぐにでもこれを仕掛けた相手を見つけないと、自分達が殺されるという確信染みた予感を感じたヨスガの悪魔達が一斉に頭を下げると、上階への階段へ殺到し、千晶もそれに続く。 それを見ながらエンジェルは苦笑する。 「それにしても大胆な奴だ。ここまで追い込まれながら、こんなイカサマを仕掛けるとは」 「バレたら、確実に殺されるでしょう」 「そんなの分かりきってなければ、こんな手は打てん。さて、どんな奴か私も見てみたくなった」 部下にそう呟くと、部下達を連れてエンジェルも上階を目指した。 「バレました! 進軍を再開した模様!」 「まあ持った方か。多分最後までバレなかったようだし」 風花からの報告に、発案者の八雲が腕時計を確認して呟く。 「かなりの速度で昇ってきます。ここまで来るのも時間の問題かと………」 「そんなのは分かりきってた事だ。なんとか準備整える時間は稼げたしな」 GUMPをチェックした八雲が、それをホルスターに戻す。 「つう訳で、準備はいいか?」 「はい」 「なんとか」 「いつでもいいぜ」 八雲の確認に、啓人、修二、ダンテが答える。 「では我々は遅滞戦闘に入る」 フリンと人外ハンター達が、準備を整え階下へと向かっていく。 「行くぞ…」 それに続いてサーフ達エンブリオンも階下へと向かっていった。 「じゃあ、オレ達はここで…」 「サポートに徹しろよ、完全に殺気だってるだろうしな。メアリとアリサはこいつらのサポートに残れ。まだ無理出来る状態じゃないだろうしな」 「分かりました」「分かった」 悠が頷く中八雲は注意を促し、オーバーヒートからようやく回復したメイド姉妹にサポートを命じる。 「えと、人外ハンターの人達と喰奴の人達を階ごとに交互に戦わせて、なるべく相手の進軍速度を遅らせて…」 「現在の装備と資材では、一撃離脱がいい所でしょう」 りせと直斗が作戦を確認するが、その間にも階下から敵は迫ってきていた。 「もう少しで下は始まりそう」 「じゃあ急ぐか。くれぐれも無理はするなよ」 「説得力皆無なんすけど………」 「だよな………」 りせからの報告に出発しようとする八雲に、順平と洋介が八雲のつけたばかりの義手を見ながら思わず突っ込む。 「一応他にも予備は幾つかあるそうだから安心しろ」 「どこが安心出来んだよ」 VRシアターに生じた階段を登りながらの八雲の助言(?)に修二が顔をしかめる。 「また上に妙な神とやらがいないといいが」 「否定はできません」 美鶴が思わずボヤいた所を、カチーヤが少しうなだれる。 「楽しみだね~」 「どんな歓迎されるんだかな」 嬉々としているネミッサとダンテに周りが虚ろな視線を送る中、登頂班全員がシアターの階段に消える。 「行ったね………」 「大丈夫かな………」 悠と陽平が階段の方を見ながら思わず呟く。 「この階ですら、あれ程の強敵がいたんです。上階はどうなっている事か………」 「それでもためらいなく行ったな、あの人達」 直斗も完二も登っていった者達の後姿を見送る。 「始まった! 下でハンターの人達が交戦開始!」 「私達も!」 「準備はいい!?」 「頑張るクマ!」 りせの報告に、千枝と雪子が皆を見る中、クマが我先に駆け出す。 タルタロス踏破を目指す最後の激戦が、始まっていった。 それより少し後 レッド・スプライト号 「外傷無し、内臓関係正常、脳波も正常。問題無しね」 ゾイがデモニカで包まれて運び込まれた赤子の検査結果を告げる。 「すぐにデモニカに入れたのが良かったようね。街の外は間違っても新生児にはいいと言えない環境だし」 「それは良かった………」 デモニカの提供主であるアレックスが、ありあわせの資材で急遽用意されたベビーベッドサイズの医療用カプセルで寝ている赤子を見つめる。 「これで何か有ったら、オレは兄貴が申し訳が立たないからな」 レイジも胸を撫でおろしながら、自分の姪の寝姿を見ていた。 「まさか、あの神取がこの子のためにあそこまでしてたなんてね………」 麻希が複雑な顔で赤子を見るが、そこで少し顔を曇らせた。 「城戸君、この子多分…」 「かなり強い力を持ってる」 麻希の言わんとする事を、その背後に来ていたセラが代弁する。 「セラちゃん、起きて大丈夫? 寝ていた方が………」 「そんな時間は無い。恐らく最後の戦いが近付いてる」 ふらついているセラを麻希が慌てて支える。 「残念だけれど、医師としてここから出す訳にはいかないわ。事が終わるまで寝てなさい」 「すいません、ゾイ先生。けれど…」 「貴方がテクノシャーマン? 話は神取から聞いてた」 「そう………あなたがこの子を?」 「デモニカを少し貸しただけ。あとは他の人達、特に彼がこの子を守ってここまできた」 アレックスはアゴでレイジを示しながらも、セラの方を見つめる。 「こんな虚弱そうなのが神取が警戒するような要注意人物には見えないけれど」 『アレックス、彼女とは特性が違う。彼女のテレパス及びシミュレート能力は人のそれを大きく逸脱していると神取は記録していた』 「だから彼女はあちこちから狙われてるの」 首を傾げるアレックスにジョージが補足するのを麻希が肯定する。 「今、カグツチと呼ばれる神を開放しようと、残った勢力が死に物狂いになってる。守護と呼ばれる存在を呼び出す事が出来なかった場合、カグツチに直接コンタクト出来る人間が狙われる可能性が高い………それは私、麻希さん、そしておそらくこの子」 「何だと?」 セラの指摘に、レイジが顔色を変える。 「他にも裕子先生やレイホゥさんも有り得るけど、裕子先生はすでに守護を降ろしてるし、レイホゥさんもリンクは低いけどそうらしい………カグツチにコンタクト出来るだけの力を持っているのは、やはり私達だけ………」 「待ってくれ、それこそこの子は生まれたばかりなんだぞ!? あんな太陽もどきをどうこうできるなんて…」 「城戸君、忘れたの? 受け入れられる力さえあれば、後はどうとでも出来る。かつての私のように」 思わず声を荒げるレイジに、麻希は自分の胸に手を置きながら、呟く。 「捨て置けない話ね。敵はその事に気付いているの?」 ゾイの問いに、セラは少し俯いて考える。 「一番気付いていそうなのはエンジェルだけど、タルタロスに侵攻中ならこちらまで回せる人員はいないと思う………後は」 「消息不明の氷川とストレガ。今動きを見せていない以上、こちらに来る可能性は有り得る………」 セラの指摘に麻希が補足し、その場にいた者達が沈痛そうに俯く。 「アーサー、聞いてた?」 『はい、残存敵勢力が当艦襲撃の可能性大、こちらも残存戦力による防衛ミッションを提唱します』 ゾイの質問に、艦内通信からアーサーが答える。 「一段落ついたかと思えばこれか………医薬品の在庫を確認しておこう。その前に」 そう言いながらゾイはレイジの方を見る。 「この子を守るための最初の仕事を。市内から新生児用おむつとミルクを見つけてきなさい。さすがにここの資材には無いから」 「! 分かった!」 ゾイに言われるや否や、レイジは医務室を飛び出していく。 「もう完全に父親気分だな」 「あら、前からですよ? 城戸君不器用だけど家だといいパパらしいですし」 「それなら養育の方は問題無さそうね。差し当たって、現状の混乱がいつ落ち着くかだけれど」 「ええ、そうですね………」 ゾイの嘆息交じりの呟きに、麻希はちらりと予備から急造まで用意しても満杯状態の治療カプセルを見る。 「さっきは片腕無くしたから適当な腕無いかと言ってきた患者もいた。ウチのクルーもアレなのが多いが、そちらもそうだな」 「まあ、違うとは言い切れないのが………」 「………そちらの世界も滅びに瀕してるか何か?」 ゾイと麻希との会話に、アレックスが首を傾げる。 「どこの世界も大なり小なり、危機には瀕しているでしょう。私の世界は、私が壊してしまったけど………」 「今は、その事よりもこの状況をどうすべきかよ。カグツチとやらを開放したら、一体どうなるのか………」 「それは誰にも分からない、創世というのも果たして起こせるのかどうか………」 「はい、ここで議論してもどうにもならないから、負傷者は安静にしてなさい。元気な人はこの子の護衛。取りあえずそのデモニカ資材班で修理してもらいなさい」 あれこれ議論し始めた三人をゾイが強引に辞めさせ、セラと麻希を休ませ、アレックスに準備を整えさせる。 「シュバルツバースとどっちがマシかしらね………」 ゾイも呟きながら、医療品の在庫確認を始めた。 同時刻 珠間瑠警察署 「状況は好転、とは言い難いか………」 「少なくても、この街に向かってきている連中は抑えられたわ」 報告を聞いていた克哉に、報告していたたまきが頷く。 「だが負傷者も増えている。達哉もレッド・スプライト号の医務室送りになったそうだ」 「そりゃ、あんだけ力使えばそうなるでしょ。相手も相当タチの悪い奴だったようだし」 「ライドウ君も少し無理をして今署の仮眠室で休んでもらっている。核弾頭奪取の術式で無理をした後、移送の護衛で連戦したそうだからな」 「どこもかしこも負傷者だらけね………後攻めてくるとこ無いといいんだけど」 「ムスビとシジマは壊滅状態だが、ヨスガとカルマ協会が残っている。よりにもよって最武闘派がな」 「もうこれ以上タルタロスに向けられる余裕も無いし、完全に安全確保されたとも言えないしね………」 「やはりカグツチの先制開放しかないのか? 開放したらどうなるのかも分からないが………」 「少なくても、この受胎東京からはおさらばできるみたい。それ以上は何とも………」 「カグツチの変質が創世にどう影響を及ぼすか、高尾先生も予想できないと言っていたからな。だが他に方法も無い。小岩の奴がやばい神がタルタロス内に湧いていたとも言ってたしな」 「今一番頼めないのが神頼みって事ね………杏奈が仮面党員が増えてく一方と言ってたし」 「とにかく、防衛体制を見直そう。現状で動ける人員を再配置、更なる襲撃に警戒する」 「自警団もそろそろ限界なのよね………私もそぞろベッドに飛び込みたい」 「それは僕も同じだが、今飛び込んだらそのまま永眠になりそうだ………」 二人そろって重いため息を吐くと、即座に気持ちを切り替える。 「警戒態勢を維持しつつ、交代で休息を取らせよう。警察、自警団双方で」 「分かったわ。杏奈にはこちらから知らせとく。何か仮面党員がテンパって困ってるらしいし」 「興奮状態か。薬物とか使ってないだろうな?」 「サトミタダシでドリンク剤は品切れらしいけどね………」 すでにどこもかしこも限界状態の中、事態の解決まで持たせるべく、重くなった体を引きずるように二人は動き始めた。 「そうか、神取が………」 「ああ、さすがに意外だった」 「正直、信じられないってのが本音だな」 珠間瑠署内で、南条からの報告を受けていた尚也が俯きながら唸る。 「よくそんな状況で勝てたな」 「神取も色々覚悟してたんだと思う。さすがに三度目の人生では思う所も有ったのだろう………問題はその神取が何と契約していたかだ」 「話からすれば、かなり巨大な存在のようだが………さすがに専門外だ」 「今桐島がその件で轟所長の所に行っている。今我々に出来るのは、その何者かの手からこの街を守る事だ」 「さすがに今の状況では、これ以上タルタロスの方に人員は割けないしな………」 「キョウジ氏が八雲氏だけでは不安だから行けたら行くとは言っていたが………」 「片腕無くしたからって義手つけてすぐ戻ったらしい。確かに色々と不安だ」 「相変わらず平然と無茶をする人だ………」 尚也が呆れながら、ふと周囲を見回す。 負傷した警官や避難してきた市民がロビー内にごった返し、まさしく戦場の様相だった。 「いかなる形でも、決着は付けないといけないな………」 「その通りだ」 最早どこも限界状態である事を認識しつつ、二人はその場を後にした。 戦闘の余波で損傷したアラヤ神社を、祐子は訪れていた。 本堂の周りに一応護衛としているマネカタ達も負傷している者が多く、先程までのムスビの襲撃の激しさを物語っていた。 「フトミミさんは?」 「無事です、本堂の中におります」 祐子の確認に、マネカタの一人が本堂を手で指す。 破れかけた扉を一応ノックし、中から返答が有ったのを確認してから祐子は本堂へと入る。 「そなたか」 「一応襲撃は一段落したようだわ………何か見えた?」 「いや、先程から祈りを捧げているのだが、まだ見えぬ」 「私もよ。アラディアの神は沈黙したまま………」 予言と託宣、今後の指針となる二つが沈黙しているのを、両者は沈痛な表情で俯く。 「終わりの戦いが近付いてきている。それは確かだ」 「それは私も感じているわ。残る大きな勢力はヨスガとカルマ協会のみ。けど氷川も行方不明だし、他にも動きを見せない者達も…」 「この状況で、互いに見えず感じずというのは明らかにおかしい。何か…」 そこでフトミミが額に指をあて、俯く。 「待て、何か………何だこれは………」 「何が見えたの!?」 「これは………闇? 闇が広がるのが見える………滅びとも違う、これは一体………」 フトミミが見えた予言に、フトミミ自身が困惑している。 その様子に、祐子も考え込む。 「闇? 滅びとも違う闇………何の事………」 祐子は精神を集中させ、自らもアラディアの神へとコンタクト出来ないかと試みる。 だがそこへ、突然意識が何かに飲み込まれそうになり、とっさに意識を遮断、そのまま昏倒して倒れこんでしまう。 「いかん、誰か!」 「高尾先生が倒れた!」 「救急車とか言うのを!」 フトミミが人を呼ぶ中、マネカタ達は慌てて祐子の救急搬送をどう手配すべきかを騒ぎだした。 同時刻 タルタロス263階 「さて、鬼が出るか蛇が出るか虚神が出るかと思ってみれば………」 「いらっしゃい」 「やっと来たか」 勢い込んでタルタロスを登ってきた面々の前に広がる光景に、皆が絶句する。 「おいおい、今度はここに店を開いたのか?」 「繋いだってのが正しいな」 状況を理解出来ない皆を差し置いて、ダンテが目の前に広がるカウンター、どう見てもバーか何かにしか見えないのを気にも止めずに開いている席に座りながら、サングラスでやたら屈強なマスター・ロダンに話しかける。 「そうかここが噂に聞くThe Gates of Hellか」 八雲が頷きながら、自分も適当な所に座る。 「なんで、こんな所にバーが………」 「聞いたろ、ここはThe Gates of Hell、あっちとこっちの間の厄介事を仲介する店さ」 修二が代表するように呟くと、カウンターの席にいた、やたら恰幅のいい先客・エンツォが説明する。 「依頼の急かしに来たってのか? 悪いがかなり厄介な事になっててな」 「分かってるさ。まさか虚神なんてのまで絡んでくるとは完全にこっちの予想外だった」 ダンテが皮肉気に言うのを、エンツォがこちらに皮肉気に返す。 「ちなみに、本来はここがタルタロスの最上階だったはずの場所さ。まあ見ての通り、ニュクスなんてのはここには来てないが」 「どこでそれを………」 エンツォの説明に、美鶴が訝しむ。 「滅び、創世、そんな要素が複数世界で混じってかなり妙なカクテルになってやがる。このままカグツチとやらを開放出来るかも怪しいな」 「それはこっちも考えてたが、他に手が無い。あ、ディーゼル頼む」 「オレはいつもの」 「あいよ」 八雲が席に座ったまま、吐息を漏らしつつ注文し、ダンテもそれに続く。 「こっちとしてもこの状況をどうにかしなきゃならねえのは一緒さ。肝になってるのはここのカグツチなのが間違いない。問題はどんな変質を起こしてるかだ」 「キュヴィエ症候群を起こしてるのは間違いないがな」 「あ、ネミッサクリームソーダ、サイダーでね!」 「順番だ、他のは?」 話し合う者達を差し置いて、ネミッサも席に座ると嬉々として注文する。 「更なる問題は、この上はまだ相当あるが、そこがどう変質してるかだ。下のパラダイムXみたいのが広がってる可能性も有る」 「勘弁してほしいな、下のだってエライ苦労したのに」 「ディーゼルといつもの」 八雲が思わず悪態をつく中、八雲の前にコーラのビール割が、ダンテの前にストロベリーサンデーが置かれる。 「で、本来はそこまでやっちゃいけねえが、何とか各階のポータルを起動させようとしてる」 「な、出来るのか!?」 「起動させるまでだ、あとはそっちで繋いでくしかない」 ロダンの意外な提案に美鶴が驚くが、そこで訂正が入る。 「つまり、ショートカットの代わりにボスの連戦になる可能性もあるんじゃ………」 「そうなるだろうな」 啓人がそれが意味するのを呟き、明彦も頷く。 「正直、この上に何がいるかまでは分からねえ。運が良ければスルーで最上階まで行けるかもな」 「この中で自分はツイてると思えるのいるか?」 エンツォの根拠のない楽観論に、出されたグラスの中身を一気飲みしながら八雲が問うが、全員顔を反らす。 「奇遇だな、オレも最近ツイてない。特に腕」 「新品が付いてるようだが」 「試運転もしてないがな」 八雲とロダンの全く笑えないジョークに、皆の顔が引きつっていく。 「どっちみち、こんな所で一杯ひっかけてる暇は………下今どうなってんだか分かんねえし」 「頑張ってはいるみたいだな。そっちの子と違って、詳細までは分からないが」 修二が恐る恐る言う中、ロダンはサングラス越しの視線を風花の方に少しだけ向けながら答える。 「じゃあ急がないと!」 「まあ待て。ご注文は?」 啓人が慌てて上階への階段を探そうとするのを、ロダンが制する。 「プロテインカクテル、ノンアルコールで」 「ロッキースタイルとアーノルドスタイルもあるが」 「ミックスで」 カウンターに歩み寄った明彦の注文に、ロダンが詳細を確認すると、殻付き生タマゴ入りのプロテインカクテルをミキサーにかける。 「何か有る、という事か?」 出来上がるのを待ちながら明彦がエンツォに問い、エンツォは頷きながら空になったグラスをカウンターに置く。 「平たく言えば、オレ達が干渉出来るのはここまでだ。後はあんたらに任せるしかない。そのための準備をここで整えてけ」 「準備?」 明彦が眉根を寄せるが、そこで出されたジョッキを明彦は手にすると一気に飲み干す。 「まさかここで一杯ひっかける事が準備か?」 「それも有る。だがまあこっちか」 ロダンはそう言うと、カウンターの背後に有ったスイッチのような物を拳で殴るように押し込む。 すると、周囲に有ったテーブルが下へと引っ込むと、そこから多種多様な武器が乗ったテーブルが新たに出てきた。 「え………」 「ここって、そういうお店………」 ゆかりが絶句するが、カチーヤは思わず納得する。 「ダンテだけじゃなく、あんた達全員への依頼だ。今の中枢になってるカグツチと変化の元凶を処理してくれ。報酬はここの飲み代と得物の現物支給だ」 「現物支給、ね」 八雲は空になったグラスをカウンターに置くと、並んでいる銃を手にしてみる。 「よくもまあ、こんなヤバいのばかり集めて………そうかマスターそっちの専門か」 「安心しな、あんたらに扱えるギリギリの代物にしといた」 最新銃器から明らかに瘴気を帯びている刀剣類に、八雲は呆れながらも品定めしていく。 「お前らも選んどけ。ちと残弾も寂しかった所だしな」 「あの、大丈夫なんでしょうかこれ………」 八雲が品定めをする中、風花がペルソナを発動させなくても感じるヤバイ雰囲気の武器の数々に怯える。 「なに、噛みつかれないように調教してやればいいのさ」 「武器に? ああ、そう言えばダンテさんの武器って………」 ダンテのアドバイスに、順平が何か赤い燐光のような物を帯びている大刀をおっかなびっくり手に取ってみる。 「すまないがこちらは未成年だ、皆にノンアルコールドリンクを幾つか見繕ってもらえるか」 「OK」 美鶴の注文にロダンはジュースや炭酸水を用意していく中、皆があれこれ見繕い始める。 「解析不能なエネルギーを感知、この弾薬は大丈夫でしょうか?」 「全部魔弾だな。こんだけ備えられるのは大したもんだ」 「そっちは全部調教が済んでる。余程の間抜けでない限りは噛みつかれない」 アイギスがセンサーでチェックしながら、八雲も関心するような銃弾を手に取るが、注文の準備をしながらのロダンの説明にそれを両腕のマガジンに装填していく。 「確かに妙な反応出とるで………」 「しかし確かにこちらの装備も限界です」 ラビリスが奇妙な意匠の付いたトマホークを観察する中、メティスは何か赤黒い物が染みついたポールハンマーを手にしてみる。 「これ良さそうね」 「その、矢筒の中が変な事に………」 ゆかりが手にした弓を引いてみる中、風花が矢筒から矢を抜いても残数が減らない事に首を傾げる。 「確かに交換する余裕も無かったから、ここで調達できるのは助かるが………」 「あの、こっちの槍、穂先からなんか赤いのずっと垂れて…」 「ワンワン!」 美鶴も並んでいるレイピアを品定めするが、乾は何気に手にした槍が妙な事に顔を引きつらせ、コロマルはどれにも警戒して吠えている。 「ペルソナ使いの方達なら多分使っても大丈夫だとは思いますけど………」 「あ、次コーラフロート、アイスチョコミントで♪ それとこれに使えるなるべくすんごい弾」 カチーヤがまともな物が一つとしてない武器の数々を見分する中、ネミッサが次の注文をしながらアールズロックの中身を見せながら弾丸を探す。 「そっちも中々すごいの使ってるな。弾丸はそっちのテーブルだ」 ロダンがちらりとネミッサの出した得物を確認すると、弾丸系のテーブルを顎でさすが、そこではすでにダンテが各種弾丸を次々コートの裏へと放り込んでいた。 「グレネード系を切らしてたんだ、もらってくぜ」 「手前はもうちょっと遠慮しろ。またツケ溜める気か」 「どっちのツケだ?」 エンツォが顔をしかめたのを見た八雲が、カウンターの奥の酒瓶と並んでいる武器を交互に見て呟く。 「そうだ、これで下に出前頼めるか。得物のな」 八雲は懐から悪魔交渉用の宝石をありったけ取り出すと、カウンターに置く。 「いいだろう、特別に大盤振る舞いだ」 「下から攻めてきてるのはヤバイのしかいないようだしな。特にリーダー二人、本当に元人間か? 魔界でもあんだけのは滅多にいねえぞ」 ロダンが置かれた宝石類を一瞥すると、用意しておいたノンアルドリンクを並べた後で、テーブルの得物を幾つか選別していく。 エンツォはそれを見ながら、階下の方を見ながら新しいグラスをかたむける。 「ちと怒らせたろうからな。目の色変えて昇ってきてるだろ」 「何やってんだあんた?」 「本物の核弾頭の弾頭だけすり替えて置いといた」 八雲の返答にエンツォは飲みかけのカクテルを思わず吹き出しかける。 「あんた、ダンテとは真逆でいい性格してんな………」 「あんな桁外れの化け物と比べるな。オレはしがない三下サマナーだ」 「こんな陰険な三下はお目にかかった事ないけどな。こいつ、下から来てる剛腕のお嬢さんに盗聴器までしかけさせたからな」 「とことんいい性格してんな………サマナー止めたらスパイかエージェントでもやる気か?」 「生憎とサマナーだけ手一杯だ」 ダンテも小さく笑いながら追加情報を告げ、エンツォは完全に呆れた顔で八雲を見るが、当人は平然とした顔で得物を各ホルスターにしまっていく。 「全員、準備出来たか? 補給はここが最後だろうから、万全にな」 「万全にしていいか不安な品揃えなのだが………」 「半端な奴よりはずっといい」 八雲の確認に美鶴がどこか不安げに凶悪なデザインのレイピアを振るうが、明彦が何か凶悪なトゲが無数についたメリケンサックをかち併せて具合を確かめる。 「多分大丈夫、祟られるほどの時間の余裕もないと思う」 「それ、大丈夫って言えんのか?」 チドリが上階の方を見ながら呟き、順平は頬を引きつらせる。 「行こう。確かに時間の余裕は無さそうだ」 「今下どうなってる?」 「大分押し込まれてます。やはり資材と弾薬の不足が深刻で………」 「少しは持ちこたえてもらわないと困るからな。使えそうなのは軒並み送っとくか」 「祟られそうなのは一応タグでも付けといた方いいか」 啓人と修二が風花に状況を確認する中、ロダンと八雲がいつの間に有ったのか、搬送用エレベーターに次々と怪しげな武器を突っ込んでいく。 「まあ一応神格も何柱かいるようだし、これで少しは持つだろ」 「大分力の薄れた古代神らしいがな。喰奴のアレは神格なのか?」 「かなり怪しいな。概念コピーの具象化と言った所か。誰だあんな物実用化したの」 「聞いてないのか? 今下に攻めてきてる連中のリーダーの片方だとよ」 ロダンやエンツォとあれこれ情報交換しつつ、八雲はエレベーターのカーゴ内に押し込めるだけ武器弾薬を押し込み、扉を閉める。 「で、これでちゃんと届くのか?」 「あんたらがさっきまでいた所にちょうどいいポイントがあるからな。それを使う」 「そういやダグザ神が何かやったって言ってたか………」 ロダンが搬送エレベーターを階下へと送ると、装備を整え用意されドリンクを飲み干している者達を見る。 「準備はいいようだな。オレ達はここから先へは手を出せない」 「そういう事だから、後は頼む」 「今回の依頼主はどいつもこいつも無茶ばかりいいやがる………」 「レッドマンなら、こっちであれこれ動いてるぜ。他の連中もな」 見送るロダンとエンツォには八雲が思わずぼやいた所で、ロダンから気になる言葉が返ってくる。 「………あんたらは黒幕を知ってるのか」 「まだはっきりとは分からないがな」 「正直、こっちの手には余りそうな奴なのは確かだ」 「黒幕?」 八雲とロダン達の会話に、他の者達が足を止める。 「今回の一連の騒動に黒幕がいると言うのか?」 「お前らも薄々気付いてるだろ? 偶然にしては物事が連続し過ぎてる。まあオレも確信したのはあの世での件でだが」 美鶴からの問いかけに、八雲が断言する。 「それって、魔王とか大魔王とか?」 「恐らく、そんな可愛げのある悪役じゃないだろうな。一サマナーにどうしろってレベルだろう」 「そん時はオレがなんとかするさ。まあ周りは頼むが」 順平が恐る恐る聞いてくるが、八雲の更なる断言に顔色を変え、ダンテだけが平然としていた。 「ぶっちゃけ、こんだけの世界、こんだけの神格の干渉がそいつによる物だとすれば、ヤバいなんてレベルじゃないだろう。だが運がいいのはそいつは直接はやってきてない、もしくは直接手を出せないのか」 「で、まさかそいつが………」 「恐らくはカグツチの変質もそいつが関与してるだろうな。ま、開放とやらをしてみれば分かる」 八雲の説明に修二が顔を歪ませるが、とにかく八雲は可能性に賭ける事にする。 「問題はこの事に気付いてるのが敵味方にどん位いるかだ。特に敵」 「冥界にいたファントムのゾンビどもの何人かは明らかに何かと契約してたな」 「あいつらはほぼ確定だが、今下にいるので気付いてるのはいるかどうか………」 「ジンとタカヤは気付いてるかも………」 「この世界の外様で動いてた連中は怪しいな、神取もそうだったが。とにかく今は先手を取られないようにするしかない」 八雲の話に皆があれこれ推測するが、現状で確認しようもない。 八雲もあれこれ思案しつつも、装填の終わった銃器を再度確認すると、カウンターの向こうにある上階への階段を見る。 「まあその内分かる。今はとにかく最上階に向かおう。あと何階あるかは知らんが」 「悪いがこっちでもそれは分からない。まあ最上階が無いって事は無いようだ」 「出来れば体力が尽きる前に着きたい所だがな」 「それはそうですけど………」 「使うか、疲れが感じなくなるブツ」 「使いたいが、これ以上使ったら戦える状態にならないかもしれなくてな」 「前から思ってたが、あんた悪魔よかヤバくないか?」 八雲とロダンがそこはかとなく危険な会話をしているのを啓人や修二は思わず突っ込む。 「とにかく、ここからノンストップだ。補充するモン補充したら、一気に行くぞ」 『お~!』 「それと補充した得物が手から離れなくなったらダンテの旦那に言え。破k…外してくれるだろうから」 『え?』 八雲の号令に気勢を上げる皆だったが、続く言葉に思わず今手にしたばかりの得物を見直す。 「大丈夫、それなりにエサを与えてやるか、調教してやれば大人しいさ」 「武器に?」 「仲魔と一緒って事か。今からそんな暇ないと思うんだが」 ダンテの全くあてにならないアドバイスに順平が手にした大刀を思わず見つめるが、修二は呆れた顔で他の者達が手にした武器を見回す。 「調教はともかく、エサは出てくるかもしれねえな。まあなるようにしかならんだろ」 ある種諦観とも言える言葉と共に、八雲はGUMPを抜きながら上階への階段を登り、皆も慌てて後へと続く。 「じゃ、ご馳走様」 「世話になりました」 殿を務める修二と明彦が礼を言いながら登っていくのを見届けたロダンが空いたグラスを片付け始める。 「で、正直いけると思うか?」 更に新しい杯を重ねながら、エンツォが片付けを続けるロダンに問う。 「さあな。どうにも今回の相手は今までにない位ヤバい。それに対してオレ達の出来る事はあまりに少ない。賭けるしかないだろうな」 「オッズは知らねえ方がいいか………」 呟きながら、エンツォは手にしたカクテルを飲み干した。 「どうやら彼らも気付き始めたようだね」 「問題は向こうもその可能性が有り得るという事だ」 「さて、ようやくここまで辿り着けたといいますのに」 「しかたないさ。ここまでは本当に長かった。後は彼らに賭けるしかない」 「我々に出来るのもあと少しと言った所か。ロダン氏が動いてくれたのはうれしい誤算だったがね」 「我々に出来るのは助言を与え、歪みを傾けるだけ故に………」 幾多の困難の末に、立ちはだかる壁の向こう側にある者が見え始める。 それに突き進まんとする糸達に待つ物は、果たして……… |
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