BIOHAZARDfragment SWORD meet SWORD


BIOHAZARDfragment
SWORD meet SWORD


2017年 関西新日本武道館 全国学生剣道大会会場

 竹刀の空を切る音に続けて、防具が打たれる音が会場内に響く。

「小手あり! 一本! 三本先取で勝者、柳生!」

 審判の判定と同時に、場内の観客達からどよめきが広まっていく。

「またストレート勝ちだ……」
「すげぇ………」
「林二中の坂田ですら手も足も出ないのか……」
「さすがと言うべきか」

 観客達の視線は先程、正確にはこの大会が始まって以来、一方的な試合で全てを勝利に収めている中学生剣士に注がれていた。
 礼をして試合場から降りた中学生剣士が、面を外す。
 その下からは、以外にも物静かそうな面持ちの少女の顔が現れた。
 目鼻口はどれも細く整い、漆黒の髪は肩口で切り揃えられている。
 名工の作った日本人形のような少女だったが、その瞳は会場に居並ぶどの中学生剣士よりも鋭い事に気付いている人間は少なかった。

「やったねチカ!」

 その少女の元に、同じ剣道着姿の長髪の少女が駆け寄って声を掛けてくる。
 友からの賞賛の声に、少女はただ乾いた吐息を漏らしただけだった。

「……つまらん」
「……またそんな事言って」

 圧倒的な強さを誇る少女の顔には、試合の緊張感も勝利の優越感も無い。
 日本中の剣道場から実力者ばかりが集められた大会に、彼女自身は何の価値も見つけられてなかった。

「こんな事なら、一人で修行でもしてた方がまだ有意義だ」
「ん〜、チカが強過ぎるのよ。さっきの人なんか、対戦前から腰引けてたからね〜」
「なんと弱気な。それでも剣の道に生きる者か」
「それ言ったらお仕舞いよ。ここは剣道の試合する所なんだから。それとも、ここで剣術の死合いでもする?」
「ああ、してみたい物だな。相手してくれるか?」
「勘弁して………私じゃチカの相手なんて、もう無理よ。第一、中学生の部で高校生が出れるわけないでしょ。でも、一人してくれそうなのはいるわね」
「ほう?」

 少女の顔に初めて興味の色が浮かぶ。

「ほら、彼よ」

 友が指差す方向を少女は見た。
 そこでは、新たな試合が始まる所だった。

「始めっ!」

 審判の宣言の直後、竹刀が防具を打つ音が響く。
 そこには、一瞬で小手を決められた挙句、相手のあまりの斬撃の威力に竹刀を取り落としたまま呆然としている者と、今だ構え続けている対戦相手の姿があった。

「小手ありっ!」

 審判の声に慌てて竹刀を取り落とした者が竹刀を拾って再度構える。

「始めっ!」

 再度の審判の宣言直後、再度竹刀が防具を打つ音が響き、宙を舞った竹刀が離れた所に落ちる。

「小手ありっ!」
「ば、ばかな………」

 再度竹刀を取られた者が呆然とする。
 相手のあまりに早い攻撃に、反応する暇すら与えられない事に、段々焦りが生まれていく。

「なかなかやるな」
「でしょ?」

 少女二人が一方的な試合を見物してる間に、追い込まれた者が竹刀をまた拾って構える。
 その面の下に、卑屈な笑みが浮かんだ事に気付いた者はいなかった。

「始…」
「いやああぁぁぁ!」

 宣言が終わるより早く、追い込まれた者が動く。
 竹刀が狙うは相手の喉、中学剣道では禁止されている突きだった。
 だが、相手はそれに対して僅かに後ろに引いて竹刀を上げる。
 何かがぶつかり合う音が会場に響いた。

「なっ!?」
「なんだありゃ!?」
「ほお………」

 会場に驚愕が響く。
 突き出された竹刀の切っ先は、相手の持ち上げた竹刀の柄尻によって、正面から止められていた。
 唯一、短髪の少女だけが感嘆の声を上げた。

「止めっ! 警告!」

 予想外の事態に呆けていた審判が我に帰って反則を犯した相手に警告を発する。
 呆然としながら、素直に突き出した竹刀を引いた者が、相手を睨みつける。

「手前、今度は本気で行くぞ」
「……なら、こちらも少し本気を出そう」

 初めて口を開いた相手の態度に、激昂しながら互いに竹刀を構える。

「始めっ!」
「おおおおぉぉぉ!」

 咆哮を上げながら上段からの面を繰り出そうとした者は、相手の姿が霞んだ事に気付けなかった。
 竹刀が防具を打つ音が響く。それも、一瞬の間に連続して。
 お互いすれちがったままの状態で数秒が過ぎる。
 やがて上段に構えたままの者が、その場に崩れ落ちた。

「い、一本! 三本先取で勝者、水沢!」

 何が起きたか理解できぬまま、審判が勝利を宣言する。
 倒れたままの相手に礼をすると、驚異的な実力差を見せつけた者が試合場から降りてくる。

「一本じゃない。三本入ってたな」
「面に左小手、最後に右胴。さすが御神渡頭首の秘密兵器ね」
「ほう……そう呼ばれてるのか」
「そう、名前はレン・水沢。聞いた事あるでしょ?」
「彼がか………」

 少女の視線は面を取った相手の顔をまじまじと見る。
 そこには、白人と混血の証である鳶色の瞳と髪を持った、彼女同様の鋭い瞳を持った少年がいた。

「どう見る? 柳生家次期頭首さんは?」
「全ては戦ってみてからだ。いいのか? アキ、お前の同門だぞ」

 少女はそう言いながら、この大会で初めて小さな笑みを浮かべた。
 それを楽しそうに眺めていた少女は、少し意地悪げに微笑む。

「いいのよ、彼も退屈そうにしてるしね」


「と言う訳なので、このまま行けば決勝で当たるのでよろしくね、レン君」

 にこやかにそう告げる少女を、レンは胡乱な目で睨む。

「晶さん、実戦剣術どうしが剣道の大会で本気出してどうするんですか。大変な事になりますよ」
「んー、やっぱそうかな?」

 呆れた顔で彼女に一瞥をつけたレンは防具を付け直して、そのまま試合場へと向かっていった。

「口ではそう言ってるけどね。レン君、君も剣士の血が騒ぎ始めているの気付いてる?」

 楽しげに後姿を見送った少女は、勝敗を見る事無くその場を後にした。


 大会は滞りなく進み、誰もが予想した通り、圧倒的な強さを持つ二人の剣士が残った。

「赤! 柳生 宗千華!」

 名前を呼ばれ、少女は試合場に踏み入る。

「白! レン・水沢!」

 同じく、少年も試合場へと入った。

「見せてもらおう、光背一刀流の剣を」
「柳生新陰流、一度見てみたかった」

 互いに楽しげな笑みを浮かべ、両者が礼をして構える。

「始めっ!」

 審判の宣言の直後、二人は同時に動いた。
 とたんに、竹刀と竹刀が打ち合う音がすさまじい速さで鳴り響く。
 まるでマシンガンの連射を思わせるような音に、会場にいた人間全てが度肝を抜かれていた。

「はあっ!」
「ふっ!」

 互いに間合いを外した場所から、宗千華の渾身の横胴と、レンの上段からの面打ちがぶつかり、竹刀がぶつかったとは思えない音が響き渡った。
 そのまま鍔迫合となった両者は一歩も引かず、足が床をする音と竹刀がせめぎ合う音が響く。

「ふ、ふふふふふ」

 そこで、宗千華の口から低い笑いが漏れ始める。
 レンがそれをいぶかしんだ時、宗千華は竹刀を弾いて大きく後ろへと下がった。
 竹刀を構えようとするレンの目前で、宗千華はいきなり構えを解くと、面を外しそれを放り投げる。

「チカ?」

 突然の事に友が慌てる中、宗千華は小手、胴と防具を全て投げ捨てた。

「君、何を………」
「我は柳生新陰流、柳生 宗千華! 剣士として、お前に真剣勝負を申し込む!」

 宗千華は会場内全てに聞こえる程高らかに宣言し、竹刀をレンへと突きつける。

「待ちたまえ! ここは剣道の…」
「邪魔だ!」

 制止に入ろうとした審判が、宗千華の横胴をマトモに食らう。
 剣道の横胴ではなく、彼女のもっとも得意とする柳生新陰流〈水月〉が完全に入り、審判が砲弾のように吹っ飛んで試合場から叩き出された。

「マジか!?」
「ちょっとチカ!? いくら何でもやりすぎ!」
「なんだあの威力!」
「まさか、柳生 十兵衛の子孫だって噂本当か………」
「おい、誰か止めろ!」

 会場が騒然とする中、他の審判達が試合場に入ろうとするが、そこに飛んできた防具が直撃して叩き出された。
 試合場には、同じように防具を投げ捨てたレンが、不敵な笑みを浮かべていた。

「光背一刀流、レン・水沢。お受けしよう」
「かたじけない」

 宗千華は短く礼を言うと、両手で構えた竹刀を中段でやや引き気味に構える柳生新陰流の構えを取り、レンは右手で正眼に構えた竹刀の背に左手を添える光背一刀流の構えを取った。

「いざ」
「尋常に」
『勝負!』

 ここが剣道の大会の会場だという事を根底から無視して、二人が同時に動く。
 宗千華が前へと飛び出すと、片足を大きく前へと踏み込み、低くなった体勢から斜め上へと斬り上げる。
 レンは素早く体を引いてそれをかわすが、かすった前髪が数本宙へと舞う。
 相手の体勢が崩れた隙に肩口へとレンの袈裟斬りが繰り出されるが、宗千華は右足を更に大きく踏み出す事で体を一気に深く沈め、それをかわす。
 不安定な体勢のまま、宗千華は左手のみで持った竹刀をレンへと向けて水平に振るう。
 レンは両手持ちでそれを受け止めるが、予想以上の一撃の重さにむしろ押し込まれる。

「これを止められるのか」
「どういう鍛え方をしてる」

 互いに相手の予想以上の実力に、笑みがこぼれる。
 互いに竹刀を弾き、距離を取る。
 再度中段の構えを取る宗千華に、レンは竹刀を袴の帯に指し、半身を引いて姿勢を低くする。

「おい、まさかあいつ!」

 観客の誰かがそれが何かを悟った瞬間、レンの右足が強く踏み込まれ、踏み込みの力が下半身から肩へと伝わり、一気に竹刀が〈抜刀〉された。
 会場に、またしても竹刀どうしがぶつかったとは思えない音が響き渡る。

「これが、光背一刀流の居合か………」
「よく止めた」

 両手持ちの竹刀を持ってしても、顔面直前でようやく止まったレンの居合に、宗千華が素直に驚愕した。

「氷室の居合とはまるで別物だ。才が成せる業か?」
「そう思った事は一度足りとて無い」
「奇遇だな。私もだ!」

 竹刀を受けとめた姿勢のまま、宗千華が前へと出る。
 すれ違いざまレンの首を狙って竹刀を横薙ぎに振るうが、レンは片手持ちのまま竹刀を引き、上下逆さで首元に添えて柄で斬撃を受け流す。

「《月牙》までも防ぐか」
「真剣なら、防げなかったかもな」
「それはまた次の機会にしよう。今ここで気の済むまで戦ってからな!」
「その通りだな!」

 二人の剣士が、同時に動いた。

 戦いは長時間に及び、そのあまりに苛烈な戦いに審判、係員、出場者、観客の誰一人としてそれを止めようとする者はいない。

「はあっ、はあっ……」
「ふうっ、ふうっ……」

 二人とも息は荒く、全身をおびただしい汗が滴り落ちている。
 竹刀の柄には己の手から滲み出した血が染み込んでいる。
 だが、二人の瞳に宿る闘気は微塵も失われていなかった。

「はぁ、は………」
「ふぅ…………」

 互いに呼吸を静め、構える。
 中段に引いた横胴の構えと、半身を引いた居合の構え。
 その体勢のまま、互いに停止。
 まるで彫刻にでもなったかのように、微塵の隙も見せないまま、時が過ぎていく。
 そして、偶然互いの顔を伝う汗が雫となって、同時に床にこぼれ落ちた瞬間、動いた。

「はああぁぁ!!」
「あああぁぁ!!」

 今までで最高の斬撃が、双方から繰り出される。
 霞むような速度で繰り出された竹刀が両者の中間で激突し、今までの疲労も加わってか互いに木っ端微塵となって吹き飛ぶ。

「あ………」

 互いに振り抜いた姿勢のまま、視線だけが柄だけとなった己の竹刀を見た。
 そこで、お互いの体から闘気が消えた。

「ふ、ふふふふ………」
「は、ははは………」

 知らずに笑いがこぼれ、やがてそれは大きな哄笑となって会場に響く。
 しばらく笑い続けた後、宗千華が柄だけとなった竹刀を見、レンを見た。

「続きは来年。またこの場所で」
「いいだろう」
「失望させるなよ」
「そちらこそ」

 礼も拍手も交わさず、二人は背を向けて試合場から降りていく。

「り、両者反則負け! この試合無効!」

 片手で腹を押さえながら、審判が宣言するが聞いている者は誰一人としていなかった。
 これが後に《真剣五年戦争》として学生剣道界に鳴り響く大勝負の始まり、そして偉大なる祖《十兵衛》の名を受け継ぐ事になる少女と、父と同じ《ブラック・サムライ》の異名を取る事になる少年との初めての出会いだった。
 柳生 宗千華、レン・水沢、互いに13歳の時だった…………






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