条約型重巡カウンティー級(英)

 ケント
 バーウィック
 カンバーランド
 コンウォール
 サーフォーク
 ロンドン
 デボンシャー
 サセックス
 シャロップシャー
 ノーフォーク
 ドセットシャー

 本級は、1926年に締結されたロンドン補助艦艇制限条約で規定された条約型重巡洋艦として英国が最初に建造した巡洋艦である。
ロンドン条約では巡洋艦は重巡(一等巡洋艦)と軽巡(二等巡洋艦)に分類され、各国に対してそれぞれの性能と保有量を制限するものであり、重巡の代表的な性能制限は主砲口径8インチ以下で10門以内、基準排水量を10、000トン以内とするものであった。
 列強各国は、重巡をパリ条約により様々な制約を受けてしまった戦艦戦力を補完する准主力艦として考えていたのだが、ロンドン条約は、その重巡に攻撃力と防御力のバランスが取れた性能を持たせることを物理的に極めて難しくする性能制限を規定していた。
 そのため米国は、砲戦力と防御力を重視して重巡への水雷兵装の搭載を削減し、後には全廃した。
 また日本は、逆に攻撃力を重視して砲火力と雷撃力を強化し、代わりに砲塔や上部構造物の装甲防御力を耐5インチ砲弾および破片防御レベルの低い物で我慢していた。
 もちろん仏伊も例外ではなく、装甲防御力を軽微な物で我慢するか、主砲門数を少な目に押さえ、魚雷発射管数も削減する等で条約の制限枠に対応していた。
しかし、インビンシブル級やセント・アンドリュー級の設計で不可能を可能としたサー・ユースタス・ダインコートは、この物理的限界に対して果敢に挑戦し、インビンシブル級やセント・アンドリュー級で成功していた主砲塔集中配置方式をより発展させる事で問題の解決に達した。
 つまり後に英国大型艦の特徴のひとつとなる艦橋構造物より前方へ全ての主砲塔を山形に集中配置して重防御部分を局限まで縮小する方式を採用する事で制限排水量内で攻撃力と装甲防御力のバランスがとれた戦闘艦を考案したのである。
 こうして登場したのがカウンティー級重巡洋艦である。
 本級は、8"/50 BL Mark9型3連装砲3基9門と21" Mark9型魚雷3連装発射管4基、そして3"/20cwt QF HA Mark1型単装高角砲6門の重武装を基準排水量約10、000トンの船体へ詰め込んだ上に、主砲塔正面178mm、同天蓋約76mm、砲塔基部側面および司令塔約152mmの装甲を施しており、中遠距離での8インチ砲弾防御と中距離以内での6インチ砲弾防御を達成していた。
また、本級の主砲は、英国の大口径砲としては初めて3連装砲架を採用した8"/50 BL Mark9型砲である。
 この砲は、弾重約115sの被帽付徹甲榴弾を初速約850m/sで発射し、その発射速度は最大で4発/分に達するばかりか限定的な対空射撃も可能な高性能砲であった。
 ただし、この高性能砲システムは、技術的に背伸びしている部分が大きく、持続発射速度が2発/分に低下するばかりか、各艦への搭載後もシステムを安定させるための改修と操作員達の訓練に長い日時を必要とした。
また本級の装甲防御力は、第一次世界大戦の戦訓を基に、少数の致命的な被弾により轟沈してしまう可能性を極力削減していたが、装甲の総重量削減のため舷側装甲帯が76mm程度と5インチ砲弾防御程度に止まっていた。
 このため同じ設計思想のインビンシブル級やセント・アンドリュー級と同様に致命傷ではない小損害の累積により戦闘能力を喪失する可能性があった。
 ただし、舷側装甲帯の厚さについては、同時期に建造されてライバルと言える米国のノーザンブトン級重巡が76mm、日本の古鷹型重巡が80mmだった事からも本級は、最低限として平均的な防御力は有していたとも言える。
 この他の特徴として、本級は英国巡洋艦としては初めて設計時から航空機運用装備の搭載が盛り込まれていたことがある。本級は、艦橋と第一煙突の間に射出装置とデリックを備えた航空機整備エリアが設けられており、射出装置は航空機整備エリアに真横向きに設置されていた。ただし、この航空装備は大改装時に艦橋設備が大型化された事で廃止され、代わりに第三煙突後方に1基の旋回式射出装置と大型デリックが搭載された。
 このように極めて画期的な性能を持つ本級だったが、3連装砲塔を採用したため全幅が大きくなり全長全幅比が小さめで、そのため最高速力が31.8ノット程度と列強の条約型重巡としては最も低速の部類に入る艦であった。
 また、建造当初は充分と思われていた航続力も、英国巡洋艦の平時の主任務となった世界中に広がる大英連邦諸国や、その通商航路警備や植民地警護のためには、物足りないものであった。
 加えて、これだけの高性能を持つため当然ながら1隻あたりの建造コストや維持コストが高価となり、そのため財政難に苦しんでいた英国は、通商航路警備や植民地警護を主任務とする廉価版軽巡のアリシューザ級を建造したが、それだけでは間に合わず、最終的に本級の建造を11隻で終了し、その後継艦として廉価版だが通商航路警備や植民地保護の任務に適したヨーク級重巡を建造することになった。
 本級は、第一陣であるケント級4隻を基本型とし、続いてダインコートに代わりエドワード・アッドウッドが設計変更を担当したロンドン級5隻、そしてロンドン級の小改造型であるノーフォーク級2隻の計11隻が建造されたが各級の差異は小さく、まとめてカウンティ級と呼ばれる。
 ちなみにロンドン級は、主砲塔の防御力と運用性を向上させるため、それまでは第2主砲塔の直後に背負式で配置されていた第3主砲塔基部を艦橋直前へ移して砲塔を前方向きとした事が大きな差異であり、ロンドン級に続くノーフォーク級は、ロンドン級を基に使用実績を参考として艦橋形状や補助砲の配置位置等が変更されていた。
 本級は、条約が失効した1930年代末から1941年春までに全艦が、近代化大改装を実施している。
 この大改装は、艦橋設備の大型化やRDF等の電装装備の搭載に加え、高角砲を4.5"/45 QF Mark3型連装砲5基に換装し、4lb Mark8型8連装ポムポム砲4基の増設、主砲塔や砲塔基部の装甲を約25mm増強、燃料タンクを兼ねる水雷防御用バルジの増設、被弾時の防御力向上のため魚雷発射管を3連装4基12門から4連装2基8門に削減する等と多岐に及んでいた。
 この改装により本級は、基準排水量が条約枠を外れる11000トンに達し、最高速力も31.0ノットに低下したが、航続力や戦闘力は向上した。
 本級は、名実共に英国条約型重巡の主力であったのだが、航続力の関係で主に大西洋や地中海で使用されたため日本では比較的馴染みの薄い英国巡洋艦であった。

 基準排水量 11、000トン 満載排水量 14、500トン
 最大速力31.0ノット 航続力 15ノット/4、500海里
 主武装 8"V×3 4.5"U×D 2pdrMG[×C
    21"TTW×2 航空機×2 カタパルト×1他

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