ヨーク級重巡洋艦

  ヨーク
  エクセター
  シドニー(オーストラリアへ供与)
  メルボルン(オーストラリアへ供与)
  オタワ(カナダへ供与)
  ドニゴール(後期型/D級)
  モンマス(後期型/D級)
  ベドフォード(後期型/D級)
  ランカスター(後期型/D級)

 海軍制限条約が発効し、大西洋における米国との直接対決の危機が緩和されると、英国政府や英海軍内で水上戦闘力に重点が置かれ過ぎていたため平時における英国巡洋艦の主任務である通商航路警備や植民地保護に適さないカウンティ級に代わる重巡洋艦の必要性が強まった。
 それに答え1920年代末期から相次いで建造が開始された小型の条約型重巡が本級である。
 本級は、インコンパラブル級を設計したサー・スタンレー・グッドールにより設計されており、ロンドン条約での一等巡洋艦建造制限枠を最大限まで使うために基準排水量がカウンティ級より一回り以上小さい8、200トンに押さえられ、そのオーソドックスな艦型にも助けられ建造価格はカウンティー級の7割程度に収まっていた。
 しかし、攻撃力より沈み難さを重視するグッドールにより設計された本級は、ただの廉価版重巡ではなく防御力や耐久性に加え航海能力や長期作戦能力を重視した設計がなされていた。
 また、1930年代初期は英国海軍で流行した主砲塔集中配置方式が大きく疑問視された時期であり、そのため艦影は、艦首から前部主砲塔群、艦中央構造物、後部主砲塔と続く極めて一般的な形状となっていた。
このような設計方針で建造された本級は、通商航路警備や植民地保護の任務実施に付いてはカウンティ級より優れていたが、砲水雷戦能力に付いては当然ながらカウンティ級より大きく劣るものであった。
 本級は、武装として8"/50 BL Mark8型連装砲3基6門、3"/45 QF Mark2 単装高射砲4基、4lb Mark8型8連装ポムポム砲3基、21"Mark9型3連装魚雷発射管2基を搭載しており、装甲防御は主砲塔正面装甲厚さ127mm、舷側装甲帯および砲塔基部支持筒と司令塔は105mm、防御甲板76mmとカウンティ級より若干弱めの防御力だった。
 また、D級と呼ばれる後期建造グループの4艦は、舷側装甲が最大で139mmにまで強化され船体の防御力を著しく向上させている。
 加えて本級は、機械室と缶室を交互に配置して機関部の防御力を向上させる機関部シフト配置が採用されており、船体部の耐久性は排水量の優るカウンティ級より優秀であると評価されていた。
 本級は、カウンティ級より戦闘力が劣る代わりに航続力と航海性能は優秀で、特に航続力は経済巡航速度の12ノットなら8、500海里以上にも及んだ。加えて運用に必要な乗員数やコストもカウンティー級より3割以上少ない利点があり、そのため本級の第1グループとして建造された5隻の中で、3隻が大英帝国連邦諸国のオーストラリア(2隻)とカナダ(1隻)へ供与されている。
 また、英海軍に配備された本級も、その多くが長期航海任務の多い太平洋、インド洋海域で任務に就いており、日本の港に投錨する事も多く、日本国民にも馴染みのある英国軍艦のひとつであった。
 ちなみに本級にもカウンティ級と同じく英国本土の州名が付けらていれたが、カウンティー級と区別するためヨーク級と呼ばれる事が多い。また、防御力強化型である後期建造艦の4隻は、一番艦のドニゴールにちなみD級と呼ばれる事もある。
 条約型重巡としては排水量が小さかった本級だったが、搭載武装等は、それ以上に少な目で増長性が大きく、第二次大戦中には、高射砲を対駆逐艦、対空用の4.5"/45 QF Mark3型連装両用砲3基に換装するなどの武装強化が行われた事に加え、早い時期にRDFが搭載され通商航路警備や植民地保護だけでなく、捜索偵察任務でも大きな成果をあげている。
 英国の重巡建造は、本級を持って一時中止され、この後は戦闘能力を強化したシティー級大型軽巡が大量建造されることとなった。

 基準排水量 8200トン 満載排水量 10、300トン
 最大速力33.0ノット 航続力 15ノット/6、500海里
 武装 8"U×3 3"T×C 2pdrMG[×B 21"TTV×2
 航空機×2 カタパルト×1他

戻る