記憶の断片(2)
written by ジン
〜第二章 沢蟹〜
水の臭い・・・。
自然と目が開いた。
薄暗い宵闇の中、気付けばそばに河があった。
細く、とても細く、腐敗臭のする黒い水が流れていた。
腕にむず痒いような痛みを感じ、体を起こす。
と、同時に痛みが激しくなる。眠気が吹き飛んだ。
「な・っ・・」
蟹だった。腕に鋏でしっかと掴まっていた。
「まだこの地区にも河川生物がいたのか・・・」
そう思いながらも胴体を人差し指と親指でつかみ、引き離す。
意外なほど簡単に離れてくれた。
何となく興味を持ち、顔を近づけて見つめてみる。
沢蟹・・・なのだろうか。
見たこともない種類だった。
小型で、甲羅に赤く染まった瘤があった。
その瘤が甲羅を輪郭に見立てた目のようで、少し滑稽に見えた。
蟹が気がついたように手の平から飛び出た。
蟹の慌てたように走り去っていく様を見送りながら、
自分の姿とその姿を重ねあわせた。
最近、この地区は戦争によって昔からあった森林がなくなり、地面には、
樹木の代わりに鉄骨が生え、荒地と化しているような状態が続いていた。
その結果、食物はおろか、飲料水さえ確保できない状況が続き、餓死するものが大増してきたのである。
地方の特色で年中適温なので、外でも寒さを気にせず寝られる
ということだけがせめてもの幸いであった。
「さっきの蟹・・・食べられたかもな・・」
そう思えば思うほど空腹を刺激し、いらだっていく自分を恨んだ。
ふと顔を上げると、落ちた太陽の向こうに人影があった。
辺りは急速に闇に落ちていくようで、凝視するように瞼を半分閉じ、
その黒い影をじっと見つめた。
ゆっくりと近づいてくる。
別の地区からの食糧援助・・・?
考えられない事ではなかった。西では近代光学が発達し、太陽光線から物質を作りだす、
という夢のようなことができているらしい、と聞いたことがある。
そう考えている間にも、辺りは着実に暗くなり、人影はまっすぐにこちらへと向かってきていた。
〜第三章へ〜