A little bitter White Day

 

『バレンタインデーにもらったら〜ホワイトデーにお返しを〜♪』

泰明はふと読んでいた本から目を離し、声のする方へ目をやった。

大きなプロジェクターにはある有名コンビニのコマーシャルが流れていた…

「・・・・・・」

 

 

 

「少々聞きたいことがあるのだが…」

ゼミ室へ向かう細道の途中でいきなり腕をつかまれ、瑠璃はびっくりして振り返った。

「あ…安倍君!?」

同じゼミ室で顔を合わせてはいるものの彼から話し掛けられたことなど初めてである。

「なに? 聞きたいことって?」

この道は史学科の研究室へ行く者しか通らないので、通る人はごくまれである。

だが、泰明は

「ちょっとこちらに来て欲しい。」

そう言って、より人気のない研究室裏のちょっとした林の方へ瑠璃を引っ張って行った。

 

――な…なんなの!?

 

瑠璃はわけがわからずちょっと動揺していた。こんな噂の超美形の男性と裏の林で

ふたりっきり…瑠璃でなくても、女性なら誰でもドキドキするのは必至である。

 

「聞きたいことと言うのは…」

真剣な表情で泰明が切り出した。

瑠璃はゴクッとつばを飲んで次の言葉を待った。

「“ばれんたいんでー”に贈り物をもらったら、お返しをしなくてはならないのだろうか?」

「はぁ?」

瑠璃はちょっと拍子抜けして、そして笑いながら答えた。

「何だそんなこと? あはは、何かと思っちゃった。」

「笑いごとではない!」

泰明は少し憮然とした表情でそう言った。

「ごめん、ごめん。うん、そうだよ。ホワイトデーっていう日があって、バレンタイン

 デーのプレゼントをくれた人にお返しするんだよ。」

「それはいつだ?」

「3月の14日。あさってだけど?」

「あさって…」

泰明は少し考え、また瑠璃に聞いた。

「お返しには何を贈ればいいのだろうか?」

「う〜ん、そうだね…普通はキャンディーやマシュマロだけど、本命の子には

 アクセサリーとかもつけてあげるかな?」

「本命?」

「意中の人ってこと。自分もその人のことが好きっていう人!」

「そうか…だが、アクセサリー…それはどのようなところへ行けば求められるのだ?」

「そうだね。あまり男の人は行かないよね…そうだ! お店つきあってあげようか?」

「そうしてくれるか? では、頼む。」

泰明は素直にそうお願いした。

「OK! じゃ、次の授業が終わったら一緒に行こう。」

「そうしよう。では、後ほど。」

 

瑠璃はゼミの中にあっても他の女子連中のように騒ぐこともなく邪魔にならない存在で

あった。他の女子に聞こうものならおそらく大騒ぎになっただろう。しかも、彼女には

別に思い人がいることも彼女の気からわかっていた。

だから、彼女にターゲットをしぼったのである。

 

――正解だったな

 

泰明はひとりつぶやいた…

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「泰明さん、びっくりするかな、ふふふっ」

あかねはいつもの道を急いでいた。

「今日は試験を返してもらうだけだから、学校早く終わるんだよって言ってなかった

 もんね♪」

途中にある信号で信号待ちをしている時間ももどかしかった。

「早く変わらないかな」

まだかまだかと通りの反対側を見ていたあかねの目に思いもよらぬ人が飛び込んで来た。

その人の姿を見て、あかねの顔がパッと明るくなった。

「あっ、やすあきさ…」

手を振って名を呼びかけたあかねの言葉が突然止まった。

「えっ?」

あかねの視線の先、そこには泰明の隣で笑いながら話しているひとりの女性。

子どもっぽい自分と違って大人っぽい綺麗な人…

そして、ふたりはあかねの目の前でおしゃれなジュエリーショップに入って行ったのだ…

「う…うそでしょ…」

信号が変わったが、あかねは歩を踏み出すことができなかった。

周りの人たちは邪魔そうにあかねを避けながら信号を渡って行く。

 

やがて信号は点滅を始め、赤に変わった。

しかし、あかねはそこにたたずんだまま。

うつむいたあかねの目からは一粒の涙がこぼれ落ちた。

そして、後ろを振り向くと一目散に駅へ向かって駆け出した。

 

ひとり電車に乗ったあかねは扉に身を預けながら思った。

 

――そうだよね。泰明さんにはああいう人の方が似合うんだ。

  ほんとお似合いだったあのふたり…

  私なんて子どもっぽくてちっとも泰明さんにつりあっていない。

  神子だったっていうこと差し引けば私なんて平凡なただの高校生で…

  いつかこういう日が来るんじゃないかって思ってた…

 

あかねの目からは大粒の涙が次から次へとこぼれ落ちた。

 

――今まで泰明さんが私みたいなつまらない女の子を相手にしてくれたことが

  奇跡だったんだ。もう夢は覚めちゃったんだ。あきらめなくっちゃ…

  でも、私…

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「たくさんあるのだな。おまえだったらどれを選ぶ?」

「そうだな…こっちの指輪なんかいいかな? あっ、でもこのネックレスも可愛い!」

泰明はいくつかガラスケースを見て回った。そして、ひとつのケースの前で立ち止まった。

 

――あかねの髪の色に似ている…

 

泰明が見つめているのはハート型の小さなペンダント。中央には朱鷺色の綺麗な宝石が

埋め込まれている。

 

「へえーっ、かわいい!」

横から瑠璃がひょいと覗き込んだ。

「これをくれ。」

泰明は迷わず、そのペンダントを手に取った。

「はい。ホワイトデーのプレゼントですか?」

にこやかに店員が聞いた。

「そうだ。」

泰明は短く返事した。

「では、ラッピングいたしますね。少々お待ちください。」

店員は奥へ行くと、かわいい包み紙とリボンでラッピングを始めた…

 

「ありがとうございました。またおいでくださいませ。」

店員の明るい声に送られて、ふたりは店を出た。

 

歩きながら瑠璃が言った。

「幸せだね、安倍君の彼女。あんなかわいいペンダントもらえるなんて。」

「おまえも思う相手からもらえるといいな。」

泰明が言った。すると瑠璃は途端に顔を真っ赤にして言った。

「あ…安倍くん、知ってたの!?」

「ああ。今日は店に案内してくれて助かった。おまえの思いが叶うことを祈っている。」

瑠璃は頬を染めたまま嬉しそうに頷いた。

「うん。」

「それでは、学校に戻ろう。」

ふたりはまた大学の方へと戻って行った…

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

いつも泰明の授業が終わるころには必ずあかねがキャンパスに姿を現すのに、その日は

いつまで待ってもあかねは現れなかった。

泰明は家に帰るとすぐあかねの携帯に電話をした。

いつもより少し呼び出し音が多いような気がしたが、何度目かの呼び出し音の後、

あかねが出た。

「あかね、どうしたのだ? 心配したぞ、今日は大学の方に来なかっただろう?」

『…ごめんなさい。今日は…あの…次の土曜日に模擬試験があって…その勉強で疲れてて…』

「そうか。勉強で疲れていて気が乱れているのだな。」

『泰明さん、電話でもそんなことわかるの?』

「ああ、おまえのことならどんなことでもわかる。」

 

――同じことあの人にも言っているのかな…

 

「あかね?」

『ううん。何でもない。今日は本当に疲れちゃって…もう寝るから…』

「ああ、わかった。その方がいい。ゆっくり身体を休めるとよい。」

『うん。』

「あかね」

『なに?』

「愛している。」

『…おやすみなさい、泰明さん』

あかねはそう言うと電話を切った。

 

――いつもなら嬉しい言葉なのに…今日は泰明さんの口から聞きたくなかったよ…

 

泰明はあかねの様子がいつもと少し違っていることに気がついたが、本人の言う通り、

試験勉強で疲れているのだろうと思い、そのまま携帯を机の上に置いた。

その横には先ほど買ってきたばかりの綺麗にラッピングした小さな箱が置かれている。

「あかねは気に入ってくれるだろうか…」

その箱を見て、泰明はあかねの喜ぶ顔を思い浮かべ、ひとり微笑んだ。

 

 

 

次の日もやはりあかねは大学には現れなかった。

電話をしてみると、昨日と同じように勉強で疲れてて寝てしまったからと言う。

泰明はあかねのことを気遣い、今日も早めに休めと言った。

そして、明日は必ず会うという約束を何とか取り付けた。

 

――あかね…かなり気が沈んでいたが大丈夫だろうか。でも、明日には会えるのだから…

 

 

あかねは昨日も今日もほとんど寝ていなかった。

考えないようにしていても昨日のふたりの姿が頭に浮かんで離れない。

 

――明日…どうしよう。こんな気持ちで会えないよ…

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

ホワイトデー当日。泰明はいそいそと小箱を持って待ち合わせの場所へ向かった。

いつもは大学の構内で待ち合わせをするのだが、今日は特別な日だから前にあかねが

とても気に入っていたおしゃれな喫茶店で待ち合わせることにした。

窓際の席に腰を下ろすと、泰明はコートのポケットから例の小さな箱を取り出し、

それを眺めて微笑んだ。

 

しかし、約束の時間を過ぎても、待てども待てどもあかねは現れなかった。

最初はちょっと遅れているんだろうと思っていたが、1時間経ち、2時間経つと

さすがに心配になってきた。携帯に電話をかけてみても電源を切っているらしく、

つながらない。

「どうしたというのだ!?」

泰明はあかねの自宅の電話に電話をかけた。

5回ほどの呼び出し音の後、あかねの母が出た。

「はい、元宮です。はい。泰明くん? いつもあかねがお世話になってます。

 あかね? ああ、いますよ。今、呼びますね。」

そう言うとあかねの母は、

「あかね、あかね、泰明くんから電話よ〜!」

と大声で2階に呼び掛けた。

「あら、おかしいわね。いつもならすぐに飛んで来るのに…。泰明くん、ちょっと

 待っててね。」

電話を保留にすると母はあかねの部屋へ向かった。

「どうしたの、あかね? 泰明さんから電話よ。早く出なさい。」

あかねはベッドに突っ伏したまま小さな声で答えた。

「いないって言って…」

「何言ってるの? もういるって言っちゃったわよ。バカなこと言ってないで、

 早く出なさい。」

あかねは仕方なく階下に下りて、受話器を手に取った。

「もしもし…」

『あかね、どうしたのだ? もう約束の時間はとうに過ぎているぞ。何かあったのか?』

「・・・・・・」

『あかね?』

「…もう、いいよ。」

あかねはつぶやくような声でそう言った。

『?』

「もう私に無理につきあってくれなくてもいいから。今まで私につきあってくれて

 ありがとう。とても嬉しかった。」

『あかね、何を言っている?』

「もう私のことは放っておいて!」

あかねは受話器に向かって叫んだ。

「あの人のことを大事にしてあげて。私のことは本当にもういいから…さようなら泰明さん。」

そう言うとあかねは受話器を置いた。

『あかね? あかね! あかねーっ!』

泰明は携帯に向かって叫んだ。だが、聞こえて来るのはツーツーツーという音だけだった。

 

――私はバカだ。ここ二、三日、ずっとあかねの様子がおかしかったのに、気もあんなに

  乱れていたのに、まるで気づかなかったとは…あかね、いったい何があったのだ?

 

店をあわただしく出ると、泰明はあかねの家へ向かって走り出した。

 

あかねは受話器を置いた後、再び自分の部屋に戻り、ベッドに突っ伏して静かに泣いていた。

 

――泰明さんの声を聞いたら決心がにぶっちゃうよ。残酷だよ、泰明さん…

 

その時、コンコンと窓を叩く音がした。

「えっ?」

あかねは窓に近づき、ガラッと開けた。そこで目にしたのは…

「泰明さん!? どうしたんですか? ここ2階…」

泰明はあかねがしゃべり終えないうちに窓から部屋に飛び込んだ。

「玄関から訪ねても入れてくれない気がしたので…」

そう言うと、泰明は強い語調であかねに言った。

「どうしたと聞きたいのはこちらの方だ! いったいどうしたのだ、あかね? 何があった?」

あかねは泰明に背中を向けると、ぽつりぽつりしゃべり始めた。

「おととい…私…見たんです。泰明さんが…すごく綺麗な女の人と一緒に歩いていたの。

 私なんかと違ってすごく大人っぽくって…泰明さんにお似合いで…」

 

――ああ

 

泰明はすべてを理解した。まったくもってうかつだった。バレンタインデーの時、女人から

チョコレートをもらっただけでもあんなに気にしていたではないか。それを女人とふたりで

買い物に行くなどと…。あの時、あかねが見ていたことなどまったく気がつかなかった。

理由はどうであれ、あかねが誤解するのはもっともだ。

どう説明したらいいのだろう…泰明は言葉を探したが、いい言葉が見つからなかった。

そして…

 

「ふたりで一緒にアクセサリーを選ぶような仲なんだよね。」

そう言うとあかねは無理に笑いを浮かべながら言った。

「ねっ、私のことなんてもういいから、あの人のところへ行ってあげて。

 きっと待ってるよ、あの人…」

 

そうあかねが言い掛けた時、後ろからふわっと何かが首に掛けられた。

「な…なに?」

見るとそれは小さな朱鷺色の石がついているかわいいハート型のペンダント。

「こ…これ!?」

「バレンタインデーのお返しだ。今日は自分の愛する者にお返しの贈り物をする日だと

 聞いた。だから、これをあかねに…」

後ろの留め金を留めながら泰明が言った。

「でも、これって…」

「私が愛しいと思うのはあかねだけだ。」

そう言うと、泰明は後ろからあかねを抱きしめた。

「あかねは私のことを信用していないのか?」

少し悲しそうな声で泰明が言った。

「そんなことない!!」

「よかった。」

泰明はそう言うと、さらに強くあかねを抱きしめた。

「じゃあ、あの人は?」

「あの人? ああ、彼女にはこれを売っている店を教えてもらっただけだ。それに…」

泰明は一度言葉を切ってから続けた。

「あの者には思いを寄せる者がいる。」

「!!」

あかねはびっくりして振り返った。

泰明は少し気を飛ばすと、

「どうやらその思いも叶ったようだな。」

とひと言つぶやいた。

 

あかねは顔を赤らめて、またクルッと後ろを向いてしまった。

「あかね?」

「見ないで! 私、今ひどい顔してる!」

泰明はやさしく微笑むとあかねを正面に向かせ、まっすぐ目を見つめながら、言った。

「あかねはあかねだ。どんな顔をしていようと関係ない。これがこの私の目の前にいる

 おまえが、私の愛するただひとりの女性(ひと)なのだから。」

「ほんと私バカみたい。ひとりで勝手に誤解しちゃって。泰明さんを信用しているはず

 なのに、疑っちゃって…ほんと私って…」

泰明はやさしく微笑むとその両手をあかねの頬に添え、唇をふさいだ。

そして、長い口付けの後、唇を離すと再びあかねを抱きしめた。

「すまなかった。誤解させるようなことをして、私がいけなかったのだ。」

「ううん。悪いのは私。」

ふたりはそう言うと、お互い微笑みあった。

「これからも、未来永劫、私が愛するのはおまえひとりだ。」

「ええ、泰明さん。私も。」

ふたりは再び唇を重ねた…

 

 

――あかね、おまえは知らないのだ。私がどれだけおまえのことを思っているのか…

  おまえは私に本当の意味での命を与えてくれた。

  おまえは私のすべてだ。おまえがいるから私は生きていける。

  あかね…愛している…

 

胸元に輝く小さな朱鷺色のハートがふたりを祝福するかのように小さく揺れた…

ふたりの本当のホワイトデーは今から始まる…

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

[あとがき]

やっと何とか一本ホワイトデー創作書き上げたぞ!

とりあえずホッ。

たまにはあかねちゃんにも悩んでいただこうかな…

なんていう軽い気持ちで書き始めた作品です。その

わりには異様に長くなってしまいましたが…

かっこいい彼氏がいればこんなことのひとつやふた

つやみっつやよっつあるでしょう。でも、泰明さん

はいつでもあかねちゃんしか目に入ってないから大

丈夫だって。もっと自信を持って、あかねちゃん!

 

う…後ろからものすごい殺気が

「あかねを泣かせたのはおまえか?」

「えっ、えっ、泰明さん!? ハッピーエンドだから

いいじゃな〜い!わっ、わっ、ごめんなさ〜い!」

 

戻る