あなたを・・・

 

私は穢れている…

今まで数多の女性をこの腕に抱いて来た。

まるでそれが当然のことのように…

だが、君と出会ってたったひとりの女性(ひと)への執着というものを始めて知った。

もし、君が他の男に一時であろうと心奪われることがあれば、私はおそらく気が狂って

しまうだろう。

そんな私に、龍神が遣わした神子である君に触れる資格などあるのだろうか?

君が愛しい…

ゆえに、君に触れられない…

 

 

 

「友雅さん、どうしたんですか?」

先ほどからずっと無言のままの友雅にあかねが聞いた。

「お仕事で疲れているんだったら…」

「いや、何でもないよ。悪かったね、神子殿。」

そう答えた友雅の言葉を聞いて、あかねが少し淋しげにつぶやいた。

「まだ、“神子殿”なんですか…」

 

龍神の神子である元宮あかねは鬼との最終決戦の後、友雅の願いのままに今まで生きて

来た世界を捨てて、京に残ることに決めた。無論、ずっと友雅に心惹かれていたあかね

に異存があるはずはない。むしろ友雅が「残ってほしい」と言わなかったら自分から京

に残ると言おうとさえ思っていた。そして、二人はお互いの気持ちを確かめあい、幸せ

になるはずだった。だが…

 

京に残ってから毎日、八葉であった頃と同じように友雅はあかねのもとに通って来てく

れる。通って来てくれるのは嬉しいのだが、何だか日々友雅の表情は沈んで行くように

感じる。最初は気のせいかと思っていたし、仕事で疲れているからだと思おうとしたの

だが、こう毎日ではさすがに気にしまいと思っても気になってしまう。それに最近は友

雅お得意の軽口もついぞ聞かれなくなったような気がする。

 

――本当にどうしちゃったんだろう…

 

また、黙り込んでしまった友雅にあかねがポツリと言った。

「やっぱり私はここに残らない方がよかったんですね。こうして無理して毎日通ってく

 れて、友雅さんの重荷になるようなら、私…」

友雅はその声にハッとして、思わずあかねのそばに寄り、声を荒げて反論した。

「いや、そうじゃない。私は…」

友雅はそう言って、あかねの両肩に己の手をかけようとしたが、急にその出しかけた手

を引っ込めた。

 

――友雅さん?

 

「すまない、神子殿。やはり疲れているようだ。今日はこれで失礼するよ。」

友雅はそう言うと、部屋を辞して行った…

 

――友雅さん、やっぱり変…

 

 

 

昼下がりの藤姫邸で

「ハァ〜ッ」

あかねは庭を見ながら大きなため息をついた。

その時、一際大きなドタドタという足音が聞こえて来た。

 

――あの足音は…

 

あかねはその足音の主が入って来るなり、声を掛けた。

「イノリくん、こんにちは。珍しいね、こんな時間に!」

「わっ、わっ、なんで俺だってわかったんだぁ!?」

イノリはちょっとビックリして、そう聞いた。

あかねはクスクス笑いながら、その問いに答えた。

「だって、イノリくんの足音って相変わらずなんだもん。」

「ちぇ〜っ。でもさ、笑ってるじゃん。安心した。」

「えっ、何?」

「この前、偶然頼久に会った時、何かおまえが元気ないって聞いたからさ。」

「頼久さんが!?」

 

――うわぁ〜、頼久さんにまでそう思われちゃったんだ。恥ずかしい〜〜〜

 

「それで、来てくれたんだ。」

あかねはイノリに微笑みながら、そう言った。

イノリは慌てて円座にストンと腰を下ろすと、ほんのり赤くなった顔を隠すように

ちょっとそっぽを向いて答えた。

「い…いや、今日は久しぶりの休みだったからさ。ちょっとお前の顔が見たいな…

 なんて思っただけだ。」

「イノリくん、やさしいね。」

「だから、俺は…」

イノリがそう言いかけた時、あかねがうつむいて、ポツリと言った。

「本当にやさしいね。」

そう言うと、あかねの目から一滴涙が零れ落ちた。

「おっ…おい!?」

「イノリくんが好きだったらよかったのに…でも、私、あの人じゃなきゃダメなの…」

「あかね、どうしたんだよ!? 友雅と何かあったのか?」

 

あかねが友雅のために京に残ったことは、八葉の誰もが知っている周知の事実だ。

何しろ目の前で友雅の告白もあかねの嬉しそうな承諾の言葉も聞いたのだから…

イノリとて他の八葉と同様、あかねに密かな恋心を抱いていたのだ。でも、あかねが友

雅に惚れきっているのは誰の目にも明らかで…だから、自分の思いを告げることもなく、

身を引いたのだ。

そんなあかねが今、目の前で泣いている。あいつに譲ったのは、おまえがいつも笑顔で

いられるからで、お前の泣く顔をみたいからじゃない!

 

「あいつだな? やっぱり友雅のやつが何かしたんだな!? ぶっ飛ばしてやる!!」

イノリはカンカンに怒りながらそう叫んで、立ち上がった。

「イノリくん、違うの!」

あかねは慌ててイノリの腕を掴んで、そう言った。

「わからねえよ。じゃあ、なぜお前は泣いてるんだ?」

「それは…」

 

あかねはイノリに最近の友雅の様子をつぶさに話した。イノリは、珍しく真剣にあかね

の言葉の一つ一つを聞いていた…

一通り話を聞き終わった時、イノリが言った。

「それで、友雅がどうしてそんな態度をとるのか聞いてみたのか?」

「だって、答えてくれないし…」

「どうしたんだよ、あかね。お前らしくないじゃん!」

イノリが少し大きな声で言った。

「いつものお前だったらちょっと答えてくれないぐらいじゃ引き下がらないじゃない

 か!」

「でも、もし、しつこく言って嫌われたら…」

「そんなのあかねじゃない!!」

イノリが叫んだ。

「イノリくん…」

「おまえがそんなだからあいつも愛想をつかしたのかもしれねえぞ!」

イノリは一際大きな声であかねに言った。

あかねは大きな瞳をもっと大きくして、絶句した。あかねの両手は小刻みに震えている。

「だが、あいつに限ってそんなことはあり得ねえ。きっと何か理由(わけ)があるん

 だ。」

イノリはやさしくそう言った。

「馬鹿だな。そうでなきゃ、毎日なんておまえのところに来るはずないじゃん!

 こんだけ愛されてるっていうのにおまえってやつはよ、まったく…」

「イノリくん…」

あかねは目に涙を溜めながらそう言った。

「あーっ、だから、泣くなっちゅうの!!」

「だって…」

「いつもの笑顔を見せてくれよ。それだけがおまえの取り柄なんだからさ。」

「イノリくん、ひど〜い」

あかねは泣き笑いしながらそう言った。

「そうだよ、それでこそあかねだ! まあ、あいつと話し合ってみるんだな。」

「うん、そうする。ありがとうイノリくん!」

「礼なんて言われることしてねえよ。」

イノリは照れくさそうにそう言った。

 

「そこで、さっそくお願いがあるんだけど…」

あかねはイノリに何やら耳打ちした。

イノリはちょっと笑いを漏らしながら

「わかった。ははっ、やっといつものあかねに戻ったな!」

そう言った…

 

「よお、頼久!」

イノリが庭で警護をしていた頼久に声をかけた。

「ちょっとさ、あかねを連れて出掛けて来るからさ。」

「では、私もお供に…」

「おまえ、俺の力をみくびってねえか? 俺だって八葉だぜ!」

「そうだったな。では、神子殿を頼む。」

「じゃ、ちょっくら行ってくるからさ。」

「じゃあ、頼久さん、ちょっと出掛けて来ます。」

あかねがそう言った。

「はい、神子殿。お気をつけて。」

 

藤姫の館を出て、しばらくするとあかねが微笑みながら、言った。

「イノリくん、ありがとう。おかげでスムーズに抜け出せたわ。ちゃんと“イノリくん

 と一緒に”って断っておけば、藤姫も大騒ぎして探さないだろうしね。」

「すむ…すむず??」

「ああ、上手く抜け出せたっていうこと!」

あかねは笑顔でそう言った。

「そ…そうなんだ。」

そしてあかねの笑顔を見て、イノリが言った。

「もう大丈夫みたいだな。」

「うん。イノリくんのおかげだよ♪」

水干の袖を翻しながらあかねが嬉しそうにそう言った。

「でもよう、本当に一人で大丈夫かぁ? 何なら友雅のところまで送ってってやろうか?」

「ありがとう、イノリくん。でも、一人で行きたいの。大丈夫! 何てったって私は龍

 神の神子だもの!! それにこっそり一人で出掛けるのはなれてるしね♪」

「ははっ、そうに違いない! 完全にいつものおまえに戻ったみたいだな!」

イノリは笑いながらそう言った。

「じゃあ、頑張れよ!」

「うん! 本当にいろいろありがとね、イノリくん!」

あかねはそう言うと、後ろを向き向き手を振りながら、駆けて行った…

 

あかねの姿が視界から消えると

「俺っていい奴じゃん…」

イノリは鼻をこすりながら、一人そうつぶやいた…

 

 

 

ようやく友雅の屋敷にたどりついたあかねは家の中の様子をうかがいながら、つぶやい

た。

「この時間じゃ、まだお仕事から帰って来てないよね…」

そんなあかねの後ろから驚いたような友雅の声が聞こえて来た。

「み…神子殿!? どうしたんだい、神子殿!? どうしてここに…」

あかねは振り返ると友雅に言った。

「エヘッ、来ちゃいました!」

友雅は一瞬笑いかけたが、すぐにその表情は消えた。

次の瞬間、あかねが両手で友雅の両頬をパンッと叩いた。

「み…神子殿!?」

「ほら、またそんな顔する! 友雅さんがそんな顔ばかりするから、気になって、こん

 なところまで来ちゃったじゃないですか!! 今日という今日は絶対その理由(わけ)

 を聞きますからね。友雅さんが話してくれるまで、私、帰りませんから!」

友雅は苦笑すると、ここでは何だからと部屋へあかねを案内した。

 

最近は慣れない女房装束を身につけていることが多いあかねだったが、今日は神子時代

に着慣れた水干姿である。何かこの姿の方が勇気がわいて来る気がした。

部屋に落ち着いてもまだ黙ってちょっとうつむきがちの友雅にあかねが声を掛けた。

「友雅さ…」

それを遮るように今までずっと沈黙を保っていた友雅が言葉を発した。

「君は私が“嫌”ではないかい?」

「えっ?」

あかねは友雅の意外な言葉にびっくりして聞き返した。

「何で私が友雅さんを嫌だなんて思う必要があるんですか?」

友雅は苦しそうに言葉を発した。

「私は今まで数多くの女性とつきあって来た。それは君も十分知っていることと思う。」

あかねは真剣な目で友雅の言葉に耳を傾けた。

「前に天真に神子殿の世界では、一生一人の相手(ひと)に添い遂げるのだと聞いた。

 そんな君から見れば、私はさぞかし汚く穢れて見えるのではないかい? こんな私が

 神子殿を自分のものにしたいだなどと…私は間違っていたのかもしれない…」

だが、それを聞いて、あかねは笑いながら言った。

「なあんだ、そんなこと!」

「み…神子殿!?」

あまりにも意外なあかねの言葉に友雅は大いに驚いた。

「だって、それは過去のことでしょ? 私と知り合う前のことだし。」

そして、あかねは友雅のそばに歩みよると強い口調で言った。

「それに間違っちゃいけません! 友雅さんが私を選んだんじゃなくて、私が友雅さん

 を選んだんです!」

そして、さらに続けた。

「ごめんなさい、私もちょっと浮気しちゃいました!」

「神子殿が?」

意外そうに友雅が聞き返した。

「そうです! 頼久さんはちょっと頼もしいなと思っちゃったし、泰明さんはちょっと

 神秘的でカッコイイなと思っちゃったし、イノリくんはちょっとやさしいなと思っ

 ちゃったし…これでおあいこです!」

「だが、それは…」

「でも、私は友雅さんじゃないとダメなんです。一緒にいたいと思うのは友雅さんだけ

 なんです!!」

あかねはそう言うと、ちょっと顔を赤くして真っ直ぐに友雅を見た。

 

友雅は一瞬絶句したが、次の瞬間大爆笑した。

「友雅さん?」

「ははははっ、君は本当に…何て言うか…私が全く思いもつかないようなことを言う。

 そして、私の一番欲しい言葉をくれる…」

そう言うと友雅は目の前のあかねをふわっと包み込んだ。

「今まで悩んでいたのが、馬鹿みたいだ…」

「そうですよ。悩んでいるんだったらサッサと私に言ってくれればいいんです。私も

 本当に心配しちゃったんですから!」

「ごめん、ごめん、神子殿。」

「でも、これからは浮気しちゃだめですよ。」

「神子殿もね。頼久に泰明殿にイノリか…覚えておこう。」

「んもうっ、そんなこと覚えてなくていいです!!」

あかねは友雅の腕の中で、ぷうと頬を膨らませた。だが、すぐに明るい笑い声を立てた。

そんなあかねの様子を目を細めて見ていた友雅は、急に真顔になると

「神子殿…」

と言った。

「“あかね”って呼んでください。」

「あかね…」

そう言うと、あかねの顎に手を添えると自らの唇をあかねの桜色の唇に近づけた。

あかねはドキドキしながら目をつぶって、次の瞬間を待った。

だが、いつまでたっても自分の唇に触れる感触はない。

あかねが薄目を開けてうかがってみると、笑いをこらえている友雅と目が合った。

そして、友雅はプッと吹き出した。

「からかったんですか〜 ひど〜い!!」

あかねは羞恥で頬を染めたまま抗議するようにポカポカと友雅の胸を叩いた。

「ごめん、ごめん。君があまりにもかわいかったものだから。」

なおも小さく抗議するあかねの耳元に唇を近づけると、友雅が囁いた。

「それに君の唇を今奪ってしまうと、もう止められそうにないからね。」

あかねは一瞬キョトンとしたが、その意味がわかるやいなやボッと火がついたように

顔中真っ赤になった。

「今まで待ったのだ。正式に妻問いにうかがうよ。」

そう言うと悪戯っぽい瞳でつけ加えた。

「だが、そう待てるかな… 泰明殿に今日から3日間は吉日…ということにしてもら

 おうか?」 

「友雅さん、ズルはいけませんよ。」

あかねはまだ顔を赤くしたまま友雅にそう言った。

「ふふっ、後で泰明殿に占ってもらおう。そして、今宵が本当によき日だったら…」

友雅は再びあかねをその胸に閉じ込めると言った。

「今宵うかがわせていただくよ。愛しい私だけの姫…」

「友雅さん(///)

「あかね、私の北の方になってくれるね?」

「はい、もちろんです。友雅さんが嫌だって言ったって、私、友雅さんの北の方に

 なります!」

「ははっ、それでこそ私のあかねだ。」

二人の笑顔が広い友雅の屋敷中に響き渡った…

 

 

そして、その夜、藤姫の館に戻ったあかねの元に友雅から一通の文が届いた。

 

泰明殿の占いによると今日より3日間が私にとってもあかねにとっても吉日だ

ということだ。次の吉日は一月も先だという…

だから…今宵…参る

と。

 

――え〜っ!? こ…今夜〜!!

  ま…まさか、本当に泰明さんに頼んで…っていうことはないよね。

  いくら何でもあの泰明さんが、そんなお願いを聞き入れるわけないし…

  で…でも…今夜〜(@o@)

 

文を片手に一人顔を赤くするあかねであった…

 

そして、二人の甘〜く幸せな日々はこの日より3日間…いや、これからずっとずっと…

それこそ死が二人を分かつまで、ず〜っと続くことになる…

  

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

[あとがき]

沙桐姫様のお誕生日お祝いにお贈りした作品です。

このところちょっとショックな出来事があってから

シリアスものが書けなくなっていたのですが、久方

ぶりにシリアスっぽいものを書いてみました。

友雅さんは今まで様々な女性とつき合って来たこと

をあかねちゃんが気にするのではないかと悩みまく

りますが、あかねちゃんは難なくその悩みを吹き飛

ばしております。もちろん、本当にあかねちゃんが

全くそれらの女性のことを気にしていないと言えば

嘘になります。でも、友雅さんを楽にしてあげたい

がためにその部分も含めて友雅さんを受け入れてあ

げようと思っているんです。何て健気でなんでしょ

でも…あかねちゃんが言った浮気はちょっと遙かプ

レイヤーさんの気持ちが入っているかも? ギクッ

と思われた方も多いのではないでしょうか?(^^)

そして、イノリくん! あかねちゃんを元気づける

には彼か天真くんぐらいしかいないと思いまして♪

私の京ED基本バージョンでは、天真くんは現代に

帰ってしまったことになっているので、私にしては

珍しく、イノリくんにこんな役を担ってもらいまし

た! いかがでしたでしょうか?

沙桐様、お誕生日本当におめでとうございます!

こんな作品ですがどうぞお受け取りくださいませ。

 

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