ばーすでぃ・ぷれぜんと

 

「あかね、何をしているのだ?」

「ひゃっ!!」

急に後ろから声を掛けられて、あかねは少し飛び上がった。そして、手に持っていた

ものをパッと着物の中に隠すと、振り返り、わざとらしく大げさに微笑みながら言っ

た。

「お帰りなさい、泰明さん。」

その様子を見て、泰明は訝しげに眉をしかめて、聞いた。

「今、何を隠した?」

「えっ? べ…別に何も隠してなんかないよ。」

「あかね…」

泰明はため息をつきながら言った。

「おまえの隠し事など気ですぐわかる。」

「え〜っ、気で探るなんて反則だよ〜」

あかねはちょっと抗議するように口を尖らせて言った。

「それに気を探るまでもない…」

泰明は続けた。

「いかな私でも目の前で隠されたら否が応でもわかるのだが…」

それを聞いて、あかねは観念してハァ〜ッと一つため息をついた。

「もう!! お誕生日まで内緒にしておきたかったのに…」

あかねはしぶしぶ着物の中から隠したものを出した。

それを目にした泰明は首を傾げながら聞いた。

「それは、何なのだ??」

泰明の目に入って来たのは太めの糸が箸に絡んだようなものとそれにくっついている

布のようなもの…

 

――そうか、泰明さん、これが何だかわからないんだ。ラッキーvv

 

「これはね。私たちの世界のね…そう! 遊びなんだよ。暇つぶしの遊び!

 泰明さんが帰って来るまでちょっと遊んでたの。今すぐ片付けるね。」

あかねはごまかしてそう答え、そそくさと片付けようとしたのだが…何しろ相手は

あの泰明である。無論、その説明だけで納得するはずがない。それに“私たちの世界”

とつけたのがまずかった。泰明はますますそのものに興味を抱いてしまったのだ。

そして、わくわくしながら、聞いて来た。

「どうやって、遊ぶのだ? ぜひ私にも教えてほしい。」

あかねは「しまった」と思ったが、輝いた目で期待しながら自分を見ている泰明を見

て、さすがに隠せないと思い、また一つため息をつくと言った。

「これは“編み物”と言うんです。」

「編み物?」

「こうやって、この棒を動かして行くと…」

あかねが二本の箸のようなものを器用に動かして行くと、どんどん目の前で布が出来

上がって行くではないか。

それを見て、泰明は思わず感嘆の声を上げた。

「すごい! いったいどういう呪いなのだ?」

あかねは苦笑しながら答えた。

「呪いじゃないよ、泰明さん。この二本の編み棒で編んで行くと、こうなるんだよ。」

「しかし、はた織機もなしに布が出来るなどとは本当に不思議だ…」

泰明は首を傾げながら盛んに感心している。そして、言った。

「私にも出来るか? やってみたい、あかね!!」

「えっ? 泰明さんが? う〜ん。」

あかねはちょっと考えてしまった。泰明の誕生日に手作りの物をプレゼントしようと

思って、いろいろ考えた末、たどりついたのが、編み物だった。京の冬は寒い。冬で

も外で何時間も祈祷をすることがある泰明にベストを編んでプレゼントしようと思っ

たのだ。本当はセーターにしたいなとも思ったのだが、セーターでは着物の下に着づ

らいと思ったので、ベストに落ち着いた。

箸で編んでもよかったのだが、それでは何かちょっと嫌だったので、手先の器用なイ

ノリに頼んで、形状を詳しく説明して、注文通りの編み棒とかぎ針を作ってもらった。

そして、頼久が獲って来てくれたうさぎの毛から藤姫に頼んで、毛糸らしきものを

作ってもらって、それらを使って編んでいたのだ。

 

「だめなのか?」

泰明は捨てられた子犬がすがるような目であかねに聞いた。

 

――うっ…この目には弱いのよね…

 

あかねは観念したように泰明の方を見て小声で言った。

「やってみますか?」

「いいのか!?」

目を輝かした泰明はあかねの向かいにちょこんと座った。

あかねは小さい子どものような泰明を見て、やっと笑みをもらした。そして、隣に来

るよう促すと糸の掛け方と棒の動かし方を泰明の前でやって見せた。

「そばで見ても本当に不思議だ。なぜ棒を動かすだけで、布が…」

あかねは使っていない編み棒と糸で、サササッと目を作ると、それを泰明に手渡した。

「今、私のやったようにやってみてくださいね。」

泰明は渡された編み棒と糸をジッと見た。そして、おそるおそるあかねの真似をして

その棒を動かしてみた。すると、どうだろう! 自分がやってもどんどん布が出来て

行くではないか!!

「あかね、見てくれ! 私にも出来るぞ!!」

こどものように無邪気に喜ぶ泰明を見て、あかねは思わず笑みをこぼした。

「よかったね、泰明さん。」

「編み物とは面白いものだな。なかなか面白い遊びだ!」

 

――ははっ、泰明さん、まだ遊びだと思い込んでるんだ。

 

しばらく夢中で編み続けていた泰明だが、やがてあかねの編んでいる物と自分の編ん

でいるものとを見比べて少し不満そうに言った。

「あかねのと私のとは何だか少し違うような気がするが…」

あかねはベストを編んでいるので袋状に編んでいるし、泰明はただ編み棒2本で編ん

でいるので、当然形は違う。

「あかねと同じようにしたい…」

泰明は少しいじけた目でそう言った。

「でも、編み棒はこれしかないんですよ。」

「問題ない。」

そう言うと、泰明は式神に言いつけて、箸を持ってこさせた。

「形が似ているからこれで大丈夫だ。」

箸をしっかり握り締めて自信満々に泰明は言った。

あかねは苦笑しながら、その“箸”を使って、何とか目を作ってやり、泰明に手渡し

た。

「ありがとう、あかね。」

泰明は満面の笑顔でそう礼を言うと、また黙々と編み物に精を出し始めた。

 

もうばれてしまったのだからと開き直り、それからはあかねは泰明の前でベストを

せっせと編んだ。というか、あかねが泰明の留守に編み進もうものなら、帰って来て

それを見た泰明が「ずるい!」といじけるからだ。

仕方なく泰明のいる時だけ作業をしていたので、完成が予定より随分遅れてしまった。

やっとそれが完成したのは、9月14日の昼ごろだった。さすがに間に合わなくては

たいへんだということで、泰明が出掛けてから衿とか袖口とかを急ピッチで仕上げて、

何とかギリギリ当日の昼に完成にこぎつけることができたのである。

そして、それを丁寧に淡香の紙で包み、桔梗の花を添えると、棚にしまって、ごちそ

うの用意を始めた。

 

泰明が渡殿を歩いて来る音を聞いて、すぐにあかねは迎えに出た。

「お帰りなさい、泰明さん。」

泰明はいつものように微笑むとあかねの頬に軽く口付けた。

「あかね、さあ、編み物をしよう!」

明るい声でそう言うと、泰明はすぐに毛糸と編み棒が入っている籠を取りに行こうと

した。あかねはあわててそれを遮ると、泰明に聞いた。

「泰明さん、今日は何の日ですか?」

「何の日?」

籠を見ながら、訝しげに聞き返した泰明に、ちょっと口を尖らせてあかねが言った。

「ほら、また忘れてる…今日は長月の十日あまり四日ですよ。」

それを聞いて、泰明は言った。

「そうか、今日は私の…」

「そう! 今日は泰明さんのお誕生日ですよ。お誕生日おめでとう、泰明さん!」

あかねはそう言うと、棚から先ほどの包みを取り出し、泰明に手渡した。

「これは?」

「お誕生日の贈り物です。」

あかねはニコニコしながらそう言った。

淡香の包みを開いた泰明が真っ先に言ったのはお礼ではなく…

「あかね、私のいない間に仕上げてしまったのか!?」

あかねはそれを聞いてがっくりした。

「泰明さんにプレゼントしようと思って、一生懸命作ったんですよ。途中で泰明さん

 に見つかって、変な感じになっちゃったけど…」

「あっ…」

泰明はこの時、初めて、あかねが編み物をしていた時、隠そうとしたわけを理解した。

そして、

「すまない、あかね。私のために作ってくれていたのだな。それを私は…」

とうつむいて、少ししょげながら言った。

あかねはそれを見て、

「いいんですよ。泰明さんにばれちゃった時は少しガッカリしたけど…」

「やはりガッカリしたのだな…」

さらにうなだれる泰明の両手を取って、あかねは続けた。

「でも、一緒に編み物出来て、とっても楽しかったですから。」

「本当か!?」

あかねの言葉に泰明の表情がパッと明るくなった。

「私もとても楽しかった!」

「ねっ、泰明さん、着てみてください。」

「ああ。」

泰明はそう言うと、狩衣の上にベストを着ようとした。

「あっ、ベストは上着の下に着るから、狩衣の下の方がいいかも…」

あかねがそう言うと、泰明はパッと狩衣を脱いで、下の着物の上にベストを着ようと

したが、着方がよくわからない。

「あかね、どうやって着るのだ??」

「ああ、それはね、頭からかぶるんですよ。」

あかねはそう言うと、

「泰明さん、万歳してください。」

「万歳?」

「うん…と、両手を上に上げてください。」

「わかった。」

泰明は言われた通り両手を上に上げた。

「う〜ん、届かないな。泰明さん、ちょっとかがんで」

泰明はあかねに言われた通り少しかがんだ。

あかねは両袖を通すとお団子に気をつけながら頭を通して、裾を引っ張って整えた。

「泰明さん、もういいですよ。」

「温かい。毛皮を着ているわけではないのにとても温かいな、あかね。」

泰明は満足そうに微笑んだ。

「それにこの糸の一本一本からおまえのやさしい気を感じる。ありがとう、あかね。」

「よかった〜 喜んでもらえて!」

あかねも笑顔で答えた。

そんなあかねを泰明はふわっと抱きしめた。しばらくあかねを抱きしめていた泰明だ

が、急にあることが気になって、おそるおそる声を発した。

「あかね…」

いつになく弱々しい泰明の声にあかねは何だろうと顔を上げて、泰明の方を見た。

「編み物の仕上げ方を私にも教えてくれるだろうか…いや、教えてほしい。」

泰明ははにかみがちにそう言った。

あかねはそれを聞いて、微笑みながら言った。

「もちろんですよ、泰明さん。あとちょっとで完成ですもんね。」

「ありがとう、あかね。」

泰明はさらに顔をほころばすとあかねを強く抱きしめた。

そして、その唇にやさしく口付けた。

そしてそして、泰明はその後、二人でごちそうを食べて、もちろん恒例のロウソクを

立てたあかね特製の昨年よりはちょっと小さめのバースディ・ケーキも食べて、とっ

ても幸せなバースディを過ごしたのである。

(※バースディ・ケーキについては「四本のロウソク」を参照のこと。)

  

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

  

後日談をちょっとだけ。

数日後、泰明の仕上がったベストと自分のベストを見比べながらため息をつくあかね

の姿があった。

「なんで初心者の泰明さんの編み目の方が私のよりきれいなの〜〜〜〜〜!!!!!」

秋の静かな晴明邸にあかねの叫び声だけがひと際大きくこだましていた。

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

[あとがき]

2002年の泰明さんの誕生日記念作品です。

うちの母はベスト作りがとても得意で、私が小さいころから

よくベストを編んでいました。それを見るにつけ、「何で毛

糸と棒だけであんなふうになるの!?」と不思議に思ったも

のです。それをそのまま泰明さんの好奇心として描いてみま

した。印を結ぶあの細くて長い指で編み物をする姿って何だ

かいいかも♪ 泰明さんはもしかするとすっかり編み物には

まってしまって晴明様や八葉全員の分なんて、編んでしま

うかもしれませんね。

この作品はWやっすーBirthday企画として2002年9月末

日までフリーとして配布しておりました。

お持ち帰りくださった神子様方、ありがとうございます。

 

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