メリー・クリスマス

 

 

あかねは庭の雪景色をぼんやりと眺めながらつぶやいた。

「もうすぐクリスマスか…」

「“くりすます”とは何だ?」

急に後ろから聞こえてきた声にあかねはびっくりして振り返った。

「や…泰明さん、お帰りなさい! 今日は早かったんですね。」

「ああ。急に降って来た雪で予定していた仕事が中止になったのだ。おおかた、

 お師匠が何か仕組んだのだろう。あの仕事はやりたくないと前々から申して

 いたから。」

「そんな晴明様がそんなことするわけないじゃないですか。偶然ですよ。偶然!」

あかねは笑いながらそう言った。

「……あかねは、お師匠のことをよく知らないのだ。」

そうかな…とあかねは盛んに首を傾げる。

「それよりあかね、さっき言っていた“くりすます”とはいったい何なのだ?」

「ああ。クリスマスというのはですね、私達の世界の言わばお祭りなんです。」

「祭り?」

「はい。もともとはキリスト様という方のお誕生日なんですけど、世界中の人達が

 綺麗な飾りつけをしたり、ごちそうを食べたり、プレゼント…あっ、贈り物の

 ことですけど、贈り物を交換したりして、家族や好きな人と一緒に過ごすんです。

 そのクリスマスは12月25日だけど、お祝いして盛り上がるのはその前日の

 24日かな? その日をイヴと言うんですよ。

 このクリスマスが近くなるとクリスマス・ツリーにライトアップしたりして、

 町中イルミネーションでいっぱいになって、すっごく盛り上がるんです。」

あかねは目を輝かせて泰明に話して聞かせた。

 

そんなあかねを見て、泰明はふと不安になった。

「……あかねは、もとの世界が恋しくなったのか。もとの世界に帰りたくなったの

 ではないだろうか。」

それを聞いて、あかねはハッとした。

泰明はとても不安げな瞳であかねをじっと見つめている。

「もう、何言ってるんですか! いつも言ってるように私の幸せは泰明さんのそば

 にあるんです。どんなにもとの世界がいいところでも泰明さんに敵うわけないじゃ

 ないですか。何度も言わせないでください。」

あかねはプゥと頬をふくらませると、泰明に背を向けた。

 

「すまない、あかね。」

泰明はそう言って、後ろからそっとあかねを包み込んだ。

「わかってくれればいいんです。雪を見てちょっと思い出しちゃっただけですから。」

「そうか。その“くりすます”についてもう少し教えてくれないか?」

「はい。」

あかねはそう明るく答えると、クリスマスについてまた話し出した。

 

 

 

 

12月24日の夕刻、陰陽寮の仕事から帰って来た泰明に急に「出掛けるぞ」と言われ、

あかねはあわただしく身支度をした。そして、今、わけのわからないまま、泰明に手を

引かれて北山に向かっているところである。

雪はすでに止んでいたが、この季節に北山というのはかなり寒い。

「泰明さん、どこに行くんですか?」

と聞いてみたが、

「着けばわかる。」

とのみ返答が返って来ただけで、それ以上何も聞くことはできなかった。

 

やがて…

「着いた。」

泰明はそう言って、あかねの手を離した。

すでに頂上付近ではないかと思う。

が、あたりはもう暗くて何があるのかさっぱり見えない。

「ここに何があるんですか、泰明さ…」

そう言いかけた時、あかねの目に突然光の洪水が飛び込んで来た。

「わぁ〜っ!!」

あかねは思わず声をあげた。

あかねの目の前にある一本の形のよい杉の大木。

その周りを無数の小さな明かりが、らせん状に取り巻いて、ゆっくりゆっくりと

回っていた。

「きれい…」

あかねは一歩その木に近づくと、それを見上げて声を漏らした。

 

「気に入ったか?」

あかねの後ろから泰明が声をかけた。

あかねは振り向き

「泰明さん、これ!?」

と聞いた。

「この前、あかねが教えてくれた“くりすます・つりー”というものを私なりに真似て

 みたのだが…。」

 

「あっ…」

あかねは思い出した。5日ほど前、クリスマスのことを泰明に聞かれた時、クリスマス・

ツリーを絵に描いて説明したことを。

 

あかねの目には思わず涙があふれてきた。

それを見て泰明はびっくりして、オロオロしながらあかねに話し掛けた。

「き…気に入らなかったのか? 似ていなかったのだろうか、“くりすます・つりー”と…」

そんな泰明の首に突然あかねは飛びついた。

「あ…あかね!?」

「嬉しいの。泰明さんにこんなにも愛されていることが。とってもとっても嬉しいの!!」

泰明はそんなあかねをいとしそうに抱きしめた。

そして、ふたりは長い長い口づけを交わした。

「めりー・くりすます、あかね!」

「メリー・クリスマス、泰明さん!」

そう言葉を交わすと、再びふたりは唇を重ねた…

 

 

 

 

 

そんなふたりの上で、提灯を持って木の周りをぐるぐると飛んでいた小天狗たちが聞いた。

「紅牙沙さまぁ、僕達いつまでこうしていなきゃいけないんですかぁ?」

「まあまあ、今夜はこのままあやつの気がすむまでつきあってやれ。」

「エーッ、一晩中ですか〜!?」

「もしかすると、な。」

「そんな〜っ」

と言いながらも律儀な小天狗たちは結局一晩中泰明達につきあってくれたのである。

「ふぉふぉふぉ、泰明、この貸しは高くつくぞ〜っ」

紅牙沙はひとりそうつぶやいた。

 

泰明は次の朝、一瞬背中に寒気を感じたが、きっと再び降り始めた雪のせいだと自分で

納得したという。

この後に何が待ちうけているか…それは神のみぞ知る。

 

いずれにしてもふたりが幸せならばそれでよい。

 

みんなにメリー・クリスマス!

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

 

[あとがき]

一応クリスマス創作であります。涙の母校である池袋にある某大学では

クリスマス・シーズンになると二本のヒマラヤ杉に見事なイルミネー

ションが施され、それはそれはきれいなんですよ〜。

それをイメージして書いてみました。

でも、テーマ物ってホント難しい! 実力不足を感じちゃいます。

中に出て来る“紅牙沙”というのは、私の創作内での天狗の名前です。

彼の活躍をもっと読みたいという方はぜひぜひ“『遙か2』創作集−

京編”の「ガラスの器」を読んでください。(とさりげなく宣伝して

みたりして!)

 

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