慟哭 再び運命の輪の中へ

 

文章の中に流血シーンがありますので、苦手な方はお気をつけください。

 

 

壇ノ浦…

この場所で今まで何回この人と戦って来たのだろう?
そして、何回この人を手にかけて来たんだろう?
もう回数も忘れるほど果てしなく…

清らかで穢れなき神子?
違う!
私の手はあの人の血にまみれている。
あの人の血で真っ赤に染まっている。
例え、万人に見えなくても私には鮮明にそれが見える。

いったい私は愛しい人の死を何回見ればいいんだろう?
これが運命を書き換える道を選んだ私への罰なのか?

いったいいつになったら終わるのだろうか? この出口のないラビリンスは…
自らの尾を呑み込んだウロボロスのごとくいくらあがいてもその運命の輪の中から逃れることが出来ない。

今度こそはと思って運命を書き換えたはずなのに…
私はまたこの運命にやって来てしまった…



*  *  *

 

 

「クッ… うっ…」
「知盛っ!」
戦いたかったわけではないのだ。ましてや、自分の剣を彼に突き立てるなど…

だけど、戦わなければ自分が…仲間が殺されていたから…
だが、そんな望美の思いとは裏腹に知盛はこの上ない極上の笑みをその顔にたたえると、望美に言った。
「楽しかったぜ、源氏の神子。これで心置きなく、逝くことが出来る。」
望美はその声にハッとした。

――このまま行くと知盛はまた一人で…

「待って!」
望美は回りの制止を振り切って、知盛に駆け寄った。
そして、知盛の頬にそっと手を添えた。知盛に触れた己が指も着物もみるみるうちに次から次へと溢れ出る知盛の血で真っ赤に染まって行く。おそらくもし海に飛び込まずとも数分後には間違いなく知盛の命は尽きるだろう。

――私がやったんだ。この人を…愛する人を私が…

でも、もし、ここで感傷にひたってこのまま知盛のことを引き留めたとしたらどうなるだろう? 知盛は源氏の仇敵、平家の大将なのだ。自分がどんなに止めようとしてもきっと首を落とされて、頼朝に献上されるだろう。
武将として生きて来た知盛にそんな最期なんか迎えさせたくない。

 

――このまま海へ…死なせるしかないの?

不安げな表情で自分を見つめる望美に知盛は言った。
「そんな目で見るなよ。俺は満足しているんだぜ。お前は期待以上に俺を楽しませてくれた。あんなに全身の血が沸き立つような高揚感は今までに味わったことがない。最高だったぜ、源氏の神子…」
望美の涙をぬぐう指もすでに血で染まっている。
自分の涙と知盛の血で視界がぼやけてすぐ目の前にいる知盛の顔がはっきりと見えない。

――もうこれ以上この人が死ぬのを見たくない。このまま一人でこの人を

  逝かせたくない。

「知盛…どうしてもって言うなら、私も…私も一緒に連れて行って!」
「神子!?」
それを聞いた八葉の間にどよめきがおこったが望美の耳にはまったく届いていなかった。望美はただまっすぐ知盛だけを見つめていた。ほかには人など存在しないかのように…
「お前は生に貪欲だと思っていたが…」
「あなたのいない世界なんて…生きていたって意味がない! 一緒に…一緒に逝きたい…」
知盛は一瞬驚いた顔をしたが、次の瞬間うっすらと微笑んだ。
「来るか?」
その言葉に望美は嬉しそうに顔を上げた。
「うん。」

望美は知盛の目を真っ直ぐ見つめると微笑みを浮かべながら頷いた。
「じゃ、来いよ。お前とならともに夢の都に行くのも悪くない。」
望美はその両手でしっかりと知盛を抱きしめると、その胸に顔をうずめた。
知盛は最後の力を振り絞って己が剣の切っ先を望美の背中に押しあてた。

そして、次の瞬間その剣で自分もろとも望美の体を刺し貫いた。

「キャアアアアア」
朔が叫び声を上げた。
だがそれさえも望美の耳には入って来ない。

痛さなど感じなかった。そこにあるのは愛する人と一体になれたことへの快感と喜びのみ…

――これでこの人と離れずにすむ…

そして、二人はそのまま深い海へと落ちて行った…

「神子―っ!!」

――遠くに私を呼ぶ声が聞こえる…
  でも、いいんだ、これで。
  これで私の苦しみも終わる…

望美は徐々に意識を手放して行った…

 

 

 

*  *  *



「ここは…」
望美は目を開けた。
そして、ハッとした。
「私、知盛とともに死んだはずじゃ!?」
望美はすぐに先ほど知盛に刺されたはずの箇所を手で探ってみたが、そこにはそれらしき痕跡はまったくなかった。
だが、記憶だけは妙に鮮明で…
一瞬夢だったのかとも思ったけれど、その手に残るぬくもりがそれが夢でなかったことを物語っていた。
いったい自分はどうしたんだろう?
そして、一緒にいたはずの知盛はどこにいるんだろう?

「すまぬ。」
すぐそばから苦しげな、だが聞きなれた声が聞こえて来た。
「先生?」
「お前を死なせるわけには行かなかったのだ、私の目の前で…」
「知盛は? 知盛はどこ?」
「・・・・・」
「先生!」
「あの男までは救うことが出来なかった。お前の時間だけを遡るので精一杯で…すまぬ。」
「それなら何で傷口だけじゃなく、私の記憶も一緒に消してくれなかったんですか!? 先生!!」

 

詮ないことだとわかっていても望美の行き場のない怒りと悲しみはそばにいるリズヴァーンに向かった。
リズヴァーンは一言も言葉を発せず、それをただ静かに受け止めた。
自分自身も何度も同じ場面に遭遇しているから…
愛する人が自分の目の前で死んで行くのに止められない…その悲しみと苦しさを癒す言葉など何もないことを知っているから…

「こんなのってない!」
望美は地面に両のこぶしを思いっ切り叩きつけた。
「私…私一人…また生き残ってしまった… 私は一緒に死ぬことも許されないの? どうして…どうして?」
望美のこぶしからは血でにじみ出た。

生きている証拠…
脈打つ血管から流れ出る赤い鮮血…
それがこんなに恨めしいことはなかった。
生きている…それがこんなに辛いなんて…
「うわあああぁああ!」
望美の叫び声だけが辺り一面に空しく響き渡った…


 

*  *  *

 




――いったいいつ私はこの運命の輪から抜け出せるんだろう?

  でも、逢いたい。もう一度…あの人に…

 

 

 

そうして、私はまた時空を遡る。

あの人に逢うために…
そして、救えないあの人を救うために…

何度でも…

何度でも…

 

(To be continued…)

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

[あとがき]

実は知盛については八葉の面々を差し置いて『遙か3』
のころから一番気になる存在でありました。『十六夜

記』が発売することが決まった時、その知盛を落とせる

かもしれないということで、発売前からもう楽しみで♪

楽しみで♪

ですが、実は私、皆さんがどんどん『遙か3』にはまっ

て行く中どうしてもはまることが出来ず、『十六夜記』

発売前までは『遙か3』は先生と敦盛くんのわずか二人

しか攻略していなかったのです。ところが、知盛EDを

見るためには『遙か3』を全攻略していなきゃならない

と聞き、知盛とのLED見たさに果てしない『遙か3』

攻略の旅に出たのであります。そして、わずか一週間の

間に『十六夜記』の必要部分も含め、根性で知盛EDに

必要な全攻略をやり遂げました!


「慟哭」は、そんな知盛攻略時のいつ終わるともしれな

い果てしない運命の書き換えに疲れ果てた私の心情を代

弁するものとして書きました。私の場合は上にも書きま

したようにオリジナル『遙か3』から連続だったので、

本当に半端じゃなく同じ章を何度も何度も繰り返し見な

くっちゃいけなくて…もう本当に吐きっぽくなるほど繰

り返しプレイしたので、たかがゲームでありながら、も

う身も心もともにものすごく疲弊いたしました。それに

本当に何度も何度もチモちゃんを自分の手で殺さなくっ

ちゃいけないし! ま…まあ実際にはある意味チモちゃ

んの死ぬシーンは悲しくはあるけれど、好きでもあるん

ですが、でも、さすがにあれだけ見たら、まだ武士嫌悪

症が完全に治り切っていなかった当時の私にはかなり辛

いものがありましたね…(^^;

 

この小説の中で望美ちゃんが知盛と一緒に死ぬことを選

んでおりますが、皆さんご存知のようにゲームの同選択

肢とはまったく別内容になっております。私がこの場面

に遭遇したらきっとこう言うだろうなという妄想のもと

に書きましたので。そのへん誤解なきよう。

 

この同人誌を読んだ方々からのご感想の中で反響が意外

に大きかったのがちょこっとだけ出て来るリズ先生! 

この役は彼にしか出来ないですからね… 望美ちゃんの

気持ちがわかるだけにリズ先生自身も辛かったでしょう

ね… でも、目の前で望美ちゃんが死んで行くのをどう

しても見ることが出来なかった… そんなリズ先生の心

の葛藤が皆さんの心に響いたのかもしれませんね。


この作品は2006年10月16日(日)に開催された

 “アンジェ都”で発行したサークル初の『十六夜記』

 本黎明』に掲載されていた作品です。

≪関連ミニ情報≫

2005年12月29日(木)に開催された“冬コミ”

 で発行した『胡蝶の夢』にこの小説を『幸せな休日』

 の小倉どら様が漫画化してくださったものが載ってい

 ます♪

この作品の密かな続編兼完結編となる作品として以下

 の2作品があります。

 「希求の果てに」(05.12.29発行『胡蝶の夢』収録)

 「希求」(06.05.28発行予定『希求』収録)

 こちらの方はぜひぜひ同人誌でどうぞv

(恒例の涙ちゃんのちょこっとCMコーナーでした♪)

 

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