月下の幻影

 

嵐の前の静けさ・・・京の都を優しく照らす月の光。
土御門の屋敷の影を作る、ざわめく深緑の木々。
夏を彩る艶やかな藤の花。
そして、その全てが霞んでしまうような、華やかさを持つ人影が一つ・・・。
時折、強く吹く風に、ゆるやかに流れる髪が、一瞬にして乱される。

「風の精霊のいらずらか・・・」
何者も抗うことの出来ない美声。そして、誰もが魅了される微笑を浮かべながら、
乱れた髪をかき上げ後ろへと軽く払う。
そんな仕草に見とれたのか、風がぴたりと止まった。
多くの女性が訪れを心待ちにしている影・・・
だが、誰の元に行くこともなく、一つの部屋が見える藤の咲き乱れる庭で、
影はただ都を照らす月を眺めていた。

「あわゆくば 思いやれども 月光の 孤高の藤と 香煙の夢・・・かな」
捕らえて離さない強い瞳を閉じ、自嘲気味に微笑みながら、
扇を広げるその姿・・・。
しかし、その一人佇む人影を小さなもう一つの影が見つけた。
「そこにいるのは・・・友雅・・・さん?」
小さくて不安そうな、それでいて愛らしい声。桃色の柔らかい髪を風が、優しく撫でる。
清浄な月の光に照らされる、一重姿の天女・・・そう思わせる可憐さを
驚いた人影は、立ち尽くしながら見つめた。
<どんなに賞賛されても、どんなに多くの女性に思われても、
この天女には敵わない・・・。>
そう思いながらも、いつもの余裕の笑みを絶やさずに、小さな影に歩み寄って行く。

「こんな時間に起きていて、大丈夫なのかい?」
パチンッと扇をたたみ、簀子(すのこ)に佇む小さな影に声をかけながら、
階(きざはし)の途中まであがり腰を降ろした。
「明日が、大切な日だってことはわかってるんだけど・・・眠れなくて。」
大切な日・・・そう、鬼の首領との最後の戦い。
そして、この天女が月に帰ってしまう日でもあるのだ。
そう思い、少しでも側にいたいと、こうして月を眺めながら、
今までの時間を思い起こしていた・・・だが・・。
「一重姿で、外へ出るものではないよ。特に私のような男の前にはね。」
月に照らされる神聖な天女を眩しく光る月そのものを見るように、
目を細め軽く笑いながら友雅は優しく諌める。
「そうなんですか?私の世界では、浴衣っていってこういう一重に
柄のある着物があるんですよ。」
袖を広げて、愛らしく首をかしげるその姿に、
眩暈ににも似た幻覚を覚える。
月に照らされ、美しくも愛らしい天女。
今ここでその羽衣を奪えたら・・・どんなにいいだろう。

「友雅さん?どうしたんですか?」
何も答えず、ただ自分を悲しげに見つめる友雅に、少女は顔を覗き込み声をかけた。
<いつもの友雅さんと違う・・・?>
友雅の瞳の奥のわずかな光。何かはわからなくても、気にかかってしまう。
「ああ・・・ごめん。なんでもないよ。」
己の破滅的な考えを振り切るように、
フィッと顔を逸らし苦笑いしながら、友雅は立ち上がった。
「友雅さん・・・・?」
不安を一層つのるような友雅の行動に、
大きな背中に手を添えて、もう一度声をかける。

「・・・・。」
唯一の情熱・・・やっと巡り会えた魂と、別れなければならない・・・・。
その悲しみに押しつぶされそうになっている自分と、
今ここで清らかな少女を壊してしまうかもしれない欲望。
そんな自分を天女に見せたくはなかったのだ・・・しかし、少女が触れた背中が
熱を持ったその瞬間・・・友雅は、少女を抱きしめていた。
「え・・・あの・・・とも・・まさ・・・さん?」
友雅の突然の行動に驚きを隠せない声で、自分を強く抱きしめている大きな影の
名前を呼ぶ。
すっぽりと覆いかぶさるように、自分の腕の中にいる天女の温もり・・・。
確かな温かさに、幸せを感じる永遠のようで短い瞬間。
「神子殿・・・。」
少女の耳元で囁く美声・・・。
それは、切なくて甘い・・・それでいて、悲しみを感じさせる声だった。
その悲しげな声を体ごと優しく包み込むように、
友雅の背中にか細い腕を回し、声に答えるように彼の胸元に頬を寄せる。
「神子殿・・・。」
抱きしめる力をゆるめて、もう一度愛しい天女の名を呼ぶ。
見つめ合う二人に、これ以上の言葉は必要なかった。
切ない思いが、唇を通して天女の唇に降り注ぐ・・・。
月光の見せる幻影のように、一瞬の永遠・・・。
それだけで、友雅の心は満たされていった。

 

沙桐姫様『遥かネット 〜沙桐姫のお部屋〜』
http://www.galstown.com./6/comicjungle_game/harukanetto/

[涙のひと言]

沙桐姫様のサイトで“10000HIT感謝企画”とし

てフリーで配布していたものをいただいてまいりました。

沙桐姫様に「友雅さん小説書いて〜♪」とひたすらラブ

コールを送っていたかいがありましたわ! とうとう沙

桐様が筆を取ってくださいました!

最終決戦前夜の友雅さんの心のうちがよく伝わって来て

読んでいる方も一緒に切なくなったり、温かくなったす

る素敵なお話ですね。さりげなく歌が読み込まれている

ところも雅な沙桐様らしいです。

沙桐様、素敵なお話をありがとうございました!

 

 

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