花散らし

 

耳を打つ音はささやくようで心地よく、だが空気はひんやりとしている。
春の雨。
暖かかった昨日まではうそのように肌寒かった。


「神子、どうした?」

声のしたほうをあかねが驚いて見上げるとそこには泰明がいた。
外はまだ明るい。

「今日はこちらに用事があったのだ」

こんな早い時間に現れたことに驚いているとわかったのか泰明が口を開いた。語る口元にはわずかに笑みが浮かんでいる。
だが、泰明の顔からすぐに笑みが消えた。心配そうにあかねを覗きこんでくる。

「・・・ど、どうしたんですかっ?」
「先ほど、悲しそうな顔をしていた」

目の前にアップになった大好きな人の顔にどぎまぎしていたあかねだったが泰明の言葉にキョトンとした。あかねから目を離し泰明は先ほどあかねが見ていたように外に眼を移した。

「外を見ていたお前の顔は寂しそうだった」

ポツリとつぶやいた泰明に倣うようにあかねも再び庭に目を移し、あぁ、と納得したようにうなずいた。

「雨がふってるなぁって・・・・・」
「雨が嫌いなのか?」

こんどは泰明が不思議そうにあかねを見た。確かに雨だと外に出ることは出来ないが別に今まで雨だからと悲しそうな顔をしたことはなかった・・・・・・・思う。もしかしたら気が付いていなかっただけなのかもしれないが・・・・・・。

考え込むようになった泰明にあかねはそうじゃないと頭を振った。

「雨で桜が散っちゃうなって思ったの」
「桜が散ることが悲しいのか?」

いまだわからないといったような泰明の言葉にうなずきあかねは再び外を・・・・・雨を見た。

決してきつい雨ではなかったが花散らしの雨となることはうかがえる。開いた後の雨は桜を散らす。花びらか散る姿は美しいのだがそれが儚く見えることもまた事実。
泰明が忙しいため二人でゆっくりと桜を見に行くことをまだ出来ていない。そこにこの雨だ。

だから余計に寂しくなったのかもしれない。


「そういうものなのか?『人』は皆、そうなのか?」

ふとあかねは泰明を見上げた。『人』という言葉に含みがあったように思ったのは、おそらくあかねの気のせいではないだろう。いまだ彼は気にしているらしい。いや、本当にわからないのかもしれない。泰明はあまりにも『思い』を知らない。

あかねはクスリと笑った。

「ううん、人それぞれじゃないかな。私は散っちゃうのがもったいないって思うの。でもなんとも思わない人もいるよ」

泰明は考えるように黙ったまま外を見た。あかねの言葉を繰り返しているようだった。
やがて・・・・・

「桜が散ることは別に何も思わない。だがお前が悲しそうな顔をするのは、望まない・・・・・お前には笑っていてほしい」

最後の言葉はあかねの目を見て噛み締めるように口にされたものだった。
ドキンとあかねの胸がなる。

いったい彼はどれだけその言葉の意味を判って言っているのだろう・・・と思う。
と・・・泰明があかねを包むようにそばに座った。あかねの手をとるとそっと指を絡める。たったそれだけのしぐさだけれど、柔らかく握られたそれに、想いが伝わってくるようでそれだけでどきどきして鼓動が休む暇がない。
盗み見るようにあかねが泰明を見上げると彼は真剣な目であかねを見ていた。その目元があかねの目を捉え柔らかくなる。

「桜はまた咲く。そのときに見ればよい」
「・・・うん、そのときは一緒に見ましょうね」

あかねの言葉に軽く目を見開いたかと思うと泰明はすぐに嬉しそうに笑った。





うん・・・私も、桜よりも何よりもこの人が笑ってくれることが一番なんだ






あかねはそう想い絡められた指をゆっくりと握り返す。確かめるように。






巡る季節もともにいよう






耳を打つ雨は優しい音をしていた。

 

桂華様『水晶の華』
http://homepage3.nifty.com/suisyoubana/

 

≪桂華様コメント≫

10000hitありがとうございました。


桜が散る様子は綺麗なんですけど
これで終わりかと思うと寂しくもなりませんか?
まぁ、あかねちゃんが言っているように
人それぞれなんですけれどね。

[涙のひと言]

桂華様のサイトで10000HIT記念のフリー創作として配布し

ていたものを頂戴してまいりました。

ただでさえいずれは散ってしまうものなのに、それを早めてしまう

春の雨…確かにそんないじわるな雨を見ているとちょっとばかり

悲しくなってしまいますよね。

泰明さんはまだどこか自分は『人』とは違うと自信なげに思ってい

るみたいだけれど、どうしてどうして、ちゃんと『人』としての心を

持っているじゃないですか。(^。^)

あかねちゃんと泰明さん、ずっと二人でいること、お互

いが笑顔でいてくれることが何より大切なんですね。

そうしていつまでもずっとやさしい時間を二人で積み重

ねて行くのですね…ああ、いいお話ですわv

ラスト、すごいラブ・シーンがあるわけではないのに、

絡めた指から二人の気持ちが伝わって来て、ドキドキし

ました。

桂華様、素敵なお話をどうもありがとうございました!

 

 

桂華様のサイトへは『リンクのお部屋』からどうぞ

 

戻る