秘めたる心

 

「頼久、本当にいいのですね。」

「はい。」

藤姫はそれを聞いて、はぁ〜っとため息をついた。

「では、お父様には私からも言っておきます。」

「お願いいたします。」

頼久は深く頭を下げると、藤姫の部屋を辞して行った…

 

 

 

龍神の神子であるあかねが京に残ってから2年が過ぎた。

少々すったもんだがあったものの、あかねは無事最愛の人、橘 友雅と1年ほど前に夫婦の契りを結んだ。

左大臣家の養女となったあかねの体面もあり、今までは、京の慣習にしたがって、友雅が左大臣邸に通う…という形をとって来たのだが、このたびめでたく左近衛府中将に出世が決まり、帝より特別に賜った土地に立派な屋敷を建てたのを機にあかねをその屋敷に迎え入れることとなったのである。

 

まあ、友雅にしてみれば、あかねをいつまでもこの左大臣邸においておくのはもともと本意ではなかった。左大臣邸にいれば、頻繁にあかねのもとに元八葉の面々が訪ねてくる。皆は二人の仲を重々承知しているとは言え、やはり自分の知らぬ間に彼らが訪ねてくるのは面白いものではない。それにいつ何時、元龍神の神子であるあかねに興味を持った不埒な輩があかねのもとへ忍び入るかも知れない。ゆえにいつも涼しい顔を装いつつも、仕事であかねのもとに通えない日々が続く時など、その心の内は、穏やかではなかった。だから、友雅は、この時を今か今かとずっと待ちわびていたのである。

 

ただ屋敷を移ると言っても左大臣ほどの身分の者になるとそうそう簡単にいくはずもない。調度はもちろんのこと、当然、女房やら家人やらをたくさんつけて、橘の屋敷に送ることになる。頼久はその一人に自ら志願したのだ。

 

 

 

「彼はどういうつもりで…」

友雅は、月を仰ぎながら、そうつぶやくと、扇をパチンと閉じた。

「えっ? 何ですか、友雅さん?」

縁にいた友雅の言葉をよく聞き取れなかったあかねは友雅に聞き返した。

「いや、独り言だよ。」

そう言って、簾を捲くると、友雅はあかねのそばに来て、腰を下ろした。

あかねはそんな友雅にさも嬉しそうに明るい笑顔をたたえて

「頼久さんが、私たちの新しい屋敷に警護の一人として、来てくれることに

 なったんですよ! 友雅さん、知ってました?」

そう言った。

「ああ、ここに来る前に藤姫のところに寄ったからね。」

それを聞いて、あかねはちょっとがっかりしたように言った。

「なあんだ。もう藤姫に聞いてたんだ。びっくりさせようと思ったんだけど

 なぁ〜」

そんなあかねに真剣な眼差しで友雅が聞いた。

「で、あかねはどう思うんだい?」

「えっ? そりゃあ、頼久さんが、来てくれれば心強いですよ。

 やっぱり、よく知っている人が側にいた方が安心だし♪」

「そうじゃなくて!」

「友雅さん?」

ちょっと声を荒げた友雅にびっくりして、あかねが聞き返した。

そんなあかねの様子を見て、友雅はあかねをふわっとその腕に閉じ込めるとやさしく言った。

「何でもないよ。大きな声を出して悪かったね。」

「ちょっとびっくりしちゃいました!」

友雅の腕の中であかねはエヘッと小さく笑いながら、言った。

「あかねは彼のきも…いや、いいんだ。」

そんな友雅にあかねが心配そうに聞いた。

「友雅さんは、頼久さんが私たちの屋敷に来るのが嫌なんですか?」

「いや、そういうわけじゃない。彼の腕は私がよく知っているからね。私とて

 彼が私たちの屋敷に来てくれれば、安心だ。」

「よかった〜」

あかねはそう言うと、友雅の胸に体を預けた。

友雅は愛しそうにあかねを抱くその腕に力を込めた…

 

 

 

 

「友雅殿、何のご用でしょうか?」

翌日、友雅は双ヶ丘に頼久を呼び出した。

「私の屋敷に来ることを志願したんだってね。」

「はい。私の主は神子殿だけですから。」

「神子殿…か。」

友雅は握っている扇に視線を移した。

「久々に聞いたねぇ、その呼び名を。」

そして、再び頼久に視線を戻すと言った。

「だが、あかねは今はもう神子殿ではない。」

そして、さらに強い語調で続けた。

「私の妻だ。」

「ですが、私にとって、神子殿は神子殿です。」

頼久も視線を逸らさず、やはり強い語調でそう言い返した。

「神子殿の行かれるところへはどこへでもお供いたします!」

「閨の中でもかい?」

友雅は唇の端に少し笑みを浮かべながらそう言った。

「と…友雅殿!」

頼久の顔がみるみる紅潮した。

それを見て、友雅は、はははっと笑いながら

「君は本当に正直だね。なんて真っ直ぐなんだろう。今時貴重だよ、君のような

 男は。だが…」

友雅はピタッと笑うのを止めるとつけ足した。

「私にはその真っ直ぐさが怖いんだよ。君はあかねのことを…」

頼久はその言葉を遮るように

「神子殿は私にとっていつまでも神子殿です。それ以外の存在になることなど

 ありえません。」

きっぱりとそう言い切った。

 

 

 

二人の間に静かな時間が流れた。

 

 

丘に吹く風が二人の髪を揺らした…

 

 

 

どちらも視線を逸らさず、互いの目をジッと見据えていたが、やがて友雅が口を開いた。

「では、そういうことにしておこうか。時間を取らせて悪かったね。」

そう言うと、踵を返して歩き出した。

その後ろ姿に小さな声ではあるが、鋭い語調でひと言頼久が言葉を放った。

「ですが、もし、あの方を不幸にするようなことがあれば、私が許しません。」

友雅は、ピタッと立ち止まり、後ろを振り向かずに

「覚えておくよ。」

ひと言そう言うと再び歩いて行った…

 

 

 

 

 

「もうすぐですね。」

友雅の腕の中であかねがそう言った。

「ここには思い出がいっぱいあります。わけのわからないうちに龍神の神子って

 言われて、鬼と戦って…」

「ああ、そうだね。」

友雅がやさしくそう相槌をうった。

「でも、そのおかげでこうして友雅さんと出会えた。」

あかねは満面の笑みで友雅を見上げた。

「私も最初はなぜ私がそのような役目を…とも思ったが、すべてあかねと出会う

 ためだったんだね。」

「友雅さん」

あかねは顔を赤くしてそう言った。

「本当に私と結婚して一年たった今でも君は変わらずかわいいねぇ。」

友雅はいたずらっぽい瞳であかねの目を覗き込むとそう言った。

だが、意外なことにあかねは

「私がこどもっぽいって言うんですか?」

とちょっと抗議するような目をして、友雅の腕から逃れた。

「おやおや」という顔で、友雅は言った。

「いや。私の好きなあかねのままでいてくれて嬉しいって言ったんだよ。」

「何だかごまかされたような気がします。」

あかねはまだちょっと納得しかねているようだ。

「ふふっ、君は私の愛するたったひとりの女性だよ。そうでなければ…」

友雅はあかねの薄桃色の唇に軽く口付けをしてから耳元で囁いた。

「こうして毎夜毎夜、君のもとに通ったりしないよ。」

あかねはまた耳まで赤く染まった。

「ふふっ、かわいい人だ。さっ、私の腕の中においで…」

 

 

 

 

翌日、友雅はいつもより早く目を覚ました。

そして、隣で眠るあかねの髪を撫でながら、思った。

この可愛い妻はおそらく一生彼の気持ちに気づくことはないだろう。

他の男と自分の最愛の人が添い遂げるさまを間近で見続けるなんて、地獄だろうに。

それでも側で仕えることを君は望むのかい?

おそらく彼ならばあかねに全く気取られないよう、自分の気持ちを生涯隠し通すことができるに違いない。自分には絶対にそんな真似はできないがね。だが、それも一つの愛の形なのだろう…

この最高の至宝を手に入れた自分が、そんな彼の気持ちまで封じることなどできるわけがない。

もしかしたら、今の彼が自分の姿だったのかもしれないのだから…

もし、あかねが私を選んでくれていなかったら…

 

その時、あかねが「んんっ」という声を立てて、薄く目を開けた。

「あれ、友雅さん、起きてたんですか?」

まだ眠たげな声であかねが言った。

そんなあかねに友雅は言った。

「まだ、早い。もう少し寝ておいで。」

「はい。」

あかねはそう言うと、友雅の腕の中でまた心地よい眠りに落ちて行った…

 

友雅は瞳を伏せると、そっと一人つぶやいた。

「知らないふりをしてやるのもまた、やさしさかねぇ…」

 

 

 

それから一週間後の良き日、雲ひとつなく晴れ渡った中、左大臣家から新橘邸へと仰々しい行列が続いた。

その中には晴れやかな顔をした頼久の姿もあったという…

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

[あとがき]

キリ番8000を踏んでくださった橘 百合華様

に捧げるために書きました。

まず…百合華様、ごめんなさ〜い!!(>_<)

いったい何ヶ月待たせたっていう感じですね。

リクの内容は「友雅さんの甘々小説京バージョン

で、一つ欲を言えば頼久さんがちょい役でもいい

から出てきて欲しいな〜」というものでした。

多少なりともリクに適ったものになっております

でしょうか?(ドキドキ)

時間がかかったわりには少々甘々になり切ってい

ないような気もいたしますが、今の私にはこれで

いっぱいいっぱい。

どうぞこんなものでお許しを!

百合華様、よろしければ、どうぞお持ち帰りくだ

さいませ。

 

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