犬の散歩♪

 

チリン…鈴の音に振り返った頼久の目に映ったのは…白い着物を着たひとりの童女だった。

「ちわーす!! 龍神次元便です。サインお願いしま〜す!」

「さ…さいん? “さいん”とはいったい…」

「ああ、ここに名前を書いてくださればいいですから。」

頼久は童女に言われるまま差し出された紙に筆で名前を書いた。

童女は頼久に一通の書簡を渡すと

「まいどあり〜!!」

と元気な声で言うと、またチリンという鈴の音とともに掻き消えた。

 

「いったい今のはなんだったのだろうか?」

頼久は渡された手紙を握り締めたまま呆然と童女の消えたあとを見つめていた。

 

ややあって頼久は渡された書簡を開いてみた。するとそこから一枚の紙がひらひらと舞い

ながら地面に落ちた。それを拾い上げた頼久は

「こ…これは!?」

 

 

その日の夕刻、元八葉の面々が藤姫の屋敷に集められた。

「頼久、いったい何の用だい? わたしは今宵約束があったのだが…」

友雅が例の如く扇をもてあそびながらそう言った。

「お忙しいところ申しわけありません。緊急事態でしたので。」

「いったい何があったんですか?」

鷹通が聞いた。

「実は…」

頼久は懐から先ほど童女から受け取った書簡を出した。

「何ですか、それは?」

永泉が聞いた。

「何でも“りゅうじんじげんびん”とかいうものだそうですが…」

「り…りゅうじん…じげんびん…ですか? 聞きなれないお名前ですが…」

「名前などはどうでもいいのです。これを見てください。」

そう言うと、頼久は一枚の“紙”を取り出した。一同はそれを覗き込んだ。

「み…神子!? それに泰明殿…こ…これは…頼久?」

永泉が声を上げた。

「そうなのです。どうやらこの一枚の紙の中に神子殿と泰明殿が封印されたようなの

 です。きっとそれで、私たちのもとに龍神が送ってよこしたのでしょう。」

そんな会話を聞いていたイノリが頼久の手からその紙を取り上げて言った。

「なんだ。これ、写真じゃん。」

「しゃ…しん…ですか?」

鷹通が不思議そうな顔でイノリに聞き返した。

「ああ。前に詩紋に見せてもらったんだ。何でも超高級品の絵姿のようなものらしい。」

「絵姿ですか? でも、本当に神子と泰明殿にそっくりですね。」

感心したように永泉が言った。

「何しろ超高級品だからな。」

イノリが自慢げにそう言った。

 

その様子を冷静に見ていた友雅が頼久の手の中にある書簡を見て言った。

「頼久、その中にまだ何か入っているようだが…」

頼久はあわてて書簡を見た。確かに友雅の言う通りその中には四枚の紙が入っている。

頼久はその中の一枚を広げた。また、みんなはそれを覗き込んだ…

 

――頼久、元気か? きっとそこに八葉のみんなが集まってんだろ?

 

そのくせのある字は天真のものであった。

「天真からの文だ!」

イノリが嬉しそうに声を上げた。

 

――頼久、前に散策に出掛けた時、おまえ、俺たちの世界の“犬の散歩”というものに

  えらく興味を持っていただろ? だから、あかねから龍神に頼んでもらってこの手紙

  と写真を届けてもらった。よく撮れてるだろ? 俺が撮ったんだぜ!

  まっ、これが犬の散歩だ。参考にしてくれ。じゃ!

 

「あ…あの、これだけですか?」

永泉が遠慮がちに聞いた。

「そうだね。天真らしいじゃないか。」

友雅が微笑みながらそう言った。

 

頼久は二枚目の紙を広げた。その紙には毛筆で達筆な文字が書かれていた。

 

――私だ。文というものはほとんど書いたことがないので、どのように書けばよいのか

  わからぬが、あかねが書けとうるさいので書くことにした。

 

二枚目の紙は泰明からのものであった。

 

――天真が頼久にこの世界の“犬の散歩”とやらをぜひ教えてやりたいと言い出したので、

  写真を送ることにした。私もこの世界に来て初めて犬の散歩というものがどういうも

  のなのかを知った。どうやらわれらの想像していたものとは少々異なるようだ。

  だが、どのような写真を送ったかを天真はどうしても教えてくれない。

  それが少々気になるのだが…

 

「泰明殿の文など初めて拝見いたしますね。」

永泉が嬉しそうに言った。

「次行こうぜ、次!!」

イノリが促した。

 

三枚目の紙は詩紋からのものであった。

 

――頼久さん、それにイノリくん、そして八葉のみんなお元気ですか?

  僕らはみんな元気にやってます。僕はその写真は止めようって言ったんです。

  でも、先輩がどうしてもその写真がいいって言うから…。みんな誤解しないでね。

 

「おっ、俺は名指しだぜ!!」

イノリが嬉しそうに言った。

「われわれはその他大勢か…淋しいねえ。」

友雅が言った。

「誤解とはどういうことでしょうか?」

鷹通が首を傾げながらそう言った。

「とにかく最後の手紙を拝見いたしましょう。」

永泉が言った。

 

頼久は最後の紙を開いた。

 

――頼久さん、友雅さん、鷹通さん、永泉さん、そしてイノリくん、お元気ですか?

  本当は自分でみんなに届けに行きたいって龍神様にお願いしたんだけど、それはダメ

  だって言われちゃって。それで、私達の手紙と写真だけを届けてもらうことにしました。

  私たちは勉強に追いつくのはたいへんだったけど、みんな何とか元気にやってます。

  泰明さんもだんだんこの世界に慣れてきたみたいです。

  また、みんなに会いたいです。そのうち龍神様にまたお願いしてみるつもりです。

  じゃなかったら泰明さんの術で…って言ったら泰明さんに怒られてしまいました。

  離れているけど私たちの心はひとつです。

  では、また会う日まで。

  その日までさようなら。

 

「神子」

「神子殿」

みんなはあかねの優しい心にしばし酔いしれた…

 

一同はもう一度さっきの写真を見た。

その写真には一匹の犬に思いっきり引っ張られて、散歩ひもを持ちながら今にも転び

そうになっている泰明とそれを横で笑いながら見ているあかねの姿が写っていた。

 

「これが、神子殿の世界の犬の散歩か…」

頼久が写真を見ながら、しみじみと言った。

「神子殿の世界では、犬が人を導くのですね。確かに私たちの世界の犬と違って賢く

 なくては勤まりませんね。」

鷹通が真顔で言った。

「へえ〜、これが犬の散歩か…」

イノリが目を輝かせて写真を食い入るように見た。

「でも、この泰明のかっこ…」

そう言うと、イノリは突然噴き出した。

「…確かに泰明殿は変わったね。」

友雅が言った。

「でも、おふたりともとてもお幸せそうですよ。神子の笑顔を見ればわかります。」

微笑みながら永泉が言った。

 

「頼久、この写真もらってもいいだろ?」

イノリが突然言い出した。

「いいえ、この写真は私がいただいたものですから…。」

「私もぜひいただきたいね。神子殿の姿をずっと留めておきたいから。」

友雅が言った。

「私も神子殿のお姿でしたらぜひいただきたいものですね。」

鷹通も言った。

「あの…私もぜひいただきたいのですが…泰明殿の絵姿もほしいですし…」

永泉も静かに主張した。

 

そんなことを言い合っている時、またチリンと鈴の音が聞こえ、先ほどの童女が現れた。

「ちわーす!! 龍神次元便です。お返事をいただきにうかがいました!」

「文を届けてくれるのか?」

イノリが声を上げた。

「はい。アフターサービスで〜す!」

童女が答えた。

「あふた…さーびす? 何のことかわかりませんが、ともかく返事を書きましょう。」

永泉が言った。

「何を書けばいいのでしょうか。私は無骨ものなので、文など書いたことは…」

頼久が言った。

「みんなで書けばいいじゃん!」

イノリが元気にそう言った。

「みんなで書くと言っても何を書けばよろしいでしょうか? 困りましたね。」

鷹通が言った。

 

「早くしてくださ〜い!」

童女がせかした。

 

「そう言えば、前に詩紋から聞いたことあるぜ。あの写真とか言うのは向こうの世界

 じゃ、“焼き増し”と言って、簡単に模写が出来るって。」

イノリのその言葉にみんなの目が一瞬輝いた…

 

 

 

 

チリンと鈴の音が鳴って白い着物の童女が現れた。

「ちわーす!! 龍神次元便です。サインお願いしま〜す!」

「は〜い♪ サインね。」

あかねはさらさらとサインして、

「ご苦労様」

と微笑みながら言った。

童女は一通の文をあかねに手渡すと

「まいどあり〜!!」

再び鈴の音とともに消え失せた。

 

「ねえねえ、あかねちゃん、何て書いてあるの?」

詩紋がわくわくしながら聞いた。

「うん。今開けてみるね。」

あかねは嬉しそうにそれを開いた。

 

――神子殿、お久しぶりです。私たちはみな元気です。

 

「わあ、鷹通さんの字だ! 懐かしいな。」

 

――神子殿以下が私たちみなの願いです。

 

「お願い? 何だろう」

あかねは首を傾げながら、その先に目をやった。

 

そして、そこには短く一行書いてあった。

 

――あの写真をあと四枚焼き増ししてください。

           永泉 友雅 頼久 イノリ 鷹通

 

また、チリンと鈴の音が鳴った。

「追加便で〜す! サインお願いしま〜す!!」

再び、童女が現れた。

あかねがサインをすると、また一通の文を手渡し、例のごとく

「まいどあり〜!!」

と鈴の音とともに童女は消え失せた。

 

「今度は何て書いてあるの?」

詩紋がたずねた。

あかねが受け取った手紙を開くと、そこにはこう書いてあった。

 

――どこでどう聞きつけてきたのかわかりませんが、晴明殿もぜひ一枚ほしいと

  おっしゃっておられるので、もう一枚追加お願いします。

                                  鷹通

 

その後、しばらくの間天真の姿を見たものは誰もいない…

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

 

あとがき]

何かシリアスに疲れてしまったので、久々に書いたギャグもので

す。お楽しみいただけましたでしょうか?

今日、うちの犬の散歩をしていて、突然思いついて書いてしまい

ました。イベントで頼久さんがずっと“犬の散歩”にこだわって

いらっしゃったので(^。^)

訓練された犬は人の横について歩くそうですが、うちの犬はとも

かくひもがつっぱるほど先頭きって突っ走るので、そのイメージ

で書きました。

“ギャグって泰明さん”の中に入れましたが、今回のお話は泰明

自身はほとんど出てきません。しいて言えば、写真の中の泰明さ

んがギャグっているのですが…。もし、機会があったらそのうち

その写真をぜひビジュアル化したいと思っております。

あっ、気がついてみたら八葉総出演ていうのは初物だ!

初物がこんな作品で果たしていいのだろうか(*_*;)

永泉さん、鷹通さん、イノリくんゴメンヨ。デビュー作がこんな

作品で…。

戻る