1日遅れのクリスマス

 

「泰継殿!」

その声に泰継が振り向くと、よく見知った男がこちらにやって来るところだった。

その者は泰継のそばまで来ると一礼してから言葉を発した。

「お久しぶりです、泰継殿。」

「ああ。今日の調伏には立会人が一人遣わされて来ると聞いていたが、おまえだったのか、幸鷹。」

「はい。この京の治安を守るのが私たち検非違使の仕事ですから。」

「そうだったな。」

幸鷹はそんな会話を交わす泰継を見て、ちょっと驚いた。

確かに物言いは以前に会った時とさほど変わらないが、その表情が前よりずっと和らいだ感じがする。

 

――これも神子殿のおかげですね。

 

うっすらと笑みを浮かべながら自分を見る幸鷹を少々訝しく思い、ちょっと眉をしかめながら泰継が聞いた。

「何だ?」

「いえ…」

幸鷹はまだほのかに笑みを浮かべたまま言った。

「神子ど…花梨殿はお元気ですか?」

「ああ、元気だ。」

泰継の返事はやはりそっけなかったが、そう言う表情の方は先ほどよりさらにやさしくなっている。

神子殿が泰継を選んで本当によかったと幸鷹は思った。

もちろん自分も神子殿を好いてはいたが、やはり神子殿には泰継の方がふさわしいと最近では思っている。何よりこの男がこんな表情ができるようになったのだ。そして、神子殿も…

 

二人はしばし和やかに話していたが…

 

――ああ、そう言えば今日は…

 

ふと思い出したように、幸鷹は何気なく泰継に一言言った。

「でも、よく今日あなたが出掛けるのを花梨殿が黙って見送りましたね。」

それを聞いた泰継はちょっと瞳を伏せるようにして、淋しそうに言った。

「もちろん、今日、私が出掛けなければならないと告げた時、花梨はとても淋しそうな顔をしていた。いつも私が仕事で出なければならぬ時、花梨はそういう顔をする。私だとて花梨と一時でも離れたくはないのだ。だが、仕事なら仕方ないと言って、花梨はそんな私を笑顔で送り出してくれたのだ。」

「そうですか…」

幸鷹は眼鏡に手をやり、少し考え込んでいる。

そんな幸鷹がなにやら気になって泰継がたずねた。

「何か気になることがあるのか?」

幸鷹はそれに答えて言った。

「今日は師走の二十日あまり四日です。この日はクリスマス・イブと言って、私たちのいた世界ではみな最も愛する者たちと一緒に過ごす日なのですが…」

それを聞いた泰継は大いに驚いて、幸鷹の言葉が終わらないうちに叫んだ。

「それは本当か!?」

「はい。花梨殿ならきっとあなたに一緒にいて欲しいと言うとばかり思っていたものですから。」

「花梨…」

 

――花梨はきっとそれを私に伝えれば、私が困ると思ったのだ。

  だから、私のために…

 

「帰る!」

泰継は踵を返すと歩き出した。

「泰継殿!?」

回りの者たちはそれを見て、大いに慌てた。

 

――しまった。私としたことが…少々うかつでしたね。泰継殿の性格を考えれば、

  この反応は当然予想がついたのに…

 

幸鷹は泰継に話してしまったことをちょっと後悔した。

 

「いかがされたのですか、泰継殿!」

近くにいた陰陽師の一人が慌てて泰継のところに走って来て、聞いた。

「庵に帰るのだ。」

泰継は足を止めることなく、短く答えた。

「帰るって…泰継殿!?」

陰陽師はますますあせった。

「うるさい。」

泰継は訝しそうにそう言った。その言葉にちょっとひるんだ陰陽師だが、ここで泰継を帰すわけにはいかない。今日の調伏は泰継抜きでは絶対不可能なのだ。

「怨霊の調伏はどうするのです!? あなた様がいなければ…」

「怨霊も京の平和も知ったことではない。私には花梨の方が大切だ!」

泰継がそう返した時、やっと幸鷹が追いついた。

 

――私の責任ですから、私が何とかしないと…

 

「泰継殿、花梨殿は京の平和を願って、鬼と戦い、この京をお救いになったのです。あなたはそれを無にするのですか?」

幸鷹の言葉に泰継の足が止まった。

「花梨が…」

幸鷹は続けた。

「そうです。あなたがここで怨霊を調伏せずに帰ったら、きっと花梨殿が悲しみます!」

「花梨が悲しむ…」

泰継は下を向いて、少々考えていたが…やがて

「わかった。」

そう言うと、また踵を返して元いた方向へと戻って行った。

それを見て、周りのみなはホッと息を吐いた。

 

 

 

怨霊がいるという古びた館の前まで来ると、怨霊が泰継たちを待ち構えていた。

「オーホホホホッ! 誰が来ても私を倒すことなんてできないわよ〜、お生憎さま♪」

「・・・・・」

 

――こんな怨霊が本当にそんなに強い力を持っているのか!?

 

声にこそ出さなかったが、誰しもが心の中でそう思った…

 

泰継は表情を変えずに静かに言った。

「では、調伏する。」

周りの者たちはこれにも驚いた。

「まだ有行様も到着しておりません。もう少しお待ちください。」

「待ってなどいられぬ。」

泰継はそう言うと即座に呪符を構えて呪いを唱え始めた。そして、呪いを唱え終わると叫んだ。

「急々如律令、禁呪符陣! 太上鎮宅霊符! 呪符退魔ー!!」

泰継からとてつもない光が発せられた。その光は光の矢となって、怨霊に向かってまっすぐに飛んで行った。

そして、ものすごい悲鳴が辺り一面に響き渡り、たちまちのうちに怨霊は跡形もなく霧散してしまった…

 

一同は口をあんぐりと開けたままその様子をポカンと眺めていた。

 

泰継は怨霊が完全に消滅するのを見てとると、踵を返し、どんどん北山の方へと歩いて行ってしまった…

 

やがて口が利けるようになった陰陽師の一人がつぶやくように言った。

「あの怨霊、本当は弱かったんですかねぇ?」

「いいや、そんなことはない。」

いつの間にやらその場に来ていた有行がそれに答えた。

「本来ならば我ら全員をもってしても三日三晩かかるような力の持ち主であった。ただ、泰継の力がいつもにも増して強かったのだ。」

「そ…そうなんですかぁ〜」

まだその陰陽師は納得しかねるような顔をして、盛んに首をかしげている。

「あやつだけは絶対に敵に回したくはないな。」

同じ陰陽師でありながら、あれほどの力を持つ泰継に少々嫉妬のようなものも感じながら、有行は苦笑交じりにそう言った。

「そうですね。それは私も同感です。」

陰陽師は盛んにこくんこくんと頷きながら、心の底からそう言った。

 

「私は何をしにここに来たんですかね…」

あまりのあっけなさに幸鷹は少々物足りなさを感じながら、そうつぶやいた。

だが、京の平和が保たれたなら何も問題はないはずである。そして…

 

――泰継殿の力を最大限引き出す切り札はこれですね。

 

などということを密かに思いながら、無意識に眼鏡にそっと手をやった。

その時の幸鷹の眼鏡がキラッと光っていたことに誰一人として気がついた者はいなかったが…

 

――ですが、ここから北山までは何時間もかかる距離ですよね。

  泰継殿が庵に到着されるころにはおそらく日付が変わってしまっていることでしょう。

  泰継殿はさぞかしガッカリされるでしょうね…

 

幸鷹は泰継の去った方を見ながら、心の中でそうつぶやいた…

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

「花梨!!」

泰継は全速力で走って来ると、庵の扉をバタンと力いっぱい開けた。

庵の中で朝餉の準備をしていた花梨は驚いて振り向いた。

「泰継さん、どうしたんですか!? 怨霊は…」

そう言いかけた花梨を泰継は思いっきり抱きしめた。

「花梨、淋しい思いをさせた。もう日付が変わってしまったな。私は間に合わなかったのだ…すまぬ。」

「えっ?」

花梨は最初は何を言われているかわからなかった。だが、次の瞬間ハッと気がついた。

 

――そうか。泰継さん、クリスマス・イブのことを言ってるんだ。

 

そして、花梨は泰継に聞いた。

「泰継さん、クリスマス・イブを知ってたんですか?」

「ああ、昨夜幸鷹に聞いたのだ。」

 

――ああ、それで…

 

花梨は納得が行った。自分と同じ世界にいた幸鷹なら当然クリスマス・イブのことを知っている。

 

「幸鷹は“くりすます・いぶ”は、最も愛する者と一緒に過ごす日だと言った。そのような大事な日におまえの側にいてやれなくて、本当にすまなかった。」

泰継は今にも泣き出しそうな顔でそう言った。

だが、花梨はそんな泰継に花のような笑顔で、やさしく言った。

「泰継さん、確かにクリスマス・イブは大切な日ですが、本当は今日の方がもっと大切な日なんですよ。」

「?」

「“イブ”っていうのは“その前の日”という意味なんです。ですから、本当に大好きな人と一緒にいる日はその翌日、つまり今日のクリスマスなんです!」

「そうなのか?」

それを聞いて、泰継の顔がパーッと輝いた。

「そうです。だから、全然遅れてなんかないですよ。今日は一日中、ずっと一緒に過ごしましょう、泰継さんv」

「ああ、言われずともおまえを離さない。今日はずっとおまえのそばにいよう。花梨、愛している…」

「泰継さん…」

花梨は泰継の言葉に耳まで真っ赤になりながら、泰継の名を小さくつぶやいた。

そんな花梨を泰継はさらにやさしく、いとおしそうに抱きしめた。

 

そして、もちろん幸せな恋人たちは素敵な1日を過ごしたことは言うまでもない。

メリー・クリスマス

 

お・し・ま・いv

 

 
Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

[あとがき]

すみません〜 1日どころか2日も遅れてしまいました。

本当は25日…昨日の日付が変わったころには上げようと

思っていた話だったのですが、どうしても文章にする時間

が取れなくて…(汗) 本当にごめんなさいです。

やはり泰継さんの話も1つは上げたいと思い、頑張ってみ

ましたが、いかがでしたでしょうか?

泰明さんのお話よりは“まとも”かな?(笑)

この作品は2002年12月末日まで、フリーで配布して

おりました。お持ち帰りくださった皆さま、どうもありが

とうございます!

 

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