なぜ泰明は髪形を変えたのか

 

 

「泰明さん、なんでこっちの世界に来て髪形変えちゃったんですか?」

あかねが突然泰明に聞いた。

「私、あの髪形好きだったのに…」

「この髪形は似合わないだろうか?」

うるうるした瞳であかねにそう言う泰明を見て、あかねはウッとつまった。

「い…いえ、その髪形もとてもよく似合ってますよ。私、今の髪形も好きです。」

泰明は満面の笑みを浮かべて言った。

「そうか。それなら問題ない。」

 

あかねはそれ以上泰明に聞くことができなかった。

何か聞いてはいけないような気がしたから。

 

ところで、本当になぜ泰明は髪形を変えてしまったんだろうか?

 

それは、泰明があかねの世界に来てまだ3日目のことだった。

その時の泰明はまだ京にいた時と同じように片方でお団子に結わえたあの独特の髪形を

していた。

その日はあかねから“さんしゃいん”とかいう日本一高い建物にある展望台に行きたいと

せがまれ、こうしてその“さんしゃいん”の前で待ち合わせをしていたのである。

約束の時間になってもあかねはまだ来ない。

きっと学校とやらが長引いているのだろう…

そう思って泰明はひとり待っていた。

 

そのうち、泰明はなぜか先ほどから目の前を通る親子連れたちがこちらを見て、

くすくすっと笑ったり、ひそひそと話をしているのに気がついた。

 

――な…なんだというのだ。私のどこかが変だというのか?

 

泰明は自分の服やら何やらを見回した。だが、別段おかしなところは見あたらない。

しかし、やはり通る親子、通る親子がみんな泰明の方をじろじろ見ながら

何やらささやいている。

 

――いったいなんだというのだ!!

 

憮然とした表情で待つ泰明に清浄な気が近づいてきた。

それは、もちろん泰明の最愛の人、あかねだった。

 

「ごめんなさい、泰明さん。ホームルーム、長引いちゃって。」

あかねは手を振りながら走り寄って来た。

あかねは不機嫌そうな泰明を見て、こわごわと聞いた。

「あの…泰明さん。待たせちゃったこと、怒ってるんですか?」

泰明はそんなあかねを見て、あわてて否定した。

「いや、全く怒ってなどいない。ただ…」

「ただ?」

「………いや、何でもない。では、神子行こうか。」

「あーっ、また、神子って言った!」

泰明は照れくさそうに小声で言った。

「あかね…行こう。」

「はい、泰明さん。」

あかねは明るく答えた。泰明の顔から思わず笑みがこぼれた。

 

入口を入ろうとした時、あかねは目の前にかかっている垂れ幕を見て、叫んだ。

「あっ、文化会館の4階で“世界の猫展”やってるんだ。行きたいな。」

「じゃあ、そちらを先に見に行こうか。」

「いいんですか? わーい、行きましょう!」

あかねは嬉しそうに泰明の腕にそっと自分の腕を回すとそう答えた。

 

文化会館のエレベーターに乗ると、さきほどより回りの視線が気になった。

 

――本当に何をじろじろ見ているのだ。

 

泰明は気になったが、また、あかねによけいな気づかいをさせてはいけないと思い、

表情には出さないように気をつけた。

 

4階のエレベーターが開いて、ふたりが降りた時、小さい子どもが泰明を指差して

叫んだ。

「あっ、セーラー○ーンだ!」

「やめなさい。ほら。」

と母親らしき人物がその子どもの手を引っ張った。

 

特設会場で行われている“世界の猫展”の向かい側

サンシャイン文化会館の4階サンシャイン劇場

……そこでは、セーラー○ーンのミュージカル・ショーが催されていた。

最近、再放送も始まり、再び人気が少しずつ盛り返しつつある往年の名作アニメ。

「あー、セーラー○ーン・ショーやってるんだ。私、小さいころ、これ好きだったんだ。」

あかねが言った。

「せーらー○ーん? “せーらー○ーん”とはいったい何だ?」

「あっ、あれですよ。」

と、あかねは劇場の入場口付近にある等身大の立て看板を指さした。

そこには…京にいた泰明からすればとうてい信じられない、露出過多のかなり面妖な

いでたちの女人の姿があった。

そして、その髪形は…

 

そんな泰明にあかねはちっとも悪びれずに言った。

「そう言えば、泰明さんの髪形ってセーラー○ーンにちょっと似てますね。」

 

泰明はやっと先ほどの視線の意味を理解した。

 

――わ…わたしが、あの面妖な女人に似ているというのか!?

 

また、ひそひそ話が聞こえてきた。

「ねえねえ、やっぱりあれ、コスプレなのかな?」

「きっとそうだよ。でも、男の人が…ちょっとね。」

「でも、超美形だから許しちゃう!」

「きっと面倒くさくて片方だけしか編めなかったんだよ。ふふふっ」

 

泰明はガーンと頭をハンマーで叩かれたような気分だった。

そして…

 

泰明はそれ以来あの髪形をすることはなくなった。

いくらあかねにせがまれても外を出歩く時は決してあの髪形をするまいと

堅く心に誓った泰明であった。

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/
 
 

[あとがき]

とうとう書いてしまいました。ものすごい駄文ですみません!

涙は密かにセーラー○ーン・ミュージカルの常連だったりするもので、

思いついたネタです。でも、本当に現代エンディングで泰明が

あの独特な髪形をやめてしまったのがすごく残念だったんだもん。

あかねもきっとそう思っているはず…というわけでこんなものを

書いてみました。いかがでしたでしょうか?

でも、実際には皆さまもご存知の通り、髪形が似ているぐらいで

騒がれることなんてありません。何しろ本物そっくりにコスプレ

している人がうじゃうじゃいますからね。

あくまでフィクションですから。フィクション!

 

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