カラオケ

 

 

「こっち戻って来たら、まず、あれっきゃないよね。」

現代に戻って来た翌日、あかねは突然、目を輝かして、天真、詩紋、泰明の三人に言った。

「カ・ラ・オ・ケ! 京にいた間、ず〜っとやりたかったんだ〜!」

「“からおけ”とは、天真の言っていた気晴らしか?」

「そうだよ。泰明さん、よく知ってるね。」

あかねは泰明に微笑みながら言った。

泰明も微笑み返した。

 

危うくふたりの世界に入りそうな気配を感じて、天真が

「そうと決まったら早く行こうぜ!!」

とみんなを促した。

「行く? からおけとはどこかに出掛けるものなのか?」

泰明はちょっと首を傾げながらそう言った。

「あはっ、行けばわかるって。」

詩紋が少しきまずそうに苦笑いしながらそう答えた。

 

カラオケルームに入った泰明はちょっと眉をひそめた。

「こ…この狭い部屋で何をしようというのだ!?」

「歌だよ、歌。伴奏に合わせて歌を歌うんだよ。泰明、おまえ知ってたんじゃ

 ないのかよ。」

「………」

「泰明さん、ごめんね。僕がちゃんと教えなかったばっかりに…。」

「いや、詩紋のせいではない。問題ない。」

 

その時、ずっと分厚い本を食い入るように見ていたあかねが叫んだ。

「いちばん、あかね。歌っちゃいま〜す!」

 

天真も詩紋もあかねに負けないぐらい歌いまくった。

歌えなかった3ヶ月分を取り戻すかのように。

 

そして、ふと天真は先ほどから泰明が何も歌わず、ずっと静かにひとりで座っているのに

気が付いた。

「泰明、おまえも何か歌えよ。ひとりで沈んでいられると、盛り上がらないだろ。」

「おまえたちの世界の歌など私は知らぬ。もっとも強制的に2曲ばかり歌わされた歌が

 ありはするが…。」

「えっ、泰明さん、歌える歌あるんですか?」

あかねが興味津々にそう聞いた。

「じゃ、それ歌えよ。タイトルは?」

「たいとる?」

「ああ、歌の題名のことだよ。なんて言うんだ?」

「あまり人前で歌いたくはないのだが…確か『翳りの封印』と『遙かなる時空を越えて』

 という題名だったと思う。」

「う〜ん。マイナーすぎて入ってないよね。」

答えたのは詩紋であった。

「あ…は…はっ」

あかねから思わず引きつった笑いが漏れた。

 

「よ〜し、あかね。泰明は放っといて、次は俺とデュエットだ!」

(こんなチャンスでもないとあかねにひっつけないからな−−天真、心の声)

「いいよ。何歌う?」

天真の“気”がわずかに変化したのを感じ取り、怪しく思った泰明はたずねた。

「“でゅえっと”とは何だ?」

「ああ、デュエットっていうのは、男女で一つの歌を一緒に歌うことだよ。」

と詩紋が教えた。

「じゃ、行くぜ〜」

と天真があかねの肩に手を置こうとした時…

「土の気よ、彼の者を縛せ!」

急に動きを止められた天真は叫んだ。

「何すんだよ、泰明!!」

「神子と一緒に歌っていいのは私だけだ。」

「まあ、泰明さんたら。」

あかねはポッと赤くなった。

「でも、泰明、おまえ歌わないんだろう?」

「私は別に歌わないと言ったわけではない。おまえたちの世界の歌を知らぬと

 言っただけだ。」

「ああ、そうですか。わかりましたよ。ったく。」

「天真」

「何だよ。」

「おまえは詩紋と歌え。」

「それじゃ、男女にならねえぞ。」

「詩紋は……女のようなものだ。問題ない。」

「ひどいよ、泰明さん。」

詩紋が抗議したが、それを無視して、泰明は言った。

「さあ、歌え!」

天真はふぅ〜とため息をついた。

「しょうがねえな。詩紋、歌おうぜ。」

「え〜っ!? 天真せんぱ〜い」

「せっかく歌いに来たんだ。やろうぜ。」

詩紋も仕方なく観念したようにうなずいた。

「う…うん。」

 

天真は仕方なく、あかねと歌うはずだった曲を詩紋と歌いあげた。

あかねは手拍子をして、ニコニコ笑いながらそれを聞いていた。

(詩紋くんて声だけ聞いていると女の子みたい。ちっとも違和感ないじゃない!

 いいもの聞けたわ。)

 

あかねはパチパチパチとすごい勢いで拍手しながら言った。

「ふたりともよかったよ。本物のカップルみたい!」

その言葉には詩紋だけではなく天真もうろたえた。

「あ〜か〜ね〜!!」

「あかねちゃんまで、そんなこと言って〜!!」

 

その時、ひとり座っていた泰明が

「……そうか。わかった。」

そう言うと、立ち上がって三人のそばまで来た。

「あんっ、何がわかったんだ?」

天真がそう聞くのを無視して、泰明は天真の握っていたマイクを奪い取った。

あっけにとられている天真を無視して、あかねに近づいて一言言った。

「神子、歌うぞ。」

「えっ…あっ…泰明さん!?」

泰明は神子の手を引いて歌詞の映されたプロジェクターの前に立った。

そして…

 

「ねえ、天真先輩。もうこれで20回目だよ。」

「いったいいつまで歌い続けるんだ?」

そんなふたりの会話を全く無視して泰明は言った。

「神子、もう1回歌うぞ!」

天真と詩紋のふたりは思わず

「え〜っ!?」

と叫んだ。

あかねはそんなふたりの様子を見て、

「や…泰明さん。気持ちは嬉しいけど、カラオケはみんなでやった方が楽しいよ。」

と泰明に言った。天真と詩紋はこれでやっと同じ歌から解放されると安堵したのだが…

「そうか? 私はこの方が楽しいが…。伴奏が始まった。神子、歌うぞ。」

「はっ…はい!」

あかねは条件反射で思わずそう答えてしまった。

 

かくして天真と詩紋はあかねひとりを置いて帰るわけにもいかず、50回も同じ曲を

延々と聞かされ続けたのだった…

 

「俺、もうぜってえ、金輪際、泰明とカラオケ行かねえからな!!」

 

そんな天真の言葉など全く耳に入っていない泰明は、

「神子、カラオケとは楽しいものだな。」

と言って、満面の笑みを浮かべた。

 

「は…は…は…」

すっかり声の枯れてしまったあかねはただ笑うしかなかった。

そして、心の中で「当分カラオケに来るのはやめよう」と思ったあかねであった。

 

だが、その後、数週間にわたって、泰明が毎日のようにカラオケに誘いに来ることを

そしてその極上の笑みに誘いを断ることのできない自分を

まだあかねは知る由もなかった。

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

 

 

あとがき]

あはは。何かひどい駄作ですねえ。もちろんこれは『八葉みさと異聞』の

“カラオケ”ネタを聞いて思いついたものであります。

泰明さんとデュエットってしてみたいけど、さすがにこういうのはね…。

そう言えば、天真と詩紋のデュエットって『花鳥風月』で聞けるんですよね。

でも、あれはデュエットと言っていいのかな?

 

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