決戦の朝−頼久

 

 

「泰明様、神子様がお呼びです。」

女房が声をかけた。

「わかった。」

泰明はそう返事をすると控えの間を出て行った。

 

 

頼久はほんの少し前、目の前で交わされていたそんな会話を思い出していた。

今日、最終決戦の朝、頼久は誰よりも早く神子のもとを訪れ、

最後の戦いでぜひ一緒に戦わせて欲しいと懇願した。

畏れ多いとは思いながら、言わずにはいられなかった。

それが今の自分にできる精一杯の表現であったから。

 

だが、龍神の神子あかねが選んだのは自分ではなかった。

彼女が選んだのは美貌の陰陽師。

自分にも彼女が彼に惹かれていたのは薄々わかってはいた。

散策への同行の回数もほかの八葉よりも多いように感じられたし、

それに何よりも彼女のこぼれるような笑顔はいつも彼に向けられていたから。

 

でも、もしかしたらと思いたかった。

いつか神子が墨染に自分を探しに来てくれたことがあった。

とても嬉しかった。

あの時は、神子ももしかしたら自分と同じように思ってくれているのではないか、

そう考え、期待したりもした。

 

だが、神子が選んだのは自分ではなかった。

所詮、神子にとって自分は兄のような存在でしかなかったのか…。

 

それならそれでしょうがない。

八葉としてほかの八葉と一緒に自分の力を尽くして戦おう

ようやくそう思い直そうとした時、藤姫が控えの間に入って来た。

 

−−なぜ女房ではなく、藤姫様が…

と怪訝に思っていると、藤姫が少々押さえた声で頼久に言葉をかけた。

「頼久、神子様が今日の戦いにぜひ泰明殿と一緒に頼久に戦って欲しいと…。」

藤姫は頼久の気持ちを前々から知っていた。

だから、女房に取り次ぎを頼むことなく、この控えの間まで自分で足を運んだ

のである。

これを伝えるのは自分でなくてはならない。そう思ったから。

 

頼久は混乱していた。

今、ひとりの八葉として戦おうと決心したではないか

だが…

 

黙ってしまった頼久に藤姫は再び言葉をかけた。

「行ってくれますよね。」

だが、頼久から返事はなかった。

 

しばらく待っていたが、やがて、藤姫は

「では、先に行っております。」

とひと言言うと、部屋を出て行った。

これ以上そこに留まり、頼久を見ているのが辛かったから。

 

藤姫が部屋から出て行っても頼久はそこから動けなかった。

自分は八葉だ。最終決戦で龍神の神子を守り、戦うこと。

それは、自分の務めでもある。

八葉の一員としてほかの八葉と一緒に戦うことはいい。

だが、最後の戦いで泰明とふたりで神子とともに戦うことは…。

その時、自分は平常心で神子を守り、戦うことができるのか。

戦いでは一瞬の気の迷いが命取りになる。

それは身をもって自分自身が一番よく知っている。

神子が選んだ泰明とともに…

ふたりの姿を見た時、果たして自分はいつも通り戦うことができるのか…

選ばれた泰明と選ばれなかった自分…

共に並んで戦ってもその違いは明らかで…

 

その時、急に後ろから声がした。

「行かないのかい、頼久。」

その声の方へ思わず頼久は振り向いた。

その声の主は橘友雅だった。

「私は…」

友雅は静かに頼久の方へと近づいて来た。

「神子殿とともに戦いたくないのかい。」

「私は…今の私には自信がないのです。この大切な戦い、全力で戦えるかどうか。」

頼久は友雅から視線をはずし、そう答えた。

すると友雅は

「私からすると最後の戦いで戦う者として、神子殿から指名されるだけでも

 羨ましいと思うのだけどね。」

と髪を無造作にもてあそびながら言った。

 

頼久は顔を上げて友雅を見た。

「私も神子殿に今日の決戦の同行をお願いしたのだけどね。

 あっさりふられてしまったよ。」

そして、遠くを見るような目で

「私としては、本気だったんだけどね。」

と聞こえるか聞こえないかのような声でつけ加えた。

 

今朝神子のもとを訪れたのは泰明、友雅、頼久の三人であった。

友雅も自分と同じ思いであったろうことに頼久は初めて気がついた。

今まで自分のことで精一杯だったから。

そして、最後の戦いの同行者にさえ指名されなかった友雅の気持ちは…

 

「頼久、君が行かないんだったら、私が代わりに行こう。

 私は例えどんな状況でも神子殿のためにならいつだって全力で戦えるよ。」

「いいえ、神子殿を守り、戦う役目をどなたにも譲るつもりはありません!」

頼久は思わずそう叫んでいた。

友雅はふっと笑みをこぼし、

「それでこそ、頼久だよ。もう大丈夫だね。先に行っているよ。」

と言葉を残し、部屋から出て行った。

 

頼久はもう迷わなかった。

神子を守り、戦うこと。それが自分のすべて。

神子を最後の瞬間まで守り通すことが自分の喜び。

頼久はキッと顔を上げると、部屋を後にした。

 

「神子殿、お待たせいたしました。」

その声に神子が振り返り、笑顔を見せた。

「頼久さん、今日はよろしくお願いしますね。」

そうだ。この笑顔を守るために自分がいるのだ。それだけのために戦える。

さあ、行こう。神子を守り、京を守るために。

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

 

あとがき]

頼久さんファンの方々、ゴメンナサイ。

実は隠れ泰明作品であったりします。

何分私は“ヤスアキスト”なもんで。えへっ。

私は戦闘力の高さからもう一人の同行者として、頼久を選ぶことが

多かったんですよね、実際。

でも、最後のお誘いで断っておいて、同行者として指名される時、

どんな気持ちだろうなと思って書いたのがこの作品です。

きっと頼久なら真面目にこう考えてしまうんではないかと。

頼久さんファンの皆さん、石投げないでね。

 

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