「希求」サンプル1

 

2006年 5月新刊『希求』収録

「希求」(著:神凪 涙)より

(5月28日開催の“ささやきLvMAX”にて発行)

 

「弱い…な」
望美はまるでスローモーションのようにゆっくりとその場に崩れ落ちた。
「キャァァァァーッ、望美ーッ!!」
つんざくような朔の悲鳴があたり一面に響いた。
知盛は望美の血がついた刀をブンと一振りすると、その場を離れた。
「よくも望美を!」
望美が殺されるのを目の当たりにした九郎はすっかり逆上して殺意を剥き出しにして知盛に向かって刀を構えた。
知盛はそんな九郎をチラッと横目で見ると、うっすらと笑みを浮かべた。
「何がおかしい?」
九郎はますます目を吊り上げて知盛を睨んだ。
だが、知盛はそれには答えることなく、踵を返すとまっすぐ船縁へと近づいて行った。
「?」
垣立の際まで来ると知盛は振り返り、倒れている望美の方にチラッと目をやった。
「ここで俺がすることはもう何もないな。」
そうつぶやくと知盛は垣立に足をかけた。
「何をするつもりだ?」
九郎が怒鳴った。
知盛は振り返ることなく、垣立を蹴り、そのまま海へ向かって飛んだ。
それを見て、八葉の皆は一斉に船縁へと駆け寄ろうとした。だが、次の瞬間、突然生じたすさまじい光によってそれを阻まれた。
「何だ、これは?」

皆あまりのまぶしさに目を閉じた。
そして…
再び目を開けた時には知盛の姿はどこにもなかった。
急ぎ海面に目をやったが、海面は穏やかなままで、とても人が飛び込んだようには見えない。
「消えた?」
皆はただひたすら穏やかに波打つ海面を眺めていた。

 

(中略)

 

隣で眠る知盛の寝顔を見つめながら、望美はゆっくりとその身を起こした。

――やっと私の知盛を見つけたと思ったんだけど…

確かに自分の横にいるのは知盛で、それはまごうことない事実であるのだけれど、望美はどこか違和感を感じ続けていた。
“この”知盛と初めて逢ったのは和議の前日の夜だった。
幾人もの知盛の死を見続けて来た望美はとにかく生きている知盛が欲しかった。そして、この自分のことをまったく知らない知盛に自ら戦いを挑み、そして、自分を刻みつけ、戦いに勝利してその知盛を手に入れたのである。
知盛のことをよく知っている自分と自分のことをまったく知らない知盛…ともにいればそんな溝などすぐに埋められると思っていた。
だが、望美はそれが間違いであるということに気づいてしまった。知盛ならどんな知盛でもいいというわけではないということに… ここにいるのは確かに“知盛”だが、自分が求めていた知盛ではない。何度刃を交えようと何度体を重ねようとこの知盛では自分の渇きが満たされることはない。
それがわかってしまったからにはもうここにいるわけには行かなかった。

「ごめんね、知盛…」
望美は知盛の唇にそっと口づけると静かに立ち上がった。
「私じゃない私がここへ来ればよかったね…」
そう小さな声でつぶやくと望美は部屋を後にした。

御簾の外で一瞬まばゆい光が輝いたかと思うと、またすぐにもとの闇へと返って行った。

 

こんな知盛とこんな望美ちゃんが繰り広げる物語ですv

 

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