生田神社へと向かった私は途中幾人もの平家の兵たちとすれ違った。
形勢不利と見るや否やみんな生田の護りを捨てて、大輪田泊へと向かっているのだ。
私はそれを咎める気はなかった。いや、むしろ一人でも二人でも多くの兵たちに逃げ延びてほしい、そう思った。滅び行く平家のために無駄に命を捨てる必要などないのだから。
もう間もなく生田神社へ着くというところまで来た時、兵たちの話し声が耳に飛び込んで来た。
「知盛様が源氏の神子と戦っておられるぞ!」
――源氏の神子?
私は思わず足を止めた。
そう言えば、先ほど会った時、十六夜の君は大きな剣を腰から下げていた。そして、なぜ十六夜の君が源氏と平家が戦っている…まさにそのまっただ中になどいたのか?
――まさか
私は再び生田神社目指して走り始めた。
――たとえ源氏の神子が兵たちが噂しているような剣の使い手であったとしても
あの兄上に勝てるはずがない!
止めなければ…その一心で私は走り続けた。
2005年冬コミ発行『胡蝶の夢』収録
「希求の果てに」(著:神凪 涙)より
「知盛…逝か…ないで…」
『お前と戦えて俺は満足だ。』
彼は微笑さえ浮かべながらそう言った。
『じゃあな、源氏の神子…』
そう言うと、彼は迷いもせずに海へと身を投げた。
バッシャーン
大きな水音とともに大きな水しぶきが上がる。
今までにもう何度見て来ただろうか? 青い海の中にあの人が呑み込まれるこのシーンを…
「いや…死んじゃいやだ…死なないで…死んじゃだめ! 知盛! 知盛!!」
* * *
「おい…」
「う…う〜ん」
「おい!」
望美は激しく肩を揺さぶられて目を覚ました。
ゆっくりとまぶたを開けた望美は己の涙でぼやけた視界の中にその顔を認めるとこれ以上ないほど嬉しそうに微笑んだ。そして、その顔にまっすぐ手を伸ばし、その頬にそっと触れた。
「あたたかい…知盛…生きてたんだね、知盛!」
その大きな瞳にはすでに涙が溢れている。そのうちのいくつかが耐え切れず、筋になって望美の目からこぼれ落ちた。
知盛はジッと黙って、望美にされるがままにされていた。
やがてしばらくすると、望美は急にハッと気づき、びっくりして、その手を引っ込めた。
「やっと本当にお目覚めか?」
知盛は口の端に薄く笑みを浮かべながら、そう言った。