恋文と花とお茶

 



          麗らかな日差しの中、風も花も健やかに匂い立つ

          静かな時の中、聞こえるのは木々の音と鳥の歌
             ・・・そして、渡殿の方から聞こえる騒がしい足音

        安倍晴明は深い、深いため息をついた

        「なんと、風流の無い事か・・・」
        一人呟いたとき、衣擦れの音も高く泰明が駆け込んできた
        「お師匠、聞きたいことがある」
        いきなり部屋に現れたにもかかわらず、挨拶もなく突然切りだした


        (おや、おや・・・今度は何事か・・)
        思わず笑みが零れそうになるのを、扇でそっと隠し平静を装う
        「泰明、座りなさい」
        そして、威厳を保つよう厳しく声を掛ける
        その声に泰明は、はっとして慌てて姿勢を整え座る

        「まず、何があったか説明をしなさい
        そして、何が聞きたいのじゃ?」
        泰明は晴明の声を聞いて、幾分かいつもの平静さを取り戻す
        「先程内裏で橘友雅に会った」
        「ふむ、で?」(また、橘殿か・・・)
        「その時に聞いたのだ。恋文が書けなければいけないと」
        「・・・・・は?」
        「だから、恋文の書き方を教えて欲しい」
        「・・・・・・・・・・。」
        「・・・・・・・・・・。」

        二人の間に沈黙が流れる

        先に沈黙を破ったのは泰明だった
        「教えて貰えないなら、他に聞く」
        沈黙を、教えを請えないと思ったのだ

        立ち上がり、部屋を出ようとする泰明を慌てて引き留める
        「ま、まあ待ちなさい」
        座り直した泰明に、解っていても意地悪く問い掛ける
        「誰に書くのじゃ?」
        その問いに、泰明の目元はほんのりと赤くなる
        「神子だ」

        (なんとまあ・・可愛いことか・・・)
        晴明は暖かい眼差しで、泰明を見つめる
        八葉の任につくまで、これほど表情が変わるのは見たことがない
        龍神の神子と出会い、確実に良い方へと変化している
        人付き合いも下手な愛弟子を、いや我が息子と思いずっと心配してきたのだ

        (だが、神子殿の事だけにしか感情を動かさないというのも・・・・
         致し方ないか・・・
         まあ、これからが楽しみではあるがのう・・・)

        内心の呟きは隠したまま、話を進める
        「何故、恋文を書かなければいけないのじゃ?」
        「友雅は『毎日会いに行くことも大切だが、あまりしつこいのも
         嫌われる原因になるものだ。たまには会いに行かずに恋文でも
         書いてみれば・・・』と言ったのだ」
         泰明は少し悲しげな目をしている
         『神子に嫌われる』その一言が心に陰を落としていた

         (さすが友雅殿と言うことか・・・・・
          毎回の神子殿と出掛ける泰明が邪魔と言う訳か
          だが、友雅殿には悪いが・・・・)
         晴明は扇の陰でニヤリと笑うと、泰明にこう告げた
         「友雅殿の言うことも確かに解るが、神子殿はこの世界の住人ではない。
          限られた時間しかないのだ、その貴重な時間を大切に使う方が良いのでは
          ないのか?」
         晴明の言葉に、泰明はすかさず立ち上がりかける
         晴明は、また慌てて引き留める
         「そう急ぐ出ない、話はまだ終わっておらぬ」
         引き留められた泰明は『少ない貴重な時間が無駄になる』と顔に出ていた

         (こやつは・・・・)
         晴明の額に、小さな青筋浮かびそうだった
         (まあ、いつもの無表情よりはマシなのか・・・)
         自分の心を抑えつつ言葉を探す
         「ただ会いに行けばいいというものではない」
         「ただ会いに行っているだけではない、怨霊も退治している」
         「・・・・・・・・・」

         (まだまだ、恋心を理解しろと言うのは難しいのか・・・)
         「そうではあるまい、今から神子殿に会いに行っても
          これから怨霊退治や土地の浄化に出掛けるつもりか?」
         「・・・・・・・・・」
         今度は泰明が黙る番だった
         確かに、今はもう未刻(午後2時)過ぎだ、今から京の散策は行かない

         「恋文を贈らなくても、花でも贈りに会いに行く手もある」
         (そう、友雅殿のような恋文が書ける訳ではないのだから
          恋文の書き方では敵うはずもない、だったら別の手でいけばいいのじゃ)
         扇の内で不敵に微笑んでいる

         「花など贈って、何の意味がある」
         泰明の返事に、青筋が浮かんだ
         (だから!人が折角応援してやろうと思っているものを
          い、いや、まだ幼子の言う事じゃ・・・・・・)
         自分の心を宥めつつ言葉を続ける
         「美しい花々は人を幸せにするのもじゃ
          神子殿もきっと喜ばれるだろう」
         (『神子が喜ぶ』これがポイントじゃ!)

         さすが師匠、さすが親、稀代希なる陰陽師安倍晴明
         橘友雅の作戦を見事うち砕き、愛しい愛弟子を神子とくっつける努力を惜しまない

         素直な泰明、師匠の言葉に従う
         まさに『神子が喜ぶ』につられて笑顔を浮かべ
         「では、そうしよう。失礼する」
         イソイソと立ち上がり部屋を後にした

         泰明の笑顔を目にした晴明は心の誓う
         『なんとしても神子殿と泰明をくっつけよう』
         橘友雅相手だろうと、他の八葉相手だろうと邪魔はさせない

         此処最近、泰明の相談事が増えていた
         其れは一重に他の八葉の妨害で、泰明が悩んでいるからだ
         その度に晴明は助言を与えてやる



         しかし・・・・
         恋文は覚えさせねば!

         後朝の歌を作るときが心配だ  (一体、何の心配をしているのか・・・・)

         これからは、陰陽師の勉強以外でも教えていこう

         特に女子の心の掴み方を・・・・・

 

果津琳様
『月下の螺旋』:http://www8.plala.or.jp/gekka/

 

≪果津琳様コメント≫

 

このお話は、キリ番『222』を踏んで下さった 神凪 涙様へ捧げます

「泰明と晴明のほのぼのな一日」
ほのぼのしていないような・・・・・・(´ヘ`;)ハァ

始めてリクに答えたので、不安が一杯創作になってしまいました(笑)
リクエスト通りに書けなかったかもしれませんが
受け取って下さいまし。。(‥、)

 

[涙のひと言]

果津琳様のサイトでキリ番『222』を踏んで、書いて

いただいた作品です。

果津琳様の「それぞれの朝〜チャッカリ泰明〜」という

作品でちょこっとお師匠様が登場しているのを見て、ぜ

ひお師匠様と泰明さんのお話を書いていただこうと思い

上記のようなテーマでリクエストしました。それが、

こ〜んな素敵な作品となって返ってまいりました!

素直で初々しい泰明さん…かわいい〜vv

そう言えば、久しくこんな泰明さん、書いてなかったな

あ…

そして、お師匠様、いい味出してます。やっぱり泰明さ

んの父親なんだね〜と思わせる素敵なお師匠様です。

大丈夫ですよ、果津琳様。十分、いえ、十二分にリクエ

スト通りに仕上がっておりますとも!!

果津琳様、素敵なお話を頂戴いたしまして、本当にあり

がとうございました。

 

 

果津琳様のサイトへは『リンクのお部屋』からどうぞ

 

 

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