満月の輪廻

 

全てが眠りにつく、深淵の刻。
多くのざわめく深緑と月影の淡い光に導かれるままに、
どこをどう歩いたのか・・・何者かに心を支配されたように、
ただ一人の男が神聖な気に満ちた山の中を彷徨い歩いていた。
<シャンッ>
小さくて高く頭の中に響く、軽やかで清らかな鈴の音。
「呼んでいる・・・。」
低く虚ろな目で呟きながら、鈴の音に導かれるまま歩き続けた。

神聖な山の中にある湖のほとり。
「・・・友雅か・・・」
端整な顔立ちに怪訝な表情で、山の中を彷徨う男の名を呟く青年が一人。
結い上げた髪を軽く払いのけ、気配のする背後を振り返る。
神聖な湖の水面に映るは、優しい輝きで二つの影を照らす光輪の満月。
自分に気がつかないままの友雅を黙ったまま見る青年。
鈴の音に支配された友雅に、強く優しい月の光が降り注ぐ・・・。
「行かなければ・・・。」
彼の目の前に何かが見えているのか、月の光を映さない瞳のまま、湖の中へ入っていく。
<ザバァッ!>
少しずつゆっくりと湖の中へ沈んでいく友雅の体を
今まで見ていた青年が、躊躇いもせずに湖に飛び込んで、
彼の肩を無造作に掴んで動きを封じた。
「どこへ行くつもりだ?」
普通ならば『馬鹿なことは止めろ』とか、『死ぬ気か?』などと声をかけるもの。
だが、青年は友雅を止めることよりも、『どこへ?』と問いかけたのだった。
友雅が尋常ではないことは、気配が違うことから青年には判っていた。
しかし、彼を支配する者の正体が、邪悪なものでないにしろ、
このままにしておくわけにはいかない。
「聞こえぬか・・・。ならば、いたしかたない。
 我、五行の理を以って、願い奉る。神気五帝・如来深密の要義を滅除せん。救急如律令!」
青年が言霊を使い、友雅にかかっている術を解こうとしたが、
彼にかけられている術は、解けることなく友雅はまた歩き出した。
『一体、どれほどの力が、縛っているというのだ。』
青年はゆっくりと湖に沈んでいく、友雅の姿を見送るしかなかった。
だが、不意に水面が凪いだ。
沈んでいく彼の周りの水が波紋を残さない。
そして、よく見ると水面に二人を照らす満月が映っていなかった。
見上げてみると、確かに月は存在する。
尋常ではない大きな力が、友雅を支配している。
何が起ころうとしているのか、青年にも容易に想像できることだった。
「龍神・・・か。」
<龍神・・・そして、神子>
友雅が言う「行かなければ」の言葉は、龍神の神子の元へ行くということ。
しかし、八葉としての力もさることながら、友雅自身には力はない。
この場に居合わせた陰陽の力を使う青年でも、時空を超えるなどというかけ離れた力はない。
すると、静かに沈んでいく友雅の呪縛が、解けたように動きが止まり、
ゆっくりと青年の方を振り返って、二人を照らし続ける満月を見上げた。
友雅の行動に導かれるように、青年もまた月を見上げる。
満ち足りた月。そして輝きの強さに出来た月輪。大きな力にざわめく深緑。
神聖な山に満ちる気・・・。
その時である。急に水面が大きくうねり、渦を作り始めたのだ。
「何?!」
青年は足を取られないように、後ずさりしながら体制を整えた。
だが、一方の友雅は微動だにせず、渦の中に消えていこうとしていた。
あまりの激流に動くことが出来ない青年に、成すすべはない。
激流の中に消えていく友雅の最後を見守ることだけ・・・。

すると、消え行く友雅が、正気に戻ったかのように、青年に微笑みかけてきた。
「泰明殿・・・。」
いつもの余裕のある笑みではなく、儚げな微笑。
何も映していなかった瞳には、しっかりと泰明の姿が映っていた。
「友雅!どこへ行く気だ!」
激流の水音大きさに、飲み込まれる二つの声。
穏やかな微笑を湛える友雅の答えは、その姿が消えると同時に、
泰明の耳に届くことはなかった。
しかし、残された泰明には、確かに聞こえていた。
友雅の最後の言葉を・・・『神子殿のところだよ・・・。』っと、
声は聞こえなくとも唇の動きを見ればわかったのだ。
神子に会うため・・・神聖な山の湖の激流に飲まれた友雅。
そして、彼を一時的に支配した龍神の力。
龍神の力ならば、神子が望んだのだろう。
別れたはずの魂が、今一度めぐり合う・・・転生したのか、もしくは時空を超えたのか。
ただ一人、湖のほとりに佇む泰明に、穏やかで優しい心が生まれた・・・。

 

沙桐姫様『遥かネット 〜沙桐姫のお部屋〜』
http://www.galstown.com./6/comicjungle_game/harukanetto/

[涙のひと言]

沙桐姫様のサイトで“10000HIT感謝企画”とし

てフリーで配布していたものをいただいてまいりまし

た。沙桐様の友雅さん小説第4弾、「抜け殻の行方」の

続編です。

大いなる力に導かれて湖の中に消えた友雅さん…きっと

無事神子と会えたと信じます。きっとあかねちゃんも友

雅さんに会いたいと龍神に願ったのでしょう…そして、

二人で幸せになってね

沙桐様が“泰明さんが主役になっちゃってる”とおっし

ゃっておりましたが、ちゃんと友雅さんが立派に主役

果たしておりますよ! でも、泰明さんが術まで使って

大活躍してくれて、ヤスアキストとしては嬉しい限りです。

沙桐様、素敵なお話をありがとうございました!

 

 

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