願い橋

 

「わぁ〜、かわいい!」

稲荷駅の改札を出ようとした時、あかねが言った。

「見てください、友雅さん。ほら、あれ、きつねさんの絵。とってもかわいいですよね〜」

友雅はあかねの視線の先を見た。そこにはきつねと鳥居の絵が描かれたものが貼ってあった。

だが、そこまでかわいいかと言えば…どうかなと友雅は思った。それよりも…

「私は君の方がずっとかわいいと思うのだけれどね。」

友雅はあかねの耳元にそっと口を近づけるとそう言った。

「また〜、友雅さんったら!」

あかねはそう言いながらも嬉しそうに頬を赤らめた。

 

――本当にかわいいね〜

 

その様子を友雅もまた目を細めながら見ていた。

「でも、戦闘の時はここのきつねさんには随分悩まされましたよね。」

あかねは懐かしそうにそう言った。

「そうだね。」

友雅も柔らかな笑みを浮かべてそう答えた。

「じゃ、行きましょうか、伏見稲荷。」

「ああ、行くとしよう。」

二人は一緒に伏見稲荷の方へと向かった…

 

 

あの最終決戦の後、友雅はあかねと共に現代へやって来た。そして、あかねの家がある

東京で今は暮らしている。何事もそつなくこなして行く友雅はすぐにあかねの世界にな

じみ、今では京の世界の住人だったという形跡はみじんも感じられない。

だが、友雅のことを深く愛しているあかねは、友雅が時折見せる淋しげな瞳を見逃さな

かった。そして、この京都行きを申し出たのである。

無論、友雅もあかねが望むのならと喜んで応じた。そして、今日、ふたりはここにいる。

 

 

道を渡ろうとすると、伏見稲荷の大鳥居の下から車が何台か出てきた。

「鳥居の下を車が通るとは…」

友雅は小声でつぶやいた。

「何とも趣のない光景だね…」

友雅の表情を見て、あかねが声を掛けた。

「友雅さん?」

「いや、何でもないよ。」

友雅はそう言うとあかねと一緒に大鳥居をくぐり、神社の中に入って行った。

 

先が見えないぐらい遠くまで建ち並ぶ鳥居を見て、ふたりとも少し安心した。この景色

は昔の雰囲気を残している。

 

しばらくして分かれ道にさしかかると

「同じところに出るのか…じゃ、私は右の道を行きますから、友雅さんは左の道を行っ

 てください♪ どちらが先に出口に着くか競争しましょう!!」

とあかねが明るく言った。

「いいのかい? 私と離れてしまっても…」

友雅が言った。

「もしかすると途中でどこぞの美しい女人にお会いするかもしれないねぇ。私が着くの

 が遅くなっても私が行くまで待っててくれるかい?」

「う〜〜〜」

あかねは少し抗議するような目で友雅を睨んだ。

「冗談だよ、あかね。本気にしないでほしいね。」

「友雅さんが言うと冗談に思えないです〜」

「大丈夫だよ、姫君。私の心はすべて君のものだから。それじゃあ、私は左の道を行け

 ばいいのだね?」

友雅が行こうとするとあかねが駆け寄り、友雅の腕に自分の腕をからませた。

「やっぱり一緒に行きます。」

友雅はあかねを愛しそうに見ながら小さくつぶやいた。

「初めからそう言えばいいのだよ。」

 

――たとえ一時でも離れたくないからね…

 

奥社を過ぎて、稲荷山の方まで来ると、あかねが言った。

「確かイノリくんが作った鳥居がこのあたりに…あっ、これかな?」

あかねは裏の作成年月を見たが、そこには“昭和”の文字が…

「そうか…もう千年も経ってるんだもんね。もう建て替えちゃってるんだ、みんな…」

あかねは淋しそうにそう言った。友雅はそんなあかねの肩にそっと手を置くと言った。

「確かにもう鳥居はないかもしれないが…ここの空気は昔のままだよ。」

「うん、そうだね、友雅さん。」

あかねはそう言って、鳥居の下で精一杯息を吸い込んだ。確かにここの空気は東京とは

全く違った少し京を思い起こさせるような清浄な気を含んだもの…

あかねの顔が少しだけ明るくなった。

「友雅さんの言う通りだね。ここの空気は京につながっているんだね。」

友雅は黙って微笑んだ。

 

二人は清浄な空気に包まれながら、鳥居の中を通り抜けて行った…

 

 

 

伏見稲荷を出るとあかねが言った。

「じゃあ、今度は友雅さんの好きだった随心院へ行きましょう!」

「ああ、そうだね。随心院か…懐かしいね。私が神子殿に思いを告げた思い出の地だか

 らね。」

友雅はちょっと流し目気味のいたずらっぽい瞳でそう言った。

「と…友雅さん…」

付き合い始めてからもう随分経つのにこの目を見ると未だにドキドキする。

 

――もう、友雅さんたらずるいんだから…私ばっかりドキドキしてバカみたい。

 

顔を上げたあかねの目の前に覗き込むようしてあかねを見ている友雅の顔があった。

「!?」

あかねのびっくりした目を見て、友雅は楽しそうに笑いながら言った。

「はははは。本当に君は見ていて飽きないねぇ。」

「ひど〜い、友雅さん。からかってばかりで!」

あかねはちょっと抗議した。

「ははは…ごめんごめん。で、行かないのかい、随心院へ?」

「い…行きます。」

あかねはそう言うと友雅を置いて先に歩き出した。

友雅はすぐにあかねに追いつくと肩を抱きながら言った。

「怒ってしまったのかい? 私の姫君…」

「…もういいです。私の負けです。いっつも私ばっかり…友雅さんたら本当にずるい…」

「君はちっともわかってないね。」

あかねは友雅の顔を見上げた。

「いつも負けているのは私のほうだよ。」

「えーっ、そんなことないですよ〜!」

そんなあかねの抗議を友雅は笑顔で受け流した。あかねの方もひとりで怒っててもしょ

うがないので、やがて笑顔に変わった。

 

 

 

随心院に着くと

「ここか…やはり少し雰囲気が違うね。」

と友雅が言った。

「そうですね。でもこの竹林は昔のままですよ♪ 文塚の方に行ってみましょう、

 友雅さん。」

「そうだね。」

二人はそう言って文塚の方に向かった…

 

その日は日曜日だったので、文塚のそばには多くの観光客がいた。

文塚と一緒にVサインを出して写真を撮っている集団…

笑いながらけたたましくおしゃべりをする女の子たち…

それを見て友雅は苦笑した。

 

「写真撮ってもらえますか?」

そんな友雅に二人連れの女の子たちが声を掛けた。

「ああ、いいよ。」

友雅はそう言って、カメラを受け取った。

ファインダーから覗くと、二人の女の子は思いっきり作り笑いを浮かべ、文塚の横で

二人でVサインを出している。

 

――本当に変わってしまったね、何もかも… 小町殿もさぞかし驚いているだろうね…

 

友雅はシャッターを押した。

カメラを返すと

「ありがとうございました!」

女の子たちは元気にお礼を言った。

「あなたたちも撮ってあげましょうか?」

その子たちが言った。だが、友雅は

「いや、いいよ。ありがとう。」

とすぐに答えた。

「そうですかぁ〜 それじゃ!」

二人の女の子は笑顔で挨拶をした。

 

そして歩きながら…

「ねえねえ、あの人超美形じゃない?」

「うんうん。お話できて得したって感じ!」

「隣にいたの彼女かな?」

「えっ? でも、年、違い過ぎない?」

「もしかして、不倫だったりして〜 今はやりの先生と生徒ってやつ〜?」

「あーっ、だから写真いらないって!?」

「でしょでしょ。あっ、やばい、こっち見てるよ。」

二人の女の子はバタバタと走り去って行った…

 

友雅はひとつため息をつくと、再び文塚に視線を戻した。

そして、少し淋しげな瞳でジッと文塚を見ていた。

あかねはその様子をぼんやりと眺めていた…

 

 

「友雅さん、ここに来ない方がよかったですか?」

随心院を出てから、唐突にあかねが聞いた。

「なぜだい?」

「何だか淋しそうな顔をしているから…」

「本当に君には隠し事はできないね。」

友雅は前髪を掻きあげながら、ため息まじりにそう言った。

「時の流れを感じていたんだよ。ここは私の知っている京ではないと。千年経って

 しまったんだねぇ、本当に…」

あかねは突然友雅に抱きついた。

「あかね!?」

「ごめんなさい。みんな私のせいです。私が友雅さんと一緒にいたいって願ったから、

 友雅さんは京での生活を全部捨ててついて来てくれた。私、そんな友雅さんに何も

 返すことができないのに… この京都旅行だって友雅さんが喜んでくれるかなって

 思って計画したのに…本当にごめんなさい!」

友雅はそんなあかねの髪をやさしく撫でながら言った。

「何を言っているのかな、あかねは? 私に何も返すことができないだって?」

友雅はあかねの頬にそっと両手を添えると続けた。

「あかねは私にたくさんのものをくれたじゃないか。何よりも私をこんなに本気にし

 た姫君は君だけだよ。」

「でも、それだけじゃ…」

「それだけ? 私にはそれがすべてだと思うがね。あかね、君さえいてくれれば京だ

 ろうが、この世界であろうがどこであろうと構わない。あかねと一緒にいることが

 大切なんだよ。それがわからないとは…悲しいねぇ…」

「ううん、私も友雅さんさえいれが、他に何もいらない!」

「じゃあ、二人は同じ気持ちだということだね。それでいいじゃないか。」

あかねはやっと微笑んだ。友雅はそのままあかねに顔を近づけると、その桜色の唇に

やさしく口づけた…

 

 

 

「もう帰りましょうか、東京へ。」

あかねが言った。

「だが、せっかくあかねが計画してくれたのだし、もう少し一緒に旅をするのも悪く

 ないと思うんだがね。」

「でも…」

「私のことは気にしなくていいんだよ。あかねはどこに行きたいんだい?」

「私、どうしてももう一箇所だけ行きたいところがあるんです。」

「いいよ、行こうじゃないか。」

「本当にいいんですか?」

「ああ、君が望む場所ならどこへでもおつきあいするよ。」

「それじゃあ、神泉苑へ。」

「神泉苑?」

「だめですか?」

「いいや、行こう、神泉苑へ。」

 

 

 

「ここかい?」

この場所にはさすがの友雅も面食らった。まるでどこかの料亭にしか見えない看板、

そして入口…

「ええ、ガイドブックによると確かにここだって…」

友雅は意を決して言った。

「じゃあ、入ってみるかい?」

「はい。」

門を入ると池らしきものがありはしたが、とてもあの最終決戦をした神泉苑とは思え

ないほどこじんまりとしたものだった。

それを見て、

「こんなに小さかったかな?」

あかねが言った。

「私、小さい頃両親と一緒にここに来たことがあるんです。でも、もっとずっと大き

 かったような気がしてたんだけど…」

 

 

「とりあえず、あちらの社の方に行ってみようか。」

友雅がそう言って朱塗りの橋の方に行こうとすると

「待って!」

とあかねが友雅を引き止めた。

「どうしたんだい、あかね?」

「この法成橋は念じながら渡れば願いが叶うという言い伝えのある橋なんです。」

「ほう、こっちの世界にもそのような風流なものがあるのだね。」

「小さいころの私の願い事はもうすぐ叶いそうだから…」

「どんな願い事だい?」

「教えてあげません!」

「おやおや。」

「だってしゃべったら願いが叶わなくなっちゃうような気がするから。」

「はいはい、わかりましたよ、姫君。もう聞かないよ。それでいいかな?」

「はい。」

「で、願い事をしながら渡ればいいんだね?」

「そうですよ。」

「では、姫君、お手を…」

「えっ?」

「一緒に渡ろう。」

願いが叶っちゃった。

あかねは小さくつぶやいた。

「何か言ったかい?」

「いいえ、何でも♪ じゃ、渡りましょう。」

 

――私の小さいころの願い事は叶っちゃったから、龍神様、今度は別の願いを。

  友雅さんにもう一度京の世界を見せて上げてください。

 

――このままあかねとずっと一緒にいられますように…

 

二人は手をつないで橋を渡り終えると、一緒に善女竜王社にお参りをした。

そして二拝二拍手して、目をつぶって祈り、再び目を開けようとした時である。

チリン…聞きなれた鈴の音があかねの耳に聞こえて来た。

「なに?」

目を開けたあかねの前に広がっていたものは…

「神泉苑!? 京の世界の…」

その光景は目を開けた友雅の目にも飛び込んで来た。

友雅は思わずあかねの前に立ち、あかねをかばった。

だが、別段何事も起こる気配はない。

大いなる水をたたえる神泉苑…そこは紛れもなく、あの日アクラムと戦い、そして、

二人であかねの世界へと旅立った場所…

二人は一言も発さずにしばらくの間、ただただその風景を眺めていた…

 

やがて、あかねが口を開いた。

「友雅さん、京に来たんだよ。きっと龍神様のおかげだよ。ねっ、いろいろ見に行こ

 うよ。八葉のみんなにも会えるかもしれないし…」

だが、意外にも友雅は首を振って、こう言った。

「いや。ここは今の私たちの場所ではない。戻ろう、あかね。」

「えーっ、どうして?」

友雅はあかねの髪に己の指をからめながら言った。

「これだけで、十分だよ、あかね。私のために祈ってくれたんだね。その気持ちだけ

 で…。」

そして例のいたずらっぽそうな瞳でもう一言つけ加えた。

「他の八葉に出会って、目移りされても困るからね。」

あかねは頬をぷぅと膨らまして抗議するような目で言った。

「そんなことしません!」

それを受けて

「知ってるよ。初めからね…」

友雅はそう言うと再びあかねに口づけた。お互いの気持ちを確かめ合うような長い

長いキス…

二人の耳には神泉苑の水音だけが静かに聞こえていた。

 

やがて名残惜しそうに唇を離し、目を開けた二人の前にあったのは元のこじんまりと

した神泉苑。

 

「本当によかったんですか?」

あかねが聞いた。

「何度も同じことを聞くのも無粋だよ。それより私も一つあかねに聞きたいことがあ

 るのだけどね…」

「何ですか?」

「二つ目の願いはわかったけれど、一つ目の願いは何だったんだい?」

「え〜っ、だから、それは教えられないって…」

「でも、ぜひ聞きたいんだけどね、私としては… 叶ったとかなんだとか…」

「え〜っ、さっきの独り言聞いてたんですか〜?」

あかねは真っ赤になって聞き返した。

「聞こえてしまっただけだよ。で、何なんだい?」

「もう! 何度も同じことを聞くのは無粋ですよ!」

「違いない。」

友雅は笑ってそう言った。それにつられてあかねも笑った。

 

静かな水音とともに二人の笑いが辺りに明るく響いていた…

 

 

 

 

 
Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

[あとがき]

わぁ〜、やっぱりダメダメだぁ〜!! はぁ〜

たまには泰明さん以外の人の話を書こうと思って前に考えて

ボツってあった作品に尾ひれをつけて仕上げてみたんだけど…

やっぱり私には『遙か1』では、泰明さん以外の作品は書けな

いのかも〜(;O;)

近ごろ友雅さんファンのお友達が増えたので、書いてみようか

なと思ったんだけど、イメージ壊してたらゴメンナサイ。

でも、せっかく書いたので一応上げておきますね。いつ引っ込

めるかわからないから見るならお早めに〜って、ここまで読ん

でるってことはすでに読んだってことよね(^-^ゞ

 

本当は河原院を入れたかったんだけど、行ってないので書けな

かったのさ…ふっ だから代わりに伏見稲荷。

なぜ友雅さんの話なのに最初に伏見稲荷を入れたかって?

 1.スタンプラリーの旅の時、最初に訪れた場所だから

 2.たまたま地図で見たら、随心院に近かったから

 3.ただ単にきつねのポスターがかわいかったから

答えは1と3! でも、気持ち的には“3”が強し!

あのきつねのポスターだか旗だかが結構気に入ったんだ〜

写真とかも撮って来ちゃったしね〜

だから入れたんだよ♪ ちょっとだけスタンプラリーレポ!

 

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