抜け殻の行方

 

多くの季節が過ぎ去り、時間は無常にも過ぎてゆく。
全てをかけて守った存在。命をかけて愛した存在。
思い出の中の小さく確かな温もりを光を失った瞳が、
夏の橘に淡い光を注ぐ朧月に目線を移し、一人杯を傾ける。

「今の私を知ったら・・・どんな顔をするのか・・。」
酒を飲み干し、朧月に何かを重ねながら、光を失った瞳は悲しげな声で呟いた。
”ザァアアー”
夏の嵐の前触れか、強い風が木々を揺らし、言葉をかき消してしまう。
2年たった今も、鮮やかに蘇る温かく、優しい記憶・・・。
今になっては、ただの思い出でしかない。
そう。<月の見せた夢>と、諦めるしかない・・・現実。
ただ、あまりにも甘い夢ゆえに、心の中に冷たい風が吹き抜けていく。
絶望と悲しみと・・・そして未だに諦めきれない愚かな想いに、
朧月を愛でつつ男は、また杯を傾ける。

ふいに誰かがこちらを伺っているような気配がした。
<また・・・か。>男は、心の中で言って、呆れたように”フッ”と笑った。
「鷹通。そんなところに立っていないで、君もどうだい?」
少し、意地悪そうな笑みを見せ、遠くで自分を見ていた影を誘う。
優雅で捕らえどころのなく、飄々とした左近衛府の少将、
誰もが憧れてやまなかったはずの男は、以前の面影を失くしていた。
「・・・友雅殿。また、飲んでいらしたのですか。」
ため息を大きくつきながら、鷹通は声をかけつつ近寄っていった。
2年前の出来事が、全ての元凶。それは分かっていても、言葉には出来ない。
異世界から訪れた佳人は、守る者が恋焦がれ、
幸せという時間を与えてくれたからだ。
鷹通も友雅も・・・そして、他の者たちも。
ただ、心の傷が誰よりも深いであろう彼の変わりように、
鷹通はまた溜息をついた。
「君は、よく来るねぇ。」
一人、杯を傾けつつ、まるで迷惑だと言っているように、
笑いながら短く言う友雅・・・。
かなり飲んでいるのにもかかわらず、一向に酔っているように見えない。
酔おうにも酔えない・・・。
情熱を知って共に生きたいと願ったが、想いは受け入れられなかった。
桃源郷の月・・・届きそうで届かない夢。
酔えないほどの悲しみが、友雅を変えてしまったのだ。

「主上が、心配されておいででした。」
まるで哀れむような目で、酒をあおっている友雅を見る。
見ているほうが、辛くなるほどの姿・・・。
<何故、彼女は残らなかったのか?あんなにも想いあっていたのに・・・>
疑問だけが、鷹通の脳裏をよぎる。
「主上が?」
”ククッ”と、また笑いながら<まさか>というように、
杯の酒を飲み干す。
あれ以来、参内していない自分の職を取り上げることもなく、
ましてや[頭の中将]の位まで与える帝の考えは、知る由もない・・・が、
帝なりに慰めようとでもしているのか?
などと、煽っていた酒を止め、杯を置いてフラリと立ち上がった。

「朧月 哀れと思え 風波の 翳りも夢と 空蝉の恋・・・」
”はは・・・”まるで狂ってしまったように、
珍しく声を出して笑う友雅。
だが、柱に寄りかかり鷹通を見るその瞳には、
小さな光が宿っていた。
「友雅殿・・・その歌は。」
あまりにも切ない歌に、鷹通の顔が苦しげに歪んだ。
<抜け殻になってしまった恋。風の波間の影に、隠れてしまった朧月よ、
哀れと思うなら夢でだけでも、会えないものだろうか。>
諦めきれない熱い想い・・・まだ想い続ける友雅に、
それ以上は何も言えなかった。

鷹通が見るに見かねて、友雅の屋敷を後にした数日後。
こつぜんと友雅が姿を消したと、帝の下へ使者がやってきた。
「友雅が・・・消えた?」
少しでも元気付けようと授けた位も、役に立つことはなかったのだ。
何を探して彷徨い、何を求めて消えたのか・・・。
彼の行く末は、月だけが知っていた・・・。

 

沙桐姫様『遥かネット 〜沙桐姫のお部屋〜』
http://www.galstown.com./6/comicjungle_game/harukanetto/

[涙のひと言]

沙桐姫様のサイトで“10000HIT感謝企画”とし

てフリーで配布していたものをいただいてまいりまし

た。沙桐様の友雅さん小説第3弾です。

「幸せの紅桜」とは逆にバッドエンディングもの。あか

ねちゃんが友雅さんの申し出を受けずに帰ってしまった

という設定になっています。自分のすべてだった彼女を

失った友雅さんの心が伝わって来て、胸が痛くなりま

す。彼を心配する鷹通さんも帝も彼の悲しみを減らすこ

とはできないのですね。かの人でなければ…

幸せな二人もいいですが、こういうバッドエンディング

ものの作品も実は好きだったりしてvv

沙桐様、素敵なお話をありがとうございました!

 

 

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