お花見

 

「花見?」

「そうですよ。お花見に行きましょう!」

あかねは目を輝かせながら泰明に言った。

「花なら庭にも咲いているではないか?」

泰明は花咲き乱れる庭に目をやって、小首を傾げながらそう言った。

「う〜ん、泰明さん、ちっともわかってない!」

あかねは頬をプゥとふくらませて言った。

「お弁当を持って一緒に遠出をするのがいいんです!」

あかねは抗議をするような目でジッと泰明を見ている。

本人は精一杯怒っているつもりなのだが、泰明はそんなあかねの様子がとてもかわいく

思えて…そして、顔を綻ばせて言った。

「それでは明日、出掛けるとしよう。あかねが喜ぶなら私に異存はない。」

それを聞いたあかねの顔がパァ〜っと明るくなった。

「ホントですね! じゃあ、明日行きましょう! 約束ですよ。 よ〜し、そうと決ま

 れば、早起きして、腕によりをかけてお弁当作らなくっちゃ♪ まずは下ごしらえ…」

あかねはそう言って、いそいそと部屋から出て行った。

泰明はその様子を目を細めながら眺めていた…

 

あかねと夫婦になってからもうすぐ1年…いつでも出会ったころと変わらない明るく屈

託のない笑顔を自分に向けてくれるあかね。その笑顔が自分に向けられるたびに泰明の

胸に暖かなものが込み上げて来る。それは1年経った今でも全く色あせることはない。

いや、むしろ徐々に徐々に満ち溢れ、自分の中に静かに広がって行くその暖かな感情…

「これが幸せというものか…。私にはずっと得られないものだと思っていたが。」

泰明はその思いをかみしめるようにそっとつぶやいた。

 

 

「泰明さん、早く早く!!」

「あかね、危ないぞ。」

泰明は前を駆けて行くあかねに向かってそう叫んだ。

今日のあかねは神子時代、散策の時にいつも着ていた水干姿。近ごろではほとんどこの

服装をすることはない。京に滞在して1年…京の装束にも大分慣れてはきたが、やはり

この姿の方が身軽で動きやすい。だから、今日のあかねははしゃぎまくっていた。

「平気、平気!」

と答えて再び駆け出した直後、急にあかねは木の根にけつまずいて前のめりになった。

「きゃっ…」

だが、あかねは倒れることはなかった。それよりも早く泰明の手があかねの細腰をしっ

かり支えていたから。

泰明はため息をつきながら言った。

「まったくおまえからは目が離せぬ。」

「ごめなさ〜い、泰明さん。」

あかねはシュンとなった。

「ほら。」

「えっ?」

「手を…あかね。」

「うん!」

あかねは差し出された泰明の手に自分の手を重ねると大きく頷いた。

泰明は苦笑しながら言った。

「北の方になっても落ち着きがないのだな、おまえは。」

「だってそれが私だもん♪」

あかねは笑顔でそう言った。

「そうだな…」

泰明もやさしく微笑み返しながらそう答えた。

 

 

 

やがて二人は小高い丘に着いた。そこにはたくさんの桜の木が競うように咲き誇って

いた。

「わぁ〜、きれい〜」

あかねは満開の桜を見渡し、嬉しそうにそう言った。

「確かに綺麗だな。」

泰明も桜を眺めながら、そう言った。

「そうでしょう? やっぱり来てよかったでしょ、泰明さん!」

あかねはとびきりの笑顔で泰明に言った。

 

――何よりおまえのその笑顔を見れたからな…

 

泰明は無言で微笑み返した。

 

 

 

「ね、ね、ここでお弁当食べよう!」

1本の大きな桜の木の下で、あかねはそう言うと、持ってきた敷き布を広げ始めた。

「私がやろう。」

泰明は風に舞う布の端をつかむとそう言った。

「じゃあ、二人で♪」

「ああ。」

二人で布を引き終わるとあかねはその布の上に座って、いそいそと重箱を広げ始めた。

泰明も静かにあかねの横に腰を下ろした。

「たくさん食べてね、泰明さん。腕によりをかけて私が作ったんだから!」

「これ全部をあかね一人でか?」

「うっ…ちょっとは式神さんにも手伝ってもらったけど、ほとんど私が作ったんだよ。」

泰明はそんなあかねに微笑みながら言った。

「では、いただこう。」

あかねの手料理に箸をつけて食べ始めた泰明をジッと見て、あかねが言った。

「泰明さん、おいしい?」

「ああ、とても美味だ。あかねも腕を上げたな。」

それを聞いてあかねは花のような笑顔を浮かべた。そして、

「いただきま〜す!」

と言って自分も食べ始めた。

「おいし〜い! うん、我ながらいい出来!!」

満足そうに食べているあかねを見て、泰明はまた微笑んだ。

 

 

お弁当も食べ終わり、二人はそよ風に揺れる桜を静かに見ていた。

「毎年ね…」

桜を眺めていたあかねがふと口を開いた。

「私が小さいころ家族でお花見に行ったんだ。近くの公園へ。お母さんがお弁当を

 いっぱい作って。それが毎年とてもとても楽しみで。」

あかねは懐かしそうな瞳でそう言った。

そんなあかねの顔を見て、泰明の胸にふと小さな不安が宿った。

「すまぬ、あかね。」

「えっ?」

「私のためにおまえの家族を捨てさせてしまった。父に母に会いたいのであろう、

 あかね。当然だ。」

泰明は苦しげな表情でそう言った。

だが、それを聞いたあかねの答えは泰明にとって思いもかけぬものだった。

「ちが〜う! 違うよ、泰明さん。私はね、いつか私に家族ができたらこうして一緒

 にお花見に行きたいってずっと思ってたんだ。だから、とても嬉しいの!」

「?」

「泰明さんは私の家族だから、一緒に来れてとっても嬉しい!!」

「家族?」

「そうだよ。泰明さんは私の大切な旦那さまだもん。」

「あかね!」

泰明はあかねを力いっぱい抱きしめた。

「ああ、私も嬉しい。あかねと一緒にこうして花見が出来ることが、とても嬉しい!」

「よかった〜」

あかねは嬉しそうにまた微笑んだ。

「泰明さん、いつか子どもが出来てもこうして毎年毎年家族で来ようね。約束だよ!」

「ああ、あかね。約束しよう! 毎年、必ず。」

そう言って、あかねの方を見た泰明の目にふとあかねの周りをちょこまかと走り回る

童の姿が映った。瞬きした間にすぐに消えてしまったが…

 

――桜が見せた幻か? あの童は…まさか…私に子が成せるはずがないのに…

  だが、もしかすると、あれは…

 

泰明は頭の中で漠然とそんなことを考えていた。

 

 

 

しばらく二人は花を眺めて語り合っていた。

そのうち、辺りが夕焼けに染まり始めたので、

「そろそろ戻ろうか。」

と泰明が言った。

「え〜っ、もうですかぁ〜」

そんなあかねに泰明は言った。

「また来ればいい。」

「そうですね。また来ましょう。」

あかねも頷いて立ち上がった。

 

帰ろうとしたあかねの目に一本だけ離れてぽつんと生えている桜の木が飛び込んで

来た。

「あれっ、あの桜…」

あかねはその桜の木の方に駆けて行った。

「どうした、あかね?」

泰明はあかねの後ろから静かに歩きながらついて行った。

あかねは泰明の方に振り返ると言った。

「うん。この桜だけまだ花が咲いてないんだね。」

泰明はその桜の木を見上げた。確かに蕾らしきものはあることはあるが、花は一つも

咲いていない。

「まだ若い木なので、今年は咲かないのではないか?」

「え〜っ、そんなの。こんなに蕾があるのに…」

あかねがそう言って、そのまだ細い幹に自分の右手を添えた時である。

「えっ、何?」

あかねは思わず声を上げた。

今まで固く閉じていた蕾が一つまた一つ目の前で開き始めたのである。

「わぁ…」

あかねはそれより声が出なかった。目の前で次々に開いて行く桜の花。そんなものを

今まで見たことがない。

やがてすべての蕾が花開いた。あかねはしばしその様子を声もなく見つめていたが、

ハッと気づいたように泰明の方を振り返り、頬を紅潮させて言った。

「泰明さんが、呪いをかけてくれたんですね。わぁ〜、嬉しい! ありがとうござい

 ます!」

「いや、私は何もしていない。」

「えっ、じゃあどうして?」

泰明はあかねの右手を取り、そして言った。

「まだ、わからぬか?」

「えっ?」

「おまえがこの手で触れたからだ。」

「私が?」

「おまえがこの手で触れ、花が咲くように願った。この木はそれに応えたのだ。」

「え〜っ、私にそんな力なんてないよ〜」

あかねは笑いながらぶんぶん手を振りながら、そう言った。

「おまえは龍神の神子だ。おまえ自身気づいてないかもしれぬが、おまえはこの世に

 あるすべてのものから愛されている。この桜の木もおまえのやさしい気を感じたの

 だ。だからそれに応えた。」

そう言うと、泰明はあかねを抱き寄せて言った。

「そういうおまえを私もまた愛している。」

「泰明さん…」

「ここでもう一度誓わせてくれ、あかね。お前ひとりを永遠に愛しぬくことを。

 来年も再来年もこの先何年でもずっとお前とともにこの桜を見に来ることを…」

「うん、泰明さん。私も誓うよ。いつまでも泰明さんとずっと一緒にいるって…」

小さな桜の木の下で二人は静かに唇を重ねた。

神聖なる永遠の誓いのように…

そんな二人の周りを小さな桜の花びらがずっとずっと舞い続けていた…

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

[あとがき]

3000番のニアキリである2999番を踏んでくださった柊様

に捧げます。柊様のリクエストは“神子桜に到る前の幸せな結婚

生活”ということだったのですが、ご希望に添えるものになって

いたでしょうか? ドキドキ 人様に作品を捧げるのはまだ慣れ

ていないので、とても緊張いたします

そして、この最後に出て来る桜の木がやがて『神子桜』に出て来

る桜に成長する…とそんなつもりで書きました。二人が愛を誓い

合った場所が二人の最期の場所…そして、二人の愛をずっと見守

り続けた一本の桜…なかなかロマンチックではないですか?って

自分で言ってちゃなぁ(^-^ゞ

戻る