親の心子知らず 〜ガラスの器 番外編〜

 

「ほう、お主もここに参ったのか? 確か人間は寿命が短くて不便だ…とかお主の

 口から聞いたような気がしたが…」

「わしは死んだわけではない。ただ、しばしの間、眠っているだけよ。」

と何気なく答えてから、次の瞬間ハタと気づき、少し仰天して聞き返した。

「って、晴明、なんでおまえがここにいるのだ!?」

はははと晴明は笑ってから答えた。

「私が転生するまではまだかなり間があるのでな。ちょっと様子を見に降りてまいった

 のよ。」

「人間ごときがよく降りてこれたな。」

「な〜に、天帝には少しばかり貸しがあるのでな。」

「……変わってないな、晴明。まことお主らしいよ。」

「お主もな、紅牙沙よ。」

ふたりは古くからの友人と久々に再会し、しばしの間その思いがけない再会を彼らなりに

喜びあっていた…

 

「ところで、晴明、今日はなぜここに来たのだ?」

しばらくして、紅牙沙が晴明にたずねた。

「おそらく、お主と同じ理由よ。」

すずしげに晴明は答えた。

「泰継か…」

「それ以外に何があると言うのだ? 私はあれが心配なのだよ。泰明と違って私が導いて

 やることもできぬゆえ、あれがどのように成長しているのか、気になるのだ。」

「わしもな。お主の息子たちに協力すると言った直後、この始末だ。何やら後ろめたい

 気もするのでな。」

「それで、泰継はどうだ?」

「おそらく…」

紅牙沙は眠りにつく直前に見た泰継の力を思い浮かべ、言った。

「あやつなら大丈夫だ。黒麒麟との戦いでその才能の一端を垣間見せた。吉平と吉昌が

 うまく導いて行くことだろうよ。」

「ほう。」

と晴明は少し感心したふうに声をあげた。

「して、あの首飾りは泰継の手に無事渡ったのだろうか?」

と紅牙沙に聞いた。

「首飾り?」

紅牙沙が聞き返した。

「泰明のように私が直接呪いを施せないゆえ、陽の気を集める媒体として、首飾りを

 作っておいたのだが…」

「ほう」

今度は紅牙沙の方が感心したように声をあげた。

「お主はまこといいやつよの。」

「な…なんだ、急に。」

「いやいや、ほんにいい父親だと言っているのだ。その気持ちはきっと泰継にも通じて

 いることだろうよ。」

「そうだといいんだがな…」

「違うのか?」

「……最初のころの泰明のことを思い出してみろよ。」

「そうか……泰継もまだ生まれたばかりだものな。だが、おいおいわかってくるさ。

 おそらく…」

「そうだな…」

晴明は少しその口の端に笑みを浮かべてそう言った。

 

−−自分が死して後も泰継のことを心配して地上に降りて来るとは…

  ほんに親ばかだな、晴明。

 

紅牙沙は心の中でそうつぶやき、うっすらと笑みを浮かべた。

 

 

「ところで、今、泰継は何をしている?」

紅牙沙が聞いた。

晴明は、目をつぶり、短い呪を唱えた。そして、再び目を開けると庵をじっと

見据えて言った。

「書を読んでいるようだ。首飾りもちゃんとしているな。よしよし。

「ここからでは、よく見えぬ。もう少し近づいてみようぞ。」

「……止めておいた方がよいと思うのだが…」

「なぜじゃ? 自分が見えるからというて、わしは見えなくてもいいというのか!?」

「そんなわけじゃないよ。」

晴明は少し笑いながらそう答えた。

「では、どういうわけなのだ、晴明!? わしは、行くからな。止めるなよ!」

「まっ、止めはしないが…」

紅牙沙は庵のすぐそばまで降りていった。

屋根を透きとおして泰継が書を読む姿が紅牙沙の目に映った。

「ふむふむ。まこと書に没頭しておるわい。かわいいものじゃ。」

 

その時である。

「急々如律令、呪符退魔!」

低いが、よく透る声が静かな北山に響き渡った。

 

「うわぁ〜っ!!」

ふたりは急に遠くへと飛ばされた。

「なぜじゃ〜!? わしらは“魔”ではないというのに〜!!」

「だから、止めようと言うたのだ。あやつはまだ力を制御できぬゆえ、善悪の区別も

 明確にはつかないのだ。」

 

庵の中の泰継は書から目を上げ、

「何やら騒がしい虫がいたようだが…」

と言って、気を外へ飛ばし、気配を探った。

「去ったか…それなら、問題ない。」

と言って、また書に目を落とした。

 

「うん、うん。あやつも確実に成長しておるのだな。」

「晴明、何を呑気なことを…。これからわしらはどこへ行くのだ?」

「さあな。だが、お主と一緒なら退屈することだけはなさそうだ。」

「確かに。」

ふたりはそんな会話を交わしながら、何処かへと飛ばされて行った…

 

自分の生みの親とも言えるふたりを飛ばしてしまったことなど

露とも知らず、泰継は姿勢を正したままひたすら書を読み続けている。

 

その様子をずっと黙って見ていた北山の木々たちはさやさやと枝をそよがせて、

かわいそうなふたりをいつまでも見送っていた。

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

[あとがき]

紅牙沙ファンの皆様、お待たせしました!久々の紅牙沙の登場です。

本編の紅牙沙はまだ眠りについたまま。ですから、今回は番外編とい

うことで、出演してもらいました。紅牙沙だけを出そうかなと思って

いたら、何やらお師匠様もくっついて来て…。どっちが主役かわから

ないお話になってしまいました。(^O^)

ちょっと箸休めにこんなお話はいかがでしょう?

本編の続きを楽しみにしていらっしゃる方、もう少し待っててくださ

いね。

 

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