ポータブルMD

 

「幸鷹さん、これ直せますか?」

幸鷹を見つけると、花梨はパタパタと走って来て、自分の手の中にあったものを

手渡した。

幸鷹は花梨に渡されたものを見た。

すると、それは…

「これは…ポータブルMDですか? いったいこんなものを…どうしたのですか?」

花梨はペロッと舌を出すと

「あっちの世界のもの、この世界に来た時、みんなどこかに行っちゃたんですけ

 ど、そのMDプレイヤーは制服のポケットに入ってたんで無事だったんです。

 制服のスカートはそのままだったから。」

幸鷹は少し困ったような顔をして、

「しかし、神子殿。あちらの世界のものをこちらの世界に持ち込むというのは

 どうかと…。歴史を狂わすことになるのではないですか?」

花梨はその幸鷹の言葉にシュンとした。

「でも、どうしても聞きたい曲があるのに…」

すっかりしょげてしまった花梨を見て、幸鷹はハァーと一つため息をついた。

所詮この神子にさからうことなど自分にはできないのだ。そして…

「ほかの誰の目にも触れないように気をつけて、神子殿おひとりで聞くだけ…

 というのならいいでしょう。」

「ホントですか!?」

花梨の表情がパッと明るくなった。

「それでは、そのMDを見てみましょう。」

と言ったが、少し考えて

「ここでは人に見られる可能性がありますね。紫姫の館ではほかの八葉が来る

 可能性があるし…。もし、よろしかったら、私の屋敷にいらっしゃいません

 か?」

「行きます! よろしくお願いします。」

花梨は元気よくそう答えた。

その嬉しそうな顔を見て、幸鷹は思わず笑みがこぼれた。

 

屋敷に着くと、幸鷹は人払いをして、すぐにMDを調べ始めた。

幸鷹の屋敷には手作りの工具らしきものがたくさんあった。

 

――これ、自分で作ったのかな。すご〜い!

 

しばらくあれこれ調べていたが、やがて幸鷹は

「これは壊れているわけではないですね。」

と思いがけない言葉を発した。

「じゃあ、どうして動かないんですか?」

花梨は聞いた。

「電池が切れているだけですよ。」

「あっ!?」

花梨は自分のあまりにも間抜けなさまに思わず声をあげた。

 

――あんなふうに次元を飛ばされたのだから、てっきりそのショックで壊れたと

  ばかり思い込んでた。

  何で、こんな単純なことに気がつかなかったんだろう。

私のバカ、バカ

きっと幸鷹さんもあきれてる

  でも、電池…

  ちょっと待ってよ。

  こっちの世界じゃ売ってないじゃない!

  それってやっぱり動かせないってこと!?

 

ひとりでパニックしている花梨に幸鷹はまるでその心を見透かしたかのように

言った。

「こちらの世界では電池というものがないですよね。」

「そうですよ。コンビニも電気屋さんもないし、どこにも売ってないですよ〜」

 

その存在自体がまだないのだから、売っている以前の問題なのだが…

 

また、花梨はしょげてしまった。

そんな花梨に幸鷹は思いもかけない言葉をかけた。

「私がお作りしましょうか?」

「えっ!?」

思わず花梨は聞き返した。

「最後の心のかけらとともに私はすべての記憶を取り戻しました。私たちの時代の

 ように小型のものはできませんが、昔、古代バビロニアで作られたような単純な

 ものならこの世界にある道具でも十分作れると思うのですが…」

その言葉を聞き

「幸鷹さん、だ〜い好き!!」

花梨は幸鷹の首にしがみついた。

「み…神子殿」

幸鷹は予期していなかった花梨の行動にとまどった。

「そ…それでは、しばらく電池を作るための時間をくださいませんか。材料もそろ

  なければなりませんし…。出来上がりましたらご連絡いたしますので。」

何とかいつもの調子で落ち着いて話そうと思うのだが、思わず声が上ずってしまう。

花梨はやっと幸鷹を解放した。

「はい! 待ってます。よろしくお願いしますね。」

「わかりました。では、そちらのMDもお預かりしておいていいですか?

 テストしてみたいので…。」

「はい、いいですよ。幸鷹さんが持っててください。」

「かしこまりました。」

 

数日後、散策に同行した幸鷹は花梨にそっと耳打ちした。

「例のものが出来上がりましたので、いつでもおいでください。」

「わぁ〜、出来たんですか? 幸鷹さんありがとうございます!」

思わず花梨は大声をあげてしまった。

同行していた泰継がその声に怪訝そうな顔で振り返った。

「あっ、何でもないんです。気にしないでください。」

「そうか。なら、よいが。」

泰継は再びくるっと前を向くとサッサと歩き始めた。

 

――ああ、よかった。今日の同行者が泰継さんで。

  もし、イサトくんや勝真さんだったら興味津々で質問攻めにあうところだったわ。

 

「それでは、今日、散策の帰りに寄りますね。」

と花梨はそっと幸鷹にささやいた。

 

泰継には先に帰ってもらい、花梨は幸鷹の家に向かった。

幸鷹の部屋に通されると幸鷹は隠してあったものを取り出した。

「わぁ〜、これが電池なんですか! おっきいですね。」

陶器の壷型のその容器を見て、花梨は声をあげた。

「確かに私たちが知っている乾電池よりも大きいですね。」

花梨は興味深げにいろいろな角度からその電池を眺めていた。

「しかし、神子殿、困ったことが一つあるんです。」

幸鷹は無意識に眼鏡に手をやりながらそう切り出した。

「何ですか?」

「この中には酸性の液体が入っています。ですので、うかつなところに保管する

 わけには行きません。紫姫の館でしかるべき隠し場所が見つかるかどうか…」

花梨は少し考えてから答えた。

「それじゃあ、幸鷹さんの屋敷に置いといてくれませんか?

 私、音楽聞きたい時、ここに来ますから。」

幸鷹は少し驚きながらも問い返した。

「いいんですか、それで。」

「はい。聞きたくなった時は飛んできちゃいますから。」

「そうですか。それでは、お預かりしましょう。」

幸鷹はやさしくそう答えた。

 

「それじゃあ、聞いてみていいですか?」

「どうぞ。おそらく大丈夫だと思いますよ。」

花梨はイヤホーンを耳にさしてPLAYボタンを押した.

聞きなれた音楽が耳に心地よく聞こえてきた。

「そうそう、これこれ!」

「よかったですね。」

そう言った幸鷹に

「はい。」

と花梨は自分の耳からはずしたイヤホーンを差し出した。

「み…神子殿?」

そんな幸鷹に花梨は笑みを浮かべながら言った。

「これ、私の世界で8年前にはやった曲なんです。幸鷹さんがいたころの。

 きっと懐かしいんじゃないかなと思って。私、幸鷹さんに聞いてほしかったん

 です。」

「神子殿!」

幸鷹は花梨を抱きしめた。その目には涙が光っていた。

「神子殿…神子殿ありがとうございます。」

幸鷹にはその花梨のやさしい心が何よりも嬉しかった。

花梨は微笑みながら言った。

「幸鷹さん、聞いてみてください。」

「はい、神子殿。」

 

幸鷹はイヤホーンを耳に差し込んで流れる曲を聞いた。

それは、よく街角でかかっていたヒット曲

当たり前のラブ・ソング

懐かしいもう二度とは戻れない世界のメロディー…

 

 

 

花梨はその幸鷹の懐かしそうな、そして嬉しそうな表情を見て満足していた。

 

――やっぱり持って来てよかった。

 

「そのMD、聞きたい時にいつでも使ってくれていいですよ。」

紫姫の館まで送ってくれた幸鷹に花梨は言った。

しかし、幸鷹は

「いいえ。また、ふたりで聞きましょう。私は神子殿がいらした時にだけ聞く

 ことにいたします。」

と答えた。

「そうですね。それもいいかも。じゃあ、ふたりだけの秘密ですね。」

花梨はニッコリと微笑んだ。

「ええ、ふたりだけの。」

そう言うと、幸鷹も微笑み返した。

「また、すぐに聞きに行きますね。」

「はい。いつでもどうぞ。お待ちしております。」

 

「じゃあ、また、幸鷹さん!」

花梨は元気よく手を振りながら館の中に入って行った。

 

その後姿を見送りながら幸鷹は思った。

 

――神子殿。私はあなたさえいてくれれば、それでいいのです。

  例えもとの世界に戻れなくても…あなたさえいてくれれば。

  この世界に来てよかった。

  あなたに会えてよかった。

  神子殿、あなたと同じ世界を共有できることを今喜びに感じます。

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/
 
 

[あとがき]

初幸鷹さんものです。『遙か2』をプレイしていて、あの展開には

ちょっとびっくりしてしまいました。

でもって、私としては、なかなかに気に入ってしまったんですね、

これが。

ぜひ物理学の権威(?)の幸鷹さんに何か作ってもらいたくって

あれこれ考えてこんなものを思いつきました。

いかがでしたでしょうか?

 

 

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