サンタからの贈り物

 

「あかね、聞きたいことがある。」

いつになく真剣な表情で泰明があかねに言った。

「なに? 泰明さん」

あかねも泰明の言葉に何事かと思って、居住まいを正し、聞き返した。

だが、泰明が発した次の言葉は…

「“さんた”は本当にいるのだろうか?」

「は〜!? サンタ〜??」

泰明の言葉を聞いて、あかねは思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。

そのあかねの様子に泰明はちょっと憮然とした顔をした。

 

――あっ、いけない、いけない。

  泰明さんはこっちの世界のことをまだあまり知らないんだもんね。

 

あかねは泰明に聞いた。

「泰明さん、どうして急にサンタさんのことを?」

泰明はまだちょっと不機嫌そうな顔をしたまま答えた。

「天真に聞いたのだ。師走の二十日あまり四日の日に“さんた”という親切な老人がみなに贈り物をくれるのだと。そこでちょっと調べてみたのだが…」

そう言うと泰明は何冊かの絵本をあかねの前に広げた。

 

「あっ…」

目の前にあるのは見慣れた本たち。

あかねは毎年、街にクリスマスソングが流れるころになると、何となく心がウキウキして、ついついクリスマスの絵本を買って来てしまうのだ。だから、あかねの部屋にはたくさんのクリスマスの絵本が置いてあった。

だが、いつの間に泰明はそれらの本を持ち出したのだろう??

 

泰明は続けた。

「これによると赤い服を着た太った老人が“くりすます”の夜に“となかい”に引かれたそりに乗り、みなに贈り物を配って回る…とある。その老人の名が“さんた”だと。」

「うん、そうだよ。」

あかねは頷いた。

「だが、あかね、この絵を見てくれ。」

泰明はそう言うと1冊の本をあかねの前に広げた。

「このそりは空を飛んでいるように見える。“となかい”やそりが空を飛ぶなどということがあるのだろうか?」

 

――泰明さん、鋭いんだか、鈍いんだか、わからないよ。

  でも、そこがまたかわいいんだな♪

 

思わずクスッと笑みを漏らしたあかねに泰明はますます憮然とした顔をした。

そして、ちょっと眉をひそめながら言った。

「私は真剣に聞いているのだが…」

あかねは「ごめん、ごめん」とちょっとだけ謝ると、にこにこしながら言った。

「サンタさんは特殊な力を持ってるんですよ。」

「特殊な力?」

「ほら、このトナカイは普通のトナカイと違って、鼻が赤いですよね?」

「確かに。」

泰明は真剣な目であかねの指し示す絵本の絵を覗き込んだ。

「鼻の赤いトナカイは空を飛べるんです。」

「そうなのか!?」

泰明は目を丸くしてあかねに聞き返した。

「はい。だからサンタさんはその赤鼻のトナカイのそりに乗って、世界中の空を飛ぶことが出来るんです。」

「なるほど! 神子の世界は本当に興味深い。まだ私の知らないことがたくさんあるのだな。」

泰明はふむふむと納得して、頷きながら、あかねの言葉を聞いていた。

「では、“さんた”とやらは本当にいるのだな?」

「はい♪」

 

――だって、せっかくの泰明さんの夢を壊しちゃったら悪いものね。

 

「では、あかねのところにも“さんた”は来るのか?」

「えっ、どうして?」

あかねはキョトンとして聞き返した。

「“さんた”は善い行いをしたもののところに訪れると言う。ならば、当然あかねのところにも来るはずだが…」

「泰明さん、サンタさんは子どものところにしか来ないんだよ。」

「そ…そうなのか?」

泰明はまたまた目を丸くしてあかねに聞き返した。

そして、視線を落とすとつぶやくように言った。

「あかねのところに“さんた”が訪れれば、もしや、私のところにも…とも思っていたのだが…そうか…子どものところにしか来ないのか…」

 

――えっ? えっ? もしかして、泰明さん、サンタさんに来て欲しかったの?

 

ガッカリしている泰明が何だかとってもかわいそうに思えたあかねは思わず言ってしまった。

「私はだめだけど、泰明さんはこの世に生まれてまだ2年だから、もしかしたら、来てくれるかも…」

泰明は目を輝かせてあかねを見た。

「本当か!?」

「うん、おそらく。だって、この世界に来て、初めてのクリスマスだもん。」

泰明はそれを聞いて、とっても嬉しそうに笑顔を浮かべると言った。

「では、くりすますまで“いい子”で過ごす。」

まだ少々表情が乏しい泰明だが、あかねには泰明がるんたったと踊り出しそうに喜んでいる様子が手に取るようにわかった。

 

――ふふっ、泰明さん、あんなに喜んじゃって♪ ホントかわいいんだからv

 

 

 

だが、家に帰ってからあかねはふと冷静になって考えた。

泰明の願いを叶えてあげるには、どうしても、夜、泰明のところへ行かなければならない。

だ…だけど、いくら泰明さんのところにだって、と…泊まりに行くのは〜

キャ〜〜〜ッ!!

現代っ子としては超おくてのあかねはまだ泰明とはそんな関係にはなっていなかった。

もちろんちょっと想像したことはあるが…で…でも…そんな…いきなり…

 

あかねは自分の妄想に耳まで真っ赤になったが、それを打ち消すように頭をぶんぶんと振った。

だが、どう考えても手段はそれしかないように思える。

そう! でも、考えてみれば、もし、泰明さんのところに泊まっても、そ…そんなことになるとは限らないじゃない!…もう、私ってば変な想像しちゃうんだから〜 バカバカ!

うん! 大丈夫だよね、きっと! うん!

自分を納得させるようにそう言い聞かせると、あかねは心を決めた。

「泰明さんのためだもの。ここは思い切って、やるっきゃないでしょ!」

 

 

 

クリスマス・イブ当日…

プレゼントはちゃんと用意した。自分からの分とサンタからの分。

ここが重要! 自分も小さいころは本気でサンタを信じていた。

それは、サンタからのプレゼント以外にも毎年両親が別に豪華なプレゼントを用意していてくれていたからだ。まさか、両親が二重にプレゼントをくれていたなんて、まったく想像していなかったので、てっきり本当のサンタが来てくれているものとばかり思っていたのだ。

だから、プレゼントは絶対に二つ必要であった。

そして、アリバイ工作。今日は親には蘭のところに泊まるとあらかじめ言ってある。

蘭も口裏を合わせてくれているので、こちらの方も完璧。

よし!

あかねは泰明の家の前で、こぶしを握って気合を入れると、ドアホンを押そうと手を伸ばした…

だが、それよりも早く玄関のドアが開け放たれた。

「よく来たな、あかね。」

泰明が満面の笑みで出迎えた。

 

泰明の笑顔を見て、あかねは真っ赤になった。

最近ではもう見慣れたはずの泰明の笑顔だが、やはり自分に向けられたそれを見るとそのたびにドキドキしてしまう。

 

二人はクリスマスらしく、あかねが丹精込めて作ったクリスマス料理を食べて、ケーキも二人で食べて、お互いにプレゼントを交換して、とっても素敵な時間を過ごした。

 

しかし、だんだんと夜が近づくにつれて、あかねの心臓は早鐘をうつように早くなって来た。

「あかね、どうした? 気が乱れているぞ?」

泰明はコーヒーをあかねの前に置きながら、心配そうにあかねの方を見て、そう言った。

「ううん、何でもないの。泰明さんとこうしてこんな時間に二人っきりでいることなんて今までなかったから、ちょっとドキドキして…」

それを聞いて、泰明はふっとやさしい笑みを浮かべた。そして、あかねの手を取ると、自分の胸にあてた。

「えっ? えっ? 泰明さん??」

あかねの顔はさらに赤くなった。

「ほら、私も同じだ。」

確かに手から伝わってくる泰明の鼓動はいつになく早くなっていた。

「ほんと、同じだね。」

そう微笑みながら答えたあかねの顔を見た泰明の顔が熱を帯びて来た。

泰明はあかねの頬にそっと自分の手を添えるとあかねの目を見つめて

「あかね…」

とやさしくつぶやいた。そして、あかねの唇に自らの唇をそっと近づけた。

そして、今にも唇が触れようかという時にあかねはハッと我に返って突然叫んだ。

「や…泰明さん!!」

泰明はあかねの言葉にその動きを止めると、ちょっと不満そうな顔であかねを見た。

「泰明さんは、サンタさんに来てほしいんですよね?」

「ああ。」

泰明はちょっとぶっきらぼうにそう答えた。

「だから、今日はダメです!」

「何がダメなのだ?」

泰明は怪訝な顔であかねを見た。

「こどもは、こ…こんなことしません。だから、こんなことしてたらサンタさんが来てくれなくなりますよ!」

泰明は少し考えていたが、ややあって

「・・・では、今日は我慢する。」

そう言った。

あかねはそれを聞いてホッと一安心した。

 

――ちょっと惜しかったかな? でも、泰明さんの夢を守るためだもん。我慢、我慢!

  ハッ! 惜しかっただなんて、私ったら、もう〜

 

あかねは自分の妄想にまた顔を赤くした。

 

やがて夜の11時を回ったころ、あかねが聞いた。

「泰明さん、眠くないですか?」

「ああ、私が寝るのはいつも2時か3時ごろだが?」

「それじゃ、ダメです!」

あかねは断言した。

「サンタさんはちゃんと寝ている子のところにしか来ないんです。絵本にもそう書いてあったでしょ? だから、さっさとお布団に入ってください!」

 

――そうしないと、私がプレゼントを枕元に置く時間が〜

 

「わかった。」

そう言うと、泰明は隣室で寝巻きに着替えて来た。

そして、あかねに言った。

「あかねも着替えて来い。一緒に寝よう。」

「え〜っ、い…一緒に〜〜〜!!!」

あかねはまたゆでだごのように赤くなった。

「案ずることはない。今宵はちゃんといい子にしているから。」

泰明はやさしく微笑みながらそう言った。だが、次の瞬間ちょっと不安げな顔になって、小さな声であかねに聞いた。

「それとも私の隣で眠りにつくのは嫌なのか?」

泰明の瞳は心なしかうるうるしているように見える。

「そ…そんなことはありません! 断じて!」

「よかった。」

泰明はまた微笑んだ。

 

隣室で自分の持って来た寝巻きに着替えながらあかねは思った。

 

――ど…どうしよう。こんな展開は考えてなかったわ。

  どうやって、プレゼントを置けばいいのかな?

 

泰明の希望通り泰明のベッドで泰明の隣に横になって目をつぶったあかねだが、もちろん寝付けるはずはない。愛する人の隣に寝ているのだから、ドキドキして…ということももちろんあるが、自分にはとっても大切な使命があるのだ。泰明さんのサンタになるという大切な使命が!

あかねはしばしの間寝たふりをしていたが、そろそろ泰明が眠ったころかなと思い、ではプレゼントを取り行こうかとそっとベッドを抜け出そうとした。その後ろから急に泰明が声をかけた。

「どこへ行く?」

あかねはびっくりして、振り向いた。

「や…泰明さん、寝てなかったんですか!?」

「こんな早い時間に寝たことはないからな。眠くならないのだ。」

「ダメですよ。ちゃんと眠ってないとサンタさんは来ませんよ。」

「では、どうすればいいのだ?」

泰明はちょっと困ったような顔であかねに聞いた。

「そうですね…あっ、そうだ! 眠れる呪いを自分にかけてみたらどうでしょう?」

「そうだな。」

 

――よし、これでOK!

 

泰明に見えないようにガッツポーズをしたあかねだったが、その後ろから泰明がつけ加えた。

「おまえが戻って来たらさっそく呪いをかけてみよう。」

あかねは心の中でハ〜ッとため息をついた。

一応、泰明の手前、あかねは台所に行って、水を一杯飲んだ。緊張でカラカラになっていた喉にはその冷たい水がとても心地よかった。それから、また戻って来て、布団に入った。そんなあかねを泰明の手がやさしく包み込んだ。

「あ…あの、泰明さん…(////)」

「この方がよく眠れる気がするのだ。ダメだろうか?」

泰明はまたうるうるした目であかねを見つめた。

 

――反則です〜、その目は〜〜〜

 

あかねは泰明のうるうる攻撃に耐えられず、また思わず言ってしまった。

「い…いいです。」

「ありがとう、あかね。」

泰明は笑みを浮かべながらそう言うと、短い呪を唱え始めた。

そして、あかねをその手に包みこんだまま、すぐに小さな寝息をたて始めた。

 

――やっと寝てくれたわ。さあ、サンタさんのお仕事開始!

 

あかねは嬉々として、泰明の手をそっとどけようとしたのだが…

あかねを包み込んでいるそれは思ったよりもずっとしっかりとあかねを抱えていて、どうにも動かせそうにない。

 

――ええ〜!! どうしよう〜〜〜

 

あかねはその手から抜け出そうといろいろ試みたが、ビクとも動かすことはできなかった。

あかねが泰明の腕の中でバタバタしていても、泰明はよほど呪が効いていると見えて、相変わらず穏やかな寝顔で小さな寝息を立てている。

 

あかねが一睡もしないうちにどんどん時間だけが流れて行った…

やがて、空が白み始めると、あかねサンタは大いにあわてた。

 

――あ〜ん、朝になっちゃうよ〜

 

そして、最後にお願いするものは一つ…

 

――龍神様、お願い!!

 

するとすぐにチリンという鈴の音とともに大きなため息が聞こえて来た。

 

『神子、久々に我を呼んでくれたと思ったら…』

「だって〜、もう頼れるのは龍神様しかいないんだもの〜」

あかねはうるうるした目で訴えた。

また龍神のため息が聞こえた。

『では、これ一回きりだぞ。』

「ありがとう、龍神様!」

あかねは満面の笑みを浮かべた。

 

――我も神子にはつくづく甘いな…

  どれ、かわいい神子と地の玄武のためにもう一つ“ぷれぜんと”を追加してやると

  するか!

 

そして、またチリンと鈴の音が鳴った…

鈴の音を遠くに聞きながら、あかねは、いつの間にか眠りについていた…

 

 

 

「あかね、起きてくれ!」

「んん? な〜に?」

寝ぼけ眼をその声の方に向けたあかねだったが、自分のすぐそばに泰明の顔があるのがわかると驚いてすぐに飛び起きた。

 

――えっ? えっ?

  あっ、そうか、昨日泰明さんのところに泊まったんだ。

  でも、いきなりアップなんだもん。ああ、びっくりした〜

 

「あかね、見てくれ! あかねの言ったように昨夜、私のところに“さんた”が来てくれた!」

泰明は嬉しそうに子どものような笑顔を浮かべると、リボンでラッピングしてある包みをあかねに見せた。

「よかったね、泰明さん。」

あかねはそんな泰明を見て、微笑みながら言った。

だが、泰明はちょっと首を傾げながら言った。

「知らなかった。“さんた”とは龍神の眷属だったのだな。それならば、不思議な力を持っているのも頷ける。この包みからは龍神と同じ気を感じる。」

あかねは一瞬ギクッとしたが、

「そ…そう? そうなんだ。へ…へえ〜…あっ…開けてみたら?」

と何とかごまかした。

「ああ。」

泰明はいそいそとその包みを開けた。

「あかね、あかね、お菓子がこんなにいっぱい! とても嬉しい!! “さんた”にはちゃんと私の好みがわかっているのだな。」

泰明はそのお菓子の山を抱えながら、嬉しそうにそう言った。

「うん、そうだね。」

 

――だって、私が用意したんだもん♪

 

その時、泰明の抱えるお菓子の間から何かがひらひら舞いながら落ちた。

「ん? これは何だ?」

泰明はそれを拾い上げた。どうやら小さな封筒のようである。

 

――えっ? 何? 私、そんなもの、入れてないよ??

 

泰明はその封筒を開けると中に入っている手紙を見た。

「ねえねえ、何て書いてあるの?」

あかねが興味深そうに目を輝かせて泰明の方を見ている。

そんなあかねを見た泰明はやさしく微笑んだ。そして、次の瞬間、あかねの手を取ると、自分の方に引き寄せた。泰明の胸に倒れこむ形になったあかねは

「えっ、なに? 泰明さ…」

泰明を見上げて、そう言いかけたが、そのあかねの唇はすぐにやわらかく温かい唇にふさがれた。

最初は驚いたあかねだが、やがてその甘さにうっとりとした表情になった。

そして、泰明はそっと唇を離すと言った。

「“さんた”から、お許しが出た。」

「えっ、何の?」

まだちょっと火照った顔であかねが聞き返した。

「では、“さんた”からのもう一つの贈り物をいただくとしよう! 世界中で一番甘くておいしいごちそうを…」

そう言うと、泰明はふたたびあかねの桜色の唇に己の唇を重ねた…

 

 

折りしもちょうどそのころ、外では真っ白い雪が空から舞い始めていた。

そして、暖かい部屋の中では、恋する二人のとびっきりの時間がやさしく過ぎて行った…

 

 

『我からのプレゼントだ。一番甘くておいしい最高のごちそうをご賞味あれ。

 メリークリスマス!!』

 

 
Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

[あとがき]

ごめんなさ〜い!(>_<) 脳みそくさってます!!

ほのぼのクリスマス小説を書くつもりが、いつの間にやら

ラブラブ赤面煩悩小説に化けてしまいました!(汗)

出だしは神子とチビあっきーのやり取りのようにほのぼの

と穏やか〜に進んでいたはずなのですが、う〜ん、どこで

どう間違っちゃったんだろう??

まあクリスマスなので、大目に見てやっておくんなまし。

この作品は2002年12月末日まで、フリーで配布して

おりました。お持ち帰りくださった皆さま、どうもありが

とうございます!

 

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