幸せの紅桜

 

全てが生まれ変わり、新しい命が芽吹く春。
目を閉じれば、昨日のことのように鮮やかに蘇る記憶。
孤独さえも楽しむように、過ごしてきた退屈な日々に、
愛らしい桃色の花がこの胸の中で咲いた夏。
何もかもが懐かしく、夢だと思ってしまうような甘い記憶・・・。
だが、夢ではない。確かに存在した思い出。
そして今も、その思い出を確かにする、唯一の存在・・・。

春麗らかな暖かい渡殿で、幸せそうな微笑を讃えながら、
紅桜の咲き乱れる庭を一人の男が愛でていた。
「紅の 咲き乱るるは 夢桜 陽月光か こともなくるに・・・。」
パラリ・・・と、扇を広げて夢うつつに歌を詠む。
誰にも見せたことのないような、幸せに満ちた微笑。
昔を思い出し、瞳を閉じて夢を辿ろうとした時、
いきなり目の前が、闇で覆われた。

「だーれだ♪」
さも嬉しそうな愛らしい少女の声。
思い出を夢ではないと教えてくれる・・・月の姫。
<間違えるべくもない>とでも言うように、
少女の小さな手に、長く繊細で武人らしい力強い手を
そっと添える。
「私を闇に閉じ込める気かい?」
扇をパチンッと閉じて傍らに置き、少女の小さな手を両手でそっと外す。
そして素早く身を翻し、少女の手を体ごと引き寄せ、
自分の胸の中に閉じ込めるように、抱きしめる・・・。
「ちょっ・・・ちょっと、友雅さん。」
いきなり抱きしめられ、ふっくらとした頬を朱に染めながら、
抗議の声を上げる少女。
だが、少女の抗議の声を無視して友雅は、抱きしめている腕に更に力を込める。
いつか飛び去ってしまうのではないかという不安と、
腕の中に存在する確かな温かさと幸せをかみ締めるように・・・。

「・・・動かないで・・・。」
少女の耳元に、ため息と共に囁く甘く切ない声。
友雅の想いの深さを物語る声に、少女もまた体の力を抜いて身を委ねる。
情熱を知り、本当の恋を知った自分が、こんなにも弱いものだとは思っていなかった。
風のように軽やかで、蝶のように愛らしくも捕らえどころのない夢。
それでいて、寂しさと孤独を癒してくれる、優しい月光。
月へ帰すまいと奪ったはずの羽衣は、今も変わることない彼女から消えてはいない・・・
そう感じた。はっきりと聞いたわけではない。
だが、わかるのだ・・・心を一つにした今も、少女の力は消えていないと。
自分を選び、全てを捨てて京に留まることを望んでくれた、情熱の君。
ふいに彼女が、友雅の耳元に聖女のような優しくも、温かい言の葉を告げる。
「どうしたの?私はここにいるよ。ずっと、友雅さんの側に・・・ね?」
力強い腕の中、激情とも言えるだろう、友雅の想いの深さ・・・。
そして自分を想うがゆえに、弱くなった心を包み込み、全てを受け入れる広い心。
彼女は、確実に「少女」から「女性」へと、変わっている。
誰もが子供のままな訳がない。いつしか大人への花を咲かせてゆくものだ。
この桃色の一輪の可憐な花を自分の胸で咲かせた・・・夢ではない現実。

そっと、腕の力を抜いて、胸の中の花に微笑みかける。
「ありがとう・・・。」
友雅の嬉しそうな微笑に、可憐な花は笑顔で答える。
ふと、目線を下に逸らして、友雅の鎖骨の宝珠が会った場所を見つめた。
白く細い指で、鎖骨と宝珠のあった場所をそっとなぞると、
くすぐったそうに少し、身をよじる友雅。
「・・・宝珠・・・なくなっちゃったね。綺麗だったのに・・・。」
昔を思い出してか、寂しそうに呟く花。
水を与えられていないように、しおれていく花の桃色の髪をそっと梳く。
そしてもう一度、抱きしめた。今度は優しくそれでいて、慰めるかのように・・・。
「宝珠がなくても、あの時の証拠なら、ここにあるだろう?」
---証拠?---花は困惑したように、しっかりと抱きしめてくれる存在に聞き返した。
思い出というのは、証拠にはならない。形のないものだから。
では、何が証拠なのだろうか?
そう友雅の腕の中で考え込んでいると、<くすっ>っと軽く笑って、抱きしめている腕の力を抜き、花の頬に手を添えた。

「わからないかい?証拠は、私達だよ。」
友雅のきっぱりと言う、その言葉に花は驚いた表情で、彼を見上げる。
微笑を絶やさず花を見つめた・・・その瞳は限りなく優しく、
花を潤していく・・・。
「私達が、証拠・・・そっか。そうだよね。」
驚きは確信となり、花には笑顔が戻ってきた。
花のあるべき姿・・・枯れることなく咲き続けるであろう、腕の中の可憐な花の笑顔。
この笑顔を守り続けたいと願う友雅の鎖骨の間に、
花はそっと口付けた。
宝珠の在ったその場所を愛しむ様に・・・。
花の大胆な行動に、目を丸くした友雅だったが。
いつもの余裕の笑顔を浮かべて、花の顎に手を当てて強引に上を向かせた。
「友・・・雅・・・っ・・・。」
花の言葉が紡がれる前に、桜色の唇を奪う。
抗おうとも、逃げることが出来ない、力強い腕・・・。
深く深く、求め続ける口付けに、いつしか酔わされ花は、
友雅の首に腕を回し、彼の想いに答えていた。
互いの想いを確かめ合うように・・・。

春麗らかな優しい時間。
「幸せ」という大輪の花を紅桜が、静かに見守っていた・・・。

 

沙桐姫様『遥かネット 〜沙桐姫のお部屋〜』
http://www.galstown.com./6/comicjungle_game/harukanetto/

[涙のひと言]

沙桐姫様のサイトで“10000HIT感謝企画”とし

てフリーで配布していたものをいただいてまいりまし

た。沙桐様の友雅さん小説第2弾です。

京に残ったあかねちゃんと幸せな時を過ごす友雅さん…

でも、幸せゆえに胸によぎる微かな不安。その不安をぬ

ぐいさるのもまた愛しいかけがえのない人…

決して過激なラブシーンがあるわけではないのですが、

何となく艶を感じさせてくれる作品ですよね〜

沙桐様、素敵なお話をありがとうございました!

 

 

沙桐姫様のサイトへは『リンクのお部屋』からどうぞ

 

 

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