その人の名は

 

「ねえねえ!聞いて!あかねちゃんが縁結びの神様に御参りに行くって!」

八葉が控えている部屋に駆け込んできた詩紋は息を切らしていた。
左手で苦しそうに胸元を押さえながらも、何とかその続きを話そうとしている。

「ほう、縁結びとは…これはまた…」

面白そうに微笑みながら口元を優雅に扇で隠した友雅とは対照的に、イノリや天真は噛み付くように詩紋に詰め寄った。

「縁結びって、何だよそれ!」
「何の為に!」

そろって『俺が居るっていうのに!』と言いたそうな顔をしている。

「うん。女房さんの一人から聞いたんだけど…藤姫ちゃんのお父さんが今朝、あかねちゃんを呼んで話し合ったんだって。」

ようやく息が整ってきたのか詩紋は一気に話しを続けた。

実は…あかねが京に残る事にしたと聞いた左大臣が、ぜひ自分の娘として婿を世話したいと申し出たのである。

『ありがとうございます。でももう心に決めた人が居るんです』
『ほう、一体誰なんだね?』
『えへ…それが…』

照れながら、まだその思いが通じていないんですと返答したあかねに、左大臣は笑い、それなら何処其処の神社に行ってお参りをすれば必ずご利益があるよ、と言ったのだった。

『きゃーっ本当ですか!?それじゃあ早速今日にでも行ってみます。左大臣様も上手く行くようにお祈りしていてくださいね♪』
『ははは、わかったよ。あかね殿。上手く行ったら私が責任を持ってその男との婚儀を整えてやろう』
『よろしくお願いします』
『ああそうだ、あかね殿。その神社はお願い事を声に出した方が叶うと言われているよ』
『解りましたっ』

……というような訳だったのだが……。
それが人を伝わってくる間にいつの間にか話の趣が少々変わってしまったらしい。
詩紋が聞いた時には、『あかねが今日最終的に誰かを選び、その者の名を神社で誓ってくる』と言う内容になっていた。

「……で、左大臣様は、あかねちゃんが今から選ぶ人と結婚させるらしいんだよ」
「そ、それって………」

(最後の機会!?)

無言で皆が目を見合わせる。
柔らかな微笑みの奥に油断の無い表情を隠している友雅。
何かを決心したように両手を握り締めている天真。
思わず親指の爪を噛む癖を出してしまっているイノリ。
心配そうに少し蒼ざめた硬い表情の鷹通と永泉。
庭先で警備しつつも意識はしっかりとこちらに向けているのがありありと解る頼久。
そしてひとり少し離れた所で静かに瞳を閉じている泰明――

――あかね<神子(殿)>は誰にも渡せない!!!――

一見静かな中にそれぞれの思いが火花を散らしていた。


         ☆


「あの〜、某神社に行きたいんだけど…誰か付き合ってくれますか〜?」

八葉の控える部屋に来たあかねは、漂う異様な雰囲気に気圧されながら切り出した。

「「オレがっ」」
「僕がっっ」
「「「「「私が!」」」」」
「……。え、えっとぉ〜…そ、それじゃみんなで行きましょうか……」

皆がザザッと一斉に立ち上がる。

「神子殿、某神社までは結構距離がございます。馬を使われた方がよろしいのでは?私が走らせましょう」
「あ、ありがとうございます、頼久さん。」

あかねの前に跪いた頼久にキッとイノリの鋭い視線が突き刺さる。
しかし自分に向けられているどんな視線も、あかねの笑みにうっとり見惚れる頼久には、全く届いていなかった。

「でも、私だけ馬じゃ速すぎるし、みんなに悪いから…私も歩いていきますよ」
「はぁ…」

がっくりと肩を落とす頼久。その隣りから永泉が心配そうにあかねに声をかけた。

「しかし、先日捻った足首がまだ完治されていないのでは有りませんか?」
「うん…少し痛む時は有るけど…」
「よろしければ、私が先程兄上からお借りしてきた車が有るのですが、ご一緒にいかがですか」
「わあ!車って牛車ですね。一度乗ってみたかったんです!牛車ならのんびり行けるし〜。じゃあ、お言葉に甘えて一緒に乗せて貰っても良いですか?」
「はい、もちろん」

ニッコリと答えた永泉はふと辺りの突き刺さるような冷たい視線を感じ、その笑顔を凍りつかせた。

(…はっ……もしかして私は…今、非常に拙い事をしたのでしょうか;;;;)

永泉は冷や汗を流しながらあかねの手を取り、針の筵の上を牛車に向かって歩き始めた。



よく晴れた空がとても高い。
頬をなでる爽やかな風をあかねは胸いっぱいに吸い込んだ。その様子を皆が眩しそうに見つめている。
柔らかな陽射しの中で美しい装飾を施された牛車が光を弾いていた。

「うわあ。豪華なんですね〜。さすがだわぁ」
「いえ、そんな……」
「いつもこんなのに乗れたらいいでしょうね〜」
「神子…神子がお望みなら…」

ポッと頬を染めつつ永泉はあかねとともに車に乗り込んだ。
その背中を睨みながら、天真がぼそりと呟いた。

「おい、これじゃあ中でどうなってるか全く解らないじゃないか」
「しかし、まさか中を覗くという訳にも行かないしねぇ」

友雅は、こんな事なら自分も車を持って来れば良かったと、面白く無さそうに牛車の脇を歩いていた。

(車に乗ってしまえば、私なら神子殿と……。)

何やら妖しげな考えが友雅の心をよぎっているのがその表情にありありと表れている。
その顔を見た天真が「…ったく」と一言吐き捨てた。
と、屋敷の方からイノリが走ってきた。手に何やらかなりの長さの物を抱えている。

「それは…?」
「へへっ丁度いいものを見つけたんだよっ」

そう言うとイノリは牛車の簾の下からそっとその棒を差し込んだ。
その棒の尖端は丁度永泉の足元辺りで止まっているらしい。

「それは……竹筒ですか?」
「ああ。な、これで幾らか中の声が聞こえるだろ?」
「い、イノリ。盗み聞きは……」
「しっ」

中の様子を気にかけながらも、盗み聞きという非道徳的な行為に眉を顰める鷹通。
それをイノリが黙らせる。
竹筒からはあかねの笑い声が漏れてきていた。

「やだぁ〜。そんな永泉さんったら!」
「いえ、本当です。神子と一緒に居ると……」
「永泉さんこそ……」

「くっそ〜〜〜!肝心の所が聞こえねえじゃねえかっっ」

アイディアは良かったが、声が車輪の音に掻き消されてしまう。

「ふむ……永泉様も意外とお手が早いと言う事もあるしねぇ」

心配そうに眉を顰めながら友雅が呟いた。

「問題ない。他愛の無い会話しかしていない」

それまで最後尾からゆっくりと付いて来ていた泰明が、初めて口を開いた。手には藍白の蝶を止まらせている。度々使っている泰明の式神だった。

「そんな事解るのかよ?」
「解る」

キッパリと言い切る泰明に、イノリはちょっと肩をすくめると黙って歩き続けた。
一行は轍の多い道に差し掛かっていた。クッション性の無い牛車はがたごとと音を立てながら激しく揺れ始めた。

「きゃっ」
「神子!大丈夫ですか?」
「う、うん…大丈……ぶっ…きゃあっ」
「神子!私に掴まって下さい!お手を…っ」

みなの視線が一斉に簾に注がれたその時――

ガダダダッ!!!

大きな音を立てて車輪が深い溝にはまり、車体が大きく傾いた。

「ああああっ神子〜っ」
「い゛!痛〜〜〜い!!!」

「だ、大丈夫か!?あかね!」

慌てて皆が車に駆け寄ると、中からあかねが痛そうに顰めた顔を出した。

「いったーい…ビックリしたぁ〜」
「大丈夫ですか?」
「うん…。また足首を傷めちゃった、あはは…」
「す、すみません、神子。あなたをお守りするべき私が……事もあろうに痛めているおみ足の上に転ぶとは…っ」

永泉は焦点の合わない目に涙を浮かべてそう言うと、しきりに「私など……っ」とブツブツ繰り返している。

「そんな、永泉さんの所為じゃないよ〜……大丈夫だから…ね?」

そこに包みを手にした鷹通が誇らしげにすっと歩み出た。

「神子殿、おみ足を見せて下さい」
「た、鷹通さん!?」

鷹通は戸惑うあかねの足首を掴みてきぱきと薬草のようなものを塗りつけ布で固定した。

「鷹通さん…この薬草…どうしたんですか?」
「何時必要になっても良いように携帯しておりました」
「うわ〜!すごーい!一家に一台鷹通さん、って感じだね」
「……は?それはどのような…?」
「あ。ごめん。えーと、つまり自分の家に鷹通さんみたいな人がいつも居てくれたら嬉しいなあっていうような意味です」
「は……っ」
(み、神子殿は…。これは神子殿からの告白と言う事なのでしょうか…)

鷹通の包帯を巻く手が震え、伏せたその顔が紅に染まる。
鷹通の頭の中にはすでに新居で仲睦まじく暮らす自分とあかねの姿が去来していた。

「神子殿。神社まではもうまもなくです。私が抱いて……」

顔を上げた鷹通の前からあかねが一瞬にして消えていた。

「み、神子殿!?」
「悪いね。鷹通。こう言う事は早い者勝ちだよ」

あかねは友雅の腕に抱き上げられていた。

「友雅さん〜;;;恥ずかしいですよ〜」
「静かにしていなさい。神子殿。ほら、神社の入り口はすぐそこだ」

友雅はあかねを軽々と抱いたまま神社の中へと入って行った。

「す、すみません。友雅さん、重いでしょう?」
「ちっとも。こう見えても私は力が強いのだよ」

ニッコリと微笑むと友雅はあかねの耳元に唇を寄せて甘く囁いた。

「このようにいつもこの腕に君の温もりを感じていられたら…さぞ嬉しいだろうねえ」





「にゃろう〜〜〜っ」

何やら囁かれて耳まで真赤になっているあかねを見て、天真が二人の元へと突進していった。
友雅は長い階段を上っている所だった。
弾むようなその足取りは、とてもあかねを抱えているとは思えないほどのスピードだ。
二段飛ばしで駆け上がり追いつくと天真は友雅の前に立ちはだかった。

「おいっ友雅!後はオレが代わる。おっさんにはキツイだろ、この階段はっ」
「おやおや、随分と失礼な事を言うねぇ。少なくとも私は君よりは力があるつもりだが?」

つんと顔を逸らして上りつづける友雅の袖を天真がぐいっと引っ張る。

「危ないじゃないか」
「あかねはオレのダチだ!オレがおぶって行く!」

いつの間にか追いついて来た残りの八葉が辺りを取り囲んでいた。

「友雅殿、神子殿は私がお連れいたしましょう」
「頼久!おめーは引っ込んでろよっ」
「イノリ君、そんなに押したら危ないよ;;;」
「神子の足は私のせいです…私が上までお連れしなければ……」
「…え、永泉様。このような事を申し上げては何なのですが…それは一番危ないのではないでしょうか」
「お前ら何だよっ後から来て!」
「うるせーっ天真っっ」
「わーっわーっ危ないったら〜〜〜〜っ」
「みんな、いい加減にしてよ〜……きゃっ」
「「「「「あ゛――――っ」」」」」

どしゃどしゃっっ!!!

と、一行は縺れ合うようにして階段を転げ落ちていった。
…とは言っても幸いにも途中の踊り場で止まった為に実際に落ちたのはほんの数段だったのだが。

「あかねは!?」
「神子殿はご無事か!?」

皆が慌てて上を振り仰ぐとあかねは泰明の腕の中に居た。

「皆、修行が足りぬ」

泰明は悠々とあかねを抱いて階段を上りきり、境内の前でそっとあかねを地面に下ろした。

「ありがとうございます。泰明さん。助かりました」
「いや、礼はいい。神子の望む事をするがいい」
「あ……。ハイ」

あかねは頬を染めて泰明を見つめたまま動こうとしなかった。

「……何だ?」
「あの…この神社はお願い事を声に出さないといけないそうなので…えと…みんなで階段の所で待っていてもらえますか?」
「………解った」

泰明は踵を返すとゆっくりと階段まで戻った。
すぐ後ろに来ていた八葉も仕方が無くその後に続く。

「ち…っ。これじゃあ何にも聞こえねーよ」
「ふん。気になるのか?イノリ。まあ、あかねが選ぶのは俺だけどな。何たって付き合いが長いしな」
「あの…僭越ですが…神子殿は先程私に…そ、その…愛の……告白を……」

真赤になってどもる鷹通のセリフは誰の耳にも届いてはいない。

「そうだ!イノリ!さっきのアレ持って来いよ」
「竹筒か!」
「アレなら少しは聞こえるかも知れない」
「…って!!!何でオレが〜っ!アレ取るには下まで降りないと無いんだぜ!?」
「いいから、さっさと持って来いよ!」

言い争いを続けている天真とイノリに友雅が何気なく口を挟む。

「ああ、イノリならばとても足が速いからねぇ。適役だ。私たちでは到底間に合いそうに無いしね…」
「そ、そうか!よしっっ待ってろ!ひとっ走り行って来るぜっ」

おだてに弱いイノリが走る。
亀の甲より年の功って言うだけ有るよな…とぼそりと呟く天真を友雅がじろりと睨みつけた。

「神子殿が願い事を口にするよ」

『えーと……どうか………お願いを………』

風に乗って切れ切れにあかねの声が聞こえてくる。

「くっそ〜!やっぱりアレが無いとよく聞こえないな」
「イノリ君、まだかな」
「おいっ泰明!お前、何ひとりでしれっとしてんだよっ気にならないのか!?」
「………」

泰明は皆から少し離れた木の下でひとり佇んでいた。

「おーっと!構ってられないぜ」

『……叶え………私………』

その時ようやく階段の下に竹筒を手にしたイノリの姿が見えた。

《急げっっイノリっ》

天真が腕をぐるぐると回し、口の動きだけで叫ぶ。
詩紋はその脇に寄り添うようにしながらあかねの様子を伺い、鷹通は盗み聞きなど…と呟きながらも意識はあかねへと向くのを止められずにいた。
友雅は「皆若いねえ…」と余裕の笑みを浮かべてはいるものの、さりげなくイノリを急かしている。
頼久はあかねの口にする言葉を知りたい気持ちと「聞かないでね」という主人の命令の狭間で葛藤していた。
泰明は…やはり表情も変えず静かに遠くを眺めていた。

『……私……好き……人…は』
「間に合わないっ」

イノリはようやく中間地点の踊り場に辿り着いている所だった。

《イノリ!投げてよこせっっ》
《解った!行くぜっ》

イノリが槍を投げるように竹筒を構え、腕を思いっきり振った。

『……私を……守っ…くれ…』

竹筒がイノリの腕を離れ、皆の方へ飛んでくる。

《天真先輩!キャッチしてっ》
《任せとけっ》

天真の手が飛んでくる竹に向かって伸ばされた。

《急げっっ》

天真が「間に合った!!!」と、がしっと竹筒を掴んだと思った次の瞬間――

『……八葉……ひとり……』

その手は虚しく空を握っていた。

ガランガランガランガランガランガラン―――――(以下ずっと続く;;;;)

後に残されたのは空を掴んだままの5つの手。
受取る手が多すぎたが故に、竹筒はものすごい音を立てながら階段を転がり落ちていったのだった。
あかねの祈りは終わりを迎えていた。

『……んと結…れ……よ…に』

「ああっ肝心の所が〜〜〜っ………」





皆が呆然と肩を落としている所にあかねが戻ってきた。

「ねえ、さっきなんだかすごい音がしたけど…何だったの?」

一瞬の沈黙。

最初にそれを破ったのは年の功の友雅だった。
彼はニッコリと微笑むと(多少力の無い微笑では有ったが)あかねに手を差し出した。

「いや……何でもないよ。神子殿。さて、帰りはまた私が抱いて降りようか」
「いえ、今度こそ私が。神子殿は私のご主人様ですから」

わいわいと階段を降りていく一同から離れ、泰明がひとり境内の傍に立っていた。
右腕をすいっと優雅に差し出すと、その手に一羽の藍白の蝶が舞い降りた。
暫くの間、蝶を見つめていた泰明は、やがて静かに微笑むと「ご苦労だった」とその蝶を天に放った。
蝶は濃い蒼い空に吸い込まれるように消えていった。

「神子…」

泰明は優しい表情で皆と歩いて行くあかねの後姿を見つめた。
そして嬉しそうな笑みを浮かべると、静かにその後を追うのだった。



                   終


by 安樹
「月の光」http://homepage2.nifty.com/anje/

 

≪安樹様コメント≫

やっぱり八葉全員出すと長くなってしまいますね^^;;;
最後まで読んでくださってありがとうございました。
季節は夏の終わり…くらいでしょうか?季節外れでごめんなさい。

本当は初詣ネタにしようと思ったのですが、遙か1では季節的にちょっと難しかったので…。

し、しかもどなたのファンの方も楽しめるように…と思って書き始めた「神子様争奪戦」だったはずなのに…

永泉さんや鷹通さんファンの方にはちょっと申し訳なく〜(汗)
広いお心でお許し&お楽しみいただけたら幸いです〜m(__)m

 

[涙のひと言]

『月の光』の安樹様のサイトで、年賀状代わりのフリー創作として期間

限定で配布していたものを速攻で頂戴して参りました。

八葉のみんなが「我こそは!」と躍起になって頑張ってる様子が実に楽

しいです! ドタバタでありながら、それぞれの個性が出ていて、実に

いい感じだわ♪V(^0^)

そして、泰明さんだけやけに落ち着いてると思いきや、ふふふっ、泰明

さんったら〜(o^.^o) 実に泰明さんらしいわ!!

さてさて、果たしてあかねちゃんの本命は誰だったのでしょうか?

もう皆さんにはわかってらっしゃるかもしれませんが、それはもう一つ

のあかねちゃんSIDEのお話を読めば、わかります♪

ぜひぜひこのお話と合わせて読んでみてください♪

 

安樹様のあかねちゃんSIDEのお話も読む?

神子様のお心

 

安樹様のサイトへは『リンクのお部屋』からどうぞ

 

 

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