その想いの生まれた日

 

散り初めの桜が、風に運ばれるままに空を舞う。
地面に落ちかけた花びらが、寸前でふわりと舞い上がりまた舞い落ち、それを幾度となく繰り返す。
春霞のように、一面に広がる淡い薄紅の色彩。夕刻を迎えた京全体が桜色に包まれていく。
ほんのりと赤みを帯びた光が西の空より届けられて、二つの色彩が交差する。
その中を飛ぶ一羽の梟・・・
不思議なほど存在感のあるその姿。
風景の内に溶け込んでいきそうに思える姿だが、勝真はその存在にひきつけられた。
仕事を終え、花梨の住まう左京四条の屋敷へ向かおうとしていた馬を止めて、上を見上げる。
「泰継か?」
直感して尋ねた勝真の問いを肯定するように、梟は差し出した腕に音もなく止まる。
そして、その梟の口から・・・いや、梟を通して泰継の声が届けられた。
「時が満ちるにはまだ間がある。左京四条へ向かわず、自分の屋敷へ戻れ」
「どういうことだ?」
その問いには答えず、梟は何処かへ飛び去った。呼び止める暇も与えず、あっという間に視界から消え去る。
簡潔すぎる泰継の言葉からでは、事情を把握することができない。
(花梨に何かあったのか?)
考えた途端、勝真の顔がこわばった。わざわざ式神を使って泰継が伝えにきたのだ。その可能性も十分にある。
確かめなくてはならない。
勝真は手綱を握りなおすと、急ぎ馬を走らせた。ゆったりとした春の空気の中を、突っ切るように走っていく。
やがて視界に屋敷を捕らえたとき、前方の見知った人影に気づいた勝真は慌てて馬を止めた。
「頼忠」
頼忠は屋敷の門前で、勝真に視線を合わせたまま佇んでいる。隙のない佇まいはいつもの通りだが、普段とは明らかに様子が違う。
訝しがる勝真が次の言葉を発するより先に、頼忠が口を開いた。
「神子殿に合わせることはできない」
そう告げる頼忠の顔は、いつにもまして固く、ぐっと口元を引き結んだまま動こうとはしない。
頼忠のその様子に、勝真は馬から飛び降りた。
「花梨に何かあったのか!?」
掴みかかるような勢いで尋ねても、頼忠は何も言わない。
このままでは埒があかない。
苛立ったままその横を通り抜けようとする勝真を、頼忠が制した。そして、一言一言に力を込めるように告げる。
「私の使命は神子殿の幸せをお守りすることだ。それは今も変わりない」
「俺じゃ花梨を任せられないって言いたいのか!?」
その言葉に勝真は苛立ちを露にした。剣呑な視線を頼忠へと向ける。
京が救われたあの日、花梨は自分と共に在ることを選んでくれた。
共に在りたい。二人の同じくするその願いを叶える為にこの腕の中に留まってくれた。他の誰でもない自分と、自分のいるこの世界を選んでくれた。
この想いだけは誰にも譲れるものではないから。
頼忠が答えるより早く、一つの声が割って入った。
「彼を責めるものではないよ」
翡翠の声。けれど、その姿はどこにもない。
「上か?」
弾かれたように上を見上げた途端、翡翠の流星錘が空を舞う。咄嗟にその攻撃をかわし、勝真はその名を呼んだ。
「翡翠!何のつもりだ!」
勝真の視線を捕らえた翡翠はただ笑みを浮かべた。酷薄とも感じられる笑み。
いったい何があったというのだろうか。
自分に告げられないほどの非常事態が起こっているのか。あるいは、花梨が自分を選んだことを認められないというのだろうか。
どちらにせよ、花梨に会わないわけにはいかない。
「認めるわけにはいかない、と。そういったらどうするのかな?」
殺気にも似た、冷たい空気が伝わってくる。その空気を受け止め、挑むような視線を返して勝真は口を開いた。
「花梨を守るのは俺しかない」
きっぱりと、迷うことなく勝真は言い切った。
この世界で共に生きることを選んだ。それによって生まれるであろう困難。決して少ないものではない。
けれど、二人でならばそれは乗り越えていける。
自分は花梨に前へと進む勇気を教えられた。
過去は消し去るものではない。一歩踏み出すことで乗り越えて行くものなのだと気づかされる。
自分にいつも光を投げかける存在。
そして、その花梨が花梨らしさを失わないために自分はいるのだ。
いつもその心と共に在ること。花梨を守ること。それができるのは自分だけだと信じるから。
翡翠の表情がふと緩んだ。
その表情の変化に、勝真が訝しげに眉を寄せた。
その時――
「勝真さん?」
花梨が姿を現した。確かめるように勝真の名を呼ぶ。
そして、勝真の存在を見とめると、すぐに笑顔を浮かべた。
「声が聞こえたから、もしかしてって思ったんです。今来たところなんですか?」
「ああ」
答える勝真の顔にも自然と笑みが浮かぶ。心がふっと軽くなっていくのを感じる。
花梨はそこで、勝真の肩越しに頼忠の姿を捕らえ、慌てて二人の顔を見比べた。
「あ、ごめんなさい!もしかして、頼忠さんとお話中だったんですか?」
「いや、そういうわけじゃない。それに翡翠が・・・」
「翡翠さん?」
その言葉に花梨が首を傾げた。勝真も辺りを見渡したがいつの間にか翡翠の姿は消えていた。
やがて、勝真の様子を見つめていた花梨が再び口を開く。
「それにしても、時間ぴったりでびっくりしました。準備が終わるのがわかっていたみたいです」
「準備?何か準備をしてたのか?」
勝真の問いに、花梨は笑みを見せながら頷いた。
「お誕生日おめでとうございます、勝真さん」
誕生日。それは花梨の生まれ育った世界での習慣なのだという。花梨の無邪気な様子に、勝真は笑みをこぼした。
「ああ、ありがとな」
「勝真さんを驚かせたくて、こっそり宴の準備をしてたんです。でも、勝真さんが時間ぴったりに来るから、私がびっくりしました」
花梨の言葉に、勝真は三人が自分を足止めした理由に気づいた。
確かめるように頼忠に視線を移すと、彼は短く謝罪の言葉を口にする。そして更に何か口を開きかける頼忠を慌てて制した。
「あー、わかったわかった」
考えてみれば頼忠のことだ。勝真を足止めするための嘘をとっさにつけるはずもない。思い返して思わず苦笑する。
「どうしたんですか?」
その二人の様子に花梨はきょとんと首を傾げた。
「なんでもないさ」
花梨の頭にぽんっと手を置いた勝真は、そのままやわらかい髪をくしゃっとなでる。
そして花梨は抗議の声を上げながら笑みを見せた。
その二人の様子を見守っていた頼忠は、微笑を見せて静かにその場を離れた。
「京には誕生日をお祝いする習慣はありませんけれど、絶対今日は勝真さんのお祝いをしたかったんです」
「ああ」
そう告げる花梨の頬を、勝真はそっと指先でなぞる。
「誕生日は、この世界に生まれてきてくれてありがとうって伝える日でもあるんですよ」
満面の笑みを見せる花梨が愛しくて、勝真はその体を抱き寄せた。そのまま腕の中に閉じ込める。
この世界に自分が存在すること、そして花梨という存在があること。連綿と続く時の流れの中で出会えた奇跡。
何よりも大切なこの時間は誰にも譲ることなどできはしないから。
ふと、抱きしめた腕の中で花梨がそこから逃れようとわずかに身じろぎする。
「そ、そろそろ他の皆も来るころだと思うんですけど・・・えっと、だから・・・」
顔を赤く染めつつ勝真から離れようとする花梨。
その花梨に勝真は、人の悪い笑みを見せる。
そしてもう一度力強く引き寄せると、深く唇を重ね、続くはずの言葉を全て奪い去った。

 

SAK様『Aerial beings』

http://amdsak.hp.infoseek.co.jp/

 

≪SAK様コメント≫

勝真さん、お誕生日おめでとうございます〜〜vv
4月18日、勝真さんの誕生日ですね!
そういえば、勝真さんの誕生日の前日17日は今年は庚申。
ということは、日付の変わったばかりのこの夜は庚申の夜なんでしょうか?<違ったらすみません
ああ、さすが勝真さんって感じですv
おまけイベント『庚申の夜』。勝真さんらしくて、いいですよねぇ♪

って、作品解説(汗)
勝真さんを足止めする場合、一番事情を説明しなさそうなのは誰だろう?と考えてこの三人になりました。
そんな人選ですみません。しかも泰継さん初書きなのに、あんな扱いで(><)
泰継さん、頼忠さんの二人は言葉が足りないっていうのが説明しない一番の理由かと思いますが、
翡翠さんの場合は、ちょっとおもしろがっているっていうのもあるかもしれませんね?

私の書く遥か2創作にしては、キャラ同士の絡みも登場人物も多い方かな?

 

[涙の一言]

SAK様のサイトで、勝真さんのBirthday企画としてフリーで

配布していたものを頂戴してまいりました。

この三人にガードしていただいたら鉄壁ですね。花梨ちゃんの

人選、ナイスです!V(^0^)
でも、説明が足りない三人なので、勝真さんにはちと気の毒で

したけどね(笑) 泰継さんと頼忠さんは神子のお願いを忠実

に叶えようとして、そして、翡翠さんは面白がってこの役目を

引き受けたのではないでしょうか?

勝真さんは花梨ちゃんのことしか目に入っていないので、周り

のことはまったく気にならないのですね。(^。^)

ラブラブなエンディングでよござんす♪
それにしても花梨ちゃんはどんなパーティを用意したのでしょ

うか? そちらもさりげに気になりますわv

SAK様、素敵な創作をありがとうございました。

 

SAK様のサイトへは『リンクのお部屋』からどうぞ

 

 

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